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11/09/2004

法科大学院の学長さんたちの要求

ある大学で、推薦入学制度を始めることとした。予備校教育の弊害を除去するため、学生の選抜は、IQテストと面接だけで行うこととした。
そして、その大学の学長は、推薦入学で入ってきた生徒に対し「君たちは、優を7〜8割とれるように頑張って勉強して欲しい」と演説した。

しかし、各講義においては、優を与えられる割合というのはあらかじめ決まっているため、学生全員が7〜8割優をとるという事態がありえないことは制度的に明らかであった。

この場合に、推薦入学で入ってきた学生が結集して、「我々学生が7〜8割優をとれるように大学が保障したのに、優の割当数が2〜3割に限定されているのはおかしい。優の割当数を大幅に増加すべきだ」とか「推薦入学の学生が全員7〜8割優をとれるようにするために、一般入試で入ってきた学生が取得可能な優の数をできるだけ少なくすべきだ」
と大学に要求してきたら、ほとんどの人は、その学生たちのことを馬鹿だと思うでしょうね。

Posted by 小倉秀夫 at 09:11 AM dans D'autre problème de droite |

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Voici les sites qui parlent de 法科大学院の学長さんたちの要求:

» ロースクール院生「詐欺だ!」 de 法治国家つまみぐい
 今週号(12/5)の「Yomiuri Weekly」の記事(pp.26-27) [Lire la suite]

Notifié le 14 févr. 05 21:51:20

Commentaires

 社会の全階層から法曹が満遍なく供給されるべき、というあなたのお考えはごもっともです。ただし、高等教育機関に高所得階層の子弟が多く入ってきてしまう理由は、経済的事情だけではありません。階層によって、学習に対する自発性が明確に違うのです。この問題は東京大学大学院教授(教育学)の苅谷剛や佐藤学が著書で述べていますので、詳しくは彼らの本を読んでください。
 法曹養成システムを変えたぐらいでは、出身階層の固定化は防げないでしょう。社会全体が階層の固定化に向かっているのです。

Rédigé par: 井上 晃宏 | le 11/11/2004 à 19:27

>卒業前の学生実習所としての大学病院および卒後研修の受け入れ枠から、医学部定員が決まっているのです

そういわれればそうですね。
ただ、結局のところどのような形であっても「合格枠」が決まっている資格試験は、どのように正当化しようとも、決して「開かれた」試験ではありません。
もし、法曹をどのような所得階層の方でもなれる職業であると真に言いたいのであれば、合格枠などというものは撤廃すべきです。(それを実現するシステムを構築すべき)(現行のシステムは将来のシステムとくらべ枠制限が一回だけなので、まだマシといえるだけであって、それ以上のものではありません。)

Rédigé par: yukiusagi | le 11/11/2004 à 19:01

>試験合格後、司法試験と同様に実地研修を義務付けられているものに医師国家試験があります。

 卒業前の学生実習所としての大学病院および卒後研修の受け入れ枠から、医学部定員が決まっているのです。
 law schoolの定員を実務教育受け入れ枠で絞れば、事実上、医学部と同じことになります。

Rédigé par: 井上 晃宏 | le 11/11/2004 à 16:44

司法試験の場合に上限が必要なのは司法研修所、実地研修の受け入れ人数枠という物理的制限のためです。したがって、合格枠撤廃論は必然的に司法研修所をどうにかしなければならない(司法研修所を丸々なくす、試験合格人数に動的に対応できるようにする)ということになります。
私が知りうる限り、他の国家資格において前もって合格枠が決められている試験は司法試験以外はありません。また、試験合格後、司法試験と同様に実地研修を義務付けられているものに医師国家試験があります。(法曹の場合、医師と比較して零細事業者が多い(弁護士)ということは実地研修受け入れ拡大を難しくする要因の一つです)

ただいえることは、どの時点(法科大学院人数枠、司法試験合格者枠)においても合格枠が存在する限り、競争において既に資本がある、準備できる者が有利であるという事実は変わらないということです。(俗に東大に入学する学生の親の平均年収は1000万をこえるといわれています)これからとろうとしているシステムはこの枠が2つ存在しているため、より資本を持っている方が有利であるといえます。

Rédigé par: yukiusagi | le 11/11/2004 à 12:29

幸か不幸か、法科大学院生どのおかげで「様々な分野で才能を咲かせている有能で社会経験豊富な人」は法曹界には参入してこないと思っています。

それ以前に、現在の合格者数ですら、実務修習の引受先が足りなくて、東京ですら、「勤務弁護士でもかまわない」とか「国選等をやらなくとも、協力弁護士に国選修習を任せられるのならかまわない」などと弁護士会が言ってくる現状で、これ以上どうせよというのか私には不明です。

また、弁護士の法律知識など最低限でかまわないという方はおられるようですが、その方々は最低限の法律知識しかない弁護士に何を期待しているのか私には不明です。法律知識の欠ける弁護士なんて有害でしかないと思っているのですが。

