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25/02/2007

匿名ネットワーカーが背負う『われわれ』はいったい誰なのか

 佐々木俊尚さんの「新聞が背負う『われわれ』はいったい誰なのか」というエントリーが注目を集めているようです。

 ただ、それをいうのであれば、同様に、「匿名ネットワーカーが背負う『われわれ』はいったい誰なのか」という問いかけもすべきではないかと思いました。祭りや炎上を仕掛けている側はしばしば自分たちの見解の方が正しい、あるいは一般市民の自然な感情に合致しているかのように振る舞っておきながら、祭りや炎上を仕掛けている側の見解の方がむしろ常識や一般市民の自然な感情から大いに乖離している等という例は枚挙に暇がないわけだし、「さくらちゃん騒動」というのはまさにそういう例だったのではないかという視点が、佐々木さんの一連の「ネットよいしょ」には欠けているようです。

 がんだるふ氏やがんだるふ氏と一緒になってさくらちゃんの両親を攻撃し続けた人たちは、さくらちゃんやその両親に、現実社会における不幸を押し付けようとしたわけです。ネット上でのイデオロギー闘争とはわけが違うのです。それなのに、攻撃を仕掛けた側は、ハンドル名で表されるネット上での人格についての評価を引き下げるだけでお茶を濁そうとしているわけではないですか。がんだるふ氏は、そのハンドル名を長きにわたって使っているかも知れないけれども、ネット人格たる「がんだるふ」氏の評判がいかに地に落ちようとも、現実空間では何事もなかったように社会生活が営めるわけではないですか。仮にさくらちゃんの両親ががんだるふ氏らの攻撃に負けてさくらちゃんの人生を「自然の摂理」に委ねることにした場合にも、そのことにより必然的に生ずる不幸な結末について、がんだるふ氏は、現実空間では自分には何にも関係がないこととして振る舞って生きていくことができるわけではないですか。

 彼は結局、自分の言動が現実空間の他人の生命等に影響を及ぼすことを望む一方、自分の言動が現実空間の自分の名誉・評判等に影響を及ぼすことには耐えられなかったわけではないですか。それは、現実社会で生活している一般社会の常識の元では「卑怯」であったり「身勝手」であったりという評価を受けるべき行為ではないですか。

 他人を不幸にするためにネットを活用することが横行しているときに、そういう負の側面を既存メディアが取り上げることって、そんなに問題ですか?既存メディアは、ネットを「アンタッチャブルな存在」と位置づけ、その暴君ぶりに目を閉じていなければいけないですか?それとも、ネットの匿名さんたちが掲げる身勝手な「俺様ルール」も公平に取り上げてあげないといけないですか?

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Commentaires

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まあ、皆さん落ち着いて。

匿名だったりハンドルであれば、名誉毀損や中傷といってもたいしたことないじゃないですか(笑)(匿名のけがの効用)

さてもこれらやり取りが実名によってされた場合、どれが名誉毀損や中傷になるのかならないのか・・・・ADRはいわずもがな、ブログ主や当人にとってすらも判断不可能ではないかと思います。

ましかしですね。とりあえずブログにおける実名者は反論権がありますし、撤退の自由もあるわけですから、多少の誹謗は耐えなければならないのがつらいところです。(実名のハンディキャップ)

先生にご同情申し上げます。
こうなると実名者が書き込むのはだんだん、空おそろしいことになってまいります・・・・では。

 「管理 徹」のハンドル名で本日投稿されたコメントはいずれも同一IPアドレスからですが、そのうちのどこかに「成りすまし」があるのですか?

 なお、「t_sugari@hotmail.com」とのアドレスについては、先ほどMSNにアクセスして調べてみたところ、「メール アドレス t_sugari@hotmail.com は使用可能です。」となっており、どなたのものでもないようですけど。

 がんだるふ氏自身はそもそも臓器移植に反対であることを表明されておりますので、おそらくさくらちゃんについても臓器移植が行われないことを望んでいたのでしょう。がんだるふ氏以外でも、さくらちゃんが渡米して臓器移植を受けるということ自体を攻撃していた匿名さんは沢山いましたので、彼らははっきりとさくらちゃんの死を望んでいたということがいえます。
 情報の透明性云々といったって、彼らはさくらちゃん以前の募金活動についてそんなものを望んでこなかったし、さくらちゃん以降の募金活動についてもそんなものを望んでこなかったわけです。つまり、募金活動を断念させればNHKの職員の娘の命を奪えそうだということになったさくらちゃんのケースでのみ、異常なまでに要求水準を上げたわけです。
 吉田さんはさくらちゃん騒動でさくらちゃんの両親を執拗に攻撃されなかった方ですから、さくらちゃんに対して悪意がなかったであろうことは了解可能ですが、実際にさくらちゃんの両親を執拗に攻撃していた人々が吉田さんと同じであるということは到底言えないでしょう。

僕は吉田望という実名をもっています。ここに書き込んでいる匿名の人たちととりたてて、仲間意識をもっているわけでもありません。

でも僕やおそらく佐々木さんも(がんだるふさんも)、さくらちゃんは大事だけれど、トリオジャパンについては????という気持ちを持ったのだと思います。(おそらくネット上の多くの人もそうなのだろうとは思います)
それは過去の募集金額が10億円以上にのぼり大きい割には、デポジットそのほかの毎回の活動ごとの収支の透明性が少ないためだと思います。運動はその目的の崇高さというよりも、運動の規模(組織経営規模)と透明性(アカウンタビリティ)が批判に耐えられるかどうかのメルクマールだと思います。目的が崇高であればあるほど、人々や社会の支持も強いでしょうから、アカウンタビリティがより必要になるのだと思います。もし会計があきらかになって、デポジットがより多くつまれれば、トリオジャパンの活動も、より多くの子供を救うことが可能になるかもしれません。彼らの透明性を確保するデータ(例えば会計士による)をネット上でみたことはないのです。毎日新聞がそのデータを入手したというのならば、それを紙面で明らかにすべきだったと僕も佐々木さん同様思います。

同様に増田さんの運動も、そんなことはきっとないと思いますが、10億円も集まったら、会計を明らかにしないととんでもないことになるわけです。その評価はこれからではないでしょうか。

そして大事なことは。僕はこのことを自分個人の意見として明らかにしても、特に痛痒を感じません。僕がさくらちゃんやさくらちゃんの両親に別に含むことがないこと(とりたてて残酷や醜悪な人間性ではないこと)は、こうした活動の透明性に疑問をさしはさんだとしても、きっと多くの人に明らかだろうと思うからです。

という訳ですから匿名で僕同様の意見をお持ちの人に対して、「それが匿名で行われているというだけの理由」で「残酷や醜悪な人間性をもっている」かのような偏見をお持ちにならないように、と願うばかりです。

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