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07/24/2016

独立後も「能年玲奈」と名乗ることは許されないのか

能年玲奈あらため「のん」

NHKの朝の連続テレビ小説「あまちゃん」で主役を務めた能年玲奈さんが芸名を「のん」としたことに関して、以下のような報道がなされています。

 6月末で契約が満了する能年に対し、レプロは6月下旬、昨年4月から能年との話し合いが進まず、仕事を入れられなかったとして、その15カ月分の契約延長を求める文書を送付。

 その際、契約が終了しても、「能年玲奈」を芸名として使用する場合には、レプロの許可が必要と“警告”していた。

 そして、その根拠として、能年さんの従前のプロダクションであるレプロ社は、以下のように回答したとされています。

一般論として、その旨の契約がタレントとの間で締結されている場合には、当事者はその契約に拘束されるものと考えます

 果たして、そうなのでしょうか。

加勢大周事件との関係

 芸能人とプロダクションとの間で独立・移籍騒動が勃発し、プロダクションが芸名の使用を禁止することで対抗しようとする構造──知財クラスタなら聞き覚えがありますね。そう、あの「加勢大周」事件と同じ構造です。

 加勢大周事件の第一審判決における「争いのない事実」によれば、芸能人(X)とプロダクション(Y)との間の専属契約には、

 Xは、Yの専属芸術家として、本件契約期間中、Yの指示に従って、音楽演奏会・映画・演劇・ラジオ・テレビ・テレビコマーシャル・レコード等の芸能に関する出演その他これに関連するすべての役務を提供する義務を負う。

 Xは、右契約期間中、第三者のために、右役務の提供をすることができない。

という条項や、

 Yは、Xの芸名「加勢大周」・写真・肖像・筆跡・経歴等の使用を第三者に許諾する権利を有する。

 Xは、Yの許諾なしに右芸名等を第三者に使用させることはできない。

という条項が含まれていました。

 そして、第1審判決(東京地方裁判所平成4年3月30日判タ781号282頁)は、上記「芸名の使用を第三者に許諾する権利」を、

社会的評価、名声を得ている芸能人の氏名・肖像等を商品に付した場合に、当該商品の販売促進の効果をもたらすことは公知の事実であり、被告川本の芸名である「加勢大周」も、原告によって商標登録がされているところである。芸能人の氏名・肖像等の有するこのような効果は、独立した経済的利益ないし価値を有するものであり、このような芸能人の氏名・肖像等は、当然に右経済的利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利の一つに該当するものというべきである。

として法的なものと評価した上で、上記専属契約に基づき、「芸名「加勢大周」を使用して、第三者に対し芸能に関する出演等の役務の提供をすることの禁止」を命じたのです(同事件の控訴審(東京高判平成5年6月30日判時1467号48頁)では、専属契約がその後終了したとして、上記禁止命令を解きましたが。)。

 おそらく、能年さんの件についても、プロダクション側の主張内容は同じようなものなのではないかと思います。もっとも、能年さんの件では、「契約が終了しても、「能年玲奈」を芸名として使用する場合には、レプロの許可が必要と“警告”していた。」とされている点からすると、「契約終了後もなお有効とする」条項の中に、芸名の独占的使用許諾権限に関する条項が含まれていたのだろうと思います。

パブリシティ権の排他的許諾権設定契約の効力

 では、レプロ社は、芸能人の氏名・肖像等の有する上記「右経済的利益ないし価値を排他的に支配する権利」(通常、「パブリシティ権」といいます。)について独占的に使用許諾を行う債権的な権利を能年さんに対して行使することができるのでしょうか。

 ここで一つ考慮すべきことは、加勢大周事件第一審判決は平成4年に言い渡された古い判決だということです。このころは、「パブリシティ権」を一種の無体財産権と考える見解が幅をきかせてきたのですが、その後、ギャロップレーサー事件最高裁判決において立法によらずして無体財産権としてのパブリシティ権の行使を認めることが否定され、さらにピンクレディ事件最高裁判決においてパブリシティ権が氏名権・肖像権等の「人格権に由来する権利」と位置づけられるに至ったのです。

