« février 2007 | Accueil | avril 2007 »

03/30/2007

槙原さん対松本さん

 ゲームラボでの連載記事では、槙原さん対松本さんの裁判をテーマに取り上げてみることにしました。

 ある意味、同一ジャンル&類似表現型の著作権侵害訴訟において検討すべき要素がここに詰まっていると思ったからです。

 まだ初稿段階ですが、近々ご覧いただけるようになるかと思いますので、興味がおありの方は、多少周りの目が気になるかも知れませんが、ゲームラボをお手にお取り頂けると幸いです。

Posted by 小倉秀夫 at 06:52 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (0)

03/29/2007

JPRSはなぜ自社の処理方針を明らかにできないのか。

 日本知的財産権仲裁センターに「ドメイン名の登録を移転せよ」との裁定を下された方から依頼を受けて、ドメイン訴訟を提起することになりました。

 「mp3.co.jp」のときの経験を生かして、請求の趣旨は、「不正競争防止法3条1項に基づくドメイン名の差止請求権がないことの確認」で行こうと思ったのですが、登録の抹消を命ずる裁定と移転を命ずる裁定とで、これを覆すために必要な主文が異なると困るので、株式会社日本レジストリサービス(JPRS)に電話をして、確認をとろうとしました。

 しかし、JPRSの担当者は、答えられないの一点張りです。私としても、「ドメイン訴訟で勝訴したのに、主文がJPRSのお眼鏡にかなわなかったために、ドメイン名の登録が移転させられてしまった」ということになると弁護過誤ともなりかねないので、「○○」という主文で判決が確定したらJPRSはドメイン名の登録移転を行わないこととしてくれるのですか?と確認しているのですが、「裁判所の判決が確定したらそれを見て判断する」の一点張りです。

 「mp3.co.jp」のときは前例がなかったから多少のことには目をつぶったのですが、現段階で、「どのような訴訟物の、あるいはどのような主文の判決が登録者側勝訴で確定したら、ドメイン登録の抹消または移転を命ずる仲裁センターの裁定を取り消すのか」についてJPRS内で基準作りをしていないとしたら、職務怠慢と言うより外にありません。裁定後のドメイン訴訟は、認容されたもの、されなかったもの含めて、何件も既に提起されているのですから、それらの訴訟物及び請求の趣旨のパターンを抽出して、それぞれについて、(登録者が勝訴したときに)仲裁センターの裁定を覆す効果をJPRSとして認めるかどうかを事前に明らかにしておけばよいだけの話です。それがJPRSにできない理由はないし、逆に、それはJPRSにしかできません。

Posted by 小倉秀夫 at 01:41 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (2) | TrackBack (0)

03/27/2007

合併と著作者人格権

 先日出席した某研究会での議論によれば、企業合併にあたって、合併前に成立した法人著作物(吸収合併の場合、消滅会社の法人著作物)について、「著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為」(著作権法60条)の差止めを求める権利を、合併後の会社は有しないということになるらしいです(同116条の反対解釈)。確かに、現行著作権法の解釈としては、それが一番素直です。

 もちろん、「著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為」を犯した場合の刑事罰(同120条)は親告罪ではない(同123条1項参照)ので、そのような行為を行っているものについて合併後の会社が刑事告発をして処罰してもらうことはできるわけですが、民事的に何とかしようということはできないということです。

 パラメータデータの改変ツール等を著作者人格権(同一性保持権)で押さえつけてきたゲーム会社にとって、企業合併というのは痛し痒しなのだなあと思った次第です。

Posted by 小倉秀夫 at 07:10 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (3) | TrackBack (0)

