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12/30/2004

精密ではあるが正確ではない刑事司法

 我が国の刑事司法は「精密司法」といわれることがあります。広辞苑によれば「精密」とは「くわしくこまかいこと」だそうですが、そういう意味であれば「精密」といえるかもしれません。検察は、被告人の生い立ちから趣味嗜好まで、どうでも良さそうなことまで立証しようとします。
 
 しかし、我が国の刑事司法は、「精密」ではあっても「正確」なものではありません。残念ながら、裁判所も検察も、「実体的真実」の追究にあまり熱心ではないからです。いわゆるWinny正犯事件において、裁判所が弁護人の弁護活動について判決文の中で難癖をつけた件は、図らずも我が国の刑事司法のこの病理を明らかにしたものということができます。

 警察官も、検察官も、犯罪捜査のプロではありますが、神様ではありませんので、時に間違えることがあります。そして、間違いに自分で気が付くというのは得てして難しいものです。したがって、警察官や検察官の捜査活動を批判的に検証する弁護人の活動というのは、警察官や検察官の思い違いを排除し、裁判所が真実に近づくのにとても有益です。
 そして、「警察官や検察官の捜査活動を批判的に検証する」という活動を弁護人が効果的かつ効率的に行うためには、警察官や検察官が捜査活動を行うにあたって収集した資料を全て(すなわち検察官等に取捨選択させることなく)弁護人に開示し、検証させるのが合理的です。警察官や検察官が捜査活動を行うにあたって収集した資料のうち、被告人が有罪であるとの印象を裁判官や陪審員に与えるであろうと検察官が考えたもののみを弁護人に開示し、そうでないものは弁護人の目の届かないところに隠匿する権限を検察官に認めた場合、検察官が隠匿した資料や、その資料の存在又は内容を知っていたとしたら弁護人が収集できたであろう資料が証拠として法廷に提出されていたとしたら無罪となっていたはずの被告人に刑罰を科してしまうことになるからです。
 
 検察官と被告人(弁護人)を対立当事者として訴訟活動を闘わせることにより実体的真実を追究していこうという当事者主義的な訴訟構造を採用している諸外国においても、訴訟テクニックを駆使して無実の者を刑務所に送り込むゲームをプレイする権限を検察官に与えているところは、少なくとも日本以外にはありませんので、警察官や検察官が捜査活動を行うにあたって収集した資料を隠匿する権限を検察官に与えません。例えば、カナダでは、いわゆるスティンチコム事件における最高裁判決において、「検察の手中にある捜査の成果は、有罪を確保するための検察の財産ではなく、正義がなされることを確保するために用いられる公共の財産である」として検察官は被告人に対して全面的に証拠を開示する義務があるということを判示しました。
 
 ところが、日本では、証拠を隠匿し、これにより被告人を有罪に陥れる権限が事実上検察官に求められており、検察官は頻繁にこの権限を行使します。裁判所は、「弁護人に証拠を開示してあげなさい」と検察官に命ずる権限はあるのですが、この権限を行使したがりません。これは、検察官も裁判官も、実体的真実の追究なんてものにはさしたる関心がないからに他なりません。
 
 Winny正犯事件において裁判所は、

弁護人は,裁判所に対し,証拠の取調を請求するに当たり,虚偽の事実を告げたものといわざるを得ない。このように裁判所に対して虚偽の事実を告げて証拠請求をするなどという弁護活動は,裁判所と弁護人との間の信頼関係を著しく損ない,事件の審理ひいては実体的真実発見にも多大な悪影響を与えかねないものであって,弁護士倫理の観点からも到底許されるものではない
と判示しています。しかし、弁護人が、検察側の立証の問題点を明らかにするために、検察側が保有していて出したがらない資料を証拠として取り調べてもらう必要はあると判断したのであれば、その資料について取調べを請求するのは当然のことであって、虚偽の事実を告げなければこの要求に応じないという裁判所の姿勢こそが問題であると言えます。この程度の証拠取調べ請求を行うのに虚偽の事実を告げなければならないとすれば、既に弁護人の裁判所に対する信頼はとっくに損なわれているということができるわけですし、捜査機関が作成・収集した証拠を、弁護人が取捨選択して証拠として取り調べてもらうということは実体的真実の発見に資することはあっても、多大な悪影響を及ぼす危険などないとすら言えます。
 
 なお、日本の刑事司法が実体的真実の発見に無関心と思われる事情としては、他に、弁護側の証拠取調べ請求を取り上げることに対する裁判所の消極性や、弁護人による反対尋問の成果を判決に反映させることに対する消極性(刑事訴訟法321条1項2号が簡単に適用され、密室で作成された検面調書の記載が公開の法廷での証言よりも優越的に採用されます。)等をあげることができます。
 
 で、さらに議論を広げるとすると、「100年に一度の司法改革」等といいながら、諸外国並みの、全面的証拠開示義務を検察側に負わせなかった今回の司法改革は、少なくとも刑事司法に関していえば、無実の者を刑務所に送り込むゲームをプレイする権限を検察官に与え続ける、救いようのない改革であるということができそうです。

Posted by 小倉秀夫 at 02:22 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (0) | TrackBack (2)

12/29/2004

知財戦争

 三宅伸吾「知財戦争」(新潮社・平16)を読みました。著者の三宅氏は、日経新聞社の編集委員であるとのこと。
 
 内容的には薄すぎて、とても680円という定価に見合うものではないというのが私の感想です。「あとがき」で取材協力先として列挙されている面々ならびに主要参考文献を見ただけで、「一方からしか物を見ようとしない」薄っぺらい書籍であることは見当が付くのですが、予想を裏切られることはありませんでした。
 
