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mai 2007

31/05/2007

エントリー投稿のIPアドレスを把握しないブログ事業者

 某ブログのエントリーについて発信者情報開示請求をしたところ、IPアドレスを把握していないとの回答を受けました。

 もちろん、このブログサービスは、ブログ開設者の氏名・住所などまともに把握していません。

 このブログ事業者のブログサービスを使って匿名でエントリーをポストしている分には、児童ポルノ画像をアップロードしようが、気に入らない人や企業に向けて殺害予告をしようが、被害者が民事訴訟を提起することができないのは勿論、警察が犯人を摘発することもできないのだなあと感心しました。短期間で株式上場を果たすような企業は、ちゃんと非合法な利用に資するようにサービスを組み立てているものです。

 ISP等に削除義務を負わせるべきではなく、かつ、情報発信者の匿名性は最大限保障されるべきとする一部の法律専門家からみると、このようなサービスは法的に保護されるべきであり、その結果、当該ブログサービスの元では国内法的には違法なエントリーが放置されて被害者がただ泣き寝入りをすることになったとしても、「将来政府を批判する言動まで抑圧される事態を招かないようにするために」我慢すべきだと言うことになるのでしょうが、私には腑に落ちないことばかりです。

30/05/2007

タクシーと規制緩和

 池田信夫先生の「 タクシーの『過当競争』の嘘」というエントリーが話題となっています。

 しかし、タクシー業界というのは、規制緩和→競争激化→価格の低下という変化にもっともなじみにくい業界の一つです。

 というのも、競争激化が価格の低下につながるためには、

  1.  どの事業者の商品又はサービスを選択するにあたって「価格」が重要な意味を有している場合であって、
  2.  価格の低下に相応して各事業者が従業員一人あたりの供給を増加させうるか、または、価格低下に伴う従業員一人あたりの収入源に耐えられるほどの超過利潤を上げていた

ことが必要ですが、タクシー、特に流しのタクシーの場合は一般にこの条件を欠くからです。

 前者については、タクシーの場合、タクシー乗り場等でたまたま遭遇した事業者のサービスを受けるのが一般的であり、複数の事業者の提示する価格を比較してどの事業者のサービスを受けるかを吟味するということは一般に行われていないので、「価格引下げ」は業者間競争を勝ち抜く上では効果的ではないといいうるからです。

 実際、「タクシー業界」によれば、米国等においてもタクシーの参入規制は行われているようです。タクシーの場合、各ドライバーごとの乗車率を高めることによって単位時間or距離あたりの単価を低下させても売り上げを維持できる状態を作り上げた方が、価格抑制をしやすいともいえます。

29/05/2007

ファンサブ

 町村泰貴北海道大学教授は、ファンサブに関して、

 さて、日本であれば、これは非合法だし、そのことは認識可能であろうから、直ちに削除しなければ刑事罰を科されても文句は言えない。いや、実は削除しても、それで罪が消えるわけではないのだが。

 プロバイダもこの種のファイルが載っていることを指摘されただけで、直ちに削除しなければ刑事罰を科されても文句が言えないと、そういう社会になろうとしている。しかも正犯扱いされるということなら、他人のUPしたファンサブについて、認識可能だという認定を警察がすれば、捜査対象にされてしまうおそれがあるのだ。

おっしゃっています

 しかし、プロバイダ責任制限法が制定された当初から、特定の違法コンテンツが自社の提供するサーバを通じて公衆に提供されていることを知り、かつこれをサーバから削除する等により送信防止措置を講ずることが可能である場合であっても、送信防止措置を講ずることなくそのサーバを介した違法コンテンツを流通を継続させる権限を特定電気通信役務提供者に付与しようという見解は示されたことがありません。また、米国のノーティス・アンド・テイクダウン手続では、違法コンテンツがアップロードされているとの指摘を受けたらプロバイダ等はまず送信防止措置を一旦講じなければなりません(その後、違法でないことが判明したら、送信を再開することができます。)。だから、何を今更という感じがします。

 ファンサブについて「必要なものかといわれれば、必要だ、なくすべきでない、と考えている」としても、ファンサブをなくさないための手法としては、ファンサブの製作及び配信を著作権の制限に盛り込む法改正を働きかけるか、又は、許諾システムの確立を図るというのが筋であって、特定電気通信役務提供者はそのようなコンテンツの流通が必要であると思ったら違法なコンテンツであると知ってもその流通を防止しないことができる、国内の実体法を超える権限を与えるべきだと言われてしまうと筋が違うように思います(町村教授はそこまではっきり言っているわけではないのですが、非合法なファンサブがアップロードされていることを指摘されながらこれを削除しないプロバイダが刑事罰を科されることをネガティブに捉えていることは読み取り可能です。)。

 情報発信者の匿名性が高度に保障されているネット空間において、プロバイダ等に違法コンテンツの削除義務を認めない場合には、ネット空間は、違法コンテンツが削除されずに流通し続ける無法地帯に成り下がってしまいます(「ファンサブ」は「必要だ、なくすべきでない、と考え」てこれを削除しないプロバイダ等を免責とするのであれば、児童ポルノについて同様の考え方から削除しないプロバイダ等も免責とすることになるのでしょうし、レイプ動画についても同様の考え方から削除しないプロバイダ等をも免責とすることになるのでしょう。何を削除し何を削除しないかを決定する権限をプロバイダ等に付与し、司法がこれに介入することを禁止してしまえばそういうことになります。)。

