ギルドと政府がいかに癒着しようともギルド特権は自然権とはなり得ない
すでに述べたとおり、著作権法は、著作物の流通過程に一定の競争制限を加えて超過利潤を取得する機会を著作者等に与えることにより、多くの新しい著作物が創作され人々に享受されることによる文化の発展を図ろうとした、一種のギルド保護法制です。
公的利益を実現するにあたって、公的部門が直接費用分担をするのではなく、民間部門が公的利益の実現を果たすことを期待して、一定の競争制限を行うことによって一定の民間部門に超過利潤を取得する機会を与えるという手法自体は珍しくはないし、それは一概に否定すべきものでもありません。ただし、ギルドが大きくなり、政治部門との関係が密接になると、ギルドを保護することが自己目的化し、過剰な競争制限が法制化されたり、ギルドに徴税権等の利権がもたらされたりすることになります。
日本映像ソフト協会の酒井さんから、
とのコメントを頂きました。そして、平成4年にはタイムシフトやプレースシフトを含む私的録音録画について、立法府は補償金制度導入を必要と判断しています。
わが国の立法府は、先生のご見解とは異なる立場で著作権法を作ってきているのではないでしょうか。
これに対しては、平成4年改正については、著作権ギルドが大きくなりまた政治部門との関係が密接になったことによって一種の徴税権を著作権ギルドに付与したものということができます。そして、政治部門が著作権ギルドに付与した特権がそのギルド保護法制の究極目的からは合理的に説明できないものであった場合に、では、著作権ギルドに付与された一連の特権が「自然権」に転化するかと言えば当然そういうことはなく、単に不適切であり、かつ違憲の疑いがある立法がなされたに過ぎないということになります。
なお、ジェイムズ1世による専業権付与の濫発に業を煮やした英国議会が国王による専業権の付与を禁止するとともに例外的に新発明について最大14年の専業権の付与を認めた1623年の専売法(Statute of Monopolies)において、「国内においても商品の価格を引き上げたり、取引を妨げたり、あるいはその他いかなる不都合を生ぜしめるなどして、法に反したり、国家に害を与えることがあってはならない。」(翻訳は、石岡克俊先生のものを使用)とされていたのは実に示唆的です。競争制限法としての知的財産権法を、価格の不当な釣り上げや流通の妨害等の、社会に不都合を生ぜしめる方法で活用してはならないということは、英国ではすでに1623年には共通理解が得られていたということができます。2007年の日本ではいかがなものでしょうか。
PS
Les Fatals Picards の"Bernard Lavilliers"はPVを含めてお勧めです。といいますか、この曲のさびの部分は結構耳に残ります。
また、同じくLes Fatals Picards の"L'amour à la française"は、英仏混合の歌詞ですが、やはり聴いていて面白い曲です(こちらは公式サイトからPVがストリーミング配信を受けることができます。)
Posted by 小倉秀夫 at 07:38 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | Permalink
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Commentaires
新日鉄へいってやるが良し。
Rédigé par: メタルワン特別鋼 | 26 déc. 2007, 02:30:42
それ自体は無価値な著作物から投下資本を回収できるようにするために著作権制度が設けられているということでしょうか。それとも、固有の価値を有する著作物から正当な対価を得られるようにし、その結果投下資本が回収できるようにするために著作権制度が設けられているということでしょうか。
Rédigé par: 酒井 | 19 juil. 2007, 17:05:44
一定の競争制限により創作に係る投下資本回収の機会を付与することは、「著作物の創作及び享受による文化の発展」という著作権法の究極目的を達成するための手段であって、それ自体が目的というわけではありません。
Rédigé par: 小倉秀夫 | 19 juil. 2007, 08:27:57
> 1623年の専売法
これって、今でもそのままなのですか?
Rédigé par: mohno | 19 juil. 2007, 01:18:14
早速お教えいただきありがとうございます。
質問が悪かったようで、ファーストセルドクトリンについてお教えいただきましたが、お教えいただきたかったのは、投下資本の回収は著作権制度の目的なのか結果なのかということです。
つまり、投下資本の回収ができるかどうかは市場が決めることだと考えるならば、著作物にはもともと一定の価値が存在し、その価値を著作権制度が保護しているということになりそうに思いますし、逆に、投下資本回収を著作権制度が保障しているのだとすれば、著作物の価値を著作権制度が創り出していることになるのではないかと思います。
ゲームソフト中古訴訟大阪事件控訴審判決に次の記述があります。
「多くの消費者が創作性を評価し、価格効能比を考慮して購入するという行動にでるかどうかが投下資本回収の可能性の決め手であり、製作者はいかに巨大な資本を投下しても、その投下資本を回収できるかどうかは市場が決めることである。」(第二事案の概要 控訴人らの当審主張一 6)
これは控訴人らの主張ですが、投下資本の回収は結果であって著作権の目的ではないという意味だとばかり思っていたのですが、先生の前のエントリーには次の記述があります。
「著作物自体の創作コストを回収するためにこれを複製物の価格に上乗せできるようにするために、その複製物を製造・販売についての参入規制を行うこととしたのだというのが一般にあげられます。」
この先生のお考えは、著作権の目的が投下資本の回収ということになり、著作権制度が著作物の価値を生み出しているというご趣旨なのかお教えいただければ幸いです。
Rédigé par: 酒井 | 18 juil. 2007, 10:47:53
一般的な理解としては、いわゆるファーストセールドクトリンは、インセンティブ論に立脚しつつ、セカンドセール以降の流通を規制することまで認めるのは行き過ぎである(二重の利得論等)とするものであって、従って、ゲームソフト中古訴訟最高裁判決はインセンティブ論とは異なる立場に立脚したものとはいいがたいように思います。
誤解があるといけないのですが、インセンティブ論というのは、創作者等のわがままを全て受け入れるという議論ではなく、創作活動への投資を回収させるためにどの程度の競争制限を認めるのがよいのかというバランスを加味した議論です。
Rédigé par: 小倉秀夫 | 17 juil. 2007, 14:40:08
ご多忙のところ、私の質問のひとつにお答えいただきましがとうございました。
恐縮ですが、私の投下資本回収論についての次の質問についてもお教えいただれば幸いです。
投下資本回収論は、ゲームソフト中古訴訟でゲームソフトメーカーも主張しましたが、最高裁では容れられなかったと思います。政治部門だけでなく、法原理部門も先生のインセンティブ論とは異なる立場で著作権法を解釈しているのではないでしょうか。
Rédigé par: 日本映像ソフト協会 酒井 | 17 juil. 2007, 10:11:44