 例えば、61~62頁にかけて

 2003年1月15日、ミッキーマウスの寿命が20年延びた。この日、米連邦最高裁判所が、アニメのキャラクターや映画、音楽などの著作権による保護期間を延ばす法律を「合憲」と判断したためだ。AOLタイムワーナー社の「風と共に去りぬ」(1936年)、カサブランカ(1942年)などの独占使用権限も延長された。
 問題となっていた法律は、1998年に成立した著作権延長法。それまで企業が保有していた著作権の起源は、作品の制作から75年間だったが、同法はこの期間を20年延長するという内容だ。
 ミッキーマウスは1928年、白黒アニメ映画「蒸気船ウィリー」で誕生した。ウォルト・ディズニーが、喜劇俳優チャールズ・チャップリンをモデルにして作ったとも言われる。著作権延長法がなければ、80歳近いミッキーマウスの権利は2003年に期限切れとなるはずだった。期限切れ後にミッキーマウスの配信で一儲けしようと計画していたネット事業者は、最高裁判決に肩を落とした。
という記載があります。
 

これでは、著作権の保護期間が延長されることの問題点は分からないし、なぜ、著作権による保護期間を延ばす法律の合憲性が裁判で争われたのか分かりません。「期限切れ後にミッキーマウスの配信で一儲けしようと計画していたネット事業者」が、予定どおりミッキーマウスの権利を2003年に期限切れとさせるために起こしたとの誤解すら生みかねません。
 もちろん、レッシグ教授の「フリーカルチャー」を読んだ人は誤解しないでしょう。しかし、あちらは大きくて厚いですから、新潮新書の「知財戦争」の読者と必ずしも重ならないことが予想されます。「知財攻防の最前線」に深い関心を有し、著書までしたためてしまう三宅氏がレッシグ教授の「フリーカルチャー」を読んでいないとは信じたくはないし、仮に読んでいなかったとしても、著作権の保護期間を延ばす法律が延期とされたとしても保護期間が経過し「パブリック・ドメイン」となるのは75年以上前に制作された映画(とりあえずは、「蒸気船ウィリー」)とそのころのミッキーマウス等のキャラクター図柄だけであって、それ以降のミッキーマウス作品が直ちに「パブリック・ドメイン」になるわけではないのだから、ネット事業者が「期限切れ後にミッキーマウスの配信で一儲けしようと計画していた」なんて話が嘘くさいことは分かりそうなものです(それに、ミッキーマウスがパブリックドメインになってしまえば、何人もそれを自由に無料で流通させることができるわけで、そのようなものの配信で一儲けを計画するネット事業者がいようとはにわかに信じがたいです。)。
 
 しかも、三宅氏は、全体で7章しかない「知財戦争」のうち2章を「司法問題」にあててしまっています。その一方で、「クリエイターにお金が流れない仕組み」については触れられていません。しかし、例えばアニメについていえば、「買い手」(テレビ局)の新規市場参入が制限されているのに対し、「売り手」(アニメ制作会社)の新規市場参入が制限されておらず実際乱立していることから、「買い叩き」が起こっており、そのため、実際の制作スタッフが低所得にあえいだり、あるいは制作作業を中国等の人件費の安いところに委託せざるを得ない状況に追い込んでいることが問題であって、「アニメ産業」を日本の重要な輸出産業として位置づけるのであれば、テレビ局がアニメ制作会社に発注する際の発注代金の下限を法定するなどの施策を講ずる必要があるのです(そして、岸本周平さんあたりからきちんと取材をしていればそのような問題があることは容易に知ることができたし、「知財」に関する最前線に関心のある三宅氏が、岸本周平氏を知らなかったとは信じがたいです。)が、そういう日本経済新聞的に不都合な話には一切触れられていません。対消費者関係で知的財産権を強化したって仕方がないし、結局力関係のアンバランスが問題なのですから、法曹人口の大幅増員で「アニメ専門弁護士」が生まれたって制作会社をテレビ局による「買い叩き」から救ってやれるわけではないので、戦略本部的な処方箋は、「アニメ産業の育成」の役に立たないわけで、そういう意味では、7章のうちの2章を「司法問題」にあててしまっている「知財戦争」のアンバランスさが目立ちます。

Posted by 小倉秀夫 at 07:32 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (1) | TrackBack (0)

亜細亜大学野球部と客観報道

亜細亜大学野球部員の痴漢被疑事件について、少なくとも「現行犯」逮捕され、マスコミからおもしろおかしく報道されていた件については、嫌疑不十分で不起訴となった模様です。

「被害者」の女の子が早く合図を出し過ぎただけなのかもしれないし、そもそも考え過ぎだったのかもしれません。

それはともかく、報道機関は、この現行犯逮捕直後に、なぜ間違った内容の報道を繰り広げてしまったのか、視聴者に分かるように検証する責任があるのではないかと思います。警察等の役人からのリーク情報をそのまま報道することを「客観報道」と称して開き直っていては、いつまで経っても、マスメディアの「質の向上」に繋がらないのではないかと思うのです。

Posted by 小倉秀夫 at 11:41 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (0) | TrackBack (0)