Rédigé par: 小倉 | le 11/11/2004 à 10:52

>人数制限など設けずにどんどん法曹になってもらって構わないと思っています。

 実務家でなければ実務教育ができないのだから、実務家の数で教育対象者の数は制限せざるをえないのではないでしょうか。
 実務教育を司法修習でやるにしろ、就職後に実務の中でもまれれて憶えるにしろ、どちらにしても、実務教育は必要です。

 自分は、むしろ、法曹の社会的需要が増えない事情の方に問題があると思う。民事訴訟の数は増えてはいますが、戦前の最盛期に戻ったに過ぎないそうです。
 政府による裁判費用の補助があれば、今まで裁判の恩恵を受けられなかった人も裁判を活用するようになり、法曹需要は増大し、結果として法曹の数も増やせると思います。

Rédigé par: 井上 晃宏 | le 11/11/2004 à 07:45

上限を設けるのは上限を設けないと困る人がいるからでしょう。
ただでさえ社会的に不安定な今の時代に安易に敷居を下げてしまったら
様々な分野で才能を咲かせている有能で社会経験豊富な人が大挙をなして
雪崩れ込んできてしまいます。

個人的には、最低限の法律知識と常識を備えた人であれば
人数制限など設けずにどんどん法曹になってもらって構わないと思っています。
供給過多になれば使えない人は自然に淘汰されてゆくでしょう。
新人の就職率には多少影響が出るかも知れませんが、
例え経験がなくても将来性がある人は必ず職にありつけるはずです。
そして下克上的に法曹の淘汰を行い「真なる質の向上」をしてもらいたいものです。

Rédigé par: 蚊帳の外の人 | le 11/11/2004 à 05:35

 司法制度改革審議会の「法科大学院ではその課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである」という見解の名宛人は「法科大学院」であり、当為の内容は「充実した教育を行うべき」ことであり、その到達目標が「その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が新司法試験に合格できる」レベルにまで学生を引き上げる(そのレベルに到達しない学生は卒業させない)ということのように読めますね。
 司法制度改革審議会による上記見解から「法科大学院の場合は7、8割の合格率を想定して作られたも」のと読んでしまうのは、テキスト読解力に難があるのではないかと思わなくはありません。

Rédigé par: 小倉 | le 11/10/2004 à 01:28

司法制度改革審議会の意見書

そして、法科大学院における教育は、「点」による選抜ではなく「プロセス」としての養成であり、「法科大学院の学生が在学期間中その課程の履修に専念できるような仕組みとすることが肝要である」として、厳格な成績評価・修了認定が行われることを前提に、「法科大学院ではその課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである」と述べている

Rédigé par: blog | le 11/09/2004 à 23:53

小倉さんのたとえ話は面白いと思いました。ただ、ローの場合は学生が騒いでいるだけではなく、教員が煽っている(というより一緒になって要求している)状態ですからね。公の場でこれほど明快に「我々を優遇することこそ国益であり、国家の責務である」と言い切っている団体は、少なくとも戦後日本ではほとんどないのではないでしょうか。

でも、「修了者の7、8割が合格する」制度は、厳格な単位認定によって不適格者は法科大学院卒業以前の段階で排除する、という運用が大前提になっていたような。彼らが求めている「入学者の7、8割が合格する」制度設計がされていたとは、寡聞にして聞いたことがありません。

Rédigé par: 感想 | le 11/09/2004 à 20:51

「法科大学院の場合は7、8割の合格率を想定して作られた」ものではありません。

Rédigé par: 小倉 | le 11/09/2004 à 14:37

日本の大学でも、最近は、「優」の割合の上限はあらかじめ決められていますよ(私は、大学の教員もやっているので知っています。)。教員によって成績評価にばらつきがありすぎると、大学の成績を勘案して各種の選別を行う正当性が薄れてしまいますから。

司法試験の場合の上限が必要な理由は、既に繰り返し述べていますが、司法修習のキャパシティに限界があるからです。

Rédigé par: 小倉 | le 11/09/2004 à 14:35

法科大学院の場合は7、8割の合格率を想定して作られたもでのすよね。(これには懐疑論もあったが、相当程度学生が期待してもよいとも考えられるものだった)。
他方、上の例で、7,8割の優はたんなる「目標」ですよね?
ちょっと、パラレルさが欠ける不適切な例え話に聞こえます。

Rédigé par: blog | le 11/09/2004 à 14:07

優の数が決まっているっていうのがおかしいです。

富士通がだめになった理由は、ボーナスの高低は評価で決める。でも、評価がいい人間の数は前もって決まっている。結果、みんなのやる気がそがれたということでした。
「今年は、君はがんばって結果も出しているけれど、我慢してくれるか。」

同じことですよね。
絶対評価でなく相対評価しか出来ないところに問題があるのであって、合格率云々ではないですよね。
富士通の場合はボーナスで支給出来る上限に限度があるのはわかりますが、司法試験の場合はなぜ上限が必要なのでしょう。

Rédigé par: 疑問におもう | le 11/09/2004 à 13:29

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