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12/08/2004

「隣組」の精神と自己責任の原則

国士舘大学サッカー部に続き、亜細亜大学野球部の部員も、現在、犯罪を犯した容疑がかけられている。
こういう事件が起こると、当該運動部全体が、公式戦自体だとか活動停止だとかに追い込まれてしまいがちな日本なのですが、何も悪いことをしていない他の部員の人生を棒に振らせかねない「連帯責任」というのは、もういい加減にやめにしてもらいたいものです。
当該運動部の他の部員はもちろん、その監督、コーチ等だって、部員のプライベートを逐次監視するわけにはいかないんだし、部員全体を「犯罪を犯さないような精神の持ち主」に洗脳することなんてできないわけですから、当該部活動と直接関係のないところで行われた部員の不祥事について、部全体でそんな重い責任を負わされる合理的な理由はありません。

(だいたい、彼らを非難するマスコミだって、ときおり社員等が性犯罪を犯しているわけですが、解散は勿論、活動停止だってしていないではないですか。)

Posted by 小倉秀夫 at 08:45 AM dans D'autre problème de droite |

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Voici les sites qui parlent de 「隣組」の精神と自己責任の原則:

Commentaires

 私の考えは少し違います。
 学校教育の枠内で行われる課外活動は、広義の教育活動です。(部活動中の事故が学生研究災害傷害保険の対象になることからも、それは明らか)
 つまり、部活動やサークル活動をしている「学生」は一人前の人間ではありません。自由意志で会社に就職し、仕事をしている人と同列ではないのです。
 半人前の人間を「教育」することが学校の義務である以上は、そこでハレンチな事件がおこれば、教育組織にも責任があると言えます。
 とくに今回の事件は、部活動の人的コネクションを介して発生したのですから、学校側にも責任があります。

Rédigé par: 井上 晃宏 | le 12/12/2004 à 12:55

他の論点では,失礼ながら小倉先生と意見を異にする者ですが,このご意見については,持ち点全部という満腔の賛意を表明させていただきます。
何で,現代の日本は,江戸時代~戦前の「連帯責任」という個人の尊厳を無視する前近代的なことやっているのでしょう。こういう問題のときに限って憲法の理念はどこかへいってしまうのが不思議です。

Rédigé par: 謎の現職 | le 12/11/2004 à 00:44

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