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07/31/2005

私的録音録画補償金について質問してほしいこと

 川内議員のblogに

8月3日の文部科学委員会一般質疑において今後の方針等を、大臣答弁で確認したい、と思います。

みんなも、何か聞いて欲しいことがあったらコメントを寄せてください。

との記載がありましたので、下記コメントを投稿しました。


 iPod等のHD型音楽プレイヤーの場合、移動中にまたは異動先で音楽を聴くのにより便利なように、楽曲データが蔵置される媒体をシフトするいわゆる「メディアシフト」目的で楽曲データが私的に複製されることになります。
 この「メディアシフト」目的の複製の場合、正規商品たるCDパッケージ(正確にいうと、「メディアシフト」目的の複製の場合、シフト元の媒体は正規商品であるCDパッケージを用いることが多いので、2枚目以降のCDパッケージということになります。)は、価格競争以前に、媒体の性質故に、私的複製物に対して代替性(市場競合性)を有しないということになります。
 平たくいえば、iPod等がなかったとしたらiPodのハードディスク内に蔵置されている音楽データの代わりに正規のCDパッケージが追加的に購入されていたであろうという関係はないということです。
 そうすると、iPod等のハードディスク型音楽プレイヤーにおける「メディアシフト」目的の複製は、音楽産業に対して何らの経済的損失をも与えていないということになります。そうだとすると、iPod等の場合、私的録音録画補償金によって補償を行う前提を欠くと言えるように思います(「補償」というのは「損失」があることが前提です。)。

 川内先生にお聞きいただきたいことは、iPod等も私的録音録画補償金の対象とするといった場合の、補償の前提となる「経済的な損失」というのはいったい何なのかということです。

Posted by 小倉秀夫 at 12:45 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (3)

07/30/2005

ベルヌ条約には私的複製の制限についての記載はない

 日本音楽著作権協会ら音楽関係の7団体は、相変わらずiPod等のハードディスク型音楽再生機を私的録音録画補償金の対象とするように強く要請しているようです。

 私的録音録画補償金制度自体、利用者側が権利意識に目覚める前に作り上げてしまったものなのですから、利用者側が権利意識に目覚めてしまった昨今、私的録音録画補償金の対象を拡張したいなんて言い出せば、却って、私的録音録画補償金制度自体見直せという声が利用者から上がってくることくらいは普通に予測できたわけだし、昨年のレコード輸入権騒動以来、政治家にとってその種の利用者の声というのは必ずしも無視できないものになってきているくらいの認識はあってもよさそうなものなのですが、音楽7団体側にそのような戦略性は感じられません。

 特に、日本の音楽ファンの間では、「iTunes Music Store」による合法的な音楽配信サービスを受けられないことの不満がたまっているわけで、そのような中、「iPodを私的録音録画補償金の対象とせよ」なんて言ってしまえば、強い反発を受けることは目に見えていると思うのですが。

ITMediaの記事によると、日本音楽著作権協会の吉田茂理事長は、

私的複製の制限については、ベルヌ条約(著作権に関する国際条約)にも記載されており、日本でHDD/フラッシュメモリオーディオなどに関する補償金制度がないのは条約違反ですらある
なんて述べたそうなのですが、ベルヌ条約には私的複製の制限については何も記載されていないですし、実際、ベルヌ条約加盟国のほとんどはHDD/フラッシュメモリオーディオ等に関して補償金制度なんてないわけで、吉田理事長が本当にこんなことを言ったのだとすればお粗末としかいいようがないです。

ベルヌ条約において「複製権」について規定しているのは第9条です。第9条は次のように定められています。

(1) Authors of literary and artistic works protected by this Convention shall have the exclusive right of authorizing the reproduction of these works, in any manner or form.

(2) It shall be a matter for legislation in the countries of the Union to permit the reproduction of such works in certain special cases, provided that such reproduction does not conflict with a normal exploitation of the work and does not unreasonably prejudice the legitimate interests of the author.

(3) Any sound or visual recording shall be considered as a reproduction for the purposes of this Convention.

