弁護人はかかしではない
11/30付けの京都新聞によれば、Winny事件の正犯の方の裁判で、
楢崎裁判長は▽ウィニー開発者の金子勇被告ら第三者に捜査報告書や起訴状の写しを送ったのは捜査の秘密保持などの点から不適切▽金子被告と連絡を取っていたのに裁判所にうそを言って供述調書を証拠請求したことは、弁護士倫理の観点から許されない-とした。とのことです。
弁護人は「書面を送った相手は事件の第三者ではない。裁判所に対して金子被告と連絡が取れないとも言っていない」と話している。
しかし、起訴状は公開の法廷で朗読されることが予定されているものですから、そもそも「捜査の秘密」云々の対象となるものではありませんね。また、捜査報告書の写しを金子氏らに送ったとの点ですが、捜査報告書や供述調書の写しをマスコミに送って情報料を受け取るのとは異なり、捜査報告書の記載内容に間違いや矛盾がないかを、その分野に詳しい人に確認してもらうために、その人に写しを送ることがなぜ不適切なのか大いに疑問です。検察が提出してきた捜査報告書が、その分野に詳しい人の目でチェックされるということは、本来裁判所にとっても歓迎すべきことであるはずです(刑事裁判官の仕事は、弁護人の主張をはねのけてひたすら有罪判決を下すことと勘違いしている裁判官にとっては、歓迎すべきでないことかもしれないですが。)。それとも、刑事弁護人は、あらゆる分野において、専門家の助けを受けなくとも正誤の判断が正しくできるように日々研鑽を積んでおくべきといいたかったのでしょうか。
また、弁護人には、捜査段階の供述証拠を請求する権利があるのであり、正犯の弁護人が従犯と連絡を取っていたか否かによってその権利の行使の可否は左右されないはずですね。裁判所は、「正犯の弁護人が従犯と連絡を取っていたと知っていたら、捜査段階での供述証拠を弁護人が請求しても認めなかった」とでもいうのでしょうか。
大阪弁護士会は、このような馬鹿げた弁護士批判を公言する裁判官にしかるべき処分が下されるよう、京都地裁に申し入れをすべきではないでしょうか。
Posted by 小倉秀夫 at 12:52 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | Permalink
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Voici les sites qui parlent de: 弁護人はかかしではない:
» 判決中での弁護人批判 de 弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」
昨日の京都地裁におけるwinny正犯の判決公判で、裁判所が、弁護人の弁護活動を批判したことが、ちょっとした話題になっている。判決で、そういったことを行うことが... Lire la suite
Notifié: 1 déc. 2004, 12:43:56
» 弁護人の正当な真実発見のための活動を「自戒せよ」とは!? de ろーやーずくらぶ
Winny事件は、興味本位でしか見ていなかったのですが、この裁判長の意見は、刑事弁護に携わる者として看過することができません。
京都新聞の記事から転載(一... Lire la suite
Notifié: 4 déc. 2004, 22:12:12
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Commentaires
傍聴しておりました。京都新聞の報道の通りどころか、遥かに厳しい口調でした。現場では、「?」が脳内に浮かびまくり、何の話なのか把握するのに時間がかかりました。控えめに見ても二分は弁護人批判が続いておりました。
Rédigé par: ななしさん | 1 déc. 2004, 14:44:02
まったく同感です。このような裁判所至上主義とでもいうべき弁護人の弁護活動に対する無理解に基づく筋違いなバッシングに対し、弁護士会としてきちんと対応しておくべきでしょう。
改正刑訴法では、開示証拠の目的外利用の禁止がうたわれていますが、このような勘違い裁判官がいるようでは、正当な弁護活動が相当に萎縮してしまうことになりかねません。
Rédigé par: 増田尚 | 1 déc. 2004, 10:12:05
小倉 先生
おはようございます。
また,先日はお世話にになりました。ありがとうございます。
さて,この記事についてですが,裁判官がどのようなことを言ったのか詳しくは知らないので断言は避けますが,もし報道等のとおりだとすれば,厳しく批判されてもやむを得ないものだろうと思います。
当該裁判官には「何も分かっていない状態または誤解しかもっていない状態で,弁護士の職務について正確性を欠き当を得ない批判をすることはとても恥ずかしいことだったのだ」ということをご理解いただくべきだと思いますが,ほぼ無理だと思います。確信犯ですので。
なお,現時点で日本全国の裁判所の刑事部に所属している裁判官全員について,米国の刑事裁判におけるディスカバリー制度について研修と実地訓練を受けさせるべきだろうと思います。
日本の裁判制度は米国の裁判制度とは異なりますが,少なくとも江戸時代の「おしらす」と同じであってはならない。
そのことを理解していただかないと,政府で司法制度改革を検討してみたところで何の成果もあげることはできないでしょう。制度を形式的にいくらいじってみても,当の担当者である裁判官の意識に何らかの変化がもたらされない限り,司法制度運営の上では微塵の変化もあり得ないからです。
その意味では,現在の司法制度改革論議の中には,空理空論または砂上楼閣または単なる夢想に属するものが少なくないと思われます。
Rédigé par: 夏井高人 | 1 déc. 2004, 09:42:37