27/05/2007

刑事弁護人は被害者のために意図的に手抜きをすべきか

 凶悪犯罪を犯したとして起訴された被告人について弁護人についた場合に、事実関係を否認したとしてもマスメディア等の状況等からそれが裁判所に認められる可能性が低くその場合には反省の色なしとして死刑判決が下される危険が高まると判断して、事実関係を争わない恭順・反省戦略をとること自体は、不自然ではありません。

 この恭順・反省戦略が第1審、2審と功を奏し、死刑を回避できていたところ、最高裁で弁論が開かれると指定された時点で、この恭順・反省戦略が破綻したことが明らかになった時点で、第1審、2審の弁護人が、自分の手には余るとして、事実関係を争うスペシャリストに応援を頼むことも不自然ではありません。

 この時点ではすでに恭順・反省路線は意味がないので、上告審から弁護人に就任した弁護士としては、被告人から事実関係についての事情聴取を行い、控訴審までの段階で認定された事実と被告人の口から出てきた事実との間に齟齬があり、かつ被告人の口から出てきた事実の方が量刑的に軽減される可能性がある場合にこれを法廷で主張することもまた不自然ではありません。といいますか、この時点で「そのような主張は法廷で通るとは思えないので弁護人としては法廷で主張する気はない」とは言えないでしょう。被告人の言い分を主張させないことによって減刑が見込めるなら被告人の言い分を押さえ込むことに正当性もありますが、被告人の言い分を押さえ込んでも死刑判決が下されることが高度に予想される場合には正当性はないでしょう。

 光市母子殺害事件について弁護人の活動を批判する見解が広く流布しています。しかし、上告審から弁護人に就任した弁護士たちが被告人に事情聴取をした結果、控訴審までの事実認定と異なる事実を聞いたら、それを押さえ込まずに、法廷で主張するのは当然の行いでしょう。これを「セカンド・レイプ」云々として批判している人たちは、この弁護人たちにどうせよと言いたいのか(弁護人は、被害者の感情を慮って、被告人が速やかに死刑となるように協力すべきであって、そのためには被告人の主張を弁護人の胸の内で押し殺すべき?)理解しがたかったりします。

追記

 BigBang氏から批判されているようですが、的を外しているように思います。この事件の弁護人は刑事弁護の世界では確かな実績と経験を有している超一流の弁護士であって、「被告人に殺意がなかった」云々との主張が通る可能性が著しく低いことなど十分に理解していることでしょう。しかし、「殺意がなかった」云々と被告人から打ち明けられたら、(それが裁判所に認められれば死刑判決が下されることはない以上)弁護人はこれを立証すべく法廷活動を行うべきであって、それを「社会常識」なんてものに配慮して怠るようであれば、「手抜き」との謗りを免れないでしょう(もちろん、通常はそのような主張をすることにより量刑が重くなるリスクがあるため、そのようなリスクを告げた上で、それでもその主張を維持するのかの確認をとることはあるでしょう。しかし、本件ではもはや、上記主張をしなかったとしても死刑となることがすでに見えていますので、その主張を行わないとする理由は特にありません。)。

25/05/2007

画像ちゃんねる事件について

 画像ちゃんねるにおいて、サービス提供者も主たる利用者たちもわいせつ画像の掲載に用いられることを望んでいなかったのに、一部の不心得な利用者が大量のわいせつ画像を投稿した、サービス提供側はわいせつ画像をせっせと削除したり、わいせつ画像を投稿してきた利用者をアクセス禁止とするなりしてなんとか画像掲示板を正常化させようとしてきたのだけれども、ついにこれを果たせないまま、アップロードされている画像の8割がわいせつ画像だということで、サービス提供者が逮捕されてしまったというのであれば、同情の余地があります。

 しかし、仮にそうではなく、投稿される画像の大部分がわいせつ画像で占められることが、サービス提供者がそもそも予定したシナリオの枠内にあるとするならば、その通りの現実が一定期間存在したことに対して、そのような現実を生じさせたことに対応する法的責任を負わされるのも仕方がないかという気がしないではありません。あるいは、実際にサービスを開始してみたら投稿される画像の大部分がわいせつ画像で占められるようになったが、それはそれで儲かるので、その路線で行こうみたいな話になっていた場合にも、サービス提供者が法的責任を負わされるのは仕方ないかなあという気がします。

 ネットでは、前者と後者とを混同した議論がだいぶ見受けられるようです。しかし。前者を救うために後者を野放しにせよといわれても、おそらく警察、検察、刑事部裁判官はもとより、一般市民の賛同も得にくいのではないかという気がします。

 落合先生は「今のところ、「児童ポルノ」「わいせつ」といった、捕まる人々に同情が集まりにくい分野で警察が着々と地ならしをしている状況ですが、こういった路線が完全に定着した曉に、対象が、権力を批判する言論、政治家の裏面をあばく報道、といった、民主主義の根幹に関わる分野に飛び火する危険性、ということを、我々は今から真剣に考えておいたほうが良いように思います。」といって煽るのですが、「では、権力を批判する言論、政治家の裏面をあばく報道、といった、民主主義の根幹に関わる分野に飛び火する危険性を考えて、児童ポルノやわいせつ画像を自由に投稿できて、削除要請にもきちんと応じない場所を規制するのはやめましょう」みたいな議論というのは一般には通用しがたいように思うのです。私たち法律家が行うべきことは、規制されうるものと規制してはならないものを峻別する基準とその根拠を考え、提示していくことではないでしょうか。

