チケットの転売問題
問題の所在
コンサート等のチケットが高額で転売されることを音楽産業が問題視し始めています。しかし、チケットを必要とする人と不要になった人とがいれば、この間に売買契約が成立しうることは当然のことです。また、チケットが不要になった人より必要となった人の方が多ければ、価格が高騰するのも、資本主義社会においては自然なことです。そして、音楽産業側としては、チケットの提示と引き替えに会場に入場することを許された人々に対して、特定のアーティストの実演を一定時間鑑賞させれば、チケットの販売によって約した債務の本旨を履行することができるのですから、チケットが……流通しようと、そしてその転売価格が高騰しようがどうでも良いはずです。では、なぜ、チケットの高額転売が問題視されるのでしょうか。
なぜ、チケットは譲渡されるのか。
そもそも、正規に発行されたコンサート等のチケットは、なぜ譲渡されるのでしょうか。これにはいろいろな理由があります。
⑴ 特定の人に譲渡する目的で購入される場合
そもそも、最初から特定の人に譲渡する目的でチケットが購入された場合、当然、そのチケットはその人に譲渡されます。たとえば、あるアーティストの大ファンである子どもにプレゼントする場合や、友人や恋人と一緒に特定のライブに行きたくてその人の分までチケットを購入する場合がこれに当たります。
⑵ 不特定の人に譲渡する目的で購入される場合
高値で転売する目的でチケットを購入する場合の他、たとえば、商店街における福引きの景品とする場合なども、不特定の人に譲渡する目的でチケットを購入することになります。
⑶ ライブに行けなくなった場合
当初は自分で行くつもりでチケットを購入したけれども、その後都合がつかずライブに行けなくなった場合や、事情変更の結果行くつもりがなくなった場合、そのライブに行きたがっている知人に無償でチケットを譲渡したり、支払済みの代金を回収するために有償でチケットを譲渡したりすることがあります。
⑷ 特定の人に譲渡しようとしたが受領を拒絶された場合
たとえば、子どもにプレゼントしようとチケットを購入したもののその子には既にその日に別の予定が入っていた場合や、好意を持っている人と一緒にライブに行こうとその人の分までチケットを購入したのに一緒にライブに行くことを断られた場合など、せっかく購入したチケットが余ってしまいます。余ったチケットを第三者に有償または無償で譲渡しようとすることは実に自然です。
チケットの譲渡を禁止することのメリット・デメリット
チケットの譲渡自体を禁止した場合、これら全てが許されなくなります。しかし、たとえばクレジットカード決済ができる大人がクレジットカードを持たない子どものためにチケットを購入してあげることや、友人や恋人と一緒に特定のライブに行くことが予定されている場合に一人の人が全員分のチケットを購入することを禁止するメリットがあるようには思われません。特に、後者を禁止すると、共通体験としてのライブ参加と言うことが行いにくくなるので、ライブ人気に水を差すこととなるでしょう。
自らライブに行く予定だったのに行けなくなった(行く気がなくなった)とか、特定の人に譲渡するつもりでチケット購入したのに受け取ってもらえなかったという場合になおチケットの譲渡を禁止した場合、その分、ライブに参加する人の割合が減り、座席が指定されている会場であれば、空席が生ずることになります。その割合が大きくなればなるほど、ライブとしては寂寥感が増すことになります。そして、そのライブに参加したいと考えている人がいて、参加させる余地が物理的にある程度あるのに、参加させられないというのは、効率性を損なうものとなります。
また、メジャーなアーティストのライブの場合、1人1万円前後というかなり高額の値付けをする一方で、先行予約をライブ実施日の数ヶ月前に設定するケースが珍しくありません。多くの人は、数ヶ月後の予定を確実に把握することができないので、その後の事情で行けなくなったときにこれを換価する手段が存在しないとなると、チケットを先行的に購入することのリスクが高まってしまいます。それは、よほど好きでない限り高額のチケットを購入しないという方向に消費者を向かわせることになります。
