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01/31/2005

むしろ、報道大学院を!

 毎日新聞の社説が今頃話題になっています。

 「超難関のため多くの受験生は大学より司法試験予備校に通い、マニュアル化した受験教育を受けているのが実情」ということと、「合格するために有名大学に、有名大学に入るには有名高校に……といった受験偏重主義も幅を利かせている」ということとが併存していると素直に考えられる論説委員を抱えている毎日新聞社は、論理的思考力や社会常識という点に問題があるかもしれません。また、「実情」をきちんと取材していれば、司法試験が極端に易化したごく最近を除けば、「大学より司法試験予備校に通い、マニュアル化した受験教育を受け」た受験生が大量に合格する事態には至っていなかったことがわかったであろう(司法試験が超難関である場合、「マニュアル思考」しかできない人はあまり受からないのです。)し、旧司法試験においては有名大学、有名高校に入るということが、全く意味を持っていなかったこと及び法科大学院においては就職するためには有名法科大学院に入り、有名法科大学院にはいるためには有名大学に、有名大学に入るには有名高校に……といった受験偏重主義も幅を利かせてくるだろうということがわかったであろうに、思いこみで社説が書ける毎日新聞はお気楽な職場であるようです。
 
 法科大学院の前に、報道大学院を作るべきだったかもしれません。
 
 さらに付言すると、法科大学院でどういう教育をしたら「豊かな社会常識、幅広い人間性などを身につけ」させることができるようになるのか、少し考えたらわかることなのですが、毎日新聞社の論説委員は、大学院教育で「豊かな社会常識、幅広い人間性などを身につ」くという幻想を抱くほど思考力がないということがいえそうです。

Posted by 小倉秀夫 at 11:41 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (1) | TrackBack (0)

01/22/2005

Google、また敗れる。

 Googleがまた敗訴したようです。
  http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000047715,20080194,00.htm

 ハイブリッド型P2Pが音楽著作権により潰されようとしているのと同様に、検索サービスは商標権により潰されてしまうのかもしれません。

Posted by 小倉秀夫 at 11:34 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (1)

国民会議とサイバーカスケード

 今更ながら、キャス・サンスティーンの「インターネットは民主主義の敵か」(原題:「Republic.com」)を読みました。
 
 ここで繰り返し論じられている「エンクレーブの弊害」、すなわち、「同じ考えの人たち同士の議論は、過剰な自信、過激主義、他者の蔑視、そしてときには暴力さえ引き起こすリスクがある」(33頁)という議論を読んで、私が真っ先に思い浮かべたのは、なんとか国民会議と名乗る集団のことです。
 
 「国民会議」といいながら、そのほとんどは国民各層から意見を吸い上げて討議するものではなく、トップダウンで選ばれた人たちが集まって、偉そうな提言をするというのが基本的な特徴です。その多くは、「エンクレーブのリスク」すなわち過剰な自信、過激主義、他者への蔑視を見て取ることができます。
 ろくに事実調査をせずとも自分たちの見解が正しいと確信を抱き、反対論者については守旧派・業界エゴなどのレッテルを貼ってその意見を一顧だにせず、その結果、現状とはかけ離れた、実現可能性の低い提言を、どうどうと行っています。この種の集団に属する方々の中には、自分と反対の立場に立つ人々の見解を引用すらしないという、社会科学系の論文の作法としては考えられないような論文を書く方も混じっているようです。
 
 しかも、このエンクレーブは悪いことに、権力機構との距離が近く、そこで醸成された過激な結論が公共政策として反映される危険が高いという特徴があります。そういう意味では、「サイバーカスケード」よりたちが悪いともいえそうです。

Posted by 小倉秀夫 at 02:29 AM dans D'autre problème de droite | | Commentaires (2) | TrackBack (0)

01/16/2005

青い訴発光ダイオード訴訟に関する日本のマスコミのレベル

 青色発光ダイオード訴訟に関して、案の定、テレビ局等でいろいろ取り上げられていましたが、「きちんと取材し、考察した上で報道する」ことを怠る日本の報道機関の特徴がよく現れていたようです。
 
