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01/01/2005

法学新人類

 三宅伸吾「知財戦争」155頁には、「変革の時代に求められるのは、社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い『法学新人類』とでもいうべき法律家だ」との記載があります。同書の156頁では、「こうした法学新人類としては、阿部泰隆・神戸大学大学院法学研究科教授、安念潤司・成蹊大学法科大学院教授、神田秀樹・東大大学院法学政治学研究科教授、福井秀夫・政策研究大学院教授、玉井克哉・東大先端科学技術研究センター教授、久米良昭・那須大学都市経済学部教授などの名が挙げられるが、逆にいえば、『名指せる程度の人数しかいない』のが実態とも言える」と記載されています。
 
 しかし、私は、寡聞にして「法学新人類」なる言葉自体を知りませんでした。「知らない私が非常識」ということもあり得るので、「Google」で検索してみましたが、1件しかヒットしませんでした。「Right now」という雑誌で、「知財ジャーナリスト」という肩書きが付されている「麻生正彦」氏の「新しい権利への攻防」という連載コラムの中の「最終回 (12月号 2004年10月19日発売) 夢舞台を創ろう」の中の小見出しとして使われていたようです。 ところで、この「麻生正彦」氏ですが、「著名な知財ジャーナリスト」の割に「Amazon.co.jp」で検索しても全くヒットしません。「Google」で検索しても「Right now」での上記連載コラム関係以外はヒットしません。著名なのにネットで検索してもヒットしないだなんて不思議な人物です。こうなると、私が「法学新人類」なる言葉を知らなかったことは別に恥ずかしいことでもなんでもなかったようです。
 
 すると、次の疑問は、どこで「法学新人類」として阿部泰隆氏らの名が挙げられているのかということです。「名指せる程度の人数しかいない」という文言が鉤括弧内に記載されていますが、これが誰かの文章なり発言なりを引用したものかどうかは文章からは分かりません。単に強調のために鉤括弧でくくったのかもしれません。もし後者だとすると、阿部泰隆氏らの名を「法学新人類」として挙げたのも、逆にその程度しか名指さなかったのも三宅氏の独断と偏見ということになりそうです。
 
 では、阿部泰隆氏らを「法学新人類」すなわち「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」として挙げた根拠・基準、あるいは「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」としては彼ら程度しか名指せないすなわち彼ら以外の法律家は「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」ではないとした根拠・基準は何なのでしょうか。「知財戦争」には何も記載されていません。
 
 Googleで検索すると、福井秀夫氏を中心に一緒に活動をすることが多い人たちという印象は受けますが、日経新聞の編集委員である三宅氏が、そのような個人的に近しい人たちだけを褒め称えるようなことをするとも考えにくいです。
 
 阿部泰隆氏といえば、司法試験の論文試験から法律選択がなくなり、したがって行政法が司法試験科目でなくなったときに大騒ぎした行政法の先生という印象が強くあります。「訴訟法の一方を選択+法律選択科目」という科目設定よりも「民事訴訟法+刑事訴訟法」という科目設定の方が実務家登用試験としては合理的だし、司法修習期間が短縮された場合には、司法試験受験時に選択しなかった訴訟法を司法修習中に学習している余裕はなくなるので上記変更は必然ですらあったとは思うのですが、行政法学者としての狭い利権にこだわってこれに大声を上げて反対された方を「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」に挙げることには私は躊躇を覚えます。
 福井秀夫氏や久米良昭氏についても、特定の利益集団のニーズを政策につなげる能力に秀でているという印象はあるのですが、「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」といえるのかというと私には大いに疑問です。市場による資源の最適分配が非倫理的な結果を生み出す分野(借家や法律サービスの提供など)については市場原理の導入を声高に唱える割に、「著作物の複製物の流通」という市場による資源の最適分配が非倫理的な結果を生み出さない分野については市場原理の導入を唱えたり等しない人たちだなあという印象を私は持っています(といいますか、レコード輸入権創設に異を唱えなかった「規制改革論者」はみな「まがい物」だと私は思っていますから。)。
 
 すると、三宅氏がなぜ阿部泰隆氏らを特に「社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い……法律家」と名指ししたのか、私にはわかりません。

Posted by 小倉秀夫 at 06:34 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle |

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Voici les sites qui parlent de 法学新人類:

Commentaires

>レコード輸入権創設に異を唱えなかった
>「規制改革論者」はみな「まがい物」だと
>私は思っていますから

「エンクレーブの弊害」にご注意を。

Rédigé par: sandman | le 02/02/2005 à 17:11

私も法学新人類なる言葉は初耳ですが、このメンツをみてピンとくるのは、みな「法と経済学会」のメンバーであるということです。一人をのぞいて全員役員です。

Rédigé par: さち | le 01/19/2005 à 10:58

もしかしたら、アタシの投稿が意地悪モードなので、その後に何か書くのは気が引けるのでしょうか?

この場の雰囲気にそぐわない投稿でしたら、小倉先生、お手数ですが削除してください。

新年早々、キツイことを書いてしまったと反省しています。

Rédigé par: koneko04 | le 01/05/2005 à 15:08

>「変革の時代に求められるのは、社会ニーズを政策につなげる能力に秀でた視野の広い『法学新人類』とでもいうべき法律家だ」

社会ニーズって、なんなんだ?
中途半端に外国語を使う人の言うことは話半分以下に聞くようにしています。
日本語にない言葉ならばいざ知らず、ニーズなどは日本語にもありそうだ。
ここで三宅氏が言う所の「ニーズ」が何か明らかではないので、日本語の単語を当てはめることはしませんが、文章を書いて何ぼの世界でご飯を食べているのであれば、きちんと日本語で書けよと思いました。

それから。。。
「視野の広い法律家」を育成したいのであれば、法学大学院に入って下駄を履かせてもらって司法試験に合格するような人材では日々の雑事に追われるだけで「視野の広い法律家」などになる余裕はないでしょうね。

法律についてあれこれ語るのであれば、三宅さんも司法試験に合格して法曹界に従事してからでないと役不足ではないかなと思います。

Rédigé par: koneko04 | le 01/03/2005 à 10:02

私は,よくわからないし,弁護士倫理によれば弁護士は誹謗中傷をしてはいけないことになっているので何もコメントできない話題なんですが・・・

しかし,旧人類に属する人から見て新人類と呼ばれる人が本当に新人類かどうかは,当該旧人類の尺度を前提にする限り,本来的に測定不能な問題かもしれませんね。


Rédigé par: 夏井高人 | le 01/01/2005 à 23:46

御用学者って、いるのねん
http://ch.kitaguni.tv/u/171/INTELLECTUAL_PROPERTY/COPYRIGHT/0000092320.html

上記のエントリに出て来る「T教授」は三宅氏が挙げている1名だろうと確信。

Rédigé par: 謎工 | le 01/01/2005 à 20:33

浅学菲才の小生は,リストアップされた大学の先生方の名前を一人も見たことも聞いた事がありません。書研のテキストにも全員未掲載のはずです。小生も裁判所も不勉強だということなんでしょうね。

Rédigé par: 謎の現職 | le 01/01/2005 à 20:00

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