 第1項では、ベルヌ条約で保護される作品の作者は、その作品を複製する権限を与える排他的権利を持つべきであるということを規定しています。正確にいうとこれは条約(国と国との間の約束)ですから義務の主体は「国」ということになりますので、そのような作品の作者がそのような排他的な権利を持つように国内法を整備することを加盟国は義務づけられているということになります。

 第2項では、特定の場合にそのような作品の複製を許可するべきか否かということは、ベルヌ条約加盟国において、立法府が取り扱うべき問題である、つまり、どういう場合に(作者の許可なくして)作品の複製を行うことは、ベルヌ条約加盟国の各国内において立法府が決めればいいことであって、立法府の決定に対してはとやかく言われる筋合いはないということを定めています。

 ただし、そのような立法を行うにあたっては、二つの条件に従う必要があります。

 1つは、そのような複製が、その作品の「a normal exploitation」と「conflict」しないことです。
 もう1つは、そのような複製が、その作品の作者の「the legitimate interests」を「unreasonably」に害しないことです。

 ここで、「exploit」とは、 Merriam-Webster Online Dictionaryによれば、「to make productive use of」という意味ですから、「a normal exploitation」とは、(その作品の)通常の営利的な利用くらいの意味になります。そのような利用と「conflict」するような、すなわち、そのような利用と競合してこれを成り立たなくするような複製まで許可してしまうような立法はさすがにやめてくれと言うことをベルヌ条約はいっているわけです。
 また、ベルヌ条約が合理的な理由なくして害するなといっているのは「the legitimate interests」であって、「私が苦労して創作した作品を活用して勝手に儲けている人がいると、『明日のインセンティブ』が奪われてしまうよう!」なんていっても、そういう「明日のインセンティブ」みたいなものは「the legitimate interests」にはあたらないのです。

 では、音楽ファンが、個人的に使用する目的でiPodに(パソコンを介して)楽曲をダウンロードすることは、作詞家・作曲家、実演家、レコード会社等々による当該楽曲の「通常の営利的な利用」と競合してこれを成り立たなくするようなものなのかといえばたいそう疑問ですし、そのようなダウンロードが行われたからって作曲家等の「the legitimate interests」なんて全然害されてなんかいないでしょう。通常は、いつでもどこでもその楽曲を聴けるようにするために、携帯型メディアであるiPodにメディアシフトしているだけなのですから。

 iPod等を私的録音録画補償金の対象としないことがベルヌ条約に違反するといいたいのであれば、iPodによって通常行われる私的使用目的の複製(メディアシフトとしての複製)が作詞家・作曲家、実演家、レコード会社等々による当該楽曲のどのような営利的利用とconflictするのか、あるいは、どのような「the legitimate interests」が害されているというのかを、先ず示すべきでしょう。

 音楽関係7団体は、「音楽の創作サイクルのため、必要であると考えている」「政令指定をしないまま現状を放置することは、文化芸術の振興を妨げる」なんてことを言っていたようですが、ハードディスク型音楽再生機が私的録音録画補償金の対象となっていない国々(そもそも、私的録音録画補償金制度がない国々を含む。)にて、「音楽の創作サイクル」が崩壊し、「文化芸術の振興」が妨げられてしまっているのかというと、大いに疑問です。彼らは、まともに比較制度論ができないのでしょうか。

【追記】
Internet Watchの方の記事をみると、音楽関係7団体の声明では、

私的録音が許されるのは極めて零細な使用だからだと主張。権利者団体の調査によると、私的録音された楽曲の51%が私的録音補償金制度に含まれないデジタルオーディオプレーヤーなどの機器や記録媒体で録音され、仮にそれらの楽曲をパッケージで購入すると試算すると3,400億円に達する。こうした状況は「零細な使用とはいえない」
ということのようですね。

 しかし、著作権法第30条第1項により私的使用目的の複製が許されるのはそれが極めて零細な使用だからであるという方をする場合(それ自体、必ずしも正確ではないのですが)、「極めて零細な使用」というのは、個々人が当該著作物に関して行う複製について表現しているわけで、日本国中で行われている同種の複製をかき集めた上で相対的に見たとしてもなお「極めて零細な使用」といえるか否かなんてことはもともと考慮の対象外です。したがって、デジタルオーディオプレーヤーなどの機器や記録媒体で録音された楽曲数が日本中で何曲あるかなんてことは、デジタルオーディオプレーヤーを用いて行われる私的使用目的の複製が「極めて零細な使用」といえる限度を超えているかどうかという議論とは全く関係がありません。

