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22/04/2007

「従軍」という言葉

 ネット上での従軍慰安婦論争を見ていると、「従軍慰安婦」という言葉自体を用いること自体を問題視している人が少なくないようです。

 しかし、それらの人には申し訳ないのですが、「従軍」という言葉は、「軍により強制された」という意味合いを含みません。そのことは、「従軍記者」「従軍看護婦」等の用語例からも明らかだと思います。ネット上で国士気取りの方々は、「味方」以外の言葉を勝手に悪意に解釈しては憤ってみせる傾向があるようです。

 なお、国会の議事録を検索してみると、「慰安婦」という言葉が最初に用いられたのは、昭和23年11月27日に開かれた衆議院法務委員会です。

○村專門員 陳情者は大阪府接待婦組合連合会会長松井リウであります。私たち就業婦の中には、戰爭中白衣の天使として第一線に從軍し満洲、中支、南支、南方各地域において、また軍の慰安婦として働きおり引揚げたる者、その他夫が戰死し子を持つ者、元ダンサー、女給、看護婦、女店員、女工等と諸種の前職を持つておる者ばかりで、いずれの職域においても、現在の接待婦以上のことをいたさねば生活ができず、その上他の方面においては衞生設備は不十分なるため、健康上おもしろくなく、不幸にして病氣にかかりましたら、一般の開業医にかかりますと藥價、治療費が高くかかり、いくらくふうして働いても医者の奉公をしておるようなもので、治療はおろか生活もろくにできず、衣類等を賣り盡くして現在の職業に入つて來ている者が少くないのであります。

 また、昭和37年04月11日 の衆議院社会労働委員会では、次のようなやりとりがあります。

○小林(進)委員 個別のケースはあとでお話しします。時間がありませんから、一つずつ問題をお聞きします。    次に、軍の慰安婦ですね。私も兵隊に行きましたからよく知っていますが、慰安婦は、陸軍でもどこの部隊にも所属部隊がございました。こういう慰安婦が敵襲を受けて敵弾によって倒れた、こういう場合は一体どういう処置を受けるのでしょうか。
○山本(淺)政府委員 いわゆる大陸等におりました慰安婦は、軍属にはなっておりません。しかしながら、敵襲を受けたというような、いわゆる部隊の遭遇戦といったようなことでなくなられた場合におきましては、戦闘参加者として準軍属の扱いをしておるはずでございます。

 また、昭和43年04月26日の衆議院社会労働委員会では、次のような発言があります。

○後藤委員 (中略)大東亜戦争当時、第一線なり、いわゆる戦場へ慰安婦がかなり派遣されておったと思うのです。私も内々これらの派遣されたいきさつにつきまして、できるだけ、どういうふうな計画でどういうふうにやられたかを調べようと、かなり苦心をしたわけでございますが、聞くところによりますと、無給軍属ということで派遣をしておる。さらにこの派遣につきましては、それらの業者と軍との間で、おまえのところでは何名派遣せよというようなことで、半強制的なようなかっこうで派遣されておるというようなことも私聞いておる次第でございますが、さらにこれらの派遣された慰安婦につきましては、戦場におきまして、戦闘がたけなわになると、あるいは敵の急な襲撃等があった場合には、看護婦の代理もやっておる。さらに弾薬も運ぶというような、さながら戦闘部隊のような形でやられておるというような実績もかなりあると聞いておるのです。

 これらの用例からすると、「従軍慰安婦」という言葉こそ平成2年にならないと出てきませんが、「慰安婦」に「従軍」的な要素があることはかなり古い段階から認識されていたということができそうです。

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Commentaires

mohnoさん

>言い回し程度のことに突っ込んでも(お互いに)仕方がないかと思っています。

 mohnoさんがこう仰有っておられるので、この議論はこれにて打ち切りといたします。ただ、いささか誤解があるようですので、最後に少しだけ補足させていただきます。
 なお、これにて打ち切りとするつもりですので、このコメントに対してmohnoさんから再度コメントをいただいても、それに対して私の方からは、とくにお返事することはいたしませんので、悪しからず。

>すみません。“経緯”をご説明くださったのですね。

 正確に言いますと、前とその前のコメントで私が述べたかったのは「日本語は正確に表現しましょう」ということなのですが、どうやらご理解いただけなかったようで、残念です。
 もういいちどくりかえすかたちになって、恐縮ですが、私が言いたかったのは次のようなことです。
 
 「従軍慰安婦の軍による強制はなかった」ということを言いたいがために、「(慰安婦はいたが)従軍慰安婦はなかった」という文章を使用すると(そういう日本語の用法は正確な表現とはいえない)、ほぼ論理必然的に、本来まったくそのような意味をもっていない「従軍」という語に、「軍によって強制された」という意味があるかのような錯覚におちいってしまう。そして現にそういう錯覚現象が生じたのであり、今なおそのような例はみられる。

