「プログラマーの常識」と「著作権法の建前」の乖離
以前、ゲームラボに載せたコラムを一部手直ししたものです。
私が被告代理人として参加した「さきがけ」事件の地裁判決を事務所のウェブサイトにアップロードしたところ、Slashdot.jpでだいぶ話題になり、あの小飼弾さんまでそのブログで取り上げて下さったようです。
特殊な業務に特化したデータベースソフトについていえば、どのような項目をデータ項目として組み入れまたは組み入れないか、あるいはどの項目とどの項目とに関連性をもたせるのか等の仕様確定までの道程が大変です。クライアントである事業者は従前一定の法則に従って業務を処理してきたはずで、これをクライアント側でわかりやすく図式化ないし言語化してくれればあっさり仕様確定ができるのでしょうが、実際にはそういうきっちりとしたクライアントというのはそれほど多くはなく、多くの場合、クライアントの発言の端々からクライアントの業務準則を推測し、確認しながら、SE主導で仕様を確定していかざるを得ないというのが実情でしょう。
そして、データベースソフトとしての仕様が確定してしまえば、その仕様を満たすようなプログラムをコーディングする作業自体は、ミスの許されない骨が折れる作業であるにせよ、華麗な工夫が求められるような作業ではありません。特に、 Delphi等のような便利な開発ツールが用意されている現在、ウィザード機能を利用することによって、プログラマーとしての特別な訓練を受けていない人でも、実用に耐えうるプログラムを作成することが可能となっています(例えば、弁護士業界でも、関根稔弁護士のように業務用の小ネタアプリを開発して公開されている方がおられます。)。
コンピュータプログラムを著作権法で保護するのか、特許法ないし特許法類似の工業所有権法で保護するのかについては昭和の御代には争いがありましたが、結局外圧に負けて著作権法で保護することになりました。著作権法で保護する以上は、「アイディアは保護しない」「アイディアの凡庸な表現は保護しない」という著作権法の基本原則は、プログラムにおいてもなお妥当するといわざるを得ません(その後、プログラム関連発明も特許として受け付けることになりましたが、特許法によりアイディアの保護を受けるためには特許申請を行い、これが特許庁により認められる必要があります。)。
したがって、仕様確定までの段階でどんなに創意工夫が必要であったとしても、仕様自体は「アイディア」であって著作権法による保護の対象とはならないし、コーディングが如何にミスの許されない骨の折れる作業であったにせよ、創意工夫が発揮できる領域ではない以上、著作権法による保護の対象とはならないという結果が導き出されるのは仕方ないということになります。
Slashdot.jp等での議論を拝見させて頂く限り、このあたりのことについての技術者とおぼしき方々の不満は大きいようですが、無登録主義の簡便性や保護期間の長さ等に目がくらんでプログラムを著作権法で保護することにしてしまった以上、「プログラマーの常識」と「著作権法の建前」とが乖離するのはやむを得ないことです。原告プログラムの著作物性をクリアしたところで、被告プログラムが侵害品となるためには、表現=ソースコードの同一性ないし類似性を原告が主張立証していかなければならないのであって、さらにいえば、機能(=アイディア)がどんなに似通っていたところでそのことから表現=ソースコードの同一性ないし類似性を推認することも許されない(「その機能を具備している以上その部分は同じようなソースコードになっているはずだ」という主張をしたが最後、「その部分には創作性がないということですね」と切り返されて終わってしまいます。)ので、「プログラムの著作物」については、デッドコピー以外は複製権・翻案権侵害が認定されにくく、「プログラマーの常識」ではパクリだと思われるものが侵害品とならないということになりがちなのではないかと思います。
Posted by 小倉秀夫 at 09:23 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | Permalink
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