「語り」を加えることは悪なのか
「おふくろさん」騒動ではどうも森進一さんが悪者にされているようですが、語りの部分は、保富庚午さんが作詞をし、「おふくろさん」の作曲者である猪俣公章さん自身が作曲しているのだから、普通に考えれば、「おふくろさん」の前に「語り」をいれるというのは事務所の意向だったのだろうなと思います。だから、森進一としては、当然法的な問題はないと思っていたのだと思います。といいますか、猪俣さんがご存命のころには、川内さんも何の抗議もしていなかったわけですから、森進一さんが「何を今更」と考えたとしても不思議はありません。
実際、「語り」の部分を加えるなんて普通に行われている話なので、芸能マスコミのインタビューに応じて「語りを加えるのはいけないこと」である前提で語っている歌手の方々とかは自分で自分の首を絞めているのではないかという気がしてなりません。John Lennonは「Rock 'n' Roll」を収録するにあたって「Just Because」の前後に「語り」を加えたわけですが、だからといって、Lloyd Priceは「Rock 'n' Roll」の発行等の差止めなんか要求しないわけですし。といいますか、実演家って、作詞家・作曲家が作った音楽著作物を何の解釈もせず楽譜通りに唄う存在ではないわけですから、ある程度のアレンジはそもそも許されるのだと解するしかないのではないかと思ったりはします。作詞家・作曲家が楽譜を印刷して発行しただけでは大して売れそうにない大衆歌謡では、実演家の裁量の幅は相当に大きいのだといわざるを得ないのではないかと思うのです。
「汝、現場で歌詞やメロディをアレンジしたことのない者のみが石を投げよ」といわれて石を投げられる非シンガーソングライター系歌手がどれほどいることやら。
Posted by 小倉秀夫 at 09:15 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | Permalink
TrackBack
Voici les sites qui parlent de: 「語り」を加えることは悪なのか:
» 本当に「作者の死」を歓迎していいのか!? de 福田::漂泊言論
「演奏家は作曲家の奴隷である」──これは、作曲家のM.ラヴェルが自分の曲を勝手に改変されたことに対して放った言葉です(ピアノ奏者であるP.ヴィトゲンシュタインが自分が弾けるように勝手に改変し、その際「演奏家は作曲家の奴... Lire la suite
Notifié: 9 mars 2007, 16:47:46
L'utilisation des commentaires est désactivée pour cette note.
Commentaires
この件、最初から川内氏と音楽事務所との契約が問題の軸じゃないのかと思っていたんですが、世間で意外とそういうコメントが無かったですね?森進一が独断で歌詞の追加などやれる訳がありませんよね。
それと、スレ後半の小倉先生の意見とも近いのですが、そもそも森進一が歌わなかったらこの曲にここまでの価値は生まれなかったことは確実ですよね。
Rédigé par: コマプ墨田 | 10 mars 2007, 16:40:38
>バースを加えることがそれほど普通に行なわれているとは思えません。
バースを加える事自体は珍しいものではないと思います。
ただ、「おふくろさん」の様なパターンの場合、バースだけ別の作詞家に依頼するというのがそもそも不自然に思えます。しかも保富庚午氏も大変の大御所の方の様ですから、なおさらです。最初からトラブルの種を抱えていたという感じがします。
このバースに関しては、30年前から明るみになってない様々な確執があったのではないでしょうか。
Rédigé par: J2 | 10 mars 2007, 13:28:34
芸能界の事は良く知りませんが
権利関係の業務を歌手自身がやる事は少ないと思います(でないと事務所に属するメリットが無い訳ですし)
そういう意味では森進一さんだけが槍玉に上げられている現状は不自然かなあと思います
Rédigé par: TOR | 10 mars 2007, 11:24:29
小倉先生は「改変版おふくろさん」を実際に聴かれたことはあるのでしょうか?
報道ではなぜか「語り」や「せりふ」が加えられたとされていますが、実際にはおふくろさんの追加部分はメロディがついておりオリジナル部分と一体化しています(音楽用語でいう「バース」です)。これを聴いた人が「おふくろさんは元々こういう曲(バースから入る曲)であって普段はバース省略して唄ってるんだな」と思ってもしょうがない感じです。
少なくとも、John LennonのJust Becauseのせりふ追加とは全然性質が違いますし、音楽産業の現場においてバースを加えることがそれほど普通に行なわれているとは思えません。
もちろん、これにより、川内氏が急に思い出したように怒り出したりとか、JASRACに筋違いの要求を出したことを擁護するものではありませんが。
Rédigé par: 栗原潔 | 10 mars 2007, 09:45:58
さらに推測すると、
> 「語りを加えるのはいけないこと」である前提で語っている歌手の方々
は、必ずしも本心ではなく、そう言っておかないと作詞家・作曲家の方々に曲を書いてもらえなくなることを恐れているような気がします。
森さんが、オリジナルの歌唱も自粛しているというのは、違法性をおそれているからではないでしょう。
Rédigé par: mohno | 9 mars 2007, 13:16:35
(ネット情報ばかりなので芸能人が何を言っているのか知らないのですが^_^;)
前に書いたとおり「今更」については同感なのですが、語りが森さんのアレンジではなく、別の方によるものだというところが「自分の作品」に対する冒とくと感じられているように思います。
おそらく、同一性保持権云々といった法律論は後付けであって、森さんが「あれは僕のうた」と言って開き直ったりしなければ、おさまっていた話かもしれません。
Rédigé par: mohno | 9 mars 2007, 12:43:44