世界に目を向けよう
前回に続いて、iTunesの1曲99セントという価格が「音楽生産のサイクル」を破壊するほど安いかどうかを見てみましょう。
Amazon.comでPops部門TopのNorah Jonesの「Feels Like Home」ですが、13曲収録されていて、Amazon.comでのセールス価格が13.49ドルです。つまり、1曲あたり約1.03ドルです。CDの場合、様々な製作コストや流通コストがかかることを考えると、アメリカでは、音楽CDがレコード会社にもたらす1曲あたりの収益はそれほど多くありません。それでも、アメリカでは、良質の音楽が日々生産されています。
そして、Amazon.comをブラウジングしていると明らかですが、Norah Jonesのアルバムが特別安いわけではありません。当然ですね。Norah Jonesほどたくさん売れる見込みがないからといって、Norah Jonesのアルバムより遥かに高い価格設定をしたら、余計に売れなくなってしまいます。
したがって、アメリカでは、全世界で何百万枚も売れることが見込めるアーチストの作品にしても、数万枚程度しか売上げが見込めないアーティストの作品にしても、売上げベースで1枚1曲あたり1ドルちょっと、粗利ベースで30セント前後しか得られない前提で、レコードの制作にあたることになります。
したがって、アメリカでは、1曲99セントのiTunes価格で「音楽生産のサイクル」が壊れることはなさそうです。音楽配信サービスを提供する企業のマージンを下げれば、さらに価格を低下させることもできそうです。
特段の事情がない限り、アメリカでできていることが日本ではできないわけはありません。「特段の事情」としてアメリカの音楽産業の市場の広さをあげる人もいるかもしれませんが、アメリカで制作されるCDがみな世界市場で何百万枚も売れるわけではありません。したがって、このような見解は説得力がないですね。
なお、前回の私のblogに対して、
仮にbenli氏の見積もりが正しい場合を考えても86円から70円は、約20%の付加価値の低下である。この変化は、企業を取り巻く経営環境としては大きいものがある。音楽生産サイクルの破壊までには至らなくとも、変化を与えることは間違いない大きさだろう。
との懸念を有している方がおられます。
音楽配信サービスが、音楽CDの代替品にしかならず、新たな需要を喚起しないとすれば、そういう懸念もあり得るかもしれません。しかし、嗜好品の需要は一般に価格弾力性が高いことを考えると、その前提には大いに疑問があります。CMで流れたり、有線やラジオで流れてきたりした曲を「ちょっといいな」と思い、「もう少し聞きたいな」と考えたときに、1000円出して12インチのCDシングルを買わなければならないといわれたら「それならいいや」と気持ちを切り替えてしまうけれども、100円でダウンロードできるならば購入するということが、あり得ないか又はあり得たとしても非常にレアケースといえるのかというと大いに疑問があります。
また、日本の場合、アメリカよりもポータブル機器のニーズが高いという特徴があります。電車・バスなどの公共交通機関で通勤・通学する人の割合が高く、彼らは電車等で移動中音楽を聞きたいという強いニーズをもっているからです。そういう意味では、iPodというのはまさに日本向きの商品なのですが、そこに立ちはだかるのが「CCCD」規格です。まあ、SACDやDVDオーディオでも一緒なのですが、パソコンにリッピングできない規格では、「正規のパッケージを購入して自分のパソコンにリッピングしてiPodにインストールして通勤・通学中に楽しむ」ということが阻害されます。すなわち、iPodで移動中に音楽を楽しみたいというユーザーにとっては、CCCDもSACDもDVDオーディオも、「購入するに値しない」商品ということになります。しかし、楽曲データがiTunesで提供されれば、そのようなユーザーは有料で楽曲をダウンロードしてそれをiPodにインストールして楽しむことができます。ここにおいて、新たな需要が喚起されることになります。
そうなると、CDはコレクターズアイテムになってしまうとも懸念されているようですが、パッケージメディアがコレクターズアイテム化するというのはむしろ正常な姿ではないかと思います。「フルコーラス聞いてみたい」とか「カラオケ用に覚えたい」等の薄弱な動機で高額なパッケージメディアを購入するというのは、90年代中盤はよく見られましたが、むしろ歴史的にみても世界的に見ても異常だったというべきでしょう。
さらに、音楽データがインターネットを介して配信されるということは、配信業者に配信先の国ごとに市場分割することを要求しない限り、全世界のリスナーを対象に楽曲を販売することができます。日本の音楽業界は、「海外進出」というと、すぐに「アメリカ」か「東・東南アジア」を想定する悪い癖がありますが、ヨーロッパ市場進出だって夢ではありません。一昨年、ブリュッセルのホテルで何気なくテレビを見ていたら、現地のバンドが「アジアの純真」を日本語でカバーした楽曲が流れていたくらいですから、日本のポップミュージックがヨーロッパで受け入れられる素地は十分にあります。音楽配信サービスは、ローリスクでの海外市場へ進出することを挑戦するのに非常に便利です。
日本の音楽業界は、「どうやったら利益を増やせるのか」という観点を離れて、「どうやったら他人が自分たちの音楽を自分たちに無断で利用することを阻止できるのか」ということに注目しがちです。その結果、「着うた」等というアーティストにとって屈辱的な利用方法に支えられる恥ずかしい姿になってしまいました。悲しい話です。
Posted by 小倉秀夫 at 02:19 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | Permalink
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» うーん、困りましたね。 de カフェ日誌
基本的に、benli氏の意見を否定したり懸念を表明したことはないんですけどね。なぜか、こう、対立姿勢で挑んでくる人が多くて困ります。日本人はディベートの訓練を受... Lire la suite
Notifié: 16 févr. 2004, 16:51:09
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Commentaires
細かく価格を分析しているあたり面白いですね、
また、カフェ日誌さんがアメリカと日本の市場規模の違いをコメントしていましたが、
そもそも日米で音楽CDの市場価格がこれだけ違う原因は、レコード業界の努力の差がその市場規模の差を生み出したとも思えるわけです、
その努力のひとつに販売価格もあると思うわけで、
その昔、顧客情報によるプライバシーの流出とかがまったく問題になってなかった頃、
自動車メーカーのホンダが家電業界から顧客名簿が欲しいといわれ担当者がライバルメーカーでないことからあっさり上げてしまったところ社長にこってり絞られたという有名な話があります、
社長曰く、家電と自動車は共に同じ高額商品で、家電を買ったら自動車を買えないかもしれない、同じ自動車メーカーだけがライバルじゃない
とのこと、
レコード業界にこのような見識を持つ人がいないのが非常に残念です、
Rédigé par: takebeat | 15 mars 2004, 11:14:03