12/26/2004

毎日新聞のレベル

 毎日新聞社も、司法改革に関して社説 を掲載したようです。
 
 この社説も、「ろくに事実関係を調査せずに記事を作成する」日本のマスメディアの体質がにじみ出ています。
 「同大学院修了を受験資格とする新しい司法試験では、修了者の7割から8割が合格する見通しとされていた。」なんて言ってしまっていますが、それは少なくとも法科大学院の総入学者数にあわせて新司法試験合格者数を設定せよという意味では、法曹養成システムとして法科大学院制度を選択することとした際には、全然言われていなかったのであって、「修了者の7割から8割」というのはむしろ各法科大学院に対して法科大学院修了のレベルをそこまで引き上げろという意味で用いられていたことは、過去の議事録等を調べれば分かることです。法科大学院による教育の結果、法科大学院修了者の上位7~8割がどの程度のレベルにまで到達したかを問わず、彼らを全て新司法試験に合格できるようにしようということについては、当時コンセンサスとして成立していなかったわけです。
 
 毎日新聞は「新制度への期待感の表れか、予想を上回る68校の同大学院が開設され、定員も6000人規模に膨らんだことの影響も無視はできない。しかし、新試験の合格率を抑えれば、同大学院の予備校化を招き、改革を逆行させかねない。」というのですが、「法科大学院の理念に従った学習をしない」学生を各法科大学院が卒業させなければそういう事態は発生しないわけですし、そもそも「プロセスとしての法曹養成制度」としての法科大学院制度において、その「プロセス」を担う法科大学院は、質的に問題がある者が法曹とならないように「プロセス」の中でこれを除去する役割を担っているはずなのであって、その役割を果たす気のない法科大学院が「法科大学院の理念に従った学習をしない」学生までも法科大学院を卒業させることを当然の前提としていることこそが「改革を逆行させかねない」のです。
 
 それに「法務省などには合格者の質の低下への懸念があるというが、そもそも資格試験に合格枠を設定するのも奇妙な話だ」というけれども、「法科大学院→新司法試験→司法研修所→二回試験」というプロセスを採用した時点で「合格枠」≒「司法研修所の入所定員」が設定されるのは当然のことです。
 
 もっと根源的なことをいえば、毎日新聞の社説は「超難関のため多くの受験生は大学より司法試験予備校に通い、マニュアル化した受験教育を受けているのが実情だからだ。合格するために有名大学に、有名大学に入るには有名高校にといった受験偏重主義も幅を利かせている。」というのですが、「超難関のため多くの受験生は大学より司法試験予備校に通い、マニュアル化した受験教育を受けているのが実情」ということと「合格するために有名大学に、有名大学に入るには有名高校に……といった受験偏重主義も幅を利かせている」ということは一見して矛盾しているように思われます(大学に通わなくとも司法試験予備校に通えば合格できる程度のもので現行司法試験があるならば、「合格するために有名大学に、有名大学に入るには有名高校に」なんていう受験偏重主義は意味がないし、むしろそれは「法学部出身者に限らず、幅広い分野から人材を受け入れ」るのに役に立っているではないかとも言えそうです。)。
 
 また、「その結果、20年近くも受験勉強を続けた者が裁判を担うようになり、人情の機微に通じていない法律家が生まれたり、いびつな司法判断が目立つ、といった指摘を受けるようになっていた。」と毎日新聞がいう場合の「受験勉強」の始期をどこに捉えているか今ひとつ分からないのですが、現行司法試験において、現役又は1浪程度で大学に入学し、そのまま受験勉強を続けて、30台を超えてようやく司法試験に合格するという「苦節十数年」型の合格者というのは非常に例外的な存在であることはきちんと取材すれば容易に分かる話ですね。それなのに、現行司法試験が超難関であるがために、「20年近くも受験勉強を続けた者」がやっと合格するのが一般的であるとの誤解を招きかねない表現をするのはいかがなものかと思います(しかも、そういう例外的な方はほとんど裁判官になっていないのだから、それが「いびつな司法判断が目立つ」原因には全然なっていないことは明かですし。)。
 
 それに、法科大学院制度って、「人情の機微に通じた法律家」を生み出すのに役立つ制度でないことは明らかです。法科大学院制度を採用し、かつ、法科大学院入学者は、高額の学費を納め続け、かつ、3年間法科大学院の教員たちに表立って楯突かずにやり過ごせばその7~8割が新司法試験に合格できるようにすれば「人情の機微に通じた法律家」が生まれるだろうだなんて、馬鹿げた話です(だいたい、大手マスメディアの多くは、超難関の大手マスメディアに苦労せずに入社した「コネ入社組」を少なからず抱えているのだから、彼らが「正規入社組」と比べて「人情の機微に通じ」ているかどうかなんてことはよく知っているはずだと思うのですが。)。
 
 毎日新聞社は、この程度のことも分からない人が社説を書くポジションにいるということでしょうか。あるいは、その程度のことは実は分かっているけれども、広告料収入のことを考えると、たくさんの法科大学院が乱立する状態が望ましいと考えてあえて国民を騙そうとしているのでしょうか。

Posted by 小倉秀夫 at 11:21 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (2) | TrackBack (0)

12/23/2004

2004年のBest 5

 そろそろ2004年も終わりですね。

 皆様は、今年CD等が新発売された楽曲のうち、お気に入りの5曲をあげるとすれば何と何をあげますか?

