靖国神社を国家護持すると
靖国神社の国家護持を主張する人々は、靖国神社が人事権や予算編成権を国に管理される(「国営」になれば、当然のことです。)ことに賛同しているのかという疑問があります。
その所轄官庁が総務庁になるのか厚労省になるのかわかりませんが、所轄の大臣に公明党系の議員が就任するということもあり得るし、与野党逆転すれば、旧社会党系の民主党議員が所轄の大臣に就任する可能性もあるわけです。そうなれば、彼らが行うトップ人事次第では、靖国神社のあり方が大きく変革される可能性もあるわけです。
また、誰をどのように慰霊又は顕彰し或いはしなかったのかということは、行政行為として、行政訴訟による司法的な審査の対象となる可能性があり、これに対して、靖国神社側は「信教の自由」をもって対抗することはできなくなります(国家護持されて以降は、そこでの慰霊ないし顕彰は、私的行為ではなくなりますから。)。
そう考えると、靖国神社の国家護持って、靖国信者のためにもなっていないような気がします。
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