 Winny幇助事件の関係でいろいろなところに呼ばれて講演し、その後必ずしもIT系ではない弁護士さんたちと議論をしていく中で、「自分たちは場所を提供しているだけで悪いのは違法なコンテンツを流通させている一部の利用者だ」というネット事業者の論理というのはあまり通用しないのだなということを痛感させられます。継続的なサービス提供を志向するのであれば、サービスの実際の利用状況を把握した上で、違法行為のためにそのサービスが利用されることを極力排除するために適宜「軌道修正」を図るということが必要とされるように思うのです。

23/05/2007

東京地裁とファミリーマート

 久しぶりに東京地裁の地下1階に行ったら、ファミリーマートが入っていたので驚きました。

執拗に繰り返される投石を取り締まらない警察には責任はないのか

 例えば、復古的改憲に反対する市民グループのリーダーの自宅を、覆面をかぶった者たちが数人で取り囲み、投石を行い、当該リーダーを大声で罵るということが連日行われたとして、当該リーダーが警察に対し、上記の者たちの取り締まり並びに身辺警護を要請したにもかかわらず、警察が、「投石等をされたくなかったら、あなたが言動を慎むなり、彼らの知らないところに身を隠すなりすればよいのだ。」と言うばかりで、投石等を黙って見守った場合、私の感覚だと、さらなる被害を受けた分については警察は一定の法的責任を負うのではないかという気がします。

 あるいは、上記市民グループのリーダーが投石等の嫌がらせを受けたというニュースとの関係で、「投石等をされたくなかったら、改憲派の気分を害するような言動を慎むなり、彼らの知らないところに身を隠すなりすればよいのだ。」という発言をすれば、それは改憲派の暴力に屈して復古的改憲に反対しないことを暗に不特定人に求めていると受け取られても仕方がないのであって、「私は、犯罪被害者にならないようにするにはどうしたらよいのかをアドバイスしただけであって、犯罪を取り締まらなくともよいとは言っていない」とか「復古的改憲に反対するのであればそのリスクを承知した上で自己責任でやればよいと言っているだけで、復古的改憲に反対するなとは言っていない」と言ってみても何だか空しいような気がします。

 もちろん、上記のような発言を社会的な地位の高い人がすれば、復古的改憲に反対する声を押しつぶしたいと考えている方々からは拍手喝采を浴びることは予想されますが、それで「私は、大衆からこんなに支持されているのだ」と勘違いしてしまう人はその程度の人物に過ぎなかったのだということにおそらくなるのでしょう。

22/05/2007

町村先生には申し訳ないが、ネット上では自主的に監視カメラを設置できない

 町村泰貴先生が次のようなことを述べています。

市長は出張中で、奥さんが一人留守を守っているところに男がやってきて、投石や玄関ドアを蹴るなどの乱暴を働いたということである。

お気の毒な話だが、だからといって小樽市に居住したり訪問したりする人全員にDNA検体の提出を義務づけて、行動監視カメラを辻々に設置して見張るということをしない小樽市や道警小樽署(?)が、被害者に泣き寝入りを強いているといって非難されたりはしない。

 しかし、現実社会で市長宅への投石が繰り返されるようであれば、警察は制服警官に警備をさせて更なる犯行を未然に防いだり、あるいは私服警官を張り込ませるなどして犯人を検挙することもできます。また、現実社会で市長宅に投石等の乱暴を行う場合、通行人や警官等に現行犯逮捕される場合がある他、知り合いにその姿を目撃されることにより検挙される場合もあり得ます。「小樽市に居住したり訪問したりする人全員にDNA検体の提出を義務づけ」る必要はありません。また、監視カメラは、小樽市長が自ら設置することも可能です。

 これに対し、小樽市長に対する根も葉もないデマの流布や殺人予告等が反復継続して行われる場合、制服警官をどこに張り込ませようが更なる犯行を未然に防ぐ効果はありそうにないですし、私服警官をどこに張り込ませようと犯人の検挙に繋がりそうにありません。ネット上で行われる犯罪を未然に防ぎまたは事後的に検挙するためには、ネット上での情報の発信元が現実社会でのどこの誰であるのかをできる限り確実に知りうるシステムが必要となります(そして、匿名プロクシを多段階に活用してIPアドレスを偽造することが容易に行われ、また、誰がどのIPアドレスを利用したかというデータが残らない公衆無線LANサービスが広く提供されている現在、「IPアドレス&タイムスタンプ」によらない発信者特定手段が必要となります。)。また、小樽市長は、「監視カメラの設置」に匹敵する行為を、ネット上でのデマの流布や殺人予告等に関して行うことができません。また、悪質なデマ情報や殺人予告等を送信する行為が知り合いに目撃されたり、通行人等に現行犯として逮捕されたりという事態は通常予想しがたいといえます。

低廉すぎる国選報酬と憲法37条3項

憲法37条3項は次のように定めます。

3 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

 私が常々疑問に思っているのは、憲法37条3項は、国がとにかく刑事被告人に弁護人を附しさえすれば国は責務を履行したことになるのか、当該刑事被告人に必要な弁護活動を行いうるような報酬を国が附した弁護人に給付して初めて本項の責務を履行したことになるのかという点です。

 従前は弁護士が資金的にさほど逼迫していなかったのでこの問題は顕在化していないのですが、民事部門での価格競争が激しくなると、刑事弁護、とりわけ国選弁護もまた採算ラインに乗せていかなければいけなくなります。すると、弁護人としては、報酬として支給されることが予想される金額に見合う活動時間を超えない範囲で弁護活動を行うことが必要となります(刑事部門で採算を割り込むと、その分を民事部門での価格に転嫁せざるを得なくなりますが、そうなると民事部門での熾烈な価格競争に敗れ、市場から排除されるおそれを生じます。)。