もっとも、チケットの転売を完全に自由とした場合、転売目的で大量にチケットを仕入れて高いマージンを付けて転売するという業態をも容認することとなります。この場合、本来、チケットぴあなどの正規のチケット販売事業者からエンドユーザーにダイレクトに販売することを前提とした価格設定よりも高い価格を支払わなければ多くのファンがチケットを入手できないことになり、結果として、本来の想定よりも、ライブの顧客層の可処分所得帯が上昇することとなります。それ自体が必ずしも悪いこととは言いませんが、それを好ましくないと考えるアーティストやその所属事務所があっても不思議ではありません。
転売目的のチケット購入を抑制する他の手段
以上によれば、転売目的でチケットを大量に仕入れた事業者がこれを高額で転売することを抑制できればよく、抑制の対象がそれ以外に拡張されるのは好ましくないと言うことが言えます。そのためには、どのような手段があり得るでしょうか。
チケットに購入者を特定する情報を記載し、会場でチケットを提示した人がその本人でない場合には入場を拒否するという手法は、チケットの譲渡全般を規制することとなるので、規制の範囲が広範すぎて不適切と言えるでしょう。代表して購入した人と同伴であれば入場できることとすれば入場が拒否される場合はかなり減りますが、それでも、会場内で集合するわけにいかなくなりますし、代表購入者がたまたま会場に行かれなくなると、全員会場に入場できなくなるというのも困りものです。
では、どうすればいいでしょうか。
1つは、需要の側をコントロールするという手法が考えられます。なぜ消費者が高額のチケットを事業者から購入するかと言えば、正規のチケット販売業者から販売されるチケットの数が、そのアーティストのライブを鑑賞したいというファンの数に比して少なすぎるからであり、それは、そのアーティストのライブの数がファンの数に比して少な過ぎるからです。CDや音楽配信の売上や前年のライブのチケットの売れ行き等から、ライブを鑑賞したいファンの数というのはある程度見当がつくのですから、それが「プラチナ化」しない程度にライブの上演回数を増やすというのが根本的な解決策と言えるでしょう。
もっとも、日本はライブ会場が少ないので、人気アーティストから順にライブの本数を増やすと、ブレイク前のアーティストのライブ機会が失われる危険があります。したがって、ライブの回数をある程度増やしてチケットのプラチナ化をある程度抑えていただくとしても、さらに別の解決策を講ずる必要が生じます。おそらくそれは、正規のチケット販売事業者がチケットを販売する段階で講ずるのが良いのではないかと思います。業者が転売目的でチケットを大量に仕入れることさえ抑えてしまえば、その業者が細々と高額転売を継続したとしても、前記弊害の発生を抑えることができるからです。
具体的には、購入希望者が殺到することが予想されるライブのチケットの購入は会員限定とした上で、その会員の購入履歴と、その会員が購入したチケットの使用状況等から、業としての転売がなされていると推認されるときは、告知聴聞の機会を設けた上で、会員契約を解除するという手法が考えられます。もちろん、それをするためには、1つの事業者が複数の会員資格を取得することがないように、本人確認をある程度厳格に行う必要があります。ただ、クレジットカード決済を原則とするとか、会員カードを自宅に郵送することにするとかすると、1つの事業者が数十、数百のアカウントをもつということは大分防げるのではないかと思います。
また、チケット販売事業者の側で、チケットの流れを管理するのも、業者による転売を抑制する1つの手段となり得ます。一部で実施されているように、チケットをスマホや携帯メール等に送るシステムを採用すれば、そのチケット情報の別端末への転送は必ず事業者サーバを介しなければできないようにすることが可能であり、チケットデータの移転経緯を販売事業者が把握することが可能です。チケットデータ流通のハブとなっているアカウントがあれば、そこが転売業者なのではないかとの推認ができます。
Posted by 小倉秀夫 at 12:58 PM dans musique | Permalink
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