 私自身は、すでに1999年に、そのような誤用例を実際にこの目でみております。

すみません。“経緯”をご説明くださったのですね。
言葉の問題は、前提条件(事実認定)を確認するには慎重であるべきでしょうが、言い回し程度のことに突っ込んでも(お互いに)仕方がないかと思っています。とくに、今回の場合は辞書の定義すら信憑性に欠けているのですしね。

mohnoさん

>たとえば、ご紹介くださった映画のあらすじからは、

>> 「慰安婦」という言葉の中に「軍により強制された」という意味が付属している

>とは読めないですね。

 それはご指摘のとおりです。この映画では、「従軍慰安婦」にも、「慰安婦」にも「軍により強制された」という意味は付属していません。

 しかし、mohonoさんが紹介されたgooの国語辞典では、「慰安婦」とは「従軍慰安婦」と同義とされていますから、この場合には、「慰安婦」にも「軍により強制された」という意味が付属していることになります。

 ちなみに、gooの国語辞典では、「従軍」は「軍隊につき従ってともに戦地へ行くこと」ですので、「軍により強制された」という意味は含まれていません。

 元慰安婦による訴訟がひとつのひきがねとなって、1990年代には「従軍慰安婦」は「軍により強制された」との解釈が一般的に広まります。それとともに、それを否定する動きも強力におこってきました。それ以前には、「従軍慰安婦」は「従軍」していたのか、それともそうではなかったのか(表現を変えると、慰安婦は軍と関係のない民間の売春婦だったのか、否か)が争点でした。しかし、軍との関係を認めた河野談話以降は、「軍による強制」があったのか、なかったのかに、争点が移行します。

 「従軍慰安婦」は「軍により強制されたのではない」すなわち「軍による強制はなかった」と主張する論者は、「従軍慰安婦の軍による強制はなかった」とは言わずに、端的に「従軍慰安婦はなかった」と主張しました。元来は、この「従軍慰安婦はなかった」は、「「従軍慰安婦」という言葉は当時は使われていなかった」という事実をさすものとして登場したのですが、それがいつの間にか、「従軍慰安婦の軍による強制はなかった」という主張と同じであるかのようにして、流通するようになったのです。

「従軍慰安婦の軍による強制はなかった」。この主張の是非はひとまずおくとして、この文言のままでとどまるかぎり、「従軍」という言葉に「軍により強制された」という意味が生じることは、まずありえません。同じように、「「従軍慰安婦」という言葉は当時は使われていなかった」という命題からも、「従軍」という言葉にそのような意味が発生することも考えられません。

 しかし、「従軍慰安婦の軍による強制はなかった」という意味で、「従軍慰安婦はなかった」という文言が使用されると、「従軍慰安婦」という言葉そのものが「軍によって強制された慰安婦」を意味するものと解釈されるようになります。そして「慰安婦」という存在およびそういう言葉が存在していた歴史的事実は、誰も否定できないので、結局「軍によって強制された」の部分はあとから付け加わった「従軍」の方に帰属せしめられることにならざるをえません。
 その結果あたかも「従軍」が「軍による強制」の意味をもつかのような錯覚が生まれることになるのです。これは、ある意味で論理的な必然であると言ってもよいでしょう。

たとえば、ご紹介くださった映画のあらすじからは、

> 「慰安婦」という言葉の中に「軍により強制された」という意味が付属している

とは読めないですね。
(池田氏のブログもご覧になっているのでしょうから、同じ話を繰り返してもしかたがない気はしますが)

はじめまして、mohnoさん。

>この時点では“従軍”=“軍につき従って”なのですね。そして、どこかの時点で、以下のような意味で再定義されてしまったということなのですね。

 私のコメントはすこし舌足らずだったようですね。小倉さんが正しく指摘されているように、「従軍」という言葉そのものには、今も昔も「軍により強制された」という意味合いは含まれません。「従軍」とは、「軍の一員としてまたは軍につきしたがって戦地に行く」という意味です。

 「従軍」という言葉に「軍により強制された」という意味を含ませて解釈するようになったのは、あるいはこの語は、そういう意味をもつとの新たな解釈を創出した(私にはそれは誤解釈としかおもえませえんが)のは、1990年代になって「従軍慰安婦はなかった」という言説を主張した人々です。

 お示しの大辞林の「従軍慰安婦」の項は、「「女子挺身隊」の名で」という箇所については、再検討すべきでしょうが、しかし、「兵士相手に慰安所で性の相手となることを強要された女性たち」という説明は、まちがいないく正しい。

 この説明は「従軍」をとったただの「慰安婦」でも変わりません。すなわち「従軍」ではなくて、「慰安婦」という言葉の中に「軍により強制された」という意味が付属しているのです。
 しかし、さすがに「従軍慰安婦はなかった」という主張をする人でも「慰安婦はなかった」と強弁する人はいません(本当ならそう主張すべきところなのですが)。
 そのために、「従軍」という言葉の方に、語義としては本来は含まれていないはずの「軍により強制された」という意味が、押しつけられることになったのです。

