録画ネット仮処分異議申立事件東京地裁決定について
この事件で裁判所はまず、「海外に赴任する者が、従来の自宅にテレビアン
テナが接続されたテレビパソコンを残しておき、インターネットで自己のパソコンに接続して放送を録画し、それを海外の自己のパソコンに転送する行為は、著
作権法102条1項、30条1項により適法であると解することが可能であり、日本の自宅で使用するためのテレビパソコンに各種ソフトウェアをインストール
して販売する行為自体も、違法となることはないと解することができる」としています。ここがスタートラインです。
その上で裁判所は、「このような録画についての業者の関与の程度が高
まるに連れて、私的複製の要件である公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器を用いないこと(著作権法30条1項1号)との要件や
使用する者が複製すること(同法30条1項柱書)との要件を満たさず、海外在留邦人の複製行為自体が違法となり、業者の行為も、海外在留邦人の行為との共
同行為や教唆又は幇助と評価される場合が生じてくる」としています。
ここがまずわからないところです。
複製に用いる機器が「公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器」か否かということは、誰でも使用できるものとして当該複製機器が
設置されているのか否かということだけが問題なのであって、複製機器の管理等に業者がどれだけ関与しているのかということは関係がありません。
また、海外在留邦人が複製の主体であると認められる場合であっても、業者の関与の程度が高まると、「使用する者が複製すること」という要件を満たさなく
なるという論理もよくわかりません。業者に教唆されようと幇助されようと、録画したデータを使用して日本のテレビを見ようと思っている海外在留邦人自身が
複製行為を行っているわけですから、まさに「使用する者が複製」しているとみるのが常識的だと思います。
もっとも、海外在留邦人と業者とが「共同して」複製行為を行っている場合には「使用する者が複製」したとは言えないという見解も条文解釈としてはあり得
ます。では、録画ネットの場合はどうでしょうか。
裁判所はまず、「各利用者は、テレビパソコンを所有して録画予約を
行っているものであるから、自然的観察により、各利用者の行為を本件放送の複製行為と認めることに何ら困難はない」としています。
しかしながら裁判所は、
- 債務者が「テレビパソコン、テレビアンテナなどの機器類 及びソフトウェアが有機的に結合した本件録画システムのうち、テレビパソコン及び内部のソフトウェアの一部以外を所有し」ていること(具体 的には、テレビアンテナ、ブースター、分配機、ルーター、ホームページサー バー(利用者はそこでアクセス認証を受ける)、監視用サーバーを 保有していること)
- 債務者が「本件録画システムを設置・管理し」 ていること
- 債務者が「本件サービスが海外に居住する利用者を対象 に、日本の放送番組をその複製物によって視聴させることを目的としたサービスであることを宣伝し」ていること
- 「利用者は、それに応じて本件サービスを利用し、債務者 は、毎月の保守費用の名目で利益を得ている」こと
の4点を理由として、録画ネットを利用したテレビ「放送の録画行為は、 利用者と債務者が共同して行っているものと認めるべき」と判示しています。
しかし、これで債務者が各利用者と録画行為を共同して行っていたというのは無理があるように思います。
上記1〜4のうち、1,3,4が、利用者による録画行為を何ら分担する行為ではないことは明らかです。で、2は、利用者が私的複製するのに用いる機器・ システムを設置・管理しているということですが、それは利用者による複製行為を「幇助」するものではありえても、複製行為を分担して行ったと評価できるも のではありません。(私的使用目的の)複製行為に用いる機器等を業者が提供していた場合「使用する者が複製」していないとして著作権法第30条第1項柱書 の適用を受けられなくなるのであれば、同項第1号のような規定は不要です。しかし、そう考えられてはいないから、貸しレコード屋の高速ダビング機を潰すた めに著作権法第30条第1項第1号を創設したし(注1)、同号の適用が附則第5条の2により留保されている文献複写機については、 これを公衆に提供する業者が堂々と営業していられるのです。