 さらにいえば、「デジタルオーディオプレーヤーなどの機器や記録媒体で録音され」た「楽曲をパッケージで購入すると試算すると3,400億円に達する」なんて数字は全く意味がありません。
 私は、正規のCDをAmazonやHMV等で購入した上で、PowerBookG4→iPodという経路で私的使用目的の複製を行うことで、通勤中や出張先で音楽を聴いて楽しんでいるわけですが、ではPowerBookG4のような音楽再生が可能なパソコンや、iPodのようなデジタルオーディオプレーヤーがなかったとしたら、PowerBookG4内の私的複製物、iPod内の私的複製物の代わりに、正規のCDをさらに買い足していたであろうかと問われれば、そんな馬鹿なことはしないと答えることでしょう。正規のCDパッケージがたくさんあったって、iPodのハードディスク内の音楽ファイルの代替品などなりはしないのですから。従来は、私的複製物が正規商品と代替性を有するのか否かということが議論の対象となっていたと思うのですが、「メディアシフト」についていえば、そもそも正規商品が私的複製物と代替性を有しているのか否かということが問われているのです。そして、正規商品:同一楽曲についての2枚目以降のCD、私的複製物:メディアシフトの目的でiPodの内蔵ハードディスクに蔵置された音楽ファイルという場合についていえば、もはや正規商品は私的複製物と代替性を有していないといわざるを得ないのです。したがって、「『メディアシフトの目的でiPodの内蔵ハードディスクへの音楽データの複製』がなければ音楽著作権者らはこれだけの利益を実際よりも多く得ていたであろう」という関係を見出すことができず、私的録音録画補償金制度により補償すべき「損失」自体を観念できないのではないかと思ってしまいます。

Posted by 小倉秀夫 at 07:37 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (6) | TrackBack (9)

選撮見録訴訟弁論終結

 今年の1月に第1回口頭弁論期日が開かれた「選撮見録」訴訟ですが、本日、弁論終結しました。判決言渡期日は、10月24日と指定されました。様々な論点が組み合わさった複雑な事件なので、弁論終結から判決言渡しまで約3ヶ月というのは、まあやむを得ないでしょうね。

 弁論終結期日当日になって、田村善之教授と茶園成樹教授の鑑定意見書がテレビ局側から提出されました。田村教授は、ファイルローグ事件のときも向こう側で鑑定意見書を提出していたので意外ではないですが、茶園教授についてはちょっと意外です。田村教授といえば、7月20日付けの朝日新聞に、

 北海道大の田村善之教授(知的財産法)はファイル交換ソフトによる複製について「技術的な環境を整える必要があるが、利用を自由にした上でその対価を集めるシステムに変えるべきだ」と指摘する。「デジタル社会の恩恵を享受することの足かせに、著作権法がなってはいけない」

なんて記載があるのですが、なんだか多くの人の目に触れるマスメディアで言っていることと、訴訟における鑑定意見書というほとんどの人の目に触れないところで言っていることと、だいぶ言っていることが違うのではないかとも思ってしまいます。

 面白いのは、テレビ局側は、著作権法の解釈について、JASRACの従業員の方の鑑定意見書も証拠として提出していた点です。JASRACの従業員って、その意見が、著作権法の特定の条文についての特定の解釈の正しさに対する信用性を高めるほどの権威をいつから持つようになったのでしょうか。っていいますか、JASRACの従業員の方の鑑定意見書を提出するということは、テレビ局側の弁護士による著作権法の解釈よりも、JASRACの従業員の方による解釈の方が、裁判所に信用される可能性が高いということを、テレビ局側が自認しているということを意味してしまうのではないかとも思うのですが、それって自虐的にすぎないかなあと私などは思ってしまいます。

Posted by 小倉秀夫 at 01:03 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (1)

07/26/2005

PC Japan 9月号

PC Japan 9月号用の連載記事では、

「タイムシフト視聴」というのは、結局のところ、視聴者が自分の生活サイクルに合わせてテレビ番組を視聴するということであり、「タイムシフト視聴」を禁止するということは、テレビ番組の放送時間にテレビを視聴できる環境に身を置くことができるようにする、すなわちテレビ番組の放送時間に生活のサイクルを合わせるのでなければ、視聴者に視聴したい番組を視聴させないということを意味します。