03/24/2007

「知的財産推進計画2006」の見直しに関する意見募集

「知的財産推進計画2006」の見直しに関する意見募集に対して、下記のような意見を投稿してみました。


第4章 コンテンツをいかした文化創造国家づくり

I.世界トップクラスのコンテンツ大国を実現する

1.ユーザー大国を実現する

a. インターネット放送や衛星放送等の新技術を活用することで、日本中のどこにいても日本中のどこかで放送されているテレビを視聴できるようにする。

 現在の日本では、ローカルテレビ局のほとんどは、申し訳程度にしか独自番組を製作・放送しておらず、その放送するテレビ番組の大半は、東京キー局が製作したテレビ番組の再送信または再放送である。これは、テレビ局、とりわけローカルテレビ局が総務省による規制により守られているからである。しかし、この保護政策によって、国民は次のような損失を被っている。

 1つは、東京キー局が製作した特定のテレビ番組を視聴したくとも、地元のローカルテレビ局がこれを再送信してくれなければ、これを視聴することができないということである。特に、地元ローカルテレビ局が5局に満たない地域では、必然的に東京キー局が製作した特定のテレビ番組を視聴できないこととなり、東京圏の住民との間にいわゆる情報格差ないし文化格差を生ずることになる。

 2つは、ローカルテレビ局は、東京キー局が製作したテレビ番組を再送信するだけで莫大な広告収入が得られ従業員は楽して高給を得ることができること、並びに、東京キー局及び関西ローカル局以外は放送域内の人口が極めて少なく、ローカルテレビ局が独自に番組を製作して放送をしても、さほどの視聴者数を見込むことができず、それゆえ広告収入もさして期待できないことなどから、優れた独自番組を製作していこうというインセンティブが萎えているということである。

b.商業用レコードの音楽配信について強制許諾制度を設ける。

 特定の地域に住んでいて特定の端末を利用しているユーザーに向けて既に音楽配信されている楽曲は、どこに住んでいてどんな端末を利用しているユーザーもこれをダウンロードし再生して視聴できるようにすることが望ましい。そのための手段として、欧州では、iTunes Storeで配信された楽曲をiPod以外の端末でも再生できるようにするようにApple社に義務づけようとする動きがある。しかし、この政策を日本に取り入れても、効果は薄い。なぜなら、レコード会社が出資している一部の音楽配信業者に対しては配信が許可されているがiTunes Storeには配信が許可されていない楽曲が少なくないこと、iTune Storeにしても日本国内在住者に対する配信は許諾されていない楽曲が少なくないなどの事情があるからである。

 したがって、上記政策を実現するためには、特定の地域(日本国外を含む。)に住んでいて特定の端末を利用しているユーザーに向けて既に音楽配信されている楽曲については、一定のプロモーション期間(数ヶ月程度)については猶予を認めるとしても、一定のDRMを使用している配信業者からの申立てにより、既存の配信許諾契約と同様の対価での許諾を強制する制度を設けるべきである。

2.クリエーター大国を実現する

(1)クリエーターが適正なリターンを得られるようにする

①契約慣行の改善や透明化に向けた取組を奨励・支援する

a.テレビ局又はその関連会社である音楽出版社がタイアップ楽曲の音楽著作権を所有ないし共有することを、優越的な地位の濫用として禁止する。

 ドラマ等のタイアップ楽曲は相応のヒットが見込めるため、テレビ局は、タイアップ楽曲を定めるに際して、その楽曲の音楽著作権を自社の関連会社である音楽出版社に所有ないし共有させることを求めることが少なくない(これによりタイアップ楽曲がヒットした場合には、その収益の一部をテレビ局のグループ会社に帰属させるのである。)。しかし、テレビ局が有する「タイアップによる楽曲の売り上げ増大機能」は、テレビ局が免許制の下で厳しい競争を免れていることに大きく負っているのであるから、それを本業以外の収入の増大に活用することは、免許制のおかげでテレビ局が取得した優越的な地位の濫用と言うべきである。