さらにいえば、アップル社は、「.Mac」会員に対して、「iDisk」というサービスを提供しており、個々のユーザーがその使用するパソコンにインス トールされたiTunesによりリッピングされた音楽データをアップル社が設置・管理するサーバディスク上にバックアップすることを可能とするサービスを 提供しています。東京地裁の論理が正しいのであれば、iDiskサービスを提供するアップル社もこれを使用して音楽データをバックアップする利用者も皆犯 罪者ということになりそうです(注2)。
また、「本件サービスはテレビパソコンのハウジングサービスにすぎない」と債務者が主張していたのに対し、裁判所は、「本件サービスは、単にテレビパソコンを預かり、空調など環境を管理し、各機器類に 電気を供給する等の通常のハウジングサービスの範囲をはるかに超えているものと認めざるを得ない」として、この主張を退けています。
しかし、いまどき「通常のハウジングサービス」が「単にテレビパソコンを預か り、空調など環境を管理し、各機器類に電気を供給する」程度のサービスしかしていないというのはどこから得た情報なのか気にかかるところです。技術者を常 駐させて24時間態勢でネットワーク、ハードウェア、ソフトウェア等の監視を行い、障害発生時には即座に障害を取り除くための対応をすることとしているハ ウジング業者というのはもはや珍しくないと思いますし、データセンター内のルーター等まで利用者に購入させているところは少ないと思いますし、監視用サー バもハウジング業者の側で用意しているのが普通だと思うのですが、疎明資料として提出された「普通のハウジングサービス」の仕様書、パンフレット等がどこ のものであったのか興味があります。
オリンピックやサッカー・ワールドカップ等一部の番組について海外転送されると非常に困ったことになるというのであれば、テレビ局とエフエービジョン社 とEPG事業者とで協議して、海外転送されるととても困る番組だけ特別の信号を付し、この信号が付されたものについては海外転送できないシステムを作り上 げればよいだけなので、両当事者は早く和解してもらいたいと思います。
さらに付け加えるとすれば、個人的なことですが、私の自宅は最近民放各局の映りが非常に悪いので、録画ネット又はこれに類似するサービスを、日本国内の 電波状態の悪い地域の住民でも使用できるようにして頂けると嬉しいです。といいますか、このようなサービスが一般化すれば、日本全国どこにいても東京キー局で放送された全ての番組を視聴できるようになり(地方に よっては、民放が5局あるとは限らないのが実情ですね。)、もは や東京キー局で製作した番組を垂れ流すだけの地方局は不要になる(地方局は、独自の番組製作を求められることになります)など、社会に多大なるメリットを もたらすことになるのではないかと思います。
(注1)
もちろん、東京地決昭和59年4月6日判タ525号314頁のように店頭で高速ダビング機を客に使用させることを禁止するような仮処分申立てが認容され た例がなかったわけではありませんが、この仮処分決定は、理由も付さない、適用法例も明らかにしない、いわゆる「えい、やっ」とやってしまった決定であ り、裁判所も本案での審理に委ねたいと思っていたのか自信がなかったのか、金800万円という高額の保証金を立てさせたものであり、先例としての価値はあ りません。
(注2)
「使用する者が複製」するとの要件を満たさないとのことであれば、著作権法第119条第1号括弧書きの適用を受けられないので、単に「公衆用自動機器を 用いて私的使用目的の複製を行った場合」と異なり、利用者の刑事責任は免責されません。
特に、録画ネットの場合、ファイルローグの件とは異なり、利用者の行為はそもそも適法な行為だったわけです。それなのに、業者がその適法な行為を行うため の環境を整えたら、利用者共々違法行為を犯したとの誹りを受けるというのは不可思議というより他ありません
Posted by 小倉秀夫 at 11:39 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | Permalink
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Commentaires
異議段階だから、まあ、作文しさえばいいという感じでしょう。抗告に期待しましょう。
わたしのところにきた修習生が懸賞論文で応用美術の直作物性について判断内容の基準を民事と刑事でかえることを提唱していました。
もっと応用すれば効果に応じて厳格な解釈が必要な部分とそうでないところがでてきますね。損害賠償はむかしの相関関係説ふう、差し止めと刑事は厳格解釈といった具合でしょうか。
仮処分段階での差し止めはともかく本案では厳格に考えてほしいものです。
Rédigé par: madi | 20 juin 2005, 20:35:54