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08/24/2006

著作権法上の「公衆」

 著作権法上の「公衆」とは「不特定の者人又は多数の者のことをいう」というのが多数説なのですが、では、誰との間にどのような関係がある場合にその者が「特定の者」といえるかについては,争いのあり得るところです。この点,加戸守行『著作権法逐条講義[第5版]』の70頁は「行為者との間に個人的な結合関係があるものを指」すとするのですが,そのように定義する根拠は記されていないし,そこでいう「個人的な結合」というのがどのような種類の,どの程度に濃密な関係を指すのかが明らかにされていません。

 そこでまず,「特定の者」という語が他の立法例においてどのような意味に用いられているのかを探求し,そこから著作権法上の「公衆」を画する基準である「特定」性を検討することとします。

  1.  個人情報保護法23条4項3号は,「個人データを特定の者との間で共同して利用する場合であって,その旨並びに共同して利用される個人データの項目,共同して利用する者の範囲,利用する者の利用目的及び当該個人データの管理について責任を有する者の氏名又は名称について,あらかじめ,本人に通知し,又は本人が容易に知り得る状態に置いているとき。」と規定しています。
      ここでの「特定の者」とは,個人データを共同して利用することにつき当該行為者と一定の協定を結んだものをいい,行為者と「特定の者」との間に,当該個人データの共同利用という行為の目的を離れた個人的な結合関係があることは必要とされていません。
  2.  入札談合等関与行為の排除及び防止に関する法律2条5項3号は,「入札又は契約に関する情報のうち特定の事業者又は事業者団体が知ることによりこれらの者が入札談合等を行うことが容易となる情報であって秘密として管理されているものを,特定の者に対して教示し,又は示唆すること」と規定しています。
      ここでいう「特定の者」とは,「入札又は契約に関する情報のうち特定の事業者又は事業者団体が知ることによりこれらの者が入札談合等を行うことが容易となる情報であって秘密として管理されているもの」を教示又は示唆する対象として行為者が意図的に選択した者を指しているのであり,行為者との間に特段の個人的な結合関係があることは必要とされていません。不正競争防止法2条1項4号に「窃取,詐欺,強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「不正取得行為」という。)又は不正取得行為により取得した営業秘密を使用し,若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。以下同じ。)」と規定されている場合の「特定の者」も同様です。
  3.  ストーカー行為等の規制等に関する法律2条1項柱書は「この法律において「つきまとい等」とは,特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で,当該特定の者又はその配偶者,直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し,次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。」と規定しています。
      ここでいう「特定の者」とはストーカー行為の対象として行為者が特に選択した者をいい,行為者との間に特段の個人的な結合関係があることは必要とされていません。
  4.  不正競争防止法2条1項11号は,「他人が特定の者以外の者に影像若しくは音の視聴若しくはプログラムの実行又は影像,音若しくはプログラムの記録をさせないために営業上用いている技術的制限手段により制限されている影像若しくは音の視聴若しくはプログラムの実行又は影像,音若しくはプログラムの記録を当該技術的制限手段の効果を妨げることにより可能とする機能のみを有する装置(当該装置を組み込んだ機器を含む。)若しくは当該機能のみを有するプログラム(当該プログラムが他のプログラムと組み合わされたものを含む。)を記録した記録媒体若しくは記憶した機器を当該特定の者以外の者に譲渡し,引き渡し,譲渡若しくは引渡しのために展示し,輸出し,若しくは輸入し,又は当該機能のみを有するプログラムを電気通信回線を通じて提供する行為」と規定しています。
      ここでいう「特定の者」とは,コンテンツ提供事業者等「の契約者などで当該コンテンツを視聴,実効又は記録することができる権原を有しているもの」のことをいう(山本庸幸『要説不正競争防止法 第3版』204頁)をいい,行為者またはコンテンツ提供事業者等との間に特段の個人的な結合関係があることは必要とされていません。
  5.  特定電子メールの送信の適正化等に関する法律2条1号は「電子メール 特定の者に対し通信文その他の情報をその使用する通信端末機器(入出力装置を含む。次条において同じ。)の映像面に表示されるようにすることにより伝達するための電気通信(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)第2条第1号に規定する電気通信をいう。)であって,総務省令で定める通信方式を用いるものをいう。」と規定しています。
      ここでいう「特定の者」とは電気通信の送信先として行為者が特に選択した者をいい,行為者との間に特別な個人的な結合関係があることは必要とされていない(いわゆるスパムメールの規制を目的とする本法の性格を考えれば,特段の個人的結合関係のない相手方に向けて送信される電子メールを,規制対象である「電子メール」の定義から除外するということはあり得ない。)。
