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06/03/2007

同じ「救う会」でも匿名さんの対応は大違い

 吉田望さんは、さくらちゃん騒動との関連において、

それがその後の小倉秀夫弁護士のブログを読んだりコメントを書いたりしている間に次第にその「違和感」の正体が明らかになってきました。

それは日本の慈善団体の多く(この場合トリオジャパン)は「会計の説明責任」を果たしていない、ということです。

当たり前すぎたでしょうか。

仰っています

 しかし、吉田さんの分析では、「なぜさくらちゃんの命を救うための募金についてのみ、あれだけ大騒ぎをしたのか」ということが説明できていません。例えば、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」もまた、そのウェブサイトにて「インターネット募金」を募集しています。しかし、そのウェブサイトの記載を見る限り、募金がいくら集まったのか、そして何にいくら使われたのかに関する報告は掲載されていません。「さくらちゃんを救う会」では公認会計士による会計監査は受けていないかも知れないけど一応募金総額と支出報告はあるのですが、拉致被害者を救う会については、会計監査以前に、募金総額も支出報告もウェブサイト上に掲載されていません。しかし、トリオジャパンに会計の透明性を求める匿名さんたちが救う会についても同様に会計の透明性を求めているかというとどうもそうでもなさそうです。同じ「救う会」でも、ネットの匿名さんの対応は大違いです。

 吉田さんにせよ、佐々木さんにせよ、なぜ彼らが、さくらちゃんの命を救うために募金活動についてのみ極度に高度の透明性を求めたのかということを考えてみた方がよいのではないかという気がします。「会計報告の透明性」というのは嫌がらせを行う際の大義名分にすぎないのであって、究極の目的は、募金活動を断念させ、さくらちゃんが渡米して臓器移植手術を受けること自体を断念させたいだけだったと考えると、彼らがさくらちゃんのときだけ高度の透明性を要求した理由はすっきりと説明できます。拉致被害者を救う会に嫌がらせをして募金活動を止めさせたところで、さくらちゃんのための募金活動を断念させるのとは異なり、「ネット上で嫌がらせをすれば(その匿名性のおかげで自らは安全地帯に身を置いたまま)現実社会での人間の命さえ左右できるのだ」という歪んだ達成感が得られそうにはありません。

 特に、佐々木さんはがんだるふ氏にインタビューしていたのだから、「なぜさくらちゃんのケースでのみそんなに要求水準を高く設定したのか」を尋ねるべきだったのではないかという気がしてなりません。

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Commentaires

 NHK職員に対する嫉妬心と、さくらちゃんサイドが困惑する姿を見せてしまったので「これならいけるかも」と思わせてしまったということが多分にあるのでしょう。収支報告の透明性云々は、さくらちゃんサイドを攻撃する際の大義名分に過ぎなかったので、それ以外の場所でどの程度収支報告の透明性が確保されているかということには基本的に関心がないのでしょう。

僕もたまたまトリオジャパンは運が悪かったのだと思いますよ。
全国で様々な難病に認定された子供たちのための募金活動が沢山行われています。(トリオジャパン以外にも)彼らの活動もそれほど透明であることはないと思います。
生命を左右したいという歪んだ欲望にかられた匿名の卑怯者が、「なぜさくらちゃんを救う会に対してのみ、彼らはあそこまで攻撃的だったのか」という事実を、先生の理論ではどう説明されるのですか?

 「拉致被害者もどき」ではなく、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」自身がネットで募金を集めていながら、そのウェブサイトで収支報告をしていないのです。
 でも、さくらちゃん事件で大騒ぎした人たちは、さくらちゃん事件でしか騒いでいないのです。
 「それだけの公然たる美名があるのならそれなりの佇まいを」ということであれば、さくらちゃんを救う会に対してのみ声高にそれを要求するというのは実に不思議です。吉田さんの仮説では、「な図さくらちゃんを救う会に対してのみ、彼らはあそこまで攻撃的だったのか」ということを全然説明できていません。
 

とはいえ、これは「たまたま運が悪かった」くらいの話ではないかと思います。かつてワイドショーを騒がせた熟女バトルにしろ、「取り上げる価値」があるかどうか客観的な基準がよくわからないものは匿名に限らずあります。ましてや「匿名さんたち」であれば、そんな「基準」があるはずもないという気がします。
某所で著作権者側の人が、著作権侵害を肯定しそうなエントリを書いていたので「炎上するか」と思いきや、ボヤ程度で済んでいたり。

私はその大騒ぎをあまり知らなかったのですが、「週刊新潮的」な理解はできます。

それは、さくらちゃんとか、そのほかの大勢のいたいけな子供たちの写真を掲げて応募を募るという募金方法は誰も公には批判できません。
(例えば「人間の命さえ左右したいからでしょう」と批判されたりとか・・・・)
そこには全国の多くの善良な人々の援助を集め、社会的・金額的に大きな活動になるだけの大きな「美名」があったから余計注目が集まったのだ、と思います。

(別の例でいえば赤い羽根募金。あれも最近まで全国の女子中学生が大声で街角で声をかけて断るとまるで悪い大人になってしまうという雰囲気がありました。)

それだけの公然たる美名があるのなら(拉致被害者の会も同様だとこころから思いますが)それなりの佇まいを。ということではないでしょうか。
そうでない場合、美名とのギャップに(子供たちに対してではなく、子供たちを使っている人たちに対して)シニカルな批判が集まってしまうことでしょう。

ちなみに。拉致被害者もどきは、相当批判を浴びているようです。
http://hp1.cyberstation.ne.jp/negi/DEMO/topic/t066.htm
こういうものはそもそも怪しすぎて本当に怪しかったとしてもニュース性がなく、関心を呼ばないように思います。

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