日本音楽著作権協会ら音楽関係の7団体は、相変わらずiPod等のハードディスク型音楽再生機を私的録音録画補償金の対象とするように強く要請しているようです。
私的録音録画補償金制度自体、利用者側が権利意識に目覚める前に作り上げてしまったものなのですから、利用者側が権利意識に目覚めてしまった昨今、私的録音録画補償金の対象を拡張したいなんて言い出せば、却って、私的録音録画補償金制度自体見直せという声が利用者から上がってくることくらいは普通に予測できたわけだし、昨年のレコード輸入権騒動以来、政治家にとってその種の利用者の声というのは必ずしも無視できないものになってきているくらいの認識はあってもよさそうなものなのですが、音楽7団体側にそのような戦略性は感じられません。
特に、日本の音楽ファンの間では、「iTunes Music Store」による合法的な音楽配信サービスを受けられないことの不満がたまっているわけで、そのような中、「iPodを私的録音録画補償金の対象とせよ」なんて言ってしまえば、強い反発を受けることは目に見えていると思うのですが。
ITMediaの記事によると、日本音楽著作権協会の吉田茂理事長は、
私的複製の制限については、ベルヌ条約(著作権に関する国際条約)にも記載されており、日本でHDD/フラッシュメモリオーディオなどに関する補償金制度がないのは条約違反ですらある
なんて述べたそうなのですが、ベルヌ条約には私的複製の制限については何も記載されていないですし、実際、ベルヌ条約加盟国のほとんどはHDD/フラッシュメモリオーディオ等に関して補償金制度なんてないわけで、吉田理事長が本当にこんなことを言ったのだとすればお粗末としかいいようがないです。
ベルヌ条約において「複製権」について規定しているのは第9条です。第9条は次のように定められています。
(1) Authors of literary and artistic works protected by this Convention shall have the exclusive right of authorizing the reproduction of these works, in any manner or form.
(2) It shall be a matter for legislation in the countries of the Union to permit the reproduction of such works in certain special cases, provided that such reproduction does not conflict with a normal exploitation of the work and does not unreasonably prejudice the legitimate interests of the author.
(3) Any sound or visual recording shall be considered as a reproduction for the purposes of this Convention.
第1項では、ベルヌ条約で保護される作品の作者は、その作品を複製する権限を与える排他的権利を持つべきであるということを規定しています。正確にいうとこれは条約(国と国との間の約束)ですから義務の主体は「国」ということになりますので、そのような作品の作者がそのような排他的な権利を持つように国内法を整備することを加盟国は義務づけられているということになります。
第2項では、特定の場合にそのような作品の複製を許可するべきか否かということは、ベルヌ条約加盟国において、立法府が取り扱うべき問題である、つまり、どういう場合に(作者の許可なくして)作品の複製を行うことは、ベルヌ条約加盟国の各国内において立法府が決めればいいことであって、立法府の決定に対してはとやかく言われる筋合いはないということを定めています。
ただし、そのような立法を行うにあたっては、二つの条件に従う必要があります。
1つは、そのような複製が、その作品の「a normal exploitation」と「conflict」しないことです。
もう1つは、そのような複製が、その作品の作者の「the legitimate interests」を「unreasonably」に害しないことです。
ここで、「exploit」とは、 Merriam-Webster Online Dictionaryによれば、「to make productive use of」という意味ですから、「a normal exploitation」とは、(その作品の)通常の営利的な利用くらいの意味になります。そのような利用と「conflict」するような、すなわち、そのような利用と競合してこれを成り立たなくするような複製まで許可してしまうような立法はさすがにやめてくれと言うことをベルヌ条約はいっているわけです。