 まず、未だに問題の発明が「100年に1度の大発明だ」というスローガンを無批判に繰り返しているところが少なくなかったですね。しかし、20世紀に行われた偉大な発明を上から並べていったときに、中村教授のこの発明が上位1~2番に入ると本気で思っているのでしょうか。
 
 しかも、青色発光ダイオードの発見→量産化の過程における「404特許」の貢献度すら疑問が呈されていることは少し調べれば分かります(例えば、「青色LED訴訟の「真実」2,3」等)。
 
 また、テリー伊藤などが音楽業界ではこんなことは考えられない等と声高に主張し、これに対し他の出演者たちは何も言いませんが、企業活動の一環として音楽を含むコンテンツを制作した場合、「職務著作」として著作権は原始的に企業に帰属し、報酬請求権は発生しないのが原則です。

Posted by 小倉秀夫 at 12:44 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (2)

01/13/2005

ギャンブルしなかった中村さん

 青発発光ダイオード訴訟が「和解」という形で決着を迎えたこと、しかも第1審判決とは全く異なる形での決着を迎えたことから、ネットの内外で、この話題で持ちきりです。
 
 今回の和解は、本件訴訟の対象とはなっていない中村氏の日亜化学時代の発明について特許を受ける権利を日亜化学に帰属させることについての報酬を全て含めて約6億円とするものです。したがって、判決ということになると、中村氏が他の発明に付いてまで請求を拡張しない限り、6億円よりはるかに低い金額しか認容されなかった可能性が高いといえます。もちろん、他の発明については別訴を提起するという方法も理論上はあり得るのですが、時効の問題をクリアできるかという点と、他の発明についてもう一度同じような訴訟活動を行う手間暇に値するほど和解提示額より高額の報奨金が望めるのかということを考えたら、高裁の裁判官の心証に近いと思われる裁判所の和解案に応じた方がよいだろうと、中村氏側の弁護士が考えるのは自然ですね。使用者側の貢献度を95%とするのは過去に例がないわけではないですから、最高裁が高裁の判断を破棄する可能性は相当に低いように思えますし。
 
 ところで、中村氏は、有能な研究者はアメリカに来るようにと記者会見で呼びかけていたようですが、それはどうでしょうか。
 
 アメリカの連邦法には従業員発明に関する規定がありません。
 
 では、アメリカの研究者は、会社の業務の一環として行った発明について、特許権者としての地位を確立し、巨額の報酬を会社に請求できるかというと、そう簡単ではありません。勤務中に行った発明については特許を受ける権利を会社に譲渡する旨の条項が雇用契約に含まれていればこれに従うことになりますし、そうでなくとも、従業員がその能力を発揮して発明を行うことを目的として雇用されている場合には従業員は発明についての権利を会社に譲渡する義務を負います(Standard Parts Co. v Peck 連邦最高裁判決(1924))。
 そして、会社側が従業者発明についての権利の譲渡を受ける場合、従業者への補償は法律上義務づけられていません。
 
 すると、雇用契約の際に、従業者発明については従業者は特許を受ける権利を会社に譲渡する、その際、会社は報奨金として1発明あたり金2万円を支払うという旨の条項が挿入されていれば、米国では、会社は、これ以上1セントも支払う必要がありません。実際、米国では、多くの企業が、従業員が発明をしても給与以上の報酬を受け取ることができないというシステムを採用しています。
 もちろん、例外的に、報奨金制度等を採用している企業もありますが、実はそんなに高額ではありません。
 ルーセント・テクノロジー社で、特許申請時に1000ドル・特許取得時にさらに2000ドル、ヒューレット・パッカード社で新技術を開発・報告するごとに1000ドル・特許申請されるとさらに1750ドルという程度のもののようです。
 まあ、調整委員会が補償金額を提示するドイツでも、1発明1年間あたりの補償金として最も頻繁に提示されたのが6万~12万円、最高額で200万円程度、従業員が職務発明について「追加の補償」を受ける権利を有するフランスでも、調停委員会による補償金提示額は、追加の補償額で最高1080万円、裁判に訴えてでた場合でも最高7200万円程度(発明により得られた売上高約110億円、ロイヤリティ約8.3億円という事案で。)だそうなので、ドイツでもフランスでも、中村氏は6億円を超える補償金をもらうことは難しかったのではないかという気がします。
 
