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10/20/2004

著作権法改正パブコメ2004_04_05

(92)(93)(96)については、方向性は正しいと思いますが、条項案はスマートではないように思います。また、今日、多くの辞書・データベースソフトがCD-ROMやDVDなどで提供されていますが、通常のコンピュータはCD/DVDドライブが一つしかないため、複数の辞書・データベースソフトを同時起動させるには、これらの内容をパソコンのハードディスクにコピーすることが必要となりますが、著作権法第30条1項をパーソナルユースに限定する多数説の見解に従う限り、これを正当化する規定は現行法にはないということになります。また、企業においては、ソフトウェアを含めて購入代金をリース形式で調達する場合が少なからずありますが、その場合には著作権法47条の2の適用を受けられないとする見解もあり(確かに、文理解釈するとそうなります。)、実際の運用と法律が乖離してしまう危険があります。
 これらの諸点を解決するためには、著作権法第47条の2を次のように改正するとよいのではないかと思います。
 
 (プログラム等の著作物の複製物の所有者による複製等)
第四十七条の二  プログラム等の著作物の複製物の正権原のある所持人は、自ら当該著作物を電子計算機において利用するために有益と認められる限度において、当該著作物の複製又は翻案(これにより創作した二次的著作物の複製を含む。)をすることができる。ただし、当該利用に係る複製物の使用につき、第百十三条第二項の規定が適用される場合は、この限りでない。
2  前項の複製物の正権原のある所持人が当該複製物(同項の規定により作成された複製物を含む。)のいずれかについて滅失以外の事由により占有しなくなった後には、その者は、当該著作権者の別段の意思表示がない限り、その他の複製物を保存してはならない。

(98)は、同一性保持権侵害となる著作物の改変を「著作者の名誉又は声望を害する」ものに限定しようというものです。これにより、著作物の利用者の権限が国際標準に近づくとともに、実演家人格権としての同一性保持権に関する著作権法90条の3とも平仄がとれることになります。したがって、私は(93)に賛成します。

 (99)は、改変された著作物が公衆に提示又は提供されない場合には同一性保持権侵害としないこととせよというものです。改変された著作物は、それが当該著作者のものとして公衆に提示又は提供されればこそ著作者の社会的評価に影響を及ぼすことが可能となるのであって、それが公衆に提示又は提供されない間は、著作者の人格的価値をいささかも損なっていないわけですから、この段階では未だ同一性保持権侵害とはしないというのは理にかなっています。
 加えて、エンターテインメントビジネスでの実際の流れを考えた場合には、先に他人の著作物を改変して新たな著作物を創作した後に当該著作物の著作者に同意を得るということは通常行われているところですが、改変された著作物をいまだ公表していなくとも同一性保持権侵害が成立するとなると、上記例では、当該著作物の著作者から同意を得られなかった場合には、法理論上は、当該著作者が望めば、新たな著作物の創作者は、損害金を支払わされたあげく、刑事罰に処せられることとなり得ます。それは、既存の著作物を元にして新たな著作物を創作していくという文化の継承的発展を、文化の発展に寄与することを究極的な目的としているはずの著作権法が、断ち切ることに繋がります。そのような事態が望ましくないことはいうまでもありません。
 したがって、私は(99)の、特に252頁の意見に賛成します。
 
 (101)は、要するに「楽譜」については著作権法上特別扱いせよというものです。
  しかし、一般家庭にもピアノやギターなどの楽器が普及し、これを家庭内やあるいは友達や恋人を呼んで演奏するということが一般的に行われており、それにあわせてピアノやギターなどで容易に弾き語りができるようにシンプルにアレンジされた楽譜集が市販されております。このような楽譜集を購入した者が、とりあえず練習しようとしている楽曲に関する譜面のみをコピーして用いるというのは、非常に自然な行動です(分厚い冊子のままでは、演奏中に勝手にめくれないようにするのは大変です。)。(101)は、こういう市井の音楽愛好家たちの合理的な行動を「犯罪行為」と位置づけようとするものであって、とうてい賛成することはできません。また、(101)に示された改正を行うと、学校の音楽の時間において、ある特定の楽曲を生徒たちに演奏させるためには、当該楽曲が収録されている楽譜集(著作権法上特別扱いが必要となるほどに高価なものなのであろう)を一冊丸ごと生徒たちに購入させなければならないことになりますが、そうすると教育現場においては文科省の検定を通った音楽の教科書に掲載されていない楽曲を生徒たちに演奏させることは断念せざるを得なくなることが予想されます。そのようなことが、我が国の文化の発展に寄与しないことは明らかです。
  
(104)については、このような改正を行うと、観光地に設置されている銅像などとともに撮った写真を用いて年賀状等を作成し、友人知人等に送付する行為が犯罪とされる虞がありますが、それがよいことだとは思えません。原作品が屋外に恒常的に設置されている美術の著作物については、それが公衆の目に触れることを拒むことがそもそもできないのですから、そのような規制をする必要はないように思います。 

Posted by 小倉秀夫 at 08:50 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle |

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Voici les sites qui parlent de 著作権法改正パブコメ2004_04_05:

» 楽譜の私的複製を禁止する話題について de 織姫blog
結局、コンテンツホルダー側の言うことを無条件で優遇するシステムならば、楽譜の著作権を守る方法は基本的に2つあります。 どちらも、いわゆる「愛好家」については考慮... [Lire la suite]

Notifié le 24 oct. 04 23:30:11

Commentaires

楽譜に関してですが、欧米法では既に私的複製の対象範囲外になっている(除外規定がある)という噂を耳にしています。
……米国法の範囲では根拠条文を探しても、今のところ見当たらないのですが(w
さらに言えば、面積の10%以内においては私的複製が認められるという通説がありますが、こちらこそ意味不明です。また、実態としては「原譜を保有していることを条件に私的複製を認めている」という話もあり、実際の法体系がどのようになっているかを至急調査する必要があるとも考えています。

ただ、今度は「何を楽譜であると定義するか」という問題も発生しえます。たとえば、J.Cageの(通称)4'33"や、G.LigetiのPoeme Symphoniqueなどでは「楽譜」は単に指示が記載された一連の文章のみで形成されています。これらを単なる文章の著作物と判断するか、楽譜の著作物であると判断するかを峻別するポイントを明瞭に規定することが容易であるとは思えません。

Rédigé par: 北島@織姫 | le 10/24/2004 à 23:20

(101)は(103)ではないでしょうか?
ともあれ、こんなことされたら、ますます音楽離れが進みそうですよね。誰も楽器なんか持ちたがらなくなります。(困)

音楽の先生をはじめ、音楽やっている当事者は、こんな改正意見が出てるってこと、気付いているのでしょうか?

Rédigé par: Kim. | le 10/21/2004 à 15:46

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