 したがって、今後は、国選弁護人にどれだけの報酬を給付するかということは、国選弁護にどの程度の時間を割くかということと直結することにもなりかねないので、その報酬水準が低い場合には、国選弁護では適切な弁護を受けられないという状態を生じさせることになります。

 それでも形だけ国選弁護人をつけておけば国際人権規約等を履行したことになるからそれでいいのだと考えるのか、それでは憲法37条3項の趣旨が台無しであると考えるのかということが今後問題となりそうです。

20/05/2007

Marly Gomont

 先日のNHK教育テレビの「フランス語会話」では、Kaminiの"Marly Gomont”が紹介されていました1

 この歌は、"Marly Gomont”というフランスの超田舎町での生活をRapでやや自虐的に歌い上げた作品で、いわばFrench-Rap版「俺ら東京さ行ぐだ」といったといった感じです。

 この"Marly Gomont”は、プロモーションビデオを含めて低予算で自主制作されたのですが、これをインターネット上で公開したらたちまち大人気になってしまったとのことです。

 IT技術の進歩によるコンテンツの制作コストおよびプロモーションコストの低下を、Kaminiはまさに体現したということができるでしょう。先にネットでファンを増やしてからであれば、レコード会社等との間で契約を結ぶにしても、ある程度強い立場で契約交渉に臨むことができるという意味でも、このようなネットの活用は、既存のコンテンツ産業の既得権から若い才能を守ることにもつながっていくのではないかと思います。

 ところで、キャリアはないけれども才能のある若者が「夢を掴む」ための舞台装置としてネットを活用してもらうためには、実名や容姿を含む個人情報を隠してなどいられません。Kaminiの"Marly Gomont”なんかは「村で唯一の黒人家庭」というあたりが一つのキーワードになっていますから、仮名を使ったところでどこの誰であるのかは容易に特定可能です(Marly Gomontに行けば、ですが。)。では、村の名前を架空にすればよかったかというと、この歌は舞台がMarly Gomontだから受けたという面もありますし、では、Kaminiはその容姿をPVに乗せなければよかったかというと、Kaminiの歌っているときの表情なんかもこの歌が大受けした要素の一つになっているのでそうも行かなかったのだろうと思います。

 町村先生のブログのコメント欄では、ネット上で個人情報を公表することの弊害ばかりが強調されがちですが、それは一方で、キャリアはないけれども才能のある若者たちに対して、その才能を公衆に認めてもらいそのことを自分のキャリアアップにつなげる手段としてネットを活用することは諦めろと言っているようにも聞こえます。

 そしてそれは、むしろ、IT革命のもたらす「世界のフラット化」を阻害するものでしかないように思います。「個人情報を隠しきれなかったら負けだ」みたいな環境では、才能を開花させる舞台として既存のメディアに勝てるわけないではないかと私などは思ってしまいます。

1
NHK教育テレビの語学講座の音楽紹介コーナーは結構センスがよかったりするので要チェックです。

18/05/2007

フランチャイジーの不法行為とフランチャイザーの法的責任

 フランチャイジーの不法行為についてフランチャーザーが法的責任を負うかについては、コンビニエンスストアで濡れた床に滑って転倒した客がコンビニのフランチャイザーを訴えた大阪高判平成13年7月31日判時1764号64頁のように、

本件店舗の床材はファミリーマート全店における統一規格の特注品であり、モッブと水切り(リンガー)も被控訴人から統一的に支給されていた製品である。そして、《証拠略》によると、被控訴人はフランチャイザーとして、フランチャイジーに「ファミリーマート」の商号を与えて、継続的に経営指導、技術援助をしていることが認められるから、被控訴人は、本件店舗の経営主体たるフランチャイジー、又はフランチャイジーを通してその従業員に対し、顧客の安全確保のために、本件のような場合には、モップによる水拭き後、乾拭きするなど、顧客が滑って転んだりすることのないように床の状態を保つよう指導する義務があったというべきである。そして、《証拠略》によれば、被控訴人がこの義務に反していることは明かであるから、被控訴人はこの点について不法行為責任を負わなければならない(なお、上記認定の事実及び《証拠略》によれば、被控訴人は、控訴人の主張する使用者責任も負うものと解される。)。

としてこれを認めている裁判例もあるので、単純ではないですね。

 ある店舗を自社のフランチャイズとするということが顧客に対してどのような意味合いを有するのかということと、フランチャイジーの経営・運用等についてどの程度の監督指揮等がなされているのか(なされることが期待されるのか)ということが勘案される必要があります。そういう意味では、直営店でないから責任がないとか、フランチャイジーだから責任があるとかすっぱっと割り切れるほど単純ではないといえそうです。

17/05/2007

搭乗口付近に電源を

 お仕事の関係で大阪に来ています。といいますか、もうお仕事が終わったので、帰るために大阪空港にいます。飛行機の出発が20分遅れるというアナウンスがありましたので、じっと待っているところです。

 大阪空港は、広い範囲でHOTSPOTの電波が飛んでいるので、無線LAN対応機器を持っていると、仕事や暇つぶしはしやすいのですが、電源採取口が有料ラウンジに数個しかないのが難点です。