(4)利用とのバランスに留意しつつ適正な保護を行う

①国内制度を整備する

a.パロディとしての使用等、諸外国で認められている権利制限規定を日本の著作権法にも積極的に導入する。

b.商業用レコードに収録された音楽著作物の実演の複製ないし自動公衆送信のように、複数の権利者の許諾を得ることが義務づけられている場合に、当該利用を許諾を行うことについて他の権利者から同意を求められたときには、正当な理由がない限り、これを拒むことができない旨の規定を創設する。

c.他人による著作権侵害に関与した者が民事上又は刑事上の責任を負う場合及び負わない場合を明確化する。

 Winny事件でその開発者が著作権侵害の幇助犯として有罪判決を受けたことで、ソフトウェア開発者の間には不安の声が渦巻いている。また、いわゆる「カラオケ法理」の止まることを知らない拡大解釈が裁判所により行われることにより、知的財産権に関して専門的な知識を有する弁護士もまた、IT事業者からの相談に対して、どうすれば著作権侵害を行ったとして事業の中断を迫られ又は莫大な賠償金の支払いを余儀なくされることなく新規事業を立ち上げることができるのか、確実なアドバイスをできない状況下にある。著作権法が新規ビジネスを不当に萎縮させないようにするためには、他人による著作権侵害に関与した者が民事上又は刑事上の責任を負う場合及び負わない場合を立法により明確化することが必要である。

d.一部の権利者が正当な理由なく利用許諾を拒むばかりにコンテンツの再利用が阻まれるというのは文化の発展という著作権法の究極目的に反する。従って、許諾権を有する権利者が複数いる場合に、著作権が複数人に共有されている場合に関する著作権法65条3項と同様の規定を設けるべきである。

②国際的な著作権制度の調和を推進する

a.著作権の保護期間が長すぎることにより著作物の再利用が困難となっている現状に鑑み、著作権の保護期間の最低限を短縮するように、ベルヌ条約加盟国に働きかける。

3.ビジネス大国を実現する

(2)コンテンツを輸出する

③コンテンツ関係情報提供のためのポータルサイトを創設する。

a.国内アーティストに関する商業用レコードについて作成されたプロモーションビデオを網羅的にストリーミング配信するサイトを創設する。

 プロモーションビデオというのはその楽曲のCD等の売り上げを増大させるために製作され、公開されるものである。従って、日本国外に音楽コンテンツを輸出するに際しては、日本国外の音楽ファンに、日本のアーティストの楽曲に係るプロモーションビデオを視聴させることが有益である。なお、プロモーションビデオのネット配信については、JASRAC等の音楽著作権管理団体等がこれに対してもライセンス料の徴収を行うため日本国内ではあまり普及していないが、プロモーションビデオが公開されることで音楽CD等の売り上げが増加すれば音楽著作権収入の増加を見込めるのであるから、JASRAC等は、レコード製作者から許諾を受けたプロモーションビデオのストリーミング配信に関してはライセンス料の徴収を控えるべきである。

b.日本のポピュラーミュージックを専門的に流すインターネットラジオ放送局を創設する。

 海外の音楽ファンに日本の音楽コンテンツを購入してもらうためには、プッシュ型のメディアでも日本の音楽コンテンツを流すことが有益である。インターネットラジオであれば、流している楽曲の曲名とアーティスト名が端末ソフト上に表示することが可能であるから、未知の楽曲をインターネットラジオで聞いて気に入ったら、楽曲名とアーティスト名を頼りに、インターネット通販でCDを取り寄せたり、音楽配信サービスで楽曲を購入したりすることが可能である。

Posted by 小倉秀夫 at 07:44 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (2) | TrackBack (0)