 

永井さん、解説ありがとうございます。なるほど、失礼しました。この時点では“従軍”=“軍につき従って”なのですね。そして、どこかの時点で、以下のような意味で再定義されてしまったということなのですね。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%BD%BE%B7%B3%B0%D6%B0%C2%C9%D8&kind=jn&mode=0&base=1&row=0
↑wikipedia より、こっちの方が深刻かも^_^;

はじめまして。永井和と申します。

>(千田夏光氏の著書を読んではいないのですが)「従軍慰安婦」という言葉が「軍の強制」という説明で登場したため、「強制」という意味合いを含んだ定義になっていると認識されているからではないでしょうか。

 千田夏光氏の『従軍慰安婦』が刊行された時点で、「「従軍慰安婦」という言葉が「軍の強制」という意味合いを含んだ定義になっていると認識されていた」という推測は、根拠がうすいですね。
 1974年に千田夏光のドキュメント『“声なき女"八万人の告発・従軍慰安婦』を原作とした映画『従軍慰安婦』が東映で制作・配給されます。監督は鷹森立一、脚本は石井輝男。

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD20028/story.html
によれば、そのあらすじは、以下のとおりです。 

あらすじ
昭和十二年秋、秋子、道子、ユキ、梅子等は、銘酒屋の主人・金山に前金千円で買い集められた。彼女たちは北九州の貧村の娘で、家のために売られて来たのだが、兵隊を慰めるのはお国のため、と信じきっていた。道子とユキは既に男を知っていたが、秋子と梅子は生娘だったため、金山は後に女たちを支那に送るのに便宜を計ってもらうため、輸送指揮官に水揚げさせた。秋子には幼ななじみの恋人・正夫がいるが、彼は突然北支へ出征することになり、二人はひろ子の上手な取計いでしばしの逢瀬を楽しんだ。昭和十三年春、多くの兵士たちに混って秋子、道子、ユキ、そして病持ちのふさ、朝鮮出身の金子たちが支那大陸へと送られた。九江に落ち着いて間もなくは、慰安婦を求める兵隊の列が絶えず、彼女たちは一日数十人からの相手をした。梅子、道子、ひろ子は数日で前借金を返済してしまう程だったが、若い兵隊に同情し、しいてはお国の為になるのならば、と居残る決心をした。戦争は更に激しく長期化した。従って慰安婦たちも大事に扱われたが、彼女たちの肉体は徐々に蝕まれていった。そんなある日、ふさが喀血して倒れた。ふさは貧しかった母親がただ一つ持たせた綿入れの半纏を装い、皆が合唱する故郷の民謡「佐渡おけさ」を聞きながら息を引きとった。昭和十三年秋、戦場は南下し、日本軍は広東に迫った。慰安隊は前線基地へと送られた。秋子はそこに正夫のいる栄部隊があることを聞かされ、彼を探し求めたが、内心は多くの兵隊に抱かれている自分の哀れな姿を見られるのが、たまらなく恐かった。二人は再会した。そして正夫の暖い言葉に秋子は激しく燃えるのだった。やがて、支那軍の激しい攻撃を受け、負傷者が続出したため、慰安婦は看護婦としても狩り出された。秋子の目前で何人かの将兵が倒れ、遂に正夫も銃弾を浴びた。秋子は無我無中で飛び出し正夫にしがみつくが、その背後から情容赦なく銃弾が突きささった。後に残されたひろ子、ユキ、道子、金子は死んだ仲間を手厚く葬ることもできず、ただ明日への望みを祈るだけたった。

 このサイトに収録されている解説でも「己の肉体を将兵に捧げることが「お国の為」と信じて戦地へ赴いた慰安婦たちの最前線における極限の性を描く」とありますので、タイトルにある「従軍慰安婦」には「軍による強制」という意味合いが定義として含まれているようには思えません。

(千田夏光氏の著書を読んではいないのですが)「従軍慰安婦」という言葉が「軍の強制」という説明で登場したため、「強制」という意味合いを含んだ定義になっていると認識されているからではないでしょうか。
問題視しているのは“従軍”ではなく“従軍慰安婦”という言葉であり、それを否定することは、「慰安所」が(あるいは「特殊慰安施設協会」なども)、軍を相手にしていたことを否定するものではないでしょう。
そこは突っ込みどころではないと思いますけどね(お互いに)。

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「従軍慰安婦」という言葉を否定することで、その語の指し示す実態まで否定しようとする人たちがいます。今回はこの主張に反論していこうと思います。 具体的には否定派は次のような主張をしています。 「従軍慰安婦という言葉は、当時なかった」 「慰安婦は軍属ではないの... [Lire la suite]

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