 早めに持ち物チェックを終えて搭乗口付近に来るようにとのアナウンスがなされているのですが、国内空港って、持ち物チェックしてから搭乗口付近の設備がかなり劣るので、どうしても搭乗口付近に向かう時間をできるだけ遅らせようと思ってしまいます(まあ、10分前までには行きますが。)。

 搭乗口付近にHOTSPOT等の汎用的な無線LANサービスの電波をとばしてかつ電源採取口を十分に用意しておくと、少なくともモバイラーは早めに搭乗口付近に来るので、出発時間直前に持ち物チェックが混み合うことをそれなりに緩和できると思うのですが、各空港運営会社はその辺のところ考慮していただけないものでしょうか。

ネットでの憲法論議で足りないこと

 前回のエントリーに対するはてぶコメントはネガティブなものばかりでしたが、しかし、憲法改正の是非を論ずる場合には「それによって、政府は何が可能となるか、あるいは政府は何が不可能となるか」ということが重要なのであって、せっかくたたき台として提示されている自民党の新憲法草案においては現行憲法では違憲とされるどのような立法が可能となるのかということを検討することこそが決定的に重要です。

 そういう意味で、基本的人権の制約原理を「公共の福祉」から「公益または公の秩序」に全面的に置き換えることによって、現行憲法下ではなしえなかった基本的人権を制約する法制度のうちどのようなものが自民党の新憲法草案では可能となるのかということを、限界事例のぎりぎりまで検討するというのは大変意味のあることです。

 ネット上の改憲派の方々はどうも政府をすごく信用しているように見えるのですが、レコード輸入権の時だって、洋楽の並行輸入すら禁止できるような条文を起草しておきながらあたかもアジアからの逆輸入のみを禁止する趣旨であるかのように誤魔化していたくらいですから、「実際に提案された条文では何が可能となり何が不可能となるのか」を性悪説的に検討していかないと危ないと私などは思ってしまいます。

16/05/2007

自民党の憲法案と幸福追求権としての性的自由

 ところで、自民党の新憲法草案の通りに憲法が改正された場合、「自衛軍兵士の士気を高めるため必要がある場合、自衛軍は、何人に対しても、特定の自衛軍兵士との間で性行為またはこれに類する行為を行うよう命ずることができる」との新規立法を違憲無効とすることができるのでしょうか?

 幸福追求権としての性的自由が「公の秩序または公益目的」で制約されてしまう(目的の公益性と、目的と制約との関連性があればよい?)ということになると、違憲無効とされない可能性もありそうな気がします。

11/05/2007

Hedge Fund Spies in the Courtroom

 John Bringardnerの「Hedge Fund Spies in the Courtroom」という記事によると、米国では、ヘッジファンドが(特許)弁護士を雇って知財訴訟を傍聴させ、それで得た情報を元に株式の売買を行っているようだとのことです。

 確かに、重要な知財訴訟の勝敗は当事者企業の株価を大きく変動させる要因となりますから、「どちらが勝ちそうか」という情報を早期に入手することができれば、株式売買により大きな利益を得られる可能性が高くなるわけで、(特許)弁護士の資格と豊富な経験を持つ人材をそれなりの給与で雇っても十分元が取れそうな気もします。

 しかも、訴訟の単なる傍聴人の雇い主ということであれば、インサイダー規制にも引っかかりません。

 日本でもいかがでしょうか。

10/05/2007

違法サイトへのリンクと幇助

 J-CASTの報道によれば、「 大阪府警は2007年5月8日までに、ポルノ画像を掲載したサイトのURL(アドレス)を紹介したとして、児童買春・ポルノ禁止法違反(児童ポルノ公然陳列ほう助)の容疑で会社員と自営業の2名を逮捕した。新聞各紙の報道によれば、この2人はさまざまなポルノ画像を紹介する会員制サイトを03年に開設。これまでに会員費で1,000万円以上を稼いでいた。調べによれば、児童ポルノ画像が掲載されたほかのサイトのURLを会員に紹介した疑いがもたれているという。」とのことです。

 「特定の情報をダウンロード可能な状態に置くこと」を実行行為とする(ex.商業用レコードの送信可能化等)のではなく、「特定の情報を(自動的に)送信すること」を実行行為とする犯罪類型(注1)においては、当該情報が蔵置されている場所にリンクを貼ったりURLを紹介したりしてそのダウンロード回数を増加させる行為は、当該犯罪の物理的な幇助となります。

 児童ポルノ公然陳列罪は故意犯のみを処罰するものですから、リンク先の内容を未必的にも知らなかった場合には幇助犯としても処罰されません。また、中立的行為による幇助の場合に処罰範囲を限定しようという近時の有力説に立った場合は、リンク先の画像が児童ポルノ画像かも知れないと未必的に認識しつつもそれでもかまわないとしてリンクを貼った場合であっても、一定の条件が満たされた場合には、幇助犯として処罰されないということもあり得るでしょう。

 しかし、上記記事によれば、本件被疑者は、「さまざまなポルノ画像を紹介する会員制サイトを03年に開設」していたとのことですから、リンク先の画像に児童ポルノ画像が含まれていることにつき未必の故意もないとするのはいかにも苦しいですし、「さまざまなポルノ画像を紹介する会員制サイト」だと違法性を阻却するような正当な他の用途というものを想定しがたいようにも思います。「これまでに会員費で1,000万円以上を稼いでいた」とのことですから、Winny事件地裁判決で求められた「主観的意図」だってクリアしていそうです。