 私は音楽に関しては結構メジャー指向なので、次の5曲をあげておきます。


  • U2・・・・・・・・・・・・・・・・・・Vertigo

  • Mr.Children・・・・・・・・・・・・・・タガタメ

  • Love Psychedelico・・・・・・・・・・・Mind Across the Universe

  • 大塚愛・・・・・・・・・・・・・・・・さくらんぼ

  • Orange Range・・・・・・・・・・・・・花

  • このうち、大塚愛の「さくらんぼ」だけは、CCCDのため、買っていませんが。

    Posted by 小倉秀夫 at 06:48 PM dans 音楽 | | Commentaires (0) | TrackBack (1)

    12/21/2004

    東京新聞からの返信

    昨日の22時ころ、「東京新聞論説室(15日付の社説筆者)」から、A4・1枚の回答書が私の事務所宛にFAXで送付されました。
    (FAXのヘッダには、
    「'04 12月20日 22:00     イイムロ」
    とあったので、おそらく飯室勝彦さんだったのでしょうね。)

    いろいろ書いてはありましたが、「研修所で裁判官や検事と『同じ釜の飯を食った』経験への弁護士の郷愁」が司法研修所による実務教育を受けさせるという制度が採用された代表的な理由の一つであるとする具体的な根拠は、結局のところ書いてありませんでした。

    私は、ある裁判官やある検察官が研修所の同期であることを誇らしげな顔で語る弁護士に会ったことはないし、裁判官や検事との間にパイプがあること自慢げに語る弁護士にもお会いしたことはない(検事との間にパイプがあることを売りにする弁護士はヤメ検さんにはいそうな気がしなくはないですが、裁判官との間にパイプがあるなんて話をする弁護士って、私は噂にも聞いたことはないです。)のですが、そういう私は同僚や会内の雰囲気に通じていない弁護士と認識されてしまったようです。

    Posted by 小倉秀夫 at 10:56 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (4) | TrackBack (2)

    12/19/2004

    コンテンツ・ビジネスの未来のために

     畠山けんじ「踊るコンテンツ・ビジネスの未来」(小学館・平17)を読みました。
     資料的な価値としては悪くないので、コンテンツ・ビジネスに興味がある方々は読んでおいて損はないと思いました。
     
     私は、実は「コンテンツ・ビジネス」という言い方はそれほど好きではありません。機器・インフラ等を開発・提供する側からすると、そのような機器・インフラを利用してエンドユーザーに届けられる音楽・映像等はまさに「コンテンツ」(=包含物)ということになるのでしょうが、音楽・映像等を開発・提供する側がそれを「コンテンツ」と表現することには大層な違和感があります。音楽・映像等を開発・提供する側からみた場合、音楽と映画とアニメとゲームは一括りにできない、それぞれ全く別個の分野だし、同じ音楽でも、クラッシックと歌謡曲とポップスとでは全く別個の分野だとしかいえないのではないかという気がします。
     
     それはともかく、「知財立国」の一環として「コンテンツ・ビジネス振興」というものを捉えた場合、到達すべき目標は、「日本国内で創作された『コンテンツ』を利用してより多くの外貨を稼ぎ出す」ということになります。
     そのためには、大きく分けて、


    1.  日本国内で創作される「コンテンツ」に、品質面かつ/または価格面で比較優位性を持たせる

    2.  日本国内で創作された「コンテンツ」が国外で利用されたときに、その利益を現実に国内に還流させるシステムを構築する


    という施策が必要となります。

     しかし、政府の「コンテンツ振興策」って、1.については、内高外低の内外価格差に法的強制力を与えたり、諸外国ではほとんど認められていないような権利を創設したりして、国内消費者からよりたくさんのお金を巻き上げて、それを原資ににて、国外での市場価格を引き下げられるようにすることくらいしかしていないですね。2.については、ほとんど何もしていないようなものです。日本国内での著作権者の権利をいくら強化したって、2.の役には立ちませんから。
     
     現在日本が品質面の比較優位性をもっている漫画・アニメ・ゲーム・ポップミュージック等は、もともと「学校でお勉強する」ようなものではないですから、品質面での比較優位性を維持・拡大するために政府ができる役割というのは実はあまり大きくないですね。基本的には、学ぶ機会および発表する機会の提供、ならびに、創作者の保護ということになるのでしょう。
     
     「創作者の保護」といった場合に、文化庁や戦略本部はすぐに「消費者からの保護」にばかり気をとられるのですが、実際には、「エンターテインメント産業からの保護」の方が重要です。米国ですと、クリエイターたちが強力な組合を作ってエンターテインメント産業に対して強固に権利主張したりするわけですが、日本のクリエイターたちにそのような行動を期待しても仕方ないですから、エンターテインメント産業とクリエイターとの間の契約について、労働基準法等類似の規制法規を制定する必要だってあるかもしれません。
     
     

    Posted by 小倉秀夫 at 12:49 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (1) | TrackBack (0)

    12/16/2004

    報道機関は特別!!

     ドン・キホーテ放火事件絡みで、ドン・キホーテの従業員が、消防署の記者会見に潜り込んで聞いていたことが問題とされていたそうです。

     しかし、警察や消防署が未確定の情報等を報道陣にだけブリーフィングするということ自体がおかしいんですよね。

     警察等は、一般に知られてはいけない秘密は報道機関にだって話すべきではないし、知られてもまずくはないことは報道機関以外にも知る機会を与えてしかるべきです。報道機関は、国民に情報を伝えることが本来的な仕事なのですから、(取材した情報を取捨選択して報道する権限はあるにせよ)、制度的に報道機関だけが特権的に教えてもらって、国民に黙っているというのはおかしいんですよね(誘拐事件のように報道協定を結ぶ現実的な必要性がある場合は除きますけど。)。