また、ベルヌ条約が合理的な理由なくして害するなといっているのは「the legitimate interests」であって、「私が苦労して創作した作品を活用して勝手に儲けている人がいると、『明日のインセンティブ』が奪われてしまうよう!」なんていっても、そういう「明日のインセンティブ」みたいなものは「the legitimate interests」にはあたらないのです。
では、音楽ファンが、個人的に使用する目的でiPodに(パソコンを介して)楽曲をダウンロードすることは、作詞家・作曲家、実演家、レコード会社等々による当該楽曲の「通常の営利的な利用」と競合してこれを成り立たなくするようなものなのかといえばたいそう疑問ですし、そのようなダウンロードが行われたからって作曲家等の「the legitimate interests」なんて全然害されてなんかいないでしょう。通常は、いつでもどこでもその楽曲を聴けるようにするために、携帯型メディアであるiPodにメディアシフトしているだけなのですから。
iPod等を私的録音録画補償金の対象としないことがベルヌ条約に違反するといいたいのであれば、iPodによって通常行われる私的使用目的の複製(メディアシフトとしての複製)が作詞家・作曲家、実演家、レコード会社等々による当該楽曲のどのような営利的利用とconflictするのか、あるいは、どのような「the legitimate interests」が害されているというのかを、先ず示すべきでしょう。
音楽関係7団体は、「音楽の創作サイクルのため、必要であると考えている」「政令指定をしないまま現状を放置することは、文化芸術の振興を妨げる」なんてことを言っていたようですが、ハードディスク型音楽再生機が私的録音録画補償金の対象となっていない国々(そもそも、私的録音録画補償金制度がない国々を含む。)にて、「音楽の創作サイクル」が崩壊し、「文化芸術の振興」が妨げられてしまっているのかというと、大いに疑問です。彼らは、まともに比較制度論ができないのでしょうか。
【追記】
Internet Watchの方の記事をみると、音楽関係7団体の声明では、
私的録音が許されるのは極めて零細な使用だからだと主張。権利者団体の調査によると、私的録音された楽曲の51%が私的録音補償金制度に含まれないデジタルオーディオプレーヤーなどの機器や記録媒体で録音され、仮にそれらの楽曲をパッケージで購入すると試算すると3,400億円に達する。こうした状況は「零細な使用とはいえない」
ということのようですね。
しかし、著作権法第30条第1項により私的使用目的の複製が許されるのはそれが極めて零細な使用だからであるという方をする場合(それ自体、必ずしも正確ではないのですが)、「極めて零細な使用」というのは、個々人が当該著作物に関して行う複製について表現しているわけで、日本国中で行われている同種の複製をかき集めた上で相対的に見たとしてもなお「極めて零細な使用」といえるか否かなんてことはもともと考慮の対象外です。したがって、デジタルオーディオプレーヤーなどの機器や記録媒体で録音された楽曲数が日本中で何曲あるかなんてことは、デジタルオーディオプレーヤーを用いて行われる私的使用目的の複製が「極めて零細な使用」といえる限度を超えているかどうかという議論とは全く関係がありません。
さらにいえば、「デジタルオーディオプレーヤーなどの機器や記録媒体で録音され」た「楽曲をパッケージで購入すると試算すると3,400億円に達する」なんて数字は全く意味がありません。
私は、正規のCDをAmazonやHMV等で購入した上で、PowerBookG4→iPodという経路で私的使用目的の複製を行うことで、通勤中や出張先で音楽を聴いて楽しんでいるわけですが、ではPowerBookG4のような音楽再生が可能なパソコンや、iPodのようなデジタルオーディオプレーヤーがなかったとしたら、PowerBookG4内の私的複製物、iPod内の私的複製物の代わりに、正規のCDをさらに買い足していたであろうかと問われれば、そんな馬鹿なことはしないと答えることでしょう。正規のCDパッケージがたくさんあったって、iPodのハードディスク内の音楽ファイルの代替品などなりはしないのですから。従来は、私的複製物が正規商品と代替性を有するのか否かということが議論の対象となっていたと思うのですが、「メディアシフト」についていえば、そもそも正規商品が私的複製物と代替性を有しているのか否かということが問われているのです。そして、正規商品:同一楽曲についての2枚目以降のCD、私的複製物:メディアシフトの目的でiPodの内蔵ハードディスクに蔵置された音楽ファイルという場合についていえば、もはや正規商品は私的複製物と代替性を有していないといわざるを得ないのです。したがって、「『メディアシフトの目的でiPodの内蔵ハードディスクへの音楽データの複製』がなければ音楽著作権者らはこれだけの利益を実際よりも多く得ていたであろう」という関係を見出すことができず、私的録音録画補償金制度により補償すべき「損失」自体を観念できないのではないかと思ってしまいます。