 そういう意味では、報道されている事実に誤認がなければ、本件被疑者が起訴され、有罪となるのはやむを得ないように思うのですが、そういう意味では、紀藤弁護士が本当に「リンクを張ることで逮捕されるのは96年9月の広島県警のときにもあったが、結局、不起訴とされた。単なるリンクである場合だと処罰されるのは難しい。というのも、リンクというのは『参照』でしかないというのが国の見解で、これが動くとは考えにくいからだ」と言ったのだとすれば、それは軽率だったのではないかという気がします。

 さらに紀藤弁護士の言葉として、「リンクで『ほう助』に問われるとなると、児童ポルノだけでなく、名誉毀損についても影響を与えることになる。例えば、首相の悪口を書いたサイトへのリンクを張っているだけでも名誉毀損を問われるわけで、書いた人が有罪になるだけでなく、(リンクを張って)まとめた人も有罪になる可能性がある。こうなると範囲が広がりすぎる」とあるのですが、問題はその「首相の悪口」を刑法上の「名誉毀損」とするかどうかという点にあるのであって、リンク先のコンテンツが刑法上の「名誉毀損」にあたる場合(例えば、特定の女性の実名を騙って援助交際を誘っているかのような書き込みをしたよう場合や、特定の女性の顔写真とネットで入手したわいせつな裸体画像とをコラージュしてネットにアップロードした場合等)に、そのような事情があり得べきことを少なくとも未必的に知りつつあえてそのページにリンクを貼ったり、URLを紹介したりする行為を名誉毀損の幇助としたからといって(注2)、「範囲が広がりすぎる」とまではいえないでしょう。

(注1)
大阪FLMASKリンク事件は、わいせつ図画公然陳列罪に関する事例であり、わいせつ図画を公衆に閲覧されうる状態に置くことこそが実行行為であって、個々の観客に閲覧させること自体が実行行為だったわけではないので、リンクを貼る行為が物理的幇助に当たるのか問題となりうる事案であった。

(注2)
 名誉毀損罪の場合、(公然事実を摘示して)人の社会的評価を害する虞のある行為をなすことが実行行為となりますから、「特定の情報を(自動的に)送信すること」自体が実行行為となる類型だと見るべきでしょう(新聞による名誉毀損の場合に、発行の事実があればそれだけで名誉毀損罪の既遂となるのか(大審判明治45年6月27日刑録18輯927頁)、新聞紙の配布によって既遂となる(大審判大正12年5月24日法律新聞2140号4頁)という争いとも関係してくるのかも知れませんが。)。

「テロ」という言葉の希薄化を推し進める安倍首相

 報道によれば、長崎市長銃撃事件の被告人に安倍首相の秘書が脅されていたとの週刊朝日の報道に関して同秘書が朝日新聞社に対して4300万円の損害賠償などを求める訴訟を提起したことを受けて、安倍首相は、「全くのでっち上げで捏造だ。いわば言論によるテロではないかと思う。報道ではなく政治運動ではないか」と激しく批判したとのことです。

 それが「全くのでっち上げで捏造」だいうのであれば法廷外でとやかく言うより法廷で解決してしまった方がよいと思うので訴訟を提起したことについてはどうということも思わないのですが、「いわば言論によるテロではないかと思う」のはいかがなものかと思うのです。安倍首相は、「テロ」という言葉を安易に使いすぎるのではないかと。

 テロ(リズム)というのは、「一般的に心理的恐怖心を引き起こすことにより、特定の政治的目的を達成しようとする組織的暴力行為のこと。またはその手段を指す。」(wikipediaより)わけですが、誤解を招く見出しを付けることや捏造報道をすること自体は、「一般的に心理的恐怖心を引き起こすことにより、特定の政治的目的を達成しようとする」ものではないし、この報道により、安倍首相や一般市民が週刊朝日や朝日新聞社を怖れてその心理的支配下におかれるということは想定し得ません。従って、これらの報道内容が仮に安倍首相が言うとおり「全くのでっち上げ」だとすれば名誉毀損という意味で違法なものとなるにせよ、これを「言論によるテロ」と表現するのは間違っていると言わざるを得ません。

 しかも、安倍首相は、「テロとの戦い」を国民に呼びかける立場にいる(呼びかけなければいけないとはいいませんが、呼びかけたいのでしょうし)わけで、そういう立場にいる人が「テロ」という言葉の持つ強さを「政敵による言論を用いた(適切ではない)攻撃」という意味合いを含むものにまで希薄化してしまうというのはいかがなものかと思います。

08/05/2007

コミュニティの場自体を消滅させるリスク

 「Diggの反乱」の最大の問題点は、コミュニティの場を提供している企業を訴訟に巻き込み、多額の賠償義務や履行困難な差止命令等が下される危険が合理的に予測できるにもかかわらず、そのコミュニティの場で掲載しなくともよいことをそのコミュニティの場で掲載し続けることを求め続けたという点です。

 米国では、著作権侵害訴訟での賠償額は、法廷賠償金制度や懲罰的損害賠償制度があることもあって、巨額なものとなる虞がありますし、差止命令等を無視していると法廷侮辱罪で収監される虞だってあります。また、米国で知的財産権訴訟を提起されれば、これに応対するのに必要な弁護士費用がまた巨額です。弁護士1人あたりのタイムチャージも高いし、1つの事件処理に弁護士が費やす時間の合計も膨大なものとなります(このため、ベンチャー企業が訴訟を提起されると、判決が出る前に、弁護士費用の負担に耐えられなくて倒産してしまうということも何度もありました。。)。

