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04/11/2006

ポジティブ思考と実名・匿名問題

 ネット上での表現が自分のアイデンティティと結びついたときに自己の外部的評価が上昇することを期待するか、下落することを怖れるかというのは、多分に思考のポジティブ度が影響しているのでしょう。だから、ポジティブ思考する人が多い米国のブロガーは実名ブロガーが多く、ネガティブ思考する人が多い日本のブロガーは匿名ブロガーが多いってことなのではないかという気がします。

 もちろん、英語圏のブログを見ていても、意図的に特定の他人や人種・民族等を不穏当な表現で批判したりデマを流布したりする人々は匿名を用いている例が多いようですが、そういう表現は、さしものポジティブ思考な米国人ですら、自分のアイデンティティと結びついたときに自分の外部的評価が下落すると思うのでしょう。しかし、他者を貶めることを目的とした表現以外の表現活動についていえば、それが自分のアイデンティティと結びついたときに起こる自分の外部的評価の変動については総じて彼らは楽観的であるように見えます。

 日本では、「実名を晒すことは危険である」ということを口実に実名を出さない自分を正当化しようという向きが少なくないようですが、しかし、そういう人の発言内容から推測する限り、「自分の実名を不特定の人に晒すと物理的に攻撃を受ける危険がある」という感じはあまりしなかったりします(といいますか、自分の知らない人には自分の実名を知られない人生なんて、今の日本ではそもそも不可能なのですから。)。むしろ、「ネット上での表現が自分のアイデンティティと結びついたときには自己の外部的な評価が下落するだろう」ということを怯えているのだろうなあという感じがします。

 そして、発言内容は一見勇ましい右派の方がその怯えの傾向が強いというのはある意味面白い現象です。もちろん、「個としての自分」に自信が持てないからこそ「国家」なり「民族」なり「歴史と伝統」なりに自分を重ね合わせて誇りを維持しようという欲求を強く持つようになったと考えると、「個としての自分」に対する自己評価が低い彼らにとって、ネット上での表現が自分のアイデンティティと結びつくということは、到底耐えることのできない恐怖なのだろうなとは推測できるのですが、それにしても発言内容が勇ましかったり文体が居丈高だったりすればするほど、匿名の陰に隠れることでしかそれができない「個としての弱さ」が際だってしまうというのはお気の毒としかいいようがありません。

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