     昨日の東京新聞の社説が、「エリートではなく、国民に身近な職業人としての法律家を大量に育てるために法科大学院が生まれた。」という書き出しだったのは、「報道機関以外にエリートは不要だ」という意識の表れかもしれませんね。司法研修所存置論者は、そんなことを問題にしているわけではないのに(廃止論者も、「エリート」云々を問題視していないしねえ。)。

    Posted by 小倉秀夫 at 08:48 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (0) | TrackBack (0)

    東京新聞への質問

    12月15日付の社説の件について、下記のとおり、東京新聞にメールで質問状を出しました。さて、回答はくるでしょうか。


    前略 記事の平成16年12月15日付の社説「新司法試験 改革の理念に合わせて」をオンラインで拝見させて頂きました。

     その中に、「数の問題は合格者に最高裁主導で実務教育をする司法研修所の収容能力にも関係している。教育権を完全には失いたくない最高裁の思惑、研修所で裁判官や検事と『同じ釜の飯を食った』経験への弁護士の郷愁などから生き残った形の研修所だが、法科大学院の実務教育を充実すれば不要だ。」との記載があるのを発見致しました。

     私自身弁護士の一員であり、司法改革、とりわけ法曹養成制度の行く末には関心を持って見ているのですが、法科大学院卒業、新司法試験合格後直ちに法曹資格を与えることにせず、司法研修所による実務教育を受けさせるという制度が採用された代表的な理由の一つとして、「研修所で裁判官や検事と『同じ釜の飯を食った』経験への弁護士の郷愁」があるという話は初めて聞きました。
     東京新聞、中日新聞といえば、主要全国紙に匹敵する発行部数を誇るメジャーな新聞ですので、十分な取材による裏付けのない事実を社説として掲載することはないと思われますので、司法研修所が「研修所で裁判官や検事と『同じ釜の飯を食った』経験への弁護士の郷愁などから生き残った」とする論拠がおありだと存じます。つきましては、誠にご多忙の折とは存じますが、その論拠についてご教示頂ければ幸いです。
                                      草々

    Posted by 小倉秀夫 at 12:42 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (0) | TrackBack (0)

    12/15/2004

    東京新聞の実力

    東京新聞がその社説で法科大学院問題を取り上げています。

     数の問題は合格者に最高裁主導で実務教育をする司法研修所の収容能力にも関係している。教育権を完全には失いたくない最高裁の思惑、研修所で裁判官や検事と「同じ釜の飯を食った」経験への弁護士の郷愁などから生き残った形の研修所だが、法科大学院の実務教育を充実すれば不要だ。廃止を目指すべきである。

     さすがは東京新聞です。法科大学院制度のもとでも司法研修所を残すこととした経緯(弁護士会急進派は司法研修所の廃止を主張していたのに、従前通りの「理論教育」中心でやりたい大学関係者側の方が2階建て方式を提案してきたというのが実情なのに。)や、現在の法科大学院制度のもとで司法研修所の代替となるような実務教育が法科大学院にできるのか等の基本的な事実はあっさり無視ですね。
     
     東京新聞を初めとする司法研修所の廃止を主張する人たちは、
     
     裁判官は、弁護士が依頼者から事情を聞き、証拠資料等を収集し、これを取捨選択する過程や、検察官が被疑者や関係者を取り調べて調書を作成する過程などの実態を知る必要はなく、
     弁護士は、裁判官がどのようにして意思決定を行うのかなどの実態を知る必要はない
     
    ということを同時に言っているのだということを十分認識すべきだと思います。

     さらにいうと、建前はともかくとして、法科大学院制度を採用したところで、「豊かな社会常識を有するバランスのとれた人格」をもっていないと言うことで法科大学院を卒業させないとか、新司法試験に合格させないなどという運用を行うことは現実的に不可能なのですから、結局、「豊かな社会常識を有するバランスのとれた人格であることは大前提だ。」なんてことを偉そうにいってみても、法曹養成制度を考える上では無意味だと思うのですけどね。

    Posted by 小倉秀夫 at 11:25 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (0) | TrackBack (2)

    12/12/2004

    Windowsでしか使えないシステムは不適

    「IEでしか読めないページ,Windowsでしか使えないシステムは不適」,経産省が調達ガイドライン作成へという記事がITProに掲載されています。

    「全くその通りだ!」というより他にありません。

    まずは、電子内容証明をどうにかして欲しいです。

    また、訴状や準備書面等をオンライン上で提出できるシステムを作成するときは、OS依存性ができるだけないシステムにしてもらいたいものです。

    Posted by 小倉秀夫 at 04:18 PM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (6) | TrackBack (1)

    音楽ビジネスに関する書籍(1)

    Amazon.co.jpで下記の書籍を購入しました。

     鹿毛丈司「音楽ビジネス・自由自在ーー原盤権と音楽著作権を知るためのハンドブック」(音楽之友社・平15)
     
     湯浅政義「音楽ビジネスのすべて」(オリコン・平16)
     
    前者は、日本の音楽ビジネスにおいてどのような契約が交わされ、どのようにお金が動いているかを知るのに役に立ちますし、後者は、米国において音楽ビジネスがどのように行われているのかを知るのに役に立ちます。

    また、後者は、9-5で、「音楽配信は何をどう変えたか、どう変えようとしているのか?」を論じており、その点も興味深いです。 

    Posted by 小倉秀夫 at 04:12 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (0)

    脱落者を出さないロースクール

     落合弁護士のBLOGによると、大宮法科大学院の宮澤節生教授が昨日の日経新聞で「新司法試験の単年度合格率 理念維持へ最低5割」などといったテーマで寄稿されたそうです。
     
