図書館において著書を蔵書とする方が著作者の利益を害するのか、蔵書としない方が害するのか?
推理作家の三田誠広氏らを中心に繰り広げられている「公貸権」創設論というのは、その著書が図書館に蔵置されると作家が経済的な損失を被るということを前提とするものでした。しかし、その正反対のことを主張する作家たちもいます。最判平成17年7月14日判例集未登載[船橋市立図書館蔵書廃棄事件]で、原告である「新しい歴史教科書をつくる会」等は、その著書を市立図書館の蔵書でなくすることは怪しからぬことであると主張したのです。
公立の図書館には蔵書を廃棄するにあたっての内部的なルールが定められており、各図書館に置かれた司書は、このルールに則ってどの蔵書を廃棄処分とするのかを決定します。したがって、問題の司書が、「新しい歴史教科書をつくる会」やこれに賛同する者等及びその著書に対する否定的評価と反感から、その独断で、図書館の蔵書のうち「つくる会」らの執筆又は編集に係る書籍を大量に廃棄処分としたことは、上記内部的なルールに違反した行いであることは間違いないので、当該図書館を管轄していた教育委員会が当該司書に懲戒処分を科したというのは当然のことといえます。
また、図書館は、「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設」であり(図書館法2条1項)、「社会教育のための機関」であって(社会教育法9条1項)、国及び地方公共団体が国民の文化的教養を高め得るような環境を醸成するための施設として位置付けられているのであって、「図書館資料の収集、提供等につき、㈰住民の学習活動等を適切に援助するため、住民の高度化・多様化する要求に十分に配慮すること、㈪広く住民の利用に供するため、情報処理機能の向上を図り、有効かつ迅速なサービスを行うことができる体制を整えるよう努めること、㈫住民の要求に応えるため、新刊図書及び雑誌の迅速な確保並びに他の図書館との連携・協力により図書館の機能を十分発揮できる種類及び量の資料の整備に努めること」が公立図書館に求められている(「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」)ことを考えれば、司書が恣意的に蔵書を廃棄処分としたことにつき、当該図書館の利用者たる住民が国賠訴訟を提起するというのならば分からなくはありません。
ただ、そこから「公立図書館が、上記のとおり、住民に図書館資料を提供するための公的な場であるということは、そこで閲覧に供された図書の著作者にとって、その思想、意見等を公衆に伝達する公的な場でもあるということができる。」と言われると思わず首を傾げてしまいます。著作者の側から積極的に図書館を「その思想、意見等を公衆に伝達したいので私の著作を置いて欲しい」と申し出ているのならば、図書館が著作者にとっても思想等を伝達するための公衆の場であるというのは分からないでもないです。しかし、実際には、作家たちは、図書館に自分の著書が収蔵されると書籍の売上げが減少するから公貸権をよこせ云々といっているわけで、図書館をそのような「公的な場」として積極的に活用しようという意図はさらさらなかったのです。
最高裁は続けて、「したがって、公立図書館の図書館職員が閲覧に供されている図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱いによって廃棄することは、当該著作者が著作物によってその思想、意見等を公衆に伝達する利益を不当に損なうものといわなければならない。そして、著作者の思想の自由、表現の自由が憲法により保障された基本的人権であることにもかんがみると、公立図書館において、その著作物が閲覧に供されている著作者が有する上記利益は、法的保護に値する人格的利益であると解するのが相当であ」ると判示するのですが、「思想の自由」も「表現の自由」も、自らの思想等の公衆への伝達へのサポートを国家に積極的に要求する社会権的な要素を含みませんので、図書館においてその著書を収蔵されたものの利益が法的保護に値する根拠として思想の自由や表現の自由を持ち出すのは筋違いではないかと思います。
その著書が図書館において廃棄されないということが法的保護に値する著作者の利益だとすると、各地方公共団体ごとに定めた内部的なルールに従って蔵書を廃棄することだって違法行為となりかねません。各地方公共団体には著作者から「人格的利益」を奪う権限はないからです。したがって、この最高裁判例を前提とする限り、各自治体は、著作者の「人格的利益」を損なわない「蔵書廃棄ルール」を模索するか、または、内容的に好ましくない書籍は住民からのリクエストがあっても収蔵しないように、収蔵前に入念に内容を審査することが求められるのではないかと思います。
Posted by 小倉秀夫 at 10:40 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | Permalink
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Commentaires
三田誠広氏は推理作家では無いと思います。
本人は純文学作家だと言っています。
Rédigé par: 末廣恒夫 | 29 août 2005, 22:02:13
表題の件について、専門家ブログ「図書館員の愛弟子」さんによる関連記事です。
http://library.jienology.com/union.php?no=-4231-5501-5569-5794-
Rédigé par: ウェブログ図書館 | 29 août 2005, 14:47:07