03/16/2007

著作権の保護期間延長問題は人格権とは関係ない

 著作権の保護期間の延長問題で、しばしば誤解されている点が1つあります。著作権の保護期間が経過すると著作者人格権まで消滅すると思われている節がどうもあります。

 例えば、ITmediaに掲載されていた三田さんの発言ですが、

 著作者の意志を尊重し、著作物の同一性を守るために延長が必要という意見もある。「孫子のために財産を残したい、という訳ではない。これは著作物の人格権を守るための議論だ。例えば谷崎潤一郎の保護期間がもうすぐ切れる。切れてしまえば、谷崎の作品を書き換えてネットで発表するようなファンが出てくるだろう。もっとエロくしようとか、もっと暴力的にしようとか。文学はWikipediaではない。書き換えられては困る」(三田さん)
法律的にいえば、著作物の同一性を守るためということであれば、著作権の保護期間の延長というのは全くの意味がありません。

 まず、著作者人格権は、他の人格権と同様に、一身専属権なので、相続の対象となりません。著作者の死亡と同時に消滅します。では、著作者が死亡した後であればその著作物に対して何をしても良いのかというとそうではなく、著作権法60条は、

著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。
と定め、「その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合」でない限り、「もっとエロくしようとか、もっと暴力的にしようとか。」ということは、著作権の保護期間とは無関係に禁止されます(もっとも、「もっとエロくすることが谷崎の「意を害する」(「意に反する」ではありません。)といえるのかは難しいところですが。)。

 実際、著作権法116条1項は、

著作者又は実演家の死後においては、その遺族(死亡した著作者又は実演家の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹をいう。以下この条において同じ。)は、当該著作者又は実演家について第60条又は第101条の3の規定に違反する行為をする者又はするおそれがある者に対し第百十二条の請求を、故意又は過失により著作者人格権又は実演家人格権を侵害する行為又は第六十条若しくは第百一条の三の規定に違反する行為をした者に対し前条の請求をすることができる。
と定めており、著作権の保護期間が経過したか否かにかかわらず、「著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為」を差し止める権限を、その著作者の遺族(但し、孫まで)に与えています。

 また、著作権法120条は、

第60条又は第101条の3の規定に違反した者は、500万円以下の罰金に処する。
としており、著作者人格権侵害の場合の法定刑(5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又はその併科)よりは軽いものの、著作権の保護期間が経過したか否かにかかわらず、「著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為」はいつまでも刑罰の対象となり続けるのです(しかも、この場合は、親告罪ではないので、遺族等の告訴は不要です。)。

 立法提言を行うにあたっては、現行法の正しい知識が必要かと思います。

Posted by 小倉秀夫 at 01:23 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (3) | TrackBack (0)

03/12/2007

Winny事件の判決文

 Winny事件の判決文が、判例タイムズの2007年3月15日号に掲載されています。

Posted by 小倉秀夫 at 02:09 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0) | TrackBack (0)

03/11/2007

著作権法の問題でないとするとなおさら問題だ

 wikipediaの記載を前提に話を進める(だって、「演歌」って私が好んで聴くジャンルではありませんから)と、「おふくろさん」がリリースされたのは1971年とのことですから、森進一さんが「30年以上前から」例の「語り」を付けて唄っていたのだとすると、「おふくろさん」のリリースから程なくして「語り」が付けられていたということになります。で、森進一さんのナベプロからの独立が1979年ということですから、この「語り」はおそらくナベプロ在籍時代に作られたのではないかと考えられます。「1973年、最愛の母親が50代を目前にして自殺」とのことですから、事務所がその辺を配慮して「森進一の『おふくろさん』」にしてあげたのかも知れません。

 それはともかくとして、この騒動は著作権法の問題ではないのだとする方々がおられるようです。だとすると、むしろ由々しき事態です。日本は未だに、「大御所」が「あいつには俺の歌は歌わせない」と公言すると、法的な根拠もないのに、そのとおりになってしまう後進的な社会だということになってしまうからです。法的には森進一が「おふくろさん」を唄うことを禁止する権限がないのに「あいつには唄わせるな」とJASRAC等に要求するなどというのは、「一本筋の通った」方のやることではありません(これに対するJASRACの対応も筋が通っていませんが。)。テレビ局の法務スタッフの方々は、まねきTVのような現代型サービスを潰すことにエネルギーを費やすより、芸能界のこの種の前近代的風習を潰すことにエネルギーを費やす方が、その本来の任務なのではないかという気がしてなりません。。

