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02/05/2005

差し止められるべきでないのは一太郎だけではない

 「一太郎」差止め訴訟地裁判決は、ネット上でも勿論話題となっています。
 私も、CNETJapanからコメントを求められました。
 
 同じCNETJapanでも、江島健太郎氏の方が痛切に批判していますね。
 
 とはいえ、ソフトウェア特許は、財界人の強い要請に従って政策的に認めさせられた経緯がありますから、法曹会のボンクラぶりに責任を負わされても困ってしまいます。文句があるなら、知的財産推進計画2004の見直し作業の中に、「ソフトウェア特許の制限」を入れてもらうべく、せっせとパブリックコメントを書きましょう(締め切りは2月14日です。)。
 
 もっとも、「ソフトウェア特許」が悪いのか、逆にいえば、「ソフトウェア特許」さえ改廃してしまえばこのような違和感のある判決が再び下されることはなくなるのかというと、おそらくそうではないような気がします。むしろ、このような場合にも差止請求が認容されてしまうところが問題なのではないでしょうか。
 
 つまり、特許権者ないし実施権者が製造・販売している商品と、侵害者が製造・販売している商品との間に代替性があり、侵害商品の製造・販売を差し止めれば、権利者商品の売上げが上昇する(売上個数が増えるor製品価格を上昇させられる)という関係が成り立つのであれば、侵害商品の製造・販売の差止めを認めることは合理的です。しかし、権利者商品と侵害商品との間に代替性がない場合、侵害商品の製造・販売を差し止めても、権利者の利益を増大させることに直接繋がりません。その上、消費者は、侵害商品の代替物として権利者商品を購入して済ますということができず、不便を強いられることになります。つまり、メリットが少ない上に、デメリットが大きいということになります。
 
 そして、権利者商品と代替性のない侵害商品の製造・販売等の差止めを認めることによるこの不合理性というのは、何もソフトウェア特許の場合に限りません。
 
 例えば、服部克久氏の「記念樹」と小林亜星の「どこまでも行こう」との間に代替性はありませんので、いくらメロディラインが似ているといっても、小学校の卒業式に「記念樹」を演奏したい音楽教師にとって「かわりに、オリジナルである『どこまでも行こう』でどうですか」と言われても「はい、そうします」なんて普通言わないでしょう。
 
 すると、侵害品の製造・販売等を差し止めることが権利者に経済的なメリットをあまりもたらさない場合に、差止め請求を棄却する権限を裁判官に与える方向で法改正を行うことこそが望まれるのではないかと思われます。

Posted by 小倉秀夫 at 06:58 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle |

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Voici les sites qui parlent de: 差し止められるべきでないのは一太郎だけではない:

» ソフトウェアをめぐる知的財産権の悪夢 de 江島健太郎 / Kenn's Clairvoyance
前回のエントリ「『一太郎』訴訟にみるソフトウェア特許のぶざまな現状」にたくさんのトラックバック・コメント・メールをありがとうございます。皆さんの熱のこもった頼も... Lire la suite

Notifié: 9 févr. 2005, 05:35:00

» “100%オリジナル”という幻想 de incompleteness thinking
随分と御無沙汰してしまいました。 別に、前回みたいに海外放浪していたというわけでもないのですが、「何となくせわしない」という程度の状況といえど、塵も積もれば何とやら・・・なかなか馬鹿にできないものです。 列車事故の惨劇もあってかすっかり影が薄くなったホリエモンのニッポン放送株騒動ですが、どっちが勝った負けたにしか興味のないワイドショー的な野次馬はともかく、メディアのあり方やネットの将来に関心のある人々にとっては、いろいろと考えさせられる出来事だったと思います。 特にマスメディアとしての「公... Lire la suite

Notifié: 8 sept. 2005, 23:58:41

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Notifié: 8 sept. 2005, 23:59:55

Commentaires

以前別のところで書いた文章をブログにアップしたので今さらながらトラックバックを送らせていただいたのですが、慣れないもので重複して送ってしまったようです。お手数ですが一つ削除していただければ幸いです。
私自身は著作権も特許もよくわかっていない素人ですが、適切に運用されなければ将来は暗くなりそうだという不安から、関心は持っております。
これからもいろいろと勉強させていただきますので、よろしくお願い致します。

Rédigé par: hirokira1 | 9 sept. 2005, 00:18:35

何故にソフトウェア特許にだけ制限が必要なのか、その理由が理解できません。
御教示下さい。
他の技術分野でも特許紛争は生じており、あり得ない内容の特許はどの分野でも生まれています。
たとえばバイオ分野もその一つであり、たまたま、まだ私達の生活に直接的影響が見えていないだけであるように思います。

Rédigé par: ブラック | 18 févr. 2005, 17:29:56

著作権関係の文脈では、「侵害品が販売された価格を侵害による被害額とみなす」規定がありましたよね。
その規定との整合性を取るならば、代替品のあるなしに関係なく「代替品があるとみなす」規定が方向性になってくるのではないかと思いますが。で、特許侵害による被害額の推定を「侵害品の販売価格のすべて」とするのが筋と思います。

#本来は著作権に残る財産権としての規定のベクトルを変更するのが筋ではありますが。

Rédigé par: きたじま | 11 févr. 2005, 07:30:21

Kennさん、コメントをいただきありがとうございます。

ただ、知的財産権法、とりわけ特許法において、「消費者」という概念を盛り込むことがどこまでできるのかということをまず考えてしまいます。

また、損害賠償請求の場面でも、権利者が代替商品を製造・販売している場合とそうでない場合とで扱いを違えているのだから(代替商品を製造・販売している場合には、侵害品がなかったとしたら権利者が得られたであろう利益を損害として推定出来るのに対し、代替商品を製造・販売していない場合にはそういう推定はできず、使用料相当損害金を損害額と見なすというのが一般的)、差し止め請求の場面でも扱いを違えるとした方が、筋が通っているのではないかと思っています。

Rédigé par: 小倉 | 10 févr. 2005, 22:49:47

> 侵害品の製造・販売等を差し止めることが権利者に経済的なメリットをあまりもたらさない場合に、差止め請求を棄却する権限を裁判官に与える方向で法改正を行うことこそが望まれる

これは、基本的な発想の順番として逆ではないでしょうか。

「消費者にとって不利益が生じる場合には」差し止め請求を棄却する権限を裁判官に与える、ではないでしょうか。

Rédigé par: kenn | 9 févr. 2005, 18:55:15

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