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31/03/2007

92年1月の用語解説記事に拘る前に

 従軍慰安婦問題を論ずる方々はどうしても対朝日新聞イデオロギー闘争に執心してしまう傾向があるようです。ただ、あまり公平な議論は行われていないような気がします。

 「挺身隊」と「慰安婦」とで新聞記事検索をかけると、「タイ南部の小さな町に、韓国人のハルモニ(おばあさん)を訪ねあてた。」という書き出しから始める記事の中に、

 ある日、釜山郊外で井戸の水を水がめにくんで頭に載せて帰ろうとしたら、日本人巡査が三、四人来た。「待て」と言われて身をかわした瞬間、水がめが落ちて割れ、巡査の服をぬらした。いくら謝っても許してもらえず、殴られたり、けられたりしたうえ、車の中に押し込まれた。それが人生の岐路となった。

 留置された部屋には若い女性がいっぱいだった。十日後に六人がダブダブの軍服を着せられ、「皇国使節団」として軍艦に乗せられた。1942年の秋だった。

 四十日間の航海のあと「昭南島」と呼ばれたシンガポールに着いた。日本軍のバラックに入れられ、翌日、慰安演芸会でアリランなどを歌わせられた。そのあと個室に連れて行かれ、休ませてくれるのかと思ったら、将校が入ってきた。この夜から、挺身隊員としての地獄の日々が始まった。

 慰安婦の生活は、昼間は兵隊の衣類の洗濯や兵舎の掃除、弾薬運びなどの重労働で、夜は兵隊のなぐさみものとなった。朝から何十人もの相手をさせられる日もあった。少しでも反抗すると、監督に殴られ、髪を引っ張られ、半裸で引き回された。人間以下の生活だった。

とする朝日新聞の1984年11月02日東京夕刊5頁の記事が最初ではないかと思うのですが、その次の記事は、「旧日本軍の従軍慰安婦。その事実と実態を舞台に再現する劇団夢屋の第三回公演「女子挺身隊」が、二十日から四日間、東京・下北沢の下北沢駅前劇場で上演される」から始まる

 従軍慰安婦とは、旧日本軍が日中戦争と太平洋戦争下の戦場に設置した「陸軍娯楽所」で働いた女性のこと。昭和十三年から終戦の日までに、従事した女性は二十万人とも三十万人とも言われている。

 「お国のためだ」と何をするのかも分からないままにだまされ、半ば強制的に動員されたおとめらも多かった。

 特に昭和十七年以降「女子挺身隊」の名のもとに、日韓併合で無理やり日本人扱いをされていた朝鮮半島の娘たちが、多数強制的に徴発されて戦場に送り込まれた。彼女たちは、砲弾の飛び交う戦場の仮設小屋やざんごうの中で、一日に何十人もの将兵に体をまかせた。その存在は、世界の戦史上、極めて異例とされながら、その制度と実態が明らかにされることはなかった。

とする讀賣新聞1987年08月14日東京夕刊13頁の記事のようです。1992年1月の解説記事は、この1980年代の朝日・讀賣両紙の認識の範囲を超えてはいないように思うのです。

 その後、讀賣新聞は、「元従軍慰安婦問題の誤解 論説委員・朝倉敏夫」という題で、「九二年一月、日本の新聞が、挺身隊動員は従軍慰安婦強制連行、とする大々的な歴史偽造報道をした。その報道を受けて、韓国の新聞は「十二歳の小学生まで動員、戦場で、もてあそばれたことに煮えくり返るような憤怒を禁じえない」とする社説を掲げた。」(1998年05月08日東京朝刊23頁)と報じて暗に朝日新聞を批判しているのですが、挺身隊、強制連行、慰安婦という3点セットは、讀賣新聞もまた、朝日新聞の先行記事とは別ソースで報じている(84年の朝日新聞の記事がタイ在住の韓国人の個人的な体験をそのインタビューを元に構成して報じただけなのに対し、87年の讀賣新聞の記事は、もう少しマスの観点から報じておりますので、84年の朝日新聞の記事の焼き直しではなく、讀賣新聞もまた独自取材をしたのではないかと思います。)わけで、それっていかがなものかなあという感じがします。

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Commentaires

なるほど。“捏造”という表現はよくないのかもしれませんね。
しかし、読売新聞が“事実”に基づいて姿勢を変えたのに、朝日が姿勢を変えていないということであれば、かつ、この報道のタイミングが影響が大きかったことを考えると、やはり批判されても仕方がないと思います。
なお「事実に基づく謝罪」を否定していません。しかし、竹島の領土権を主張することは、これが相手の憎悪感情を増すからといって、やめるべきものではないと考えています。

むしろ、池田先生のブログのコメント欄を見ていると、「事実はこうやって捏造されるのだなあ」ということをリアルタイムで見ている感じがします。

「朝日新聞社が政治的な思惑から意図的に歴史的事実を捏造した」というストーリーに反するコメントというのは、ソースをしっかり示しても、無視ないし軽視されるのだなあということがまざまざとわかります。