といった観点から、タイムシフト視聴について書いてみました。

Posted by 小倉秀夫 at 06:18 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (1)

07/22/2005

テレビ番組のネット最新と地方テレビ局の未来

 今日は、総務省が2006年を目途にテレビの地上デジタル放送をインターネット経由で各家庭に配信できるようにする方針を固めたとのニュースが注目を浴びました。

 技術的な話は技術者の方にお任せするとして、著作権法的には、他人の著作物や実演を放送・有線放送する場合の規定と、自動公衆送信する場合との規定を、放送・有線放送側に合わせる方向で法改正していくか、非オンデマンドタイプのストリーミング配信については放送・有線放送に該当するということで公権的な解釈を変更する(または明文の規定を置く)ということが考えられるように思います(著作権者や隣接権者に送信可能化禁止権を残した状態で、権利処理機構をつくることで対処しようというのは、実際には難しいと思います。)。

 ただ、これをやると、東京キー局が制作した番組を周辺地域向けに転送するのが主な仕事となってしまっている地方テレビ局がその社会的な役割の大半を失うことになるので、反対するのだろうなあとは予想してしまいます。

 私としても、高速インターネット回線も衛星回線もなかった時代は、全国津々浦々に動画コンテンツを送り届ける重大な社会的役割を地方テレビ局が担ってきたわけで、その歴史的な意義を軽視するわけでありません。ただ、全国津々浦々に動画コンテンツを届けるのによりコストが安く済む手段が現実に選択可能となっていったとき、地方テレビ局の「インセンティブ」を守るために、このような新たな手段を選択することを妨げる法律をそのままにしておくというのは私には本末転倒であるように思えます。特に、地上波デジタルへの切り替えによって、「動画コンテンツをテレビ放送により各家庭に届ける」という手段は、これまでとは異なり、大きな投資を必要とする手段に成り下がってしまうわけです(都市部なら、地上波デジタル対応TVに切り替えるより、それなりの処理速度のあるパソコンを購入し、光ケーブルに切り替える方が、とりあえず安上がりなのではないでしょうか。)から、「動画コンテンツを各家庭に届ける」という方式を専らテレビ放送に委ねるというのは、「できるだけ多くの国民が一定の動画コンテンツを視聴できるようにする」という観点からもどんどん下策になってしまうわけです。

 ということで、「放送と通信の融合」の先には、「オリジナルコンテンツ制作力の乏しい地方テレビ局の淘汰」が待っており、それゆえ、彼らが「放送と通信の融合」への最大の抵抗勢力になるのではないかとの予測を開陳して、本日は寝ることとします。

 

Posted by 小倉秀夫 at 02:15 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (1)

07/17/2005

「著作権は何を守るのか」 on be

 平成17年7月16日朝日新聞朝刊に添付されていた「be on Saturday」のb3に、朝日新聞社の、というかASAHIパソコンの丹治吉順氏が「著作権は何を守るのか」という題で著作権の保護期間の延長問題について論じた文章が掲載されています。著作権の保護期間が延長された場合の負の影響につき、巨大メディアがしっかりと解説を加えたという点は評価に値するでしょう。

