デジタル全体主義
Simon Frith & Lee Marshall編の「Music and Copyright Second Edition」は、大いに読むに値する書籍です(日本語訳は出ていませんが。)。
同著の最後の部分で、Marshall先生は、
The Internet's threat to popular music is not digital anarchy, however, but digital totalitarianism.と述べた上で、
Charging for every indivisual use, and allowing no unauthorised uses of music is a threat to free speech and future creativity and demonstrates a misunderstanding of the role that music plays in our lives.と締めくくっています。
日本でも、著作権者等の許諾を得ない音楽の利用を一切許さないとする方向に向かって行こうという動きが根強くあります。しかし、そういう「デジタル全体主義」が将来の創造性に対する脅威であるということ──これは私が昨年来繰り返しパブリックコメント等で述べていることです──は、海の彼方(Marshall先生は、Bristol大学の講師をされているようです。)でも、同じように認識されていることを知り、勇気づけられた気がしました。
Frith先生もMarshall先生もその他の執筆者も、インセンティブを確保するために著作権法による規制を行うことを否定していません。私も否定していませんし、輸入権反対のために昨年行動をともにした方々の大部分、そして、今年以降著作権保護期間の延長等に反対するために行動を共にするであろう方々の大部分もまた、これを否定していないであろうと思います。しかし、Frith先生とMarshall先生が後書きにおいて描いている「オーウェル的な未来」には到底賛同できるものではないでしょう。著作権法による過剰な規制は、我々の創造性を却って失わせてしまうわけで、少なくとも著作権制度の(表向きの)目的をよりよく果たすためには、著作権の保護強化一辺倒ではなく、利用者や将来のクリエイターの利益と過去のクリエイターや投資家の利益との間で適切にバランスを取る必要があるということなのです。
Posted by 小倉秀夫 at 02:06 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | Permalink
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