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12/24/2011

「原則自由」な社会における自炊代行論争

 自炊代行というサービス自体を著作権法により規制するのは、過剰規制なんだと思うのです。

 これは、なぜ著作権が保護されるのかという議論に繋がる話です。

 著作物の創作にかかる投下資本を回収する機会を保障するために、そのような資本投下を行っていない第三者との価格競争に晒すことを一定期間猶予し、その間、創作者等に超過利潤を得さしめる。──これこそが著作権の存在意義だと考えた場合、当該著作物に関して創作者等が対価等を得るために通常用いる利用方法を一定期間創作者等に独占させれば足りるのであり、著作権の保護を名目として、当該著作物についてそれ以上の自由を第三者から奪うのは、過剰規制ということになります。

 では、自炊代行は、当該著作物に関して創作者等が対価等を得るために通常用いる利用方法と競合し、著作物の創作にかかる投下資本を回収する機会を失わせるといえるのでしょうか。

 自炊代行業者が自炊作業を行うために分解した書籍を自炊作業終了後廃棄した場合、当該書籍に記録されていたアナログ形式のデータはデジタル形式に変換されてその利用者に引き渡される反面、当該書籍自体は消滅します。すなわち、当該著作物が記録されている媒体が紙から電子媒体に移転するだけで、その著作物を同時に閲読可能な人が増えるわけではありません。そして、自炊代行業者に持ち込まれた書籍は、その顧客が市場において正規に購入したものであり、著作権者又はその許諾を得た者により、著作権者の印税が乗っかった状態で市場に置かれたものです。したがって、顧客が手にするデジタルデータは、著作権者の印税を載せて市場に置かれた著作物が単にデジタル形式に姿を変えただけだということができます。

 すると、譲渡権について消尽論を肯定し、著作権者の印税を載せて市場に置かれた著作物の複製物の転々流通は著作物の創作にかかる投下資本を回収する機会を失わせないと考える我が国においては、上記自炊業者が書籍の廃棄と引き替えに書籍のデジタルデータを顧客に引き渡したとしても、そのデータに関する報酬は廃棄された書籍を市場に置いたときに著作権者に渡っているので、著作物の創作にかかる投下資本を回収する機会は損なわれていないということになります。

 このことは、紙の書籍から電子媒体へデータを移し替える作業を、その書籍の所有者自身が行うか、事業者が業として委託を受けて行うかによって変わることはありません。事業者が得る報酬は、書籍の存在形式を変換したことに対する報酬であって、著作物の複製物を頒布したことに対する報酬ではありません。

 人格権的な要素を捨象すれば(もっとも、著作物の複製物を廃棄する行為は著作者人格権を侵害しないとするのが多数説です。)、著作物の創作にかかる投下資本を回収する機会を損なわない行為を著作権に基づき規制するのは、過剰規制であると言えます。従って、少なくとも自炊作業完了後書籍の残骸を廃棄するタイプの自炊代行業者の事業を著作権に基づいて差し止めるのは、憲法上の疑義が生ずるおそれがありますし、著作権法はそのような憲法との抵触が生じないようになるべく解釈されるべきです。私たちは、「原則自由」の社会にいるのであり、その原理は、「著作権」というマジックワードによって枉げられるべきではないのです。

 なお、このような見解に対しては、たとえば、書籍がデジタル化されるとそれが違法アップロードされる危険が生ずるではないか(その場合、著作物の創作にかかる投下資本を回収する機会が損なわれるではないか)という反論がなされるかもしれません。しかし、デジタル化された書籍データをネット上にアップロードする行為は、自炊又は自炊代行の是非とは無関係に、著作権侵害行為として取り締まることが可能です。また、自炊または自炊代行がなされると必然的にあるいは高度の蓋然性をもってデジタルデータがネット上にアップロードされるという事実はないようです。したがって、自炊代行を規制することの可否を議論するにあたって、そのような事情を斟酌することは適切ではないと言うべきです。

Posted by 小倉秀夫 at 08:38 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (1) | TrackBack (0)