 もちろん、アメリカの場合、莫大な利益を生み出しそうなアイディアを思いついたら、さっさと会社を辞め、ベンチャーキャピタルから出資を募って自分で会社を興し、そこで発明を完成させようと考える人も多そうだし、すぐれた発明を行ったという実績をひっさげて他社に高給で引き抜かれるというのもありなので、優秀な研究者・技術者が金銭的に豊かになる方法はいくらでもあるからよいのだともいえそうです。
 
 逆にいうと、中村氏はそういう「ギャンブル」にでなかった(日亜化学退職後の進路も、独立するでもなく、彼の技術と実績を高く買ってくれるベンチャー企業に行くのでもなく、カルフォルニア大学教授という安定した地位を選んだ)のですから、米国の優秀な技術者と比べて収入が少なくとも仕方がないのではないかとも思えます。

Posted by 小倉秀夫 at 08:41 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (1) | TrackBack (6)

01/05/2005

ガイドブックの出版差止め

 産経新聞等の報道によると、スクウェアエニックス社は、鉄人社が発行する「ドラゴンクエストVIII完全攻略データ集」の出版禁止等を求める仮処分を、昨年末に申し立てていたのだそうです。
 
 同記事によると、スクウェアエニックス社側は、「登録商標の『ドラゴンクエスト』を多用して商標権を侵害しているほか、今後出版予定の公式ガイドブックと混同され、営業上の利益が侵害される」と主張しているのだそうです。
 
 しかし、著作物の題号等においてそれが他人の登録商標を含むとしても、内容を表す題号として使用されている場合には、商標権の侵害にはあたらないとされています(大阪地判昭和62年8月26日特企239号65頁[「POS実践マニュアル」事件]、東京高決平成6年8月23日知裁集26巻2号1076頁[「三国志 武将争覇」事件])し、まして、本文中に他人の登録商標となっている文字列が多数回用いられていたとしても、それは内容を表現するために用いられているのであって、自他識別標識として用いられたのではないことは明らかですから、なおさら商標権侵害とはなりません(商標権者から使用許諾を受けなければ商標登録されている商品名を本文中に記すことができないとしたら、当該商品に批判的な内容の書籍等は出版できなくなりますが、商標法はそのような言論弾圧を目的とするものではありません。)。
 
 また、ある商品に関する解説書が複数の出版社から複数出版されることは一般によくあることですから、ある商品に関する解説書だからといって直ちにそれが当該商品の発売元自身または発売元から出版許可を得た出版社による公式ガイドブックと混同されるという実態はありません。
 したがって、産経新聞の報道を信ずるならば、スクウェアエニックス社による出版禁止仮処分の申立ては、「言いがかり」といって差し支えないものであるように思います。
 
 「言論の自由」を標榜する出版社、マスコミ、作家等の諸団体は、なぜこのような言論弾圧に対し声を上げないのか、私には不思議でなりません。

Posted by 小倉秀夫 at 03:17 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (4)

01/01/2005

法学新人類

 三宅伸吾「知財戦争」155頁には、「変革の時代に求められるのは、社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い『法学新人類』とでもいうべき法律家だ」との記載があります。同書の156頁では、「こうした法学新人類としては、阿部泰隆・神戸大学大学院法学研究科教授、安念潤司・成蹊大学法科大学院教授、神田秀樹・東大大学院法学政治学研究科教授、福井秀夫・政策研究大学院教授、玉井克哉・東大先端科学技術研究センター教授、久米良昭・那須大学都市経済学部教授などの名が挙げられるが、逆にいえば、『名指せる程度の人数しかいない』のが実態とも言える」と記載されています。
 