 したがって、権利者から削除を求められている暗号コードを掲載し続けるようにDiggの運営人に求めるということは、Diggというコミュニティ自体が消滅するリスクを負わせるということになります。しかも、DeCSSについて判例がある以上、そのリスクというのはそんなに低いものではありません。

 それにもかかわらず、そのようなリスクをとることをDiggの運営陣に求め続けた一部のユーザーや、そのようなリスクをとるとの決断を賞賛するユーザーまたは外野の方々は、そのことによりDiggというコミュニティの場が消滅するかもしれないということについてどのように考えているのか、私にはよく理解できません。

 Diggがなくなっても、同じようなコミュニティはいくらでもある?──それなら、暗号キーをDiggに掲載することにこだわる必要はないのではないでしょうか。

06/05/2007

事態の沈静化ではなく問題の先送りだ

 「Diggの反乱」の続編ですが、大西宏さんはこの件について「Digg創業者の勇気ある声明が事態を沈静化した」というエントリーを発表されています。

Web2.0は、主催者ではなく、ユーザーが主役の世界であり、それだけ主催者側には時と場合によっては大きなリスクが発生してきます。そのリスクを取れないとするならWeb2,0の世界には近づかないほうがいいのかもしれません。
Diggは、ユーザーが主役であることを表明して、危機を脱しました。これこそマーケティング・マインドじゃないかという気がしています。

 この問題で、暗号キーを掲載すべきというユーザーに一方的に肩入れすれば、著作権者側からの訴訟に晒されることになりますから、この段階で「危機を脱し」たというのは時期尚早でしょう。法務マインドから見ると、声の大きな集団の迎合することで、当面問題を先送りにしたにすぎないということになります。

 さらにいえば、(結果に責任を負わないユーザー団を主役にすると表明することで)今後、暗号キー以外の違法コンテンツ(誹謗中傷、ヘイトメッセージ(注1)、ポルノ、殺人予告・謀議(注2))等についても削除をしないように声の大きなユーザー集団が求めたときに同じようにそれらの要素を含むコンテンツを削除せずに放置するという方針を採ることが、Diggには期待されてしまったと言えるでしょう。既存の法秩序を破壊したいけれども、その過程で負わされかねない責任は第三者に押し付けたいという人たちは、世の中に掃いて捨てるほどいるのです。

 日本では、匿名の卑怯者さんたちがネット上でやりたい放題に他人を傷つけるのをネット事業者が温かく見守ってあげれば、被害者が泣き寝入りをすることで一件落着万々歳というのが標準になっているかと思うのですが、米国の被害者たちはお金を持っている人たちに何らかの手がかりが見つかれば巨額の損害賠償請求訴訟を提起するということを全然厭わないので、ネット事業者が加害者たちの味方をすることを表明し加害者たちから信頼を勝ち取ったからといって全然一件落着などしないのです(といいますか、この決断がおそらくどういう結末をもたらすかということを、Kevinは顧問弁護士から聞いているでしょうし、それをわかっていて暗号キーの削除をさせまいとするユーザーたちに対する絶望感から「You’d rather see Digg go down fighting than bow down to a bigger company. 」とか「If we lose, then what the hell, at least we died trying.」という言葉が出ているような気がします。

注1)
特定の人種、民族等についての憎悪等を煽るような言動を禁止する法律を制定する国や社会は少なくありません。

注2)
米国の場合、中絶反対派の方々が、中絶を行っている医師に対して殺害予告を行いまたは実際に殺害行為に及ぶことがしばしばあります。

Diggにおける反乱

 Diggという英語圏ではユーザーの多いソーシャルニュースサイトにおける「反乱」が、英語圏では話題になっています。

 HD-DVDのコピープロテクトを打ち破る暗号キーがDiggのユーザーにより投稿され、そのことについて削除せよとの警告状が来たためこれを削除したところ、一部のユーザーから運営サイドがDigg上で批判をされたり、上記暗号キーを執拗に投稿されるなどの強い反発を受けた。そうしているうちに、Diggの経営陣が、音を上げて、暗号キーを削除しないことにした。それが、おおざっぱなストーリーです。

 Diggの創設者であるKevin Roseは、「(A)fter seeing hundreds of stories and reading thousands of comments, you've made it clear. You'd rather see Digg go down fighting than bow down to a bigger company. We hear you, and effective immediately we won't delete stories or comments containing the code and will deal with whatever the consequences might be.……If we lose, then what the hell, at least we died trying.(何百ものストーリーを見、何千ものコメントを読んだらわかったよ。君たちは、Diggがより大きな会社に頭を下げるのより、戦って敗れるのを見たいのだろう。そうするよ。速やかに、例のコードを含むストーリーやコメントを削除しないことにするし、その結果がどうなろうとも何とか対処してみるよ。俺たちが負けたら……少なくとも、挑戦して死ぬってことさ。)」と述べています

 このKevinの声明前に、Diggのスタッフである Jay Adelsonが述べるとおり、「Our goal is always to maintain a purely democratic system for the submission and sharing of information - and we want Digg to continue to be a great resource for finding the best content. However, in order for that to happen, we all need to work together to protect Digg from exposure to lawsuits that could very quickly shut us down.(我々のゴールはいつだって、意見を開陳し情報を共有するための純粋に民主的なシステムを維持することにあるし、俺たちは、Diggが最高のコンテンツを探し出すために偉大なリソースであり続けてほしいと願っているよ。でもさ、そうするためには、俺たちを忽ち閉鎖させかねない訴訟に晒されることからDiggを守るためにみんなで協力していくことが必要なんだ)」と述べていた(これは企業倫理としては当然の声明です。)のですが、荒れ狂うユーザーたちは聞く耳を持たなかったので、上記のようなことになってしまいました。