 もっとも、パブリシティ権が「人格権に由来する権利」と位置づけられたからといって直ちに「独占的に使用許諾を行う債権的な権利」を設定することが許されないと解されるとは限りません。人格権は一身専属権ですので、これを第三者に譲渡する旨の合意は効力を有しないものと解するのが一般的ですが、人格権の行使条件を契約により制約することまで一身専属権ということから直ちに言えるかは微妙です。著作者人格権について包括的な不行使特約を締結しても有効であるとする見解が有力であり、実務は有効であることを前提に権利処理を行っています。現に、プロ野球選手会事件控訴審判決(知財高判平成20年2月25日)では、「人は,生命・身体・名誉のほか,承諾なしに自らの氏名や肖像を撮影されたり使用されたりしない人格的利益ない し人格権を固有に有すると解されるが,氏名や肖像については,自己と第三者との契約により,自己の氏名や肖像を広告宣伝に利用することを許諾することによ り対価を得る権利(いわゆるパブリシティ権。以下「肖像権」ということがある。)として処分することも許されると解される」とした上で、プロ野球の統一契約書16条1項「球団が指示する場合,選手は写真,映画,テレビジョンに撮影されることを承諾する。 なお,選手はこのような写真出演等にかんする肖像権,著作権等のすべてが球団に属し,また球団が宣伝目的のためにいかなる方法でそれらを利用しても,異議 を申し立てないことを承認する。」に依拠した契約条項について、「商業的使用及び商品化型使用の場合を含め,選手が球団に対し,その氏名及び肖像の使用を,プロ野球選手としての行動に関し(したがって,純然たる私人としての行動は含まれない),独占的に許諾したもの」と解した上で、公序良俗に反しないと判示されています。

 専属契約存続中は、芸能プロダクションに芸名の使用許諾権を一本化すること自体は合理性がありますから、芸能人個人がパブリシティ権を保有するという前提のもと、その一部について、専属契約に基づいて独占的な使用許諾権を芸能プロダクションが取得すること自体を公序良俗に反するとするのはハードルが高いように思います。たとえそれが戸籍上の氏名と同一であったとしても、専属契約の対象となる「芸能活動」に関するものである限りは、同様ではないでしょうか。

契約期間満了後も特定の条項をなお有効とする合意の効力

 当該契約を構成する条項のうち特定のものについては契約期間が満了した後においても有効に存続する旨の合意をすることは、よくあります。例えば、秘密保持義務を創設する条項が契約期間の満了に伴って当然に効力を失うとなれば、契約に基づいて相手方に提供していた秘密情報は契約満了と同時に秘密性を失ってしまうわけで、そういうことを回避するためにそのような条項を敢えて挿入するのです。

 芸能プロダクションとしては、専属契約期間中にその芸能人が出演して作成されたコンテンツについては、自ら一定の投資ないし寄与をしているので、専属契約終了後においてもなおこれを市場に供給して投下資本の回収を図ること自体は公序良俗に反するとは言えず、芸名について使用許諾を行う債権的な権利をプロダクション側に設定する旨の条項について専属契約終了後も有効に存続させる旨の合意自体を無効とすることは難しいのだろうと思います。

 ただし、「独占的に」芸名について使用許諾を行う債権的な権利がプロダクション側について残っていると、従前の芸名を用いて芸能活動を継続することができず、芸能活動に大きな支障が生じてしまいます。もっとも、芸能活動をやめる前提で元のプロダクションとの専属契約を合意解約しておきながら、別のプロダクションとの間で新たに専属契約を締結し、元のプロダクションのプロモート活動によって周知性ないし著名性を獲得した芸名を利用して芸能活動を再開するというのはただ乗り感が強くあります。すると、芸能活動をやめる前提ではなくして専属契約が終了した場合になお元のプロダクションが芸名の独占的使用許諾権を主張することを法的に抑制すれば良いように思います。

 そうだとすると、独占的使用許諾権設定条項それ自体、ないし、かかる条項の契約期間終了後存続条項を公序良俗に反するとするよりは、芸能活動をやめる前提ではなくして専属契約が終了した場合に、当該芸能人が芸能活動を行うにあたって自らその芸名を使用しまたは第三者に使用許諾したことについてこれを主張することは権利の濫用に当たり許されないとする方が良いのではないかと思います。

Posted by 小倉秀夫 at 11:29 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | | Commentaires (0)