Posted by 小倉秀夫 at 07:48 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (5) | TrackBack (1)

03/09/2007

「語り」を加えることは悪なのか

 「おふくろさん」騒動ではどうも森進一さんが悪者にされているようですが、語りの部分は、保富庚午さんが作詞をし、「おふくろさん」の作曲者である猪俣公章さん自身が作曲しているのだから、普通に考えれば、「おふくろさん」の前に「語り」をいれるというのは事務所の意向だったのだろうなと思います。だから、森進一としては、当然法的な問題はないと思っていたのだと思います。といいますか、猪俣さんがご存命のころには、川内さんも何の抗議もしていなかったわけですから、森進一さんが「何を今更」と考えたとしても不思議はありません。

 実際、「語り」の部分を加えるなんて普通に行われている話なので、芸能マスコミのインタビューに応じて「語りを加えるのはいけないこと」である前提で語っている歌手の方々とかは自分で自分の首を絞めているのではないかという気がしてなりません。John Lennonは「Rock 'n' Roll」を収録するにあたって「Just Because」の前後に「語り」を加えたわけですが、だからといって、Lloyd Priceは「Rock 'n' Roll」の発行等の差止めなんか要求しないわけですし。といいますか、実演家って、作詞家・作曲家が作った音楽著作物を何の解釈もせず楽譜通りに唄う存在ではないわけですから、ある程度のアレンジはそもそも許されるのだと解するしかないのではないかと思ったりはします。作詞家・作曲家が楽譜を印刷して発行しただけでは大して売れそうにない大衆歌謡では、実演家の裁量の幅は相当に大きいのだといわざるを得ないのではないかと思うのです。

 「汝、現場で歌詞やメロディをアレンジしたことのない者のみが石を投げよ」といわれて石を投げられる非シンガーソングライター系歌手がどれほどいることやら。

Posted by 小倉秀夫 at 09:15 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (6) | TrackBack (1)

03/05/2007

「森進一にだけ唄わせるな」というのは無理

 歌手、森進一(59)が代表作「おふくろさん」のイントロ前に無断でせりふを足していた問題で、作詞家の川内康範氏(87)が4日までに、楽曲の著作権を管理するJASRAC(日本音楽著作権協会)に、森が川内氏の作品を歌唱できなくするよう訴えていたことが分かった。
とのニュースが報じられています。

 しかし、今日JASRACは、演奏権に関していえば、奏者との間で個別の演奏ごとに許諾契約を締結するという方式ではなく、放送局や会場経営者との間で包括的利用許諾契約を締結するという方式を多用している以上、既に包括的利用許諾を締結済みのコンサートホール等に対して「森進一に『おふくろさん』を歌唱させるな」という要求は法的にはできそうにありません。

 今後のことにしても、JASRACが「場」に対する「包括的利用許諾」という枠組みを放棄しない限り、「森進一」という個人に限定して「おふくろさん」という特定の管理著作物の歌唱を許諾しないということはできそうにないのですが、如何に川内康範先生が大御所とはいえ、川内康範先生のために、JASRACが長年苦労して築きあげてきた収入安定化のための手法を放棄するとは考えにくいところです(「要求をのまなければ自分の作品を全部引き揚げるぞ」と要求されても、JASRACとしては飲めない相談ではないかという気がします。)。

 川内康範先生がどうしても「おふくろさん」を森進一に唄わせたくないのであれば、「おふくろさん」をJASRACの管理著作物から外してもらうか、川内先生自身が著作者として、「心の卑しい森進一が『おふくろさん』を唄うことは、『おふくろさん』の作詞家である自分の名誉または声望を害する方法での利用にあたる」として差止請求を起こすしかないのではないかと思うのですが、ではそうすることで川内先生の要求が法的に認められる可能性がどの程度あるのかといえば、あまり無いかなあとは思います。

