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09/15/2015

最強という程ではないけど

9月13日にロージナ茶会主催で行われた「ぼくがかんがえるさいきょうのちょさくけんほう」イベントで、観客の一人として発言した内容を少し整理するとこんな感じです。


 著作権法が第1条にてその究極的な目的とする「文化の発展」とは、より多くの文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する作品が創作され、公表され、公衆に伝播されることにより、社会を構成する人々がそのような作品を広く享受できるようになることをいいます。

 そして、そのような「文化の発展」をもたらす手法の一つとして、そのような作品を創作した人々に対して、そのような作品を公衆に提示又は提供するにあたって、これが純粋な市場原理に基づいてなされた場合に得られるであろう利益を超える利益(超過利潤)を得る機会を、第三者が一定期間当該作品を公衆に提示又は提供することを排除する権限を付与することにより保障することによって、新たな創作活動を行うインセンティブを付与することとしたのです。これが、「著作権」(著作財産権)の存在理由です。

 しかし、著作権は、行使の仕方次第では、特定の作品の公衆への伝播を阻害する要因ともなり得ます。そして、ある作品の公衆への伝播が阻止され、人々がこれを享受する機会を失うということは、人々の知る権利が制約されることとなるとともに、著作権法の究極目的である「文化の発展」を阻害することにも繋がってしまいます。したがって、市場競争をある程度制約して超過利潤を発生させて創作者に投下資本回収の機会を保障するという基本線を維持しつつも、著作権があるが故に却って作品の伝播が阻害される自体を回避するような政策が求められるわけです。

 ところで、日本国は、著作権法に関しては、ベルヌ条約及びWIPO著作権条約に加入していますから、上記政策を遂行するにあたって、両条約を遵守する必要があります。ベルヌ条約においては、特別の場合について著作物の複製を認める権能は同盟国の立法に留保される(すなわち、著作者の許諾なくして著作物を複製することができる場合を設定する規定を置くことが許される)としつつ、そのような複製(そのような立法により適法とされる複製)が当該著作物の通常の利用を妨げず、かつ、その著作者の正当な利益を不当に害しないことを条件とするとされます(9条2項)。また、公衆への伝達権(これが日本法では送信可能化権や自動公衆送信権などになります。)などの新しい権利についても、「著作物の通常の利用を妨げず、かつ、著作者の正当な利益を不当に害しない特別な場合」には、加盟国は権利の制限規定を設けることができます(WIPO著作権条約10条1項)。日本は伝統的に、憲法と条約とが抵触する場合には憲法が優位するという憲法優位説が通説となっている国ですから、憲法上保障されている知る権利を守るために著作権の制限規定を設けることは許されることとなるわけですが、「著作物の通常の利用を妨げず、かつ、著作者の正当な利益を不当に害しない」となれば、なおさら大手をふるって権利制限規定を設けることができるわけです。

 以上のような前提の下で、私は、次のような仕組みを導入することを提唱します。例えば、絶版となっている書籍についてこれを書籍または電子書籍の形で再発行したり、日本国在住者向けに配信されていない実演について日本国在住者向けに配信したりするなど、著作者や隣接権者において投下資本を回収すべく作品を日本国内の広い範囲において公衆に提示・提供していない場合には、第三者がこれを公衆に提示・提供したとしても、差止請求権の行使を認めず、また、刑事罰の対象としないこととしてほしいのです。この場合、「著作物の通常の利用は妨げられ」ていないわけです。もちろん、国民の知る権利を優先させる以上、上記のような取り扱いを受けるのは公表された著作物に限られるべきでしょうし、人格権的な理由での差止請求権の行使は認容されるべきなのでしょう。また、歌詞やメロディ自体はJASRAC等を通じて広く許諾されているものの特定の実演についてはこれを最初に収録したレコード製作者が日本国内での流通を拒むが故に日本国居住者がこれを享受できないという場合には、JASRAC等との間では事前に許諾を受けるべきだとは言えるでしょう。また、当該著作物が公表されてから日本国内で投下資本を回収すべくの公衆への提示・提供が行われないままどのくらいの期間が経過したら上記のような利用をなし得ることとするのかをどのような基準に基づいて決めるのかについても異論が生ずることでしょう。それでも、原則として、超過利潤を上乗せして作品を日本国内において公衆に提示又は提供することによって投下資本を回収する機会を与えられておきながらこれを行使しない人たちに過度に配慮することによって、その作品を人々が享受する機会を喪失すること、そして、その作品を通じた文化の発展が阻害されることを、なるべく回避すべきだと考えるわけです。

 もちろん、このような形でその著作物が利用される場合、あくまで無許諾利用なのですから、損害賠償請求権の行使は許されるべきでしょうし、文化庁長官による裁定による利用ができるように法制度を整えた方がいいのだろうとは思います。そのような利用が無許諾でなされても金銭的な補償は得られるということであれば、「著作者の正当な利益を不当に害しない」ということに繋がりやすいのですから。

 もう一つ私が提唱したのは、著作権原簿または著作権等管理事業者が提供する権利者データベースを調べてなお現在の著作権者が誰であるのかがわからない場合には、著作権法67条の裁定手続きを利用できることとしようというものです。著作者が著作権を第三者に譲渡しないまま死亡した場合、その著作権はその相続人が相続するのが原則ということになりますが、特定の相続人が単独相続したのか、全ての法定相続人がその法定相続分の割合に応じて相続したのか、あるいは第三者に遺贈されたのかについて、理論的には、戸籍謄本を取り寄せることによって、当該著作者の法定相続人(またはその法定相続人、またはさらにその法定相続人、または、さらにその法定相続人、または、さらに法定相続人)を探し出して事情を聞くことにとって確認できる可能性はあるものの、そこに至るまでのコストは過大であり、かつ、それだけのコストをかけても結局空振りに終わる可能性も大ということとなります。そうなると、よほどその作品を利用することによって大きな利益を得られる見通しが立たないと、すでに亡くなった人の作品を利用することは困難となってしまいます。それは、文化の発展に寄与するとの著作権法の究極目的からすれば、本末転倒です。したがって、著作物を利用しようという人たちの調査コストを引き下げる必要があるのです。

 このような制度にしたとしても、著作権登録等をしなかった著作権者は、自分がその著作物について著作権を有していることを告げることにより、過去の利用に関する供託金を取得できる外、将来の利用について差止めを求めることができるわけですから、ベルヌ条約が定める無方式主義に抵触することはありません。参照すべき「権利者データベース」に、外国政府ないし外国の登録事業者が提供している権利者データベースを含めれば、外国人が権利を有する著作物についての保護が不当に欠けることにはならないかと思います。

Posted by 小倉秀夫 at 05:42 PM dans au sujet de la propriété intellectuelle |

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