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27/11/2006

「スルー力」を被害者に要求することの残酷さ

 匿名の卑怯者さんたちの執拗な攻撃を受けている側に「スルー力」を求める人々って、結局残酷ですね。被害者からの相談を実際に受ける立場の人間からすると、とても血の通った人間の言葉とも思えなかったりします。

 といいますか、そんなことが罷り通っているのは、さすがに我が国ではネット関連でしかありません。もちろん、特に保守を通り越して反動になってしまっている方々の中には、学校でのいじめ問題に関していじめられっ子に耐えることを求める向きも無いわけではないのですが、そういう方々というのは、いじめ問題を議論している最中にひたすら「日教組が悪い」と言い続ける方々の次くらいに怪訝そうな目で見られてしまうのが関の山ですし、学校の運営者が「被害者がスルーすればいい話だから、学校としてはいじめの事実を知っても何らの対処をする気もない」なんてことを言ってしまえば大問題になるし、「いじめにあった生徒に向けられた大量の攻撃的な言葉の中には単なる誹謗中傷や人格攻撃や脅迫的な文言が混じっていたかもしれないけれども、中には真摯な忠告も混じっていたはずだから、そういうのだけを選んで誠実に対応すればいじめは収まったはずである。だから、いじめられる奴が悪い」などととしたり顔で述べる人がいれば周囲の人は可哀相な人を見る目でその人を見るのではないかと思われます。

 ところが、ネット上での誹謗中傷やサイバーストーキング問題になると、とたんに、被害者に対して「スルー力が足りない」という訳のわからない被害者攻撃のオンパレードです。加野瀬さんはネット上で攻撃される側の問題を指摘しているようですが、攻撃される側に問題があれば執拗な攻撃を加えても構わないという「私的制裁肯定論」を認めてしまうと、いじめっ子たちはいじめられっ子の非をあれこれあげつらって自分たちのいじめ行為を得意げに正当化し始めることでしょう。ネット上では「私的制裁」を肯定しつつ、学校での「私的制裁」を否定して見せたところで、そんなものは子供たちへの説得力に欠けることは明らかです。

 ネット上での誹謗中傷問題等で被害者側を非難する方々は、その論理が学校でのいじめ問題でいじめる側の自己弁護に使われることを考えて頂きたいところです。  

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