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01/13/2005

ギャンブルしなかった中村さん

 青発発光ダイオード訴訟が「和解」という形で決着を迎えたこと、しかも第1審判決とは全く異なる形での決着を迎えたことから、ネットの内外で、この話題で持ちきりです。
 
 今回の和解は、本件訴訟の対象とはなっていない中村氏の日亜化学時代の発明について特許を受ける権利を日亜化学に帰属させることについての報酬を全て含めて約6億円とするものです。したがって、判決ということになると、中村氏が他の発明に付いてまで請求を拡張しない限り、6億円よりはるかに低い金額しか認容されなかった可能性が高いといえます。もちろん、他の発明については別訴を提起するという方法も理論上はあり得るのですが、時効の問題をクリアできるかという点と、他の発明についてもう一度同じような訴訟活動を行う手間暇に値するほど和解提示額より高額の報奨金が望めるのかということを考えたら、高裁の裁判官の心証に近いと思われる裁判所の和解案に応じた方がよいだろうと、中村氏側の弁護士が考えるのは自然ですね。使用者側の貢献度を95%とするのは過去に例がないわけではないですから、最高裁が高裁の判断を破棄する可能性は相当に低いように思えますし。
 
 ところで、中村氏は、有能な研究者はアメリカに来るようにと記者会見で呼びかけていたようですが、それはどうでしょうか。
 
 アメリカの連邦法には従業員発明に関する規定がありません。
 
 では、アメリカの研究者は、会社の業務の一環として行った発明について、特許権者としての地位を確立し、巨額の報酬を会社に請求できるかというと、そう簡単ではありません。勤務中に行った発明については特許を受ける権利を会社に譲渡する旨の条項が雇用契約に含まれていればこれに従うことになりますし、そうでなくとも、従業員がその能力を発揮して発明を行うことを目的として雇用されている場合には従業員は発明についての権利を会社に譲渡する義務を負います(Standard Parts Co. v Peck 連邦最高裁判決(1924))。
 そして、会社側が従業者発明についての権利の譲渡を受ける場合、従業者への補償は法律上義務づけられていません。
 
 すると、雇用契約の際に、従業者発明については従業者は特許を受ける権利を会社に譲渡する、その際、会社は報奨金として1発明あたり金2万円を支払うという旨の条項が挿入されていれば、米国では、会社は、これ以上1セントも支払う必要がありません。実際、米国では、多くの企業が、従業員が発明をしても給与以上の報酬を受け取ることができないというシステムを採用しています。
 もちろん、例外的に、報奨金制度等を採用している企業もありますが、実はそんなに高額ではありません。
 ルーセント・テクノロジー社で、特許申請時に1000ドル・特許取得時にさらに2000ドル、ヒューレット・パッカード社で新技術を開発・報告するごとに1000ドル・特許申請されるとさらに1750ドルという程度のもののようです。
 まあ、調整委員会が補償金額を提示するドイツでも、1発明1年間あたりの補償金として最も頻繁に提示されたのが6万~12万円、最高額で200万円程度、従業員が職務発明について「追加の補償」を受ける権利を有するフランスでも、調停委員会による補償金提示額は、追加の補償額で最高1080万円、裁判に訴えてでた場合でも最高7200万円程度(発明により得られた売上高約110億円、ロイヤリティ約8.3億円という事案で。)だそうなので、ドイツでもフランスでも、中村氏は6億円を超える補償金をもらうことは難しかったのではないかという気がします。
 
 もちろん、アメリカの場合、莫大な利益を生み出しそうなアイディアを思いついたら、さっさと会社を辞め、ベンチャーキャピタルから出資を募って自分で会社を興し、そこで発明を完成させようと考える人も多そうだし、すぐれた発明を行ったという実績をひっさげて他社に高給で引き抜かれるというのもありなので、優秀な研究者・技術者が金銭的に豊かになる方法はいくらでもあるからよいのだともいえそうです。
 
 逆にいうと、中村氏はそういう「ギャンブル」にでなかった(日亜化学退職後の進路も、独立するでもなく、彼の技術と実績を高く買ってくれるベンチャー企業に行くのでもなく、カルフォルニア大学教授という安定した地位を選んだ)のですから、米国の優秀な技術者と比べて収入が少なくとも仕方がないのではないかとも思えます。

Posted by 小倉秀夫 at 08:41 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle |

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Commentaires

 他国の特許法の解説ありがとうございます。ところで、どういうソースから知識を得たのか教えていただけますか?疑っているわけではなく、日本語の有用な専門書があるなら私も読みたいと思ったものですから。

Rédigé par: 井上 | le 01/14/2005 à 18:30

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