 しかし、私は、寡聞にして「法学新人類」なる言葉自体を知りませんでした。「知らない私が非常識」ということもあり得るので、「Google」で検索してみましたが、1件しかヒットしませんでした。「Right now」という雑誌で、「知財ジャーナリスト」という肩書きが付されている「麻生正彦」氏の「新しい権利への攻防」という連載コラムの中の「最終回 (12月号 2004年10月19日発売) 夢舞台を創ろう」の中の小見出しとして使われていたようです。 ところで、この「麻生正彦」氏ですが、「著名な知財ジャーナリスト」の割に「Amazon.co.jp」で検索しても全くヒットしません。「Google」で検索しても「Right now」での上記連載コラム関係以外はヒットしません。著名なのにネットで検索してもヒットしないだなんて不思議な人物です。こうなると、私が「法学新人類」なる言葉を知らなかったことは別に恥ずかしいことでもなんでもなかったようです。
 
 すると、次の疑問は、どこで「法学新人類」として阿部泰隆氏らの名が挙げられているのかということです。「名指せる程度の人数しかいない」という文言が鉤括弧内に記載されていますが、これが誰かの文章なり発言なりを引用したものかどうかは文章からは分かりません。単に強調のために鉤括弧でくくったのかもしれません。もし後者だとすると、阿部泰隆氏らの名を「法学新人類」として挙げたのも、逆にその程度しか名指さなかったのも三宅氏の独断と偏見ということになりそうです。
 
 では、阿部泰隆氏らを「法学新人類」すなわち「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」として挙げた根拠・基準、あるいは「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」としては彼ら程度しか名指せないすなわち彼ら以外の法律家は「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」ではないとした根拠・基準は何なのでしょうか。「知財戦争」には何も記載されていません。
 
 Googleで検索すると、福井秀夫氏を中心に一緒に活動をすることが多い人たちという印象は受けますが、日経新聞の編集委員である三宅氏が、そのような個人的に近しい人たちだけを褒め称えるようなことをするとも考えにくいです。
 
 阿部泰隆氏といえば、司法試験の論文試験から法律選択がなくなり、したがって行政法が司法試験科目でなくなったときに大騒ぎした行政法の先生という印象が強くあります。「訴訟法の一方を選択+法律選択科目」という科目設定よりも「民事訴訟法+刑事訴訟法」という科目設定の方が実務家登用試験としては合理的だし、司法修習期間が短縮された場合には、司法試験受験時に選択しなかった訴訟法を司法修習中に学習している余裕はなくなるので上記変更は必然ですらあったとは思うのですが、行政法学者としての狭い利権にこだわってこれに大声を上げて反対された方を「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」に挙げることには私は躊躇を覚えます。
 福井秀夫氏や久米良昭氏についても、特定の利益集団のニーズを政策につなげる能力に秀でているという印象はあるのですが、「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」といえるのかというと私には大いに疑問です。市場による資源の最適分配が非倫理的な結果を生み出す分野(借家や法律サービスの提供など)については市場原理の導入を声高に唱える割に、「著作物の複製物の流通」という市場による資源の最適分配が非倫理的な結果を生み出さない分野については市場原理の導入を唱えたり等しない人たちだなあという印象を私は持っています(といいますか、レコード輸入権創設に異を唱えなかった「規制改革論者」はみな「まがい物」だと私は思っていますから。)。
 
 すると、三宅氏がなぜ阿部泰隆氏らを特に「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」と名指ししたのか、私にはわかりません。

Posted by 小倉秀夫 at 06:34 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (7) | TrackBack (0)

2005年

 弁護士としての仕事については、来た仕事を淡々とこなしていくしかないので、特に具体的な目標や予定を立てるというのは難しいです。
 
 執筆活動については、とりあえず単行本3冊(共著)については執筆予定が決まっています。著作権法については、学部学生用の良い教科書がないので、執筆できればいいなあと漠然と考えています。
 
 あと、今年こそ日本版電子フロンティア財団が作れればいいなあとは思うのですが、これは私の力だけではどうしようもないですね。

Posted by 小倉秀夫 at 12:26 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (1) | TrackBack (0)