 読売新聞も、従軍慰安婦と挺身隊を自社が同一視していたことについては特に謝罪をしていませんね。むしろ、自社の方が朝日新聞に先行してそのような記事を作成したことについては触れずに朝日新聞攻撃にこのネタを使っているように感じられます。
 下村発言について言えば、そもそも現在の歴史学上の成果とも明らかに離れる事実認識を示して無理矢理旧日本軍を正当化しようとしたのであって、「歴史修正主義」と見られても仕方がないでしょう。
 なお、国家としての謝罪というのは、相手国の憎悪感情を和らげるとともに、国際社会からの孤立を回避するために行うべきものです。

私は、たとえば小倉さんが指摘された

「ここに出ているのが朝日新聞に対する世間の見方をそのままあらわしているわけです。」というのはいかにも無理があります。

というコメントには同意します。別の場所に反産経派が集まって「ここに出ているのが産経新聞に対する世間の見方を・・・」という理屈を通すようなものだからです。そもそも“事実”は多数決で決まるものではありません(多数決が怖くて、ブログは書けません^_^;)。

ところで、

讀賣新聞が「挺身隊≠慰安婦」という線を打ち出すようになった・・・

という点ですが、では朝日新聞はどうなのでしょうか。そういう路線を“打ち出して”いるように見えないのは気のせいでしょうか。たしかに、朝日新聞については最近“伝聞”ばかりなので気のせいかもしれませんが、例の“創作”が受けているところを見ると、そうでもないようです。

現代社会のくだりについては、完全に意見が違いますね。下村発言が問題であることは池田氏も指摘されていますが、こういう形で「拡大解釈を容認」すると、次は竹島、その次は北方領土と続きかねません。何より“国際的に孤立しないため”に謝罪するというのは本末転倒です。

 92年1月の朝日新聞の報道のうち重要だったのは、慰安所の運営に軍が関与していたことを明らかにした点にあるのであって、この点については歴史的には正しかったわけです。その上で、池田先生が特に引用している部分は、慰安所についての一般読者向けの解説記事であって、当時真実だと信じられていたことを手短にまとめたものにすぎません(87年の讀賣新聞の記事の範囲をでていないですし、87年の記事以降、挺身隊≠慰安婦という反論が特になされていたわけでもありません。讀賣新聞が「挺身隊≠慰安婦」という線を打ち出すようになったのは、98年の関釜訴訟第一審判決で、「挺身隊=慰安婦」というのは誤解であるとの記述を発見してからです。)。

 しかし、池田先生のブログのコメント欄に集まっている人たちの間では、朝日新聞が意図的に歴史を捏造したことになってしまっているわけです。87年の讀賣新聞の記事を引用して紹介しても無駄です。それは、彼らがやりたいのは、反朝日新聞イデオロギー闘争であって、真実の探求など二の次三の次だからでしょう。

 電凸については、そもそも本当にそのような会話が実際になされたのかが明らかではないし、苦情受付係に二〇年近く前の記事のニュースソースを聞いたって答えられるわけないではないかと、端的に思ったりはします。

 なお、現代社会は、六〇年以上も前の国家的な悪行に拘ってその国を孤立させることをしません。しかし、その悪行を認めず、歴史の修正を図ると、とたんに孤立します。現実問題として言えば、つべこべ言わずに河野談話を継承し続けるより、安倍発言や下村発言のように、慰安婦問題について当時の軍関係者を正当化しようとする方が、国際的な孤立を招きます。何度も繰り返すようですが、河野談話によっては日本は国際的に孤立しなかったし、日本の国際的な評価も下がらなかったのに対し、安倍発言により日本は国際的に孤立しつつあるのです。

読売の立場は未確認ですが、その記事の根拠が同じように問題があるなら、それも問題にすべきではあるのでしょう。ただし、朝日新聞が宮沢首相の訪韓に合わせて記事化したことで問題が拡大し、それがゆえに注目されてしまったことは事実です。

また、このコメントより少し前に報告されているとおり、現在の朝日新聞が当時の記事について電話で答えて「読者の誤解」と回答している(←電話が事実として)のも重要でしょう。池田氏の言葉を借りれば「20万とも30万人ともいわれる慰安婦が、それぞれ一日に何十人もの相手をした」ことが計算上、現実味があるかどうかも考えるべきだと思います。

結果として、誤った報道により国際的に孤立しかねないという状況を報道内容を正すことで解決すべきという立場から見ると、小倉さんは「報道内容の誤謬にこだわらず、世論におもねる」という姿勢に見えてしまうのです。

 92年1月の朝日新聞の「慰安婦」に関する解説記事は、この87年の讀賣新聞の記事に記載されている内容を超えていません。しかし、後者については特に問題視せず、前者については偽造だ、捏造だと騒ぎ立てる。それが、日本国内での「従軍慰安婦騒動」の実態でしょう。
 結局、国内のイデオロギー闘争の一環でしかないわけです。
 そして、国内の下らないイデオロギー闘争のために、日本が国際的に孤立することを平気でやってのけるわけです。

これについては、
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/cmt/d18221f1907d8c5e2b9e9094a6cb48a1
で 2007-03-31 10:08:17 に池田氏が書かれた、

慰安婦の話そのものは、70年代からありました。それが挺身隊だというのも、韓国などが主張していたことです。だから私も取材したわけです。しかし結局、それは裏が取れなかったのです。

という認識を超えていないと思います。(読まれた上で書かれているのだとは思いますが)

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