陛下プロジェクト事件
佐藤秀峰先生が@udxさんを訴えた事件の判決が7月16日に下されました。
佐藤先生が直々にお描きになった絵を無断でアップロードしたわけですから、公衆送信権侵害が認められるのは当然として、注目すべきは、このようなケースで著作権法113条6項のみなし人格権侵害規定が適用された点です。判決文を引用すると下記の通りです。
被告は,自作自演の投稿であったにもかかわらず,被告が本件似顔絵を入手した経緯については触れることなく,あたかも,被告が本件サイト上に「天皇陛下にみんなでありがとうを伝えたい。」「陛下プロジェクト」なる企画を立ち上げ,プロのクリエーターに天皇の似顔絵を描いて投稿するよう募ったところ,原告がその趣旨に賛同して本件似顔絵を2回にわたり投稿してきたかのような外形を整えて,本件似顔絵の写真を画像投稿サイトにアップロードしたものである(本件行為1)。本件似顔絵には,「ゆぅ様へ」及び「佐藤秀峰」という原告の自筆のサインがされていたところ,「ゆぅ様」は,被告が本件サイトにおいて使用していたハンドルネームであった(乙2の1・2,弁論の全趣旨)。
上記の企画は,一般人からみた場合,被告の意図にかかわりなく,一定の政治的傾向ないし思想的立場に基づくものとの評価を受ける可能性が大きいものであり,このような企画に,プロの漫画家が,自己の筆名を明らかにして2回にわたり天皇の似顔絵を投稿することは,一般人からみて,当該漫画家が上記の政治的傾向ないし思想的立場に強く共鳴,賛同しているとの評価を受け得る行為である。しかも,被告は,本件サイトに,原告の筆名のみならず,第二次世界大戦時の日本を舞台とする『特攻の島』という作品名も摘示して,上記画像投稿サイトへのリンク先を掲示したものである。
そうすると,本件行為1は,原告やその作品がこのような政治的傾向ないし思想的立場からの一面的な評価を受けるおそれを生じさせるものであって,原告の名誉又は声望を害する方法により本件似顔絵を利用したものとして,原告の著作者人格権を侵害するものとみなされるということができる。
著作権法コンメンタールでも書いたとおり(113条6項の注釈は、私自身が担当しています。)、同項の「著作者の名誉または声望を害する」とはどういうことをいうのかについては大きく分けて二通りの考え方がありますが、今回の判決は、「著作物の利用を通じての著作者の社会的な評価の下落をもたらすような利用」を名誉・声望を害する方法での利用ととらえる近時の裁判例の流れに沿ったものと言えるでしょう。とはいえ、特定の政治的、思想的な傾向を有していると誤解されるような利用を「著作者の名誉または声望を害する」方法によるものと認めたのは、悪妻物語事件(東京地判平成5・8・30知財集25巻2号310頁)以来のようにも思いますし、そういう意味では先例的な価値は高いのではないかと思います。
実際には、法廷では、天皇についてどう思っているのか云々と被告から問いただされたりしたのですが、問題は、自己が有していない政治的・思想的傾向を有していると誤解される状態を作り出すこと自体が「名誉又は声望」を害するのであって、その政治的・思想的傾向自体の価値ないし世間からの評価が低いかどうかは問題ではありません(以前、学部のゼミで、あたかも読売ジャイアンツのファンであるかのように誤解されるような方法で、ある阪神タイガースファンの著作物を利用した場合に見なし人格権侵害の規定が適用されるかという問題を出したことがありましたが、阪神タイガースファンには阪神タイガースファンとしての社会的評価が形成されているわけですし、「天皇」についての政治的・思想的な立ち位置を明示せずして太平洋戦争についての作品を創作している漫画家にはそういう漫画家としての社会的評価が形成されているわけです。そのような社会的な評価が害されるのであれば、それはそれで「名誉又は声望を害する」といえるのだろうと思います。)。
Posted by 小倉秀夫 at 04:30 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle | Permalink
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