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16/12/2006

教育基本法改正

 一昨日、ある知的財産権絡みの勉強会に出席するために事務所から特許庁方面にタクシーで向かったところ、議員会館の周辺にたくさんの人が集まって抗議活動を行っているのが見えました。結論から言うと、彼らは、教育基本法改正についての強行採決に抗議する人々だったわけです。

 もっとも、野党の側も大した議論をしていなかったというのも事実であり、単に時間切れを目指すための質問しかしていなければ強行採決をされてもそれほど強く非難もできなくなってしまうわけで、教育基本法の改正にとっても反対だった人たちは、野党の議員さんたちに、「こういう質問をして下さい」という入れ知恵をもう少ししてあげた方が良かったのではないかと思ったりしました。議員会館の前でシュプレヒコールをあげて抗議の意思を表明することの効果を全く認めないわけではないのですが(他の民主主義国でもこの種の「市民の意思表明」というのはある種基本パターンですし)、しかし、我が国の場合、議員さんの調査・質問能力がおしなべて低いという特徴がある(スタッフが少ないと言うこともあるし、「組織の論理」で候補者に選ばれた方が少なくないということもあるのですが。)ので、そのあたりを補完してあげた方がただシュプレヒコールをあげるよりはまだ有効かなと言う気がします。)。

 実際、教育基本法改正案は、法案起草能力に問題があることが「ローマの休日」事件などで露呈してしまった文科省管轄なので、法案自体に関して問いただしておくべきことはたくさんあったと思うのです。

 例えば、焦点となっていたいわゆる「愛国心条項」

伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと
についてですが、「伝統と文化を尊重する」とはどういうことか、そこでいう「伝統」とは何を指すのか、「我が国と郷土を愛する」とはどういう精神状態のことをいうのか、我が国と郷土を愛する「態度」とはどのような態度のことをいうのかということをもう少し詰めておく必要がありました。これらについて、あとは「文科省の役人が自由に解釈してよろしい」みたいなことになると、とんでもない解釈をしかねないからです(例えば、「著作者の死後50年が経過しても他人の著作物を著作権者に無断で利用するのは止めよう」みたいな。)。

 そもそも戦後60年の間に社会構造・経済構造が大きく変革していった日本において、「戦後民主主義によって押さえつけられてきた『伝統』を回復しよう」なんてことをいってみたところで、だいたい迷惑な話にしかならないわけです(まあ、憲法改正はまだなので、戦後民主主義に反する「伝統」(ex.性別を重視した社会経済的分業体制等)を復活させることは当面公教育の場では許されないのですが。)。そういうことを言い出す方々が回復させようと思っている「伝統」って、大抵の場合、担い手の経済合理性に反するわけですし。例えば、「団地、マンションであっても床の間を用意せよ」なんていわれたって、「床の間」を用意するとその分生活用のスペースが減少してしまうわけで、そもそもがさほど広くない集合住宅の場合は、そのことによる生活の利便性に対する悪影響の度合いが大きかったりするわけです。それに、「伝統」って、地域差や階層差が大きいので、公教育で一律に押し付けるとなると、「ある地域におけるある種の階層のもとでの伝統」を、それ以外の地域の、あるいは、それ以外の階層のもつ「伝統」を押しつぶすことにもなりかねないわけで、その辺の調整をどう付けるつもりなのか全然わからないです。

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