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06/12/2017

芸能人の不祥事と損害賠償

 俳優等の不祥事が発覚したときに、その俳優等が出演していたコンテンツのテレビでの放送や映画館での上映等が中止されることがあります。この場合、これにより当該コンテンツにかかる権利者(テレビ局や映画製作会社等)は当該俳優やその所属事務所に対し、その中止により生じた損害の賠償を求めることができるのでしょうか。

 まず、出演契約に「不祥事特約」がない場合について考えてみましょう。

 この場合、


  1. コンテンツホルダーとの間の出演契約に付随する義務として一定期間不祥事を発覚させない義務を負うのか、

  2. 1.の義務違反とコンテンツの放送・上映の中止との間に相当因果関係が認められるか、
の2点が問題となります。

 まず、売買契約等の一回的な契約はもちろん、建物賃貸借契約のような継続的な契約であっても、不祥事を犯さない、あるいは発覚させない義務を契約の相手方に対して当然には負わないというのが、我々の社会の原則です。雇用契約のように相手方に対する一定の人格的信頼を前提とする継続的契約の場合、その前提となる信頼を損なうような不祥事が発覚したことを理由とする契約解除等が可能となることは有り得ます。しかし、それは、当該相手方が給付すべき役務の内容等との関係で、当該不祥事を犯した者からの当該役務の提供を希望しないことがやむを得ない等の事情がある場合に限られるでしょう(なので、建物建築請負契約において、建設会社の社長が不倫をしても、債務不履行解除はできません。)。

 もちろん、俳優等には当該コンテンツの製作期間中は、予め決められたスケジュールどおりに所定の現場に赴き、監督等の指示に応じて所定の演技等を行う契約上の義務があります。従って、逮捕・勾留され、あるいは任意捜査の対象として連日呼び出しを受けることとなれば、このような俳優等としての本来的義務が果たせなくなる危険が十分に生じます。したがって、当該コンテンツの製作期間中、身柄拘束等を伴うような捜査を受ける犯罪を犯すべきではないという限度で、不祥事を犯さない義務を認めることはできるでしょう。

 では、予定されたスケジュールをこなし、自分が求められた演技等の収録が終わったあとまで、身柄拘束等を伴うような捜査を受ける犯罪を犯すべきではないという意味での「不祥事を犯さない義務」を当然に負うと言えるでしょうか。

 この場合、もはや当該俳優等の身柄がどうなろうとも、当該コンテンツの成否自体には影響がありません。そして、犯罪を犯した(またはそのような嫌疑がかけられている)俳優等が出演したコンテンツをテレビで放送し又は劇場で上映してはならないという法令上の制限は日本にはありませんので、完成したコンテンツを放送または上映することに法的な支障はありません。ぼかしを入れる必要すらありません。その意味では、自己のスケジュール終了後いかなる不祥事を犯そうとも、コンテンツホルダーには客観的には迷惑をかける心配がないのだから、コンテンツホルダーに対して、そのような不祥事を犯さないという信義則上の義務を負うべき合理的な理由はないともいえそうです。

 しかし、実際には、そのコンテンツに出演している俳優等の不祥事が発覚した場合、当該俳優等の登場部分をカットすることが困難であるときには、当該コンテンツの放送・上映自体が中止になることが多いことも事実です。当該コンテンツの放送・上映を中止することは、法的な義務ではなく、倫理的な批判を逃れるためのコンテンツホルダーの自己保身に基づく決定であるとは言え、そのような結果に至ることは十分に予想される以上、そのような結果の招来を避けるために、自己のスケジュール終了後においても、一定の限度を超える不祥事を犯してはならないとする信義則上の付随義務が出演契約に付随するものとして当然に発生するという考え方にも一理はあります。

 仮にそのような付随義務を認めるとしても、それは、コンテンツホルダが当該コンテンツの放送・上映等を自主的に中止するに至るのもやむを得ないという状況を作り出すべきではないということに由来するわけですから、① 当該コンテンツにおける当該俳優等の役柄の重要度と、② 当該コンテンツの公開時期等との関係で、どの程度の不祥事を回避するべき義務を負うかが決まっていくこととなるように思います。

 出演契約の付随義務としての「不祥事を犯さない義務」に頼ろうとすると、その範囲は不明確です。したがって、出演契約において明示的に不祥事を犯さない義務を定めることは有益です。ただし、その場合、犯してはならない不祥事の内容、程度やその期間等を具体的に定めなければ、裁判官の事後的な判断に委ねられることになるので、予見可能性を欠くことになります。

 では、契約書上明文で定めておけばどんな「不祥事」についても回避義務の対象とすることができるのでしょうか。

 犯罪に該当するものはともかくとして、芸能人の「不祥事」と言われるものの多くは、私生活の領域の属するものであり、契約等によって第三者がこれを抑制することが公序良俗に反する恐れのあるものです。したがって、例えば、例えば「本件映画封切り後1年が経過するまでは、異性と不純な交友をしてはならない」「離婚してはならない」という条項が直ちに有効となるかと言えば、多分に疑問です。もっとも、役柄を離れた、俳優等の私生活上の地位等がもたらす幻想が当該コンテンツに高い商業的価値をもたらすことが予定されている場合に、一定期間、当該幻想を破壊するような私生活上の諸活動を発覚させないように求めることまでは、直ちに公序良俗に反するとまでは言えないようにも思います(それは出演料や役柄設定等に反映している以上、もはや純粋に私的領域に関する事柄とも言えなくなっているからです。)。

Posted by 小倉秀夫 at 01:38 AM dans D'autre problème de droite |

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