Posted by 小倉秀夫 at 07:48 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (3) | TrackBack (2)

優先すべき統一性

 ネット上ではJASRACを「悪の魔王」かのごとくネガティブに評価する見解が一定の支持を集めているようですが、おそらくそれは的を射ていないのでしょう。管理著作物を無料で利用している人や企業を見つけてはそれらの者から使用料ないし賠償金を徴収するのは彼らの本来的業務の一つだし、そこではでくるだけ広範囲にできるだけ高額の使用料等を徴収することが求められているからです。また、既存のコンテンツをネットで利用する際にむしろ障壁となるのは、JASRACではなく、レコード会社やテレビ局などの隣接権者であるというのがネットビジネスを弁護士としてサポートしてきた私の正直な感想です。

 また、裁判に関していえば、音楽著作物の利用に間接的に関与するに過ぎない者に対して訴訟や仮処分を申し立てるJASRACが悪いというよりは、そのような訴訟等が提起された場合に、既存の法理論や裁判例を乗り越えてこれを認容してしまう裁判所に問題があるというべきでしょう。

 例えば、大阪地判平成6年4月12日判タ879号279頁は、

弁護人は、カラオケの伴奏部分は適法とされているにもかかわらず、客等の歌唱の部分のみを取り上げて演奏権を侵害するというのは、犯罪構成要件明確性の原則、類推解釈禁止の原則を唱った罪刑法定主義に違反する旨主張するが、カラオケ伴奏自体はやはり歌唱に対して付随的役割を有するにすぎないとみざるを得ず、カラオケ店における客によるカラオケを伴奏とする歌唱が、店の経営者による演奏権の侵害になるという結論自体は前記の判例等から確定的であるといってよい。然るに、民事上は演奏権の侵害とされるのは仕方がないとしても、刑事上は罪刑法定主義の観点から演奏権の侵害にはならないかの如き解釈は、演奏権の概念を徒らに混乱させるものであって、到底採り得ない。演奏権の概念自体は民事上、刑事上を問わず一義的に明確であるべきものであり、また同一内容のものとしてとらえるべきものと解する。
と判示しています。しかし、最判昭和63年3月15日民集42巻3号199頁[クラブキャッツアイ事件]は、
けだし、客やホステス等の歌唱が公衆たる他の客に直接聞かせることを目的とするものであること(著作権法二二条参照)は明らかであり、客のみが歌唱する場合でも、客は、上告人らと無関係に歌唱しているわけではなく、上告人らの従業員による歌唱の勧誘、上告人らの備え置いたカラオケテープの範囲内での選曲、上告人らの設置したカラオケ装置の従業員による操作を通じて、上告人らの管理のもとに歌唱しているものと解され、他方、上告人らは、客の歌唱をも店の営業政策の一環として取り入れ、これを利用していわゆるカラオケスナックとしての雰囲気を醸成し、かかる雰囲気を好む客の来集を図つて営業上の利益を増大させることを意図したというべきであつて、前記のような客による歌唱も、著作権法上の規律の観点からは上告人らによる歌唱と同視しうるものであるからである。
と判示しているのであり、この「同視しうる」から演奏権侵害の主体とみなしてかまわないのだという民事的な論理を刑事法にそのままスライドさせて「同視しうるから著作権侵害罪の正犯とみなしてかまわない」といいうるのかというと実は疑問です。著作権法の解釈についての民事と刑事との統一性よりは、第三者による刑罰法規に違反しない行為に関与した者を正犯者として処罰しうる場合(ex.間接正犯等)に関する著作権法と他の法律との統一性を優先させるべきではなかったかと思われるからです。

Posted by 小倉秀夫 at 03:24 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (1) | TrackBack (0)