     「法科大学院の理念」を大切にするならば、「法科大学院の理念」に沿った法科大学院による教育を軽視して、在学中から予備校教育に頼る学生については、「進級・卒業させない」という選択を各法科大学院が行えば済むだけの話ですね。実際、卒業生の司法試験合格率が5割を超えているという米国のロースクールは、当該ロースクールで行われている教育に対して手抜きをしているような学生は脱落して行かざるを得ない(といいますか、手抜きをしていなくとも、能力の劣る学生も脱落していってしまう)システムを採用しており、ロースクールの卒業資格を得るということ自体が大きな試練になっているわけです。さらにいうならば、米国のロースクールにおいては、ロースクールにおける成績が良くないとまともな就職先が見つかりにくかったりするわけで、そういう意味でも、ロースクール自体が厳しい「淘汰の場」となっているわけです。
     
     実際、1年間で入学者の15%が脱落していくと仮定すると、未習者コースで入学者の55%、既習者コースで入学者の70%しか法科大学院を終了できず、したがって、新司法試験を受験できないわけですから、第1回目の新司法試験の合格者数を800人とし、徐々に1500人まで引き上げるという施策をとると(500名程度は旧司法試験ないし予備試験枠)、だいたい新司法試験の単年度合格率は4~50%に近づいていくのではないかと思います。
     
     ところが宮澤教授等法科大学院関係者の話を聞いていると、従来の法学部の感覚が抜けていないのでしょうか、どうも、法科大学院の入学者のほとんど全員が法科大学院を卒業できるということが暗黙の前提となっているようです。つまり、日本の法科大学院は、米国のロースクールとは異なり、それ自体が「淘汰の場」となることを基本的に予定していないようです。これで、「新司法試験の単年度合格率を50%にせよ」といわれても、困ってしまいます。比較的弁護士資格を得やすいといわれる米国の法曹養成制度だって、そんなに甘くはありません。
     
     宮澤教授は、法曹の質は市場原理に委ねればいいといっているそうですが、それならばそもそも法科大学院制度自体不要だというべきでしょう。

    Posted by 小倉秀夫 at 03:44 PM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (6) | TrackBack (1)

    12/10/2004

    日本版電子フロンティア財団を作ろう(黎明編01)

     著作権法やその周辺法規は、コンテンツホルダーのためだけにあるわけではありません。コンテンツホルダーの活動を抑えて、著作物等の利用者やIT関連事業者の自由なり利益なりを確保するためにだって、本来あるわけです。しかし、従来は、著作物の利用者(特にエンドユーザー)やIT関連事業者は、コンテンツホルダーたちと比べて、乏しい弁護士費用やら、ロビー活動費しか支出してこなかったため、本来確保できてしかるべき利益等を確保することができませんでした。
     
     もちろん、私なんかも、ボランティアでいろいろ活動はしてきたのですが、ボランティアって限界があります。どうしたって、かけられる時間が非常に限定されてしまいますし、「この人に協力をお願いできれば非常に心強い」と分かっている専門家がいても協力をお願いしにくいですし(何たって、「私と一緒にただ働きしませんか」という話ですから。)、有能な人材を引き寄せにくい(レコード輸入権問題の時に、反対運動に参加した法律専門家が私の他に何人いたのかというと、非常にお寒い話です。また、CCCD反対運動の時だって、CCCDの技術的な問題点を、専門家に科学的に検証してもらうことができなかったわけですし。)等の問題点があります。
     
     また、今後司法改革が浸透し、弁護士の1時間あたりの単価が大幅に引き下がると、営業活動に充てなければならない時間が大幅に増加しますので、ボランティア作業に費やせる時間が大幅に減少することになります。
     
     この点、米国は合理的です。
     電子フロンティア財団のようなNPOが、広く企業や市民から寄付を募り、そうして集めた資金で弁護士や技術者を雇って、新たな法律案等についての意見書を作成させたり、市民等の自由を確立する上で重要な訴訟について訴訟代理活動等を行わせたりしています(まあ、米国の場合、訴訟で敗訴する前に、途中で弁護士費用が払えなくなって被告であるベンチャー企業が倒産して訴訟が終了するというケースが少なからずあるので、その必要性が高いのでしょうが。)。
     
     そこで、日本でもこのような組織を作れないかということを考えるべき時に来ているのだと思います。
     
     もちろん、日本と米国では、法制度も、社会基盤も大きく違うので、米国の電子フロンティア財団と全く同じようなものができるとは思わないのですが(例えば、弁護士法との関係を考えるだけでも結構頭が痛そうだし、寄付文化が根付いていない日本でどの程度資金集めができるのかという問題もありますし。)、まずは、とりあえず何ができそうで、何はできそうにないのかを考えてみるのも良いのではないかと思います。
     
     次回の本格的な著作権法改正は2006年度に行うことが予定されているようなので、まだ時間はありますし。

    Posted by 小倉秀夫 at 07:04 PM dans L'organisation nouvalles | | Commentaires (0) | TrackBack (1)

    12/08/2004

    What is the point of JCL

    大学3年生相手に著作権法の概要を3時間で講義するとした場合、何をどう語れば良いのでしょうか。

    パンデクテン的に語っても単調になってしまうし、結構悩ましいところです。

    Posted by 小倉秀夫 at 10:50 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (1)