 もちろん、新聞の特集記事ですから、「反対側の意見」もそれなりに掲載しています。ここでは、日本文芸家協会知的所有権委員長の三田誠広氏の意見が紹介されています。

 1つは、「例えばサンテグジュペリ(1944年)は欧米では権利が続いているが、日本では勝手に翻訳が出せる。野蛮な国と見られているであろう」というものです。

 しかし、ほとんどの国や社会において著作権の保護期間を有限とする旨の規定を置いているということは、どのような作品についても、いつかは「勝手に翻訳が出せる」状態に至ることを当然に容認しているわけです。日本では著作者の死後50年が経過すると「勝手に翻訳が出せる」し、ヨーロッパの多くの国では著作者の死後70年が経過すると「勝手に翻訳が出せる」し、アメリカでは著作者の死後95年が経過すると「勝手に翻訳が出せる」という程度の問題があるにすぎません。そして、私は幸か不幸か、「勝手に翻訳が出せる」ようになるまでに著作者の死後何年の月日が経過することを要するかということによって文明化の度合いを測る人々を見たことがありません。正直言って、著作者の死後50年と1日が経過したにすぎない著作物の翻訳が勝手に出せるということをもって日本を野蛮国と罵るフランス人に会ったことはないですし、著作者の死後70年と1日が経過したにすぎない著作物の翻訳が勝手に出せるということをもってフランスを野蛮国と罵る米国人に会ったことはない、著作者の死後75年と1日が経過したにすぎない著作物の翻訳が勝手に出せたあのころの米国は野蛮国であったと過去を反省している米国人をも見たことがありません。私と三田誠広氏とでは交際範囲が違うだけかも知れませんが、私でしたら、仮にそのようなことで日本を野蛮国と見る人々が外国にいたとしたら、その批判をあっさり受け入れて自虐的になるのではなく、そのようなことをもって日本を野蛮な国と見ることが間違っているということを堂々と申し述べることを選択したいと思っています。

 もう1つは、「権利が切れると誤植の多い安易なものが公開される心配がある。私生活を暴露した作品で遺族が迷惑する例もあり、その防止のためにも作者の孫の生存期間程度は権利を継続すべきです」というものです。

 しかし、三田誠広氏のこの心配は杞憂です。著作権の保護期間を経過した作品は著作物でなくなるわけではないからです。

 著作権法は、第60条において、

著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。
と規定し、また、第116条において
1 著作者の死後においては、その遺族(死亡した著作者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹をいう。以下この条において同じ。)は、当該著作者について第六十条の規定に違反する行為をする者又はするおそれがある者に対し第百十二条の請求を、故意又は過失により著作者人格権を侵害する行為又は第六十条の規定に違反する行為をした者に対し前条の請求をすることができる。 2 前項の請求をすることができる遺族の順位は、同項に規定する順序とする。ただし、著作者が遺言によりその順位を別に定めた場合は、その順序とする。
と規定していますので、著作権の保護期間が経過したことを良いことに、私信を暴露して作家の名誉を傷つける行為に対してはその遺族がその差し止めを請求したりすることができるので、そのような心配はご無用なのです。

Posted by 小倉秀夫 at 02:03 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (2)

07/10/2005

Posner's middle way

Grokster最高裁判決に関連して、米国連邦高裁判事であるPosner氏は、次のように述べます。

There is a possible middle way that should be considered, and that is to provide a safe harbor to potential contributory infringers who take all reasonable (cost-justified) measures to prevent the use of their product or service by infringers. The measures might be joint with the copyright owners. For example, copyright owners who wanted to be able to sue for contributory infringement might be required, as a condition of being permitted to sue, to place a nonremovable electronic tag on their CDs that a computer would read, identifying the CD or a file downloaded from it as containing copyrighted material. Software producers would be excused from liability for contributory infringement if they designed their software to prevent the copying of a tagged file. This seems a preferable approach to using the judicial system to make a case by case assessment of whether to impose liability for contributory infringement on Grokster-like enterprises.

意訳すると、
自社の提供する商品ないしサービスが著作権侵害行為に利用されることを防ぐ(コスト面も含めて)合理的な措置をすべて講じた場合、寄与侵害にはあたらないとしてやってみてはいかがだろうか。著作権者たちと共同してそれらの措置を講じてみたらどうだろうか。例えば、寄与侵害のかどで訴訟を提起できるようになりたい著作権者は、訴訟を提起するための条件として、コンピュータによる読み取りが可能な、除去不可能な電子的なタグをCDに付け、そのCDや、そのCDから抽出したファイルが著作権法により保護されるコンテンツを含んでいることを識別できることを要求するのである。ソフトハウスは、「著作権タグ」のついたファイルが交換されたファイルの交換を阻止するように設計した場合には、寄与侵害責任を免責されるとするのである。これは、Groksterのような企業に寄与侵害責任を課すかどうかを決めるために司法制度を利用する際にはより好ましい方法のように思える。
ということになろうかと思います。

