« 92年1月の用語解説記事に拘る前に | Accueil | ノイズを除去しないCGM »

01/04/2007

むしろ、冒涜では?

 3月30日付の産経抄に次のような記載があります。

奴隷を商品として扱うのは古代社会にもあったし、戦前の日本では貧農の娘が売られた。いまから思えば言語道断、けしからん行為だが、当時の売春は合法だった。どちらにしても、過去の歴史を現在の基準で免罪や断罪したりするのは誤りだ。

 ネット右翼さんあたりの言説としてはありふれている感がありますが、仮にも全国紙のコラムの文章としてはいかがなものかという気がします。「売春が合法である」からといって、「売春させる目的で女性を売買すること」が合法であるとは必ずしもいえないのであり、まして断罪が許されないほど倫理的であるとはいえません(オランダ等売春が一部合法化されている国は現在でもありますが、それらの国で「貧農の娘が売られた」場合にこれを断罪するのが誤りとされるわけではありません。)。

 実際、戦前の日本でも、「醜業ヲ行ハシムル爲ノ婦女賣買取締二關スル國際協定」「醜業ヲ行ハシムル爲ノ婦女賣買禁止二關スル國際條約」「婦人及児童ノ賣買禁止二關スル國際條約」等を批准することにより、売春をさせる目的で女性を人身売買することは「断罪させるべきもの」として理解されていたわけです。

 従軍慰安婦問題で旧日本軍の行為を正当化したいあまり、1930年代後半から1940年代前半の日本において、売春させることを目的とする人身売買が通常の商行為として認められていたかのように主張される方もおられるようですが、その段階でもその程度の人権感覚ないし倫理価値しか持ち合わせていなかったかのように彼らが主張することは、当時の日本の倫理基準に対する冒涜にむしろなってしまうような気がします。

« 92年1月の用語解説記事に拘る前に | Accueil | ノイズを除去しないCGM »

Commentaires

要するに事実認識(前提)にズレがあるということですね。
> 「あの文章から事実をはるかに超えた状況を想像する」
のではなく「想像される状況が(ほぼ)事実」なのであれば、しかたがないところでしょう。
しかし、池田氏のブログでのコメントのやり取りを見ている限り(というより、産経新聞などを読んで、そう思ったということですが)、事実が歪曲されている感は否めません。たとえるなら、「私の家族は日本人に殺された」という事実から「日本は殺人国家だ」と批判されているように感じられるということです。

ところで、間違いなく「組織的な人身売買」が行われていた国で、ようやく謝罪の意は表明されたようですが、
http://www.asahi.com/international/update/0325/013.html
それが明確(公式)ではないとして批判もあるようです。
http://www.christiantoday.co.jp/international-news-909.html
もちろん「目くそ、鼻くそを笑う」つもりではないですが、この問題が“正義”よりも“慰安婦”という特殊性でニュース化されているという池田氏の指摘は外れていないいないように思います。

L'utilisation des commentaires est désactivée pour cette note.

TrackBack


Voici les sites qui parlent de: むしろ、冒涜では?:

» とりあえず、新学期 [続・けったいな刑法学者のメモ]
 1月だいと1月末の二度の海外出張以降、学務・入試に追われ、一段落したら、肺炎になり、3月はなにもできずじまいでした。 [Lire la suite]

» 何故外紙だけがこうもシッカリと伝えられるのだ?〜従軍慰安婦/沖縄戦での集団自決〜 [ザ・のじじズム]
米有力紙が連日の日本批判/慰安婦、教科書、捕鯨…(共同通信)というニュースを目すると、正論を正論として伝えられない日本のマスコミに不甲斐なさを感じてしまいますね。== ここから転載 ===================米有力紙ニューヨーク・タイ....... [Lire la suite]

« 92年1月の用語解説記事に拘る前に | Accueil | ノイズを除去しないCGM »

octobre 2017
dim. lun. mar. mer. jeu. ven. sam.
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31