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10/03/2004

ロースクール制度の改革について

 私は、最初から法科大学院制度には反対だったのですが、国立大学の独立行政法人化にあわせて強引に法科大学院制度が始まってしまいました。しかし、始まってみると案の定制度設計のまずさが露呈してきています。そうはいっても、各法科大学院だって人を集めたり箱物を作ってしまったりしているし、何より、高い入学金を支払い、人生を棒に振るリスクをかけて法科大学院に入学してしまった学生が少なからずいるわけですから、いまさら全く法科大学院制度を白紙に戻すわけにはいかないでしょう。そこで、私なりの改善案を示したいと思います。
 
1 「法科大学院」を「法科大学」あるいは「法学部法曹養成コース」に変更する。

 すなわち、「ロースクール」を専門職大学院扱いではなく、学部扱いとするということです。法律家として活動していて、学位が「学士」止まりで困るということはありませんので、「ロースクール」を大学院として位置づけるメリットはありません。既に「ロースクール」に入学した学生の大部分は、「新司法試験を受験するための切符」としてのロースクール卒業資格がほしいだけで、JDの資格がほしいわけではないでしょうから、そのような改革をしたからといって、特に不利益にはなりません。
 他方、学部扱い(すなわち、高校卒業後入学することを標準とする)にすることにより、ロースクール卒業時に新司法試験を受けて法曹を目指すか、または、公務員や民間企業への就職を目指すかを、最終的に選択することができます。22~3歳程度の新卒ならば、十分やり直しのチャンスがあります。
 
2 「法科大学」の認定権限を、文部科学省から日本型BAへ移行させる。

 米国では、司法試験の受験資格を付与できるロースクールを認定するのはABAです。すなわち、法律家(弁護士、裁判官、検察官)の集まりが、次世代の法曹を輩出する役割を担うに足りる教育機関を認定する方式をとっています。これは、法律家たるに必要な資質とはなんぞやということを理解していない文部科学省の役人に新司法試験の受験資格を付与できるロースクールを認定する権限を与えている日本方式よりも優れています。
 日本でも、法曹資格者(弁護士、裁判官、検察官)からなる組織(日本型 Bar Association)を立ち上げ、そこに新司法試験の受験資格を付与できるロースクールを認定する資格を与えることが望ましいように思います。これにより、教員の少数無力説を押しつける旧態依然としたロースクールを排除することができます。
 
3 「法科大学」の教員の給与を非常勤講師並みに引き下げる等して、学費の低廉化を図る。

 法科大学院制度の最大の問題は、学費が高すぎて、挑戦できる階層が限られてしまう点にあります。その原因の一端は、文部科学省が認定権限を握ってしまったため「箱物」の充実を要求しすぎたために、必然的にコスト高の体質になってしまったということもあるとは思います。他方で、ロースクールバブルに伴う引き抜き合戦のために人件費が上昇してしまったということもまた、学費の高額を招いているといえるでしょう。
 法科大学院構想は、そもそも大学の教員が「研究」にかこつけて教育をないがしろにしている間に学生を司法試験予備校にとられてしまったということに端を発しているわけですし、司法改革に関して積極的に意見を進言した法学者の多くは、これから法律家になる人たちに対しては「安上がりに使われる法曹」になることを期待して実需を無視した大幅な新規資格取得者増を提案したわけですから、彼らはある程度「痛み」を分かち合ってしかるべきです。
 そして、学生から高額の学費を巻き上げないこととする埋め合わせは、たとえばお盆期間中やGW中などに、弁護士等を相手に先端的な法分野に関する集中講座を開くなどして行えばよいわけです(既に弁護士として活躍しているものであれば、少数無力説を押しつけるだけの講義等は相手にされない反面、それが自己の実践的能力を高めるのに役立つとなればそれなりに費用をかけることができるし、なにより先端的な法分野を学ぶのに必要な基礎的な法分野について一定以上の理解を有しているので、法科大学院の学生に先端的な法分野を学ばせるより効率的です。)。

Posted by 小倉秀夫 at 02:15 AM dans D'autre problème de droite |

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Voici les sites qui parlent de ロースクール制度の改革について:

» 教師が貧乏なわけ(法科大学院の問題をからめて) de 名古屋中央通信局
担当教官と話しているうちに、経済学の古典の話題が出てきたため、久しぶりに本棚からアダム・スミス著の《国富論》を引っ張り出しました。前にも書きましたが、これは試作... [Lire la suite]

Notifié le 18 oct. 04 12:19:24

Commentaires

大変失礼な粗相をしました
法科大学院解体論については,私のHP弁護士日誌欄の10月13日付「酔っぱらい日誌」に書き記してあります
大量のHPのどこを読めという,ご批判を考慮せず,たわいのないことを書き記しました
どうそ,ご容赦願います
 岡村善郎

Rédigé par: 岡村善郎 | le 10/19/2004 à 23:34

鹿児島大学法科大学院教授 岡村善郎と申します

私は,法科大学院など,早く潰れるにこしたことはないという信念です
  以  上

Rédigé par: 岡村善郎 | le 10/19/2004 à 22:58

小倉さん
この案 結構賛成です。
とりわけ 1
ただ これをやった場合の懸念は ロースクールを設置していない大学の法学部がどうなるのか。
本来、そのような大学の法学部は法曹養成よりも社会の中に一定の法的センスを持った人を送り込むことを目的としており、法曹養成市場の大きさなどについて、それなりに見識があったはずなんですが、ロースクール経由でも法曹を目指さない層が多数創出されると、せっかくすみわけを考えていたのに、ロースクール型の学部との競争が生じてしまうという気がします。
競争が社会にプラスとの考え方からは、あるべき姿なのかもしれませんが。

Rédigé par: 伊豆隆義 | le 10/18/2004 à 01:46

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