  6.  特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律2条1号は,「特定電気通信 不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)第2条第1号に規定する電気通信をいう。以下この号において同じ。)の送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)をいう。」と規定しています。
      本法の起草者らは,「インターネット上のウェブページ,電子掲示板等は,電気通信の一形態ではあるが,不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(=有線,無線その他の電磁気的方法により,符号,音響又は影像を送り,伝え,又は受けること(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)第2条第1号))の送信であることから,このような形態で送信される電気通信を通信概念から切り出し,『特定電気通信』としたものです。電子メール等の1対1の通信は,『特定電気通信』には含まれない。なお,多数の者に宛てて同時に送信される形態での電子メールの送信も,1対1の通信が多数集合したものにすぎず,『特定電気通信』には含まれない。」(総務省電気通信利用環境整備室著=社団法人テレコムサービス協会編著「プロバイダ責任制限法──逐条解説とガイドライン──」17頁)としています。
      また,東京地裁平成16年1月14日判決(判タ1152号134頁,金商1196号39頁)は,同号の趣旨について,「電子メールが,送信側ユーザー及び受信側ユーザーとの間の人的なつながりを持つことを前提に,双方において具体的な相手方を特定できる関係にあるのに対し,「特定電気通信」の場合は,送信者側と受信者側に人的なつながりがなく,技術的にも双方とも相手方を具体的に特定できないため(匿名性),(a)誰もが容易に発信することが可能であり (発信の容易性),(b)ひとたび被害が発生すると容易に拡大し(被害の拡大性),(c)匿名で発信された場合には被害の回復が困難である(被害回復の困難性)などの特質があることによるとされている」と判示しています。このように,本条項にいう「特定の者」とは,行為者との間に「双方において具体的な相手方を特定できる」程度の人的な繋がりは要求される例があるにせよ,それ以上の,親族関係類似の濃密な個人的な結合関係は求められていない(例えば,事前に購読者登録をした人全員に同じ内容の電子メールを同封送信することが予定されているメールマガジンは特定電気通信(不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」にはあたらないものと一般に解されている。)。
  7.  保険業法2条1項は,「この法律において「保険業」とは,不特定の者を相手方として,人の生死に関し一定額の保険金を支払うことを約し保険料を収受する保険,一定の偶然の事故によって生ずることのある損害をてん補することを約し保険料を収受する保険その他の保険で,第3条第4項各号又は第5項各号に掲げるものの引受けを行う事業(他の法律に特別の規定のあるものを除く。)をいう。」と規定しています。
      ここでいう「不特定の者を相手方として」との文言について,東京海上火災保険株式会社編『損害保険実務講座[補巻]保険業法』14頁は,「これは,必ずしも現実に多数の者を相手方として引き受けが行われている必要はないということを間接的に明らかにしたものと解すれば足り,保険という要件をさらに絞り込むまでの意味はなく,この要件に格別の意味を持たせることは適当でないであろう」としています。
  8.  貨物自動車運送事業法2条3項は「この法律において『特定貨物自動車運送事業』とは,特定の者の需要に応じ,有償で,自動車を使用して貨物を運送する事業をいう。」と規定しています。
      ここでいう「特定の者」(運送需用者)について,「運送需用者は,単数の者に特定され,等が運送需用者の輸送量の大部分を確保されるものであること」及び「運送需用者と直接運送契約を締結するものであり,運送の指示等において第三者が介入するものではないこと」等の具体的な要件が公示されてます(国土交通省北海道運輸局「一般貨物自動車運送事業及び特定貨物自動車運送事業の許可基準」)が,運送事業者と「特定の者」との間に,それ以上に濃密な個人的結合関係があることは要求されていません。

 このように他の法令等において「特定の者」との語が用いられる場合,特定の行為ごとに行為者が意図的に行為の対象となる人物の範囲を絞り込めば足りるのか,それとも当該行為に先立って継続的な契約等により行為者と一定の人的な繋がりを有しておく必要があるかについては差違があるにせよ,継続的な契約関係よりもプリミティブな,濃密な個人的な結合関係(親族関係等)があることまでも必要としているものはありません。

 そして,著作権法上の「公衆」の範囲を画する概念としての「特定の者」の意義について,これらの他の立法例における意義と別異に解する特段の事情は存しませんので,継続的な契約関係よりもプリミティブな,濃密な個人的な結合関係(親族関係等)があることまでも必要としないものと解するべきです。

Posted by 小倉秀夫 at 11:14 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle |

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