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10/20/2004

著作権法改正パブコメ2004_06

6. 侵害とみなす行為等 

(111)のような改正がなされた場合、パッケージソフトの購入者や、ソフトウェアがプレインストールされているコンピュータの購入者は、購入時に、いちいち当該ソフトウェアがその著作権者の許諾を得てパッケージに収録され、あるいは、プレインストールされたのかを確認しなければならず、その確認を怠ったならば「過失あり」と認定され、ちゃんとお金を出したはずなのに使用を禁止されるという事態を招きます。それはかえって正規のパッケージを購入しようという意欲を薄れさせることになります。また、正規に購入したプログラムが、他人が著作権を有するプログラムのコードの一部を流用していた場合に、コード流用の可能性を検証せずに当該プログラムを漫然と購入したことを「過失」といわれてしまうと、購入者としてはお手上げです。
 他方、ソフトウェアの著作権者は、著作権侵害行為を摘発する能力がありますし、侵害行為をやめさせる権限もあるのに、そのような能力も権限もないソフトウェアの利用者に負担を押しつけようというのはフェアではないように思います。したがって、私は、(111)には反対します。

(112)(114)について
 特許法上の「間接侵害」は、例えば「物」発明であれば、「特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」又は「特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」に限定されています。また、米国著作権法上の寄与侵害の規定は、権利侵害ではない用途に用いられる可能性がある場合には適用されないこととされています(ベータマックス事件連邦最高裁判決)。しかし、社団法人音楽著作権協会が引用する二つの裁判例が如実に示しているとおり、日本のコンテンツホルダーが求めてやまない「間接侵害」規制は、特許法上の間接侵害や米国著作権法上の寄与侵害とは全く異質のものです。
 すなわち、自己の提供する商品やサービスがその利用者による著作権侵害行為に用いられる可能性がある場合には、それを探し出して、著作権侵害行為に用いられないようにしなければならず、それができないのであればその商品やサービスの提供全体をやめさせるというものです。そして、それは、より経済実態に即していうならば、著作権者は侵害者を探し出して侵害行為をやめさせるために自らコストと労力をかける必要はなく、権利侵害行為にも利用されうる汎用的な道具やサービスの提供者に命じて、強制的に、無償で、権利侵害者を探し出して侵害行為をやめさせる役割を担わせるということになります。そして、それができない場合、その汎用的な道具やサービスの提供者は、まさに人々の役に大いに立つ汎用的なサービス等を提供してしまったがために、いつまでもいつまでも半永久的に著作権者に対して「間接強制金」を支払い続けなければならないということになります。
 そして、このような「現代型農奴」としてコンテンツホルダーから狙われているのが情報通信サービス業者です。検閲が禁止されている電気通信事業者はもちろん、検閲は法的には禁止されていないけれども24時間いつでも利用者が送信した情報が瞬時に他の利用者に到達するシステムを構築してしまったが故に検閲を行うことが技術的経済的に困難となっている情報通信サービス業者(電子掲示板の管理者を含む。)は、利用者が送信しようとしている情報が第三者の著作権を侵害するものであるかどうかをチェックすることなく、その送受信を媒介してしまいます。これは形式的にいえば著作権侵害の「幇助」とされる可能性はありますが、瞬時になされる情報の送受信を阻止する能力は、情報通信サービス業者にはありません。かわいそうに、間接強制金を支払うしかなくなります。
 (112)で提案されるような改正がなされた場合、市民による情報発信をサポートする業者は、市民が発した情報の内容を逐一検閲した上でなければ、これを特定人又は公衆へ伝達することができなくなります。国が民間業者に対して法律により検閲を義務づける国家に日本が成り下がるということです。(112)を支持するということは、「利用者から送信された情報を、内容を検閲することなく、受信者に届けることが許されない」ということと同義です。著作権者たちの権益は、憲法が定める表現の自由の保障、検閲禁止の原則等をも凌駕すべきといっていることと同義です。私は、言論の自由は大切だと思うし、検閲は許されないと思うし、情報通信サービス業者がコンテンツホルダーから農奴のようにただ働きさせられ、あるいは間接強制金という名の年貢を納めさせられることがフェアだとは思わないし、そのような法制度がとられている社会ではIT産業を担おうとする人材がいなくなっていくことと危惧します。
 「有益な用途に用いられる可能性があるのであれば、その新しいサービスを保護しよう」という「自由の国、未来志向の国アメリカ」に対して、「既得権者の権益を害する用途に用いられないようにできるようになるまで新しいサービスを公衆に提供することは罷り成らん」という「規制大国、既得権者のパラダイス」に成り下がっていて、日本が今後のIT革命競争でまともに戦えるようになるとは思えません。私は、音楽著作権者等のエゴを優先させたがために、日本が一人IT革命の波に乗り遅れ、10年後に、欧米諸国のみならず、近隣のアジア諸国からも嘲笑される「時代遅れの国」になることを望みません。ので、(112)には反対します。
 これに対し、(114)は、利用者の行為の責任を情報通信サービス業者に安易に押しつけがちな裁判所から情報通信サービス業者を守るという点からも有益であり、私はこれに賛成します(もちろん、情報通信サービス業者を守るという目的だけであれば、プロバイダ責任制限法の改正でもよいのですが、Winny事件で危惧されているように、プログラムを利用者が悪用したことの責任をとらされる危険からプログラムの提供者を守る必要もあるので、適用範囲を主体的に広げる(114)のような規定ぶりには賛同できます。)。

(少し訂正)

Posted by 小倉秀夫 at 09:49 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle |

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