 Groksterのような企業に対し著作権侵害責任を追及する──差止請求であれ、損害賠償請求であれ──にあたっては、その商品なりサービスなりが著作権侵害に利用されるのを防ぐために必要な情報を、当該企業に対し著作権者側で予め提供しなければならないとするのは、一つのあり得る提案です。本来想定した適法な利用を阻害することなくその商品なりサービスなりが著作権侵害に利用されるのを防ぐことが経済的、技術的に容易に実現できるのに防止策をとらなかったという場合に初めて、あえて第三者による著作権侵害行為に寄与しようという意図が商品等の提供者にはあったと推認することが許されるといえるのだ(その商品なりサービスなりが著作権侵害に利用されるのを防ぐには、その商品等の提供自体を中止したり、経済的または技術的に大変な困難性を伴ってしまうという場合に、結局著作権侵害に利用されるのを防ぐための対策を講じなかったということをもって、あえて第三者による著作権侵害行為に寄与しようという意図を推認してしまうのは、経験則に違背するのだ)といえるからです。

 我が国の法解釈としても、例えば差止請求訴訟においては、著作権侵害に利用されることを防ぐための方法を、具体的に実行可能な程度に特定することを原告たる著作権者に求めつつ、「著作権タグ」を付けるなどして著作権者側で一定の共同作業を行うことによって侵害防止措置を具体的に実行可能としうることが明らかになった場合には、原告側がそのような必要な作業を行うことを条件とする差止命令を下せばよいのではないかとも思えます。裁判所としては、被告たる商品等の提供者が著作権の侵害主体であるとの心証を固めた段階で、中間判決を下すなり、その心証を開示して、審理の対象を差止命令の内容の具体化に集中させればよいのですから、それほど難しい話ではないように思います。

Posted by 小倉秀夫 at 10:05 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (1)

07/07/2005

Live8

 先週末というか今週初めというか微妙な時期に行われたLIVE8ですが、欧米では盛況のうちに終わったようです。太っ腹なAOLとMicroSoftのおかげで、6会場で行われたライブ・パフォーマンスを、日本にいながらにして見ることができます。こういうときほど、TEPCO光にしておいて良かったとしみじみ思うことはありません。

 私のゼミの学生にも、「これは将来の語りぐさになるので、音楽業界に進みたいと考えている人はできるだけ見なさい」という趣旨のことを述べておきました。1969年のウッドストック、1971年のバングラディッシュ救済コンサート、1985年のライブエイドと、後々の語りぐさになるコンサートというのは過去にもあったわけですが、今回のライブエイトもまた、同様にロックの歴史に刻まれていくことでしょう。

 残念なのは、日本会場でのライブが・パフォーマンスがオンライン上で見られないことです。AOLもMicroSoftも日本のアーティストのライブになど魅力を感じなかったからなのか、あまりにも時差が大きかったからなのか、日本だけ特別に権利処理が難しかったからなのか分かりませんが、Rome会場やParis会場と同じような扱いを受けて、そのライブ・パフォーマンスが世界に向けて発信されたのであれば、そのパフォーマンスを見たり聞いたりすることにより、そのアーティストに興味を抱く人々が世界中に生まれたかも知れないのに、本当に残念です。特に、AOLは今回、VODコーナーにおいて、動画映像のすぐ横に、iTMSやオンラインCDショップにリンクを貼り、その楽曲を気に入ったら、それが収録されているCDを購入したり、有料音楽配信のダウンロードをしたりすることをスムーズにできるようにしていますから、本当にすごい大きなチャンスだったのですけどね。

 それ以前に、日本会場の出演者の少なさを見るに付け、こういう世界的なイベントに参加することの意義というものをそもそも関係者が理解していないのではないかという危惧がないわけではないのですが。

Posted by 小倉秀夫 at 01:50 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (2)

07/05/2005

Grokster事件最高裁判決

Grokster事件最高裁判決についての簡単な解説を、次号のゲームラボに掲載することにしました。
ご興味がおありの方は、お読み頂ければ幸いです。

追記

 Grokster事件最高裁判決に関するPosner判事のエントリーに、Freenetの開発者であるIan Clarke氏がコメントを付けているようです。

Posted by 小倉秀夫 at 10:34 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (1) | TrackBack (0)