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24/09/2006

国歌を斉唱してこなかった多くの人々の問題点って何?

 公立学校における入学式や卒業式等の式典等において、何が何でも国旗を掲揚させ、何が何でも生徒や教師に起立して国歌を斉唱させたいという方々は、そのことによって何を目指しているのかというのがよくわからなかったりします。

 どうも「公立学校における入学式や卒業式等の式典において国歌を斉唱する」ということは、特に「我々と価値観を共通する国々」であると我々が思いたがっている国々においてはさほど一般的ではないようですし、そのような式典において国歌の斉唱に参加しなかったことを理由に生徒や教員を処分することを裁判所が違法と判断しなかった場合にそれらの国々は我が国のことを「我々と価値観を共通する国々」とは思って頂けなくなるのではないかという危惧がなくはなかったりします。

 日本においても、少なくとも東京においては、「公立学校における入学式や卒業式等の式典において国歌を斉唱する」ということは一般的な習慣ではなかったのであって、近年になって文科省(旧文部省を含む。)や東京都の教育委員会がそう命令するからやむなく「入学式や卒業式等の式典において国歌を斉唱する」ということにしているにすぎません。そもそも、少なくとも東京においては、特段「国」というものを意識するわけではない行事において参加者全員が国歌を斉唱するという習慣はなかったのであり、かつ、公立学校の入学式や卒業式は特段「国」というものを意識するわけではない行事であると捉えられてきたのですから、その式次第において、「国歌の斉唱」というイベントが予定されてこなかったことは特に不自然なことではありません。

 すると、「公立学校における入学式や卒業式等の式典等において、何が何でも国旗を掲揚させ、何が何でも生徒や教師に起立して国歌を斉唱させたいという方々」は、ただそれが昔からの慣習だから当たり前のようにそうしたいということではなくて、何らかの積極的な目的があって、「公立学校における入学式や卒業式等の式典等において、何が何でも国旗を掲揚させ、何が何でも生徒や教師に起立して国歌を斉唱させたい」と考えているのではないかと推測されます。

 「公立学校における入学式や卒業式等の式典等においてついに国歌を斉唱することなく大人になった人々」というのは日本国内にも相当数存在しますし、「我々と価値観を共通する国々」であると我々が思いたがっている国々においてはむしろそちらの方が多数派なのではないかという気がしますが、そのような人々には「公立学校における入学式や卒業式等の式典等においていやいやながらでも国歌を斉唱して大人になった人々にはない問題傾向が顕著にあるということであれば、そのような問題傾向を改善するため、「公立学校における入学式や卒業式等の式典等において、何が何でも国旗を掲揚させ、何が何でも生徒や教師に起立して国歌を斉唱させたい」という考え方にも一理あるので、あとは「公立学校における入学式や卒業式等の式典等においては何が何でも国歌は斉唱したくない」という人々の思想良心の自由とのバランスをどこに置くのかという議論になりますが、「公立学校における入学式や卒業式等の式典等においてついに国歌を斉唱することなく大人になった人々」には特段顕著な問題傾向がないというのであれば、「公立学校における入学式や卒業式等の式典等において、何が何でも国旗を掲揚させ、何が何でも生徒や教師に起立して国歌を斉唱させる」必要性自体に疑問符が付くこととなります。

 ところが、「公立学校における入学式や卒業式等の式典等においてついに国歌を斉唱することなく大人になった人々」にどのような問題傾向が顕著にあるのかという話は、「公立学校における入学式や卒業式等の式典等において、何が何でも国旗を掲揚させ、何が何でも生徒や教師に起立して国歌を斉唱させたいという方々」の側からなかなか聞こえてきません。このあたりが、「公立学校における入学式や卒業式等の式典等において、何が何でも国旗を掲揚させ、何が何でも生徒や教師に起立して国歌を斉唱させること」の是非に関する議論が建設的にならない理由なのではないかという気がします。

 「公立学校における入学式や卒業式等の式典等において、何が何でも国旗を掲揚させ、何が何でも生徒や教師に起立して国歌を斉唱させる」ということは、「公立学校における入学式や卒業式等の式典等においては何が何でも国歌は斉唱したくない」という人々の思想良心の自由を制約することは避けがたいのですから、そのようなことを義務づけることによって実現しようという政策目的の妥当性およびその政策目的を実現するための手段としてより制限的でないものはないのかということを検討するためにも、「公立学校における入学式や卒業式等の式典等において、何が何でも国旗を掲揚させ、何が何でも生徒や教師に起立して国歌を斉唱させる」ことにより実現しようという政策目的をはっきりと表明すべきだと思うのです。

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Commentaires

 最近問題となっている裁判では、ただ歌わなかっただけで問題となっているのであって、それ以外の妨害行為は行われていないのですが(皆様も、今回の地裁判決は支持されているのですね。)。

 それはともかく、このエントリーは、参加者間にそういう感情的な軋轢を呼ぶようなイベントを式次第に敢えて組み込む(組み込ませる)というのいかがなものかという話なので、相変わらず、論点がずれているなあという感じで見ています。

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