    「隣組」の精神と自己責任の原則

    国士舘大学サッカー部に続き、亜細亜大学野球部の部員も、現在、犯罪を犯した容疑がかけられている。
    こういう事件が起こると、当該運動部全体が、公式戦自体だとか活動停止だとかに追い込まれてしまいがちな日本なのですが、何も悪いことをしていない他の部員の人生を棒に振らせかねない「連帯責任」というのは、もういい加減にやめにしてもらいたいものです。
    当該運動部の他の部員はもちろん、その監督、コーチ等だって、部員のプライベートを逐次監視するわけにはいかないんだし、部員全体を「犯罪を犯さないような精神の持ち主」に洗脳することなんてできないわけですから、当該部活動と直接関係のないところで行われた部員の不祥事について、部全体でそんな重い責任を負わされる合理的な理由はありません。

    (だいたい、彼らを非難するマスコミだって、ときおり社員等が性犯罪を犯しているわけですが、解散は勿論、活動停止だってしていないではないですか。)

    Posted by 小倉秀夫 at 08:45 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (2) | TrackBack (0)

    安倍なつみ問題

    安倍なつみの盗作疑惑問題は、結構解せなかったりします。

    「アーティスト」が「創作」した作品が既存の作品と類似していないかチェックしてふるいにかけるのは、基本的にはスタッフのお仕事なわけですが(特に「アーティスト」がまだ若い場合、「アーティスト」に既存の楽曲に関する知識が十分でなかったりしますから、「アーティスト」任せにするのは非常に危険ですね。)、彼女のスタッフって、安室奈美恵のヒットシングル「Body Feels EXIT」も知らない程節穴揃いだったのでしょうか。

    Posted by 小倉秀夫 at 01:59 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (0)

    12/07/2004

    ポスナーとベッカー

    Richard A. PosnerGary S. Beckerとが共同でBLOGを開設されたそうです。

    Posted by 小倉秀夫 at 02:57 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (0)

    12/05/2004

    出版物貸与権管理センター

     2004年の著作権法改正において、書籍・雑誌の貸与権を創設するにあたって、貸与権についての権利集中管理を行うべき組織とされていた有限責任中間法人出版物貸与権管理センターが、平成16年12月2日付で、著作権等管理事業者として正式に登録されたそうです。
     では、貸本業者の団体と出版物貸与権管理センターとの協議が進んでいるかというと、どうも暗礁に乗り上げてしまったようです。
     CDVJの赤田理事によると、「貸与権管理センターは口頭で『3週間禁止、使用料280円』提示してきました。280円の根拠をただしたら、『作家には80円、出版社、取次店、貸与権連絡センターに200円』との返事でした。」とのことです。
     
     音楽CDの場合、レコード会社にはレコード製作者としての著作隣接権としての貸与権または報酬請求権がありますから、作詞家、作曲家、実演家とは別にライセンス料を徴収するというのは分からなくはないのですが、書籍について出版社には貸与権または報酬請求はありませんから、何故、貸本業者が出版社に貸与についてのライセンス料を支払わなければならないのか理解に苦しみます。まして、取次店なんて、音楽CDの貸与についてだって何の報酬の支払いも受けていないのに、なぜ書籍については突然貸与に関する報酬を受けようなんて考えたのか、全く不可思議としかいいようがありません。
     また、貸与権管理センターの管理手数料をいくらとする予定なのか分かりませんが、権利者に支払われるべき金額と同程度またはそれ以上の管理手数料を徴収する管理事業者だなんて、有害といわざるを得ません。弁護士がこんなことやったら、それこそ懲戒を受けかねません。

    Posted by 小倉秀夫 at 06:47 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (4) | TrackBack (5)

    「幇助の故意」と宗教紛争

     Winny事件の関係などで「幇助の故意」が話題になっていますが、この「幇助の故意」について注目の裁判例が下されました。東京高判平成16年11月19日判例集未登載がそうです。
     事案としては、日蓮正宗側が創価学会を批判するビラを作成する際に池田大作の写真を勝手に流用したという「犬も食わない」ようなものです。で、そのビラ配布のための保管及び作業場所として妙観講本部を使用することを了承したことが、ビラの配布(譲渡権侵害)の幇助となるのかが問題となりました(まあ、刑法上の「幇助」ではなく、不法行為法上の「幇助」が問題となったのですが。)。
     裁判所は、

    1審被告Aが,1審被告Bの依頼に応じて本件写真ビラ配布のための保管及び作業場所として妙観講本部を使用することを了承し,その了承の下に,同本部が保管及び作業場所として使用されたことによって,本件写真ビラの配布(譲渡権侵害)が容易となったということができる。したがって,1審被告Aには,本件写真ビラの配布を客観的に容易にするという意味における幇助行為があったというべきである
    と、まず認定しました。その上で、
    1審被告Aは,1審被告Bから,「守る会」が発行するビラの配布のための保管,作業場所として妙観講本部を使いたいという要請を受けた際に,そのビラがCの発言等を引用して1審原告及び公明党を批判する内容のものであって,Cの顔写真を掲載するという程度のことは,知らされていたと推認するのが自然である。しかし,それ以後,印刷済みの本件写真ビラが妙観講本部に搬入されるまでの間に,1審被告Aが,ビラに掲載するCの写真を見せられたり,写真が具体的にどのようなものであるかの報告を受けたりして,本件写真ビラに掲載される写真の具体的内容を知っていたことを認めるに足りる証拠はない
    という事実を認定しました。裁判所は、そのような場合には、
    1審被告Bからの要請を受けて1審被告Aが本件写真ビラの配布のための保管場所に妙観講本部を使うことを了承した際,1審被告Aには,ビラに掲載する写真(本件ビラ写真)が,1審原告の著作権等を侵害する行為によって作成されたものであることないしその蓋然性が高いことの認識があったとは認められない
    として「幇助の故意」を否定しました。
     刑法上の「幇助」と異なり、不法行為法上の「幇助」は、故意がなくとも過失があれば成立するので、裁判所は当然その点も検討しています。すなわち、
    本件ビラ写真が著作権等を侵害するものであることについては,1審原告写真1と比較したときに初めて分かるという性質のものであるから,1審被告Aが本件写真ビラに本件ビラ写真が掲載されているのを見たとしても,そのことのみをもってしては,同1審被告が,本件写真ビラに掲載された本件ビラ写真が著作権等を侵害する行為によって作成されたものであることないしその蓋然性が高いことを認識しつつ,妙観講の講員による本件写真ビラの配布を容認したということはできないし,上記のような違法な結果の発生を認識し得べきであったのに認識しなかったということもできない
    として過失の存在をも否定しています。
     
