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05/12/2006

ネット上の誹謗中傷といじめの関係

 ネット上の誹謗中傷を学校での「いじめ」と比較して論ずることに不快感を示す人が少なからずいるようです。しかし、特定の他人を不快にさせることによって快楽を得るという点で共通していますし、学校での「いじめ」の手段としてネット上での誹謗中傷が行われるという事態も既に起こっており、米国では「cyberbully」として社会問題化しているわけですから、ネット上の誹謗中傷を学校での「いじめ」と比較して論ずることには何の問題もないということが言えるでしょう。

 もちろん、「特定の他人を不快にさせることによって快楽を得る」という行為は、他にも様々なバリエーションがありますが、通常は「被害者が我慢すればいい」「被害者がスルー力を身に付ければ済むことだ」「加害者側のプライバシー権の方が重要だ」みたいな話は、まともな人間は恥ずかしくてできない状況にあります。例えば、「痴漢に関しては、被害者が我慢すればいい」とか「セクハラは、被害者がスルー力を身に付ければ済むことだ」なんてことは、よくよくな人以外は口に出さないことでしょう。加害者に対して「痴漢は犯罪ですとか「セクハラは違法です」といってみてもそれだけでは事態が改善されないのでしょうけど、だからといって、被害者に対して「君たち被害者がスルーすればいいのだよ」といってみても始まらないのであって、電車内の痴漢について言え、それが横行していることを知ったら鉄道会社は刑事を張り込ませて痴漢を取り押さえるなり女性専用車両を用意するなりして痴漢の発生をできるだけ少なくするべきだし、セクハラに関しても、企業内でセクハラが行われているという訴えを受けたら早速調査委員会を作って事実関係を調査し、セクハラを行っている従業員に対してはしかるべき懲戒処分等を行うべきなのでしょう。

 ブログ事業者もISPも某匿名掲示板の管理者も、ネット上で誹謗中傷が横行していることは既に十分に知っているはずです。もはや「被害者がスルー」してくれることに期待するのではなく、しかるべき対策を講ずる時期に来ています。誹謗中傷者や誹謗中傷発言の愛好家たちのもたらす膨大なアクセス数に目がくらんでネット事業者が誹謗中傷対策を敢えて行わないということは許されないと考えるべきでしょう。

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