     ファイル共有されているmp3ファイルが日本音楽著作権協会の著作権を侵害するものであるかは、同協会が著作権を有する楽曲と比較したときに初めて分かるという性質のものなのですが・・・

    Posted by 小倉秀夫 at 03:51 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (0)

    降りるに降りられず

    大学院中退者は、もっと大変みたいです。

    http://www5a.biglobe.ne.jp/~teorema/after.html

    法務大学院中退者はもちろん、三振法務博士も同じようになるのでしょうか。

    Posted by 小倉秀夫 at 12:48 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (3) | TrackBack (0)

    12/02/2004

    Meurtre ou L'aide de Suicide'

    法科大学院も人ごとではなさそうですね。

    http://d.hatena.ne.jp/dice-x/20041129

    Posted by 小倉秀夫 at 01:42 PM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (1) | TrackBack (1)

    12/01/2004

    現行試験恒久存続論

     新司法試験の合格者数の問題は、主要マスコミに取り上げられるまでになりましたね。
     ただ、マスコミや学者が何を言おうと、法律実務家の間には法科大学院不信論が根強くありますし、新規法曹がある種富裕階層からしか輩出されなくなることに対する危惧感を持つ人も少なくありません。それゆえ、法律事務塚の間では、現行試験枠を当面残しておいて欲しいとの要望が実は強かったりします(日弁連は、執行部と一般会員との間で結構意見の相違がある組織です。)。
     
     実際、年間500人前後は従来型の司法試験(論文試験の試験時間を倍増させるなどの改革はしても良いと思いますが)にて採用し、この枠で採用された者については従前通り2年程度司法修習を有給で行うこととし、それとは別に、法科大学院卒業生を対象とする新司法試験を実施し、その合格者には司法修習を経ずに法曹資格を与えるということでも良いような気もします。多少は、多様な学力を持った人材を法曹の一員とすべきという要請にも応じないといけないのでしょうから。その代わり、どちらの過程を経て法曹資格を取得したかを依頼者に明示することを義務づけることとしておけば、あとは、依頼者が選択すれば良いだけの話ですから。
     
     これなら、優秀な学生は在学中に従来型司法試験に合格して司法修習を経て法曹資格を取ることができるので、みすみす有能な人材を官界等に採られずに済みますし、実社会で様々な経験を積んできた人も法曹の一員になることができます。

    Posted by 小倉秀夫 at 01:21 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (3) | TrackBack (0)

    弁護人はかかしではない

    11/30付けの京都新聞によれば、Winny事件の正犯の方の裁判で、

    楢崎裁判長は▽ウィニー開発者の金子勇被告ら第三者に捜査報告書や起訴状の写しを送ったのは捜査の秘密保持などの点から不適切▽金子被告と連絡を取っていたのに裁判所にうそを言って供述調書を証拠請求したことは、弁護士倫理の観点から許されない-とした。
     弁護人は「書面を送った相手は事件の第三者ではない。裁判所に対して金子被告と連絡が取れないとも言っていない」と話している。
    とのことです。

     しかし、起訴状は公開の法廷で朗読されることが予定されているものですから、そもそも「捜査の秘密」云々の対象となるものではありませんね。また、捜査報告書の写しを金子氏らに送ったとの点ですが、捜査報告書や供述調書の写しをマスコミに送って情報料を受け取るのとは異なり、捜査報告書の記載内容に間違いや矛盾がないかを、その分野に詳しい人に確認してもらうために、その人に写しを送ることがなぜ不適切なのか大いに疑問です。検察が提出してきた捜査報告書が、その分野に詳しい人の目でチェックされるということは、本来裁判所にとっても歓迎すべきことであるはずです(刑事裁判官の仕事は、弁護人の主張をはねのけてひたすら有罪判決を下すことと勘違いしている裁判官にとっては、歓迎すべきでないことかもしれないですが。)。それとも、刑事弁護人は、あらゆる分野において、専門家の助けを受けなくとも正誤の判断が正しくできるように日々研鑽を積んでおくべきといいたかったのでしょうか。
     
     また、弁護人には、捜査段階の供述証拠を請求する権利があるのであり、正犯の弁護人が従犯と連絡を取っていたか否かによってその権利の行使の可否は左右されないはずですね。裁判所は、「正犯の弁護人が従犯と連絡を取っていたと知っていたら、捜査段階での供述証拠を弁護人が請求しても認めなかった」とでもいうのでしょうか。
     
     大阪弁護士会は、このような馬鹿げた弁護士批判を公言する裁判官にしかるべき処分が下されるよう、京都地裁に申し入れをすべきではないでしょうか。

    Posted by 小倉秀夫 at 12:52 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (3) | TrackBack (2)