 上記のKevinの声明に対しては、Michael S. Maloneから、「In other words, Digg was willing to block porn and hate sites, but was perfectly willing to violate trade secrets if its users said so.(言い換えれば、Diggはポルノやヘイトサイトをブロックしたが、ユーザーがそうせよと言えば、営業秘密を完璧に侵害することを厭わないということだ」との批判を受けています。

 日本のネット事業者やそのシンパの方々は「法務担当者も顧問弁護士もいないから個々の投稿の適法・違法性の判断が自分たちにはできない(だから、違法な投稿の削除を拒んでもネット事業者は法的責任を負わされるべきではない)」という悠長なことをいっているわけですが、顧問弁護士抜きで事業を営むなんて考えられない米国文化で会社を興しているKevinはそんな悠長なことは考えていないでしょうし、おそらく顧問弁護士からは、暗号キーを削除しなければ、サービス自体の停止を命じられたり巨額の賠償命令が下される虞があることを聞かされたことでしょう。しかし、そういう違法行為(である可能性が高い行為)に荷担しなければ、それはそれでサービス事態が立ち行かなくなることをユーザーから突きつけられてしまう。本当に辛い決断だろうと思います。

 では、そういう要求を突きつけているユーザーは、といえば、暗号キーを削除しないことでDiggが敗訴して立ち行かなくなっても、何の責任も負わないだろうし、あっけらかんとして類似のサービスを使うのだろうなと思ったりはします。結果に責任を持たず、サービスがなくなっても大して痛くも痒くもないからこそ、「暗号キーの公開」という「表現の自由」の本来的な価値からは遠い類の言論を守らせて、システム自体を存亡の危機に立たせることに何らの躊躇も覚えないのだろうなあと推測します。

05/05/2007

高校野球の特待生制度

 才能を伸ばすには、優れた指導者の指導を早期に受けることが望ましいといえます。しかし、優れた指導者の指導を受けるには一般にコストがかかります。したがって、ある若者のの才能に注目した人がその才能故に一定の金銭的な補助を行うことが禁止されるときは、上記コストを自ら負担しまたはその家族に負担してもらうことができる一部の恵まれた若者以外は、優れた指導者による指導を早期に受ける機会を喪失することになります。

 高校野球における「特待生」問題というのは、結局、「貧しい家庭に育ったが、野球の才能故に注目されて大金をつかみ取る」という一種のジャパニーズ・ドリームを終焉させていく契機となるのかもしれません。この問題の処理の仕方を誤ると「甲子園出場者の親の平均年収は○○○○万円以上」という事態を招くことになるかもしれません。「運動神経は抜群によいけれども親は金持ちではない」若者は、育成制度があるサッカーの方に流れるだけかもしれませんが。

04/05/2007

60回目の憲法記念日

 もう日付は変わっているのですが、昨日5月3日は憲法記念日だったこともあり、新聞各紙が憲法改正についての世論調査の結果を発表していました。憲法を改正すること自体には賛成だけれども、その内容としては環境権とかプライバシー権などの新しい人権を創設することに賛成しているのであって、憲法第9条の改正に賛成しているわけではないというのが、現時点での国民の多数派の意向であると読み取ってよさそうです。

 「憲法第9条があるからこそ、戦後60年間平和が守られてきた」という認識に関しては、ネット上では比較的評判が良くないのですが、どうも国民一般には未だ広く普及している考え方だというのが実際のようです。そして、私もまた、「憲法第9条があるからこそ、戦後60年間平和が守られてきた」という認識にある程度与します。

 つまり、「日本が第三国と戦争を行う」という事態は、日本が第三国に攻め込んだ場合と日本が第三国から攻め込まれた場合とに起こりえます。従って、日本が第三国に攻め込むことを禁止してしまえば、前者の理由で「日本が第三国と戦争を行う」という事態を回避することができるので、「日本が第三国と戦争を行う」という事態が生ずる可能性を低くすることに繋がります。

 もちろん、第三国に攻め込むことを憲法で禁止しなくとも為政者がそのような選択をしなければ、日本が第三国に攻め込むことにより第三国と戦争を行うという事態の発生を回避することができます。ただし、本当に日本の為政者にそのような選択が可能ならば、です。

 日本国憲法に第9条の規定がなかった場合、あったとしても軟性憲法であった場合、朝鮮戦争及びベトナム戦争のときに米軍からの派兵要請を断ることが、当時の日本政府に可能だったのかというと、かなり疑問です。憲法第9条があったからこそ、あの時代に、有為の若者の命をむざむざ犠牲にすることなく、経済発展に向けることができたわけです(その間、朝鮮戦争の舞台となりかつベトナム戦争での派兵要請を断ることができなかった韓国において経済発展が遅れたこと、及びベトナム戦争により米国の経済発展が相当停滞したことと比べると、実に対照的です。)。

 他方、日本政府は、憲法第9条があることで、日本が第三国から攻め込まれて第三国と戦争を行うという事態を生じさせる危険というのは過去にあったのでしょうか。

 第2次世界大戦終結後の世界は、それなりに真剣な領土紛争があったわけでもないのに、領土を増やすために軍事侵攻を行うということが非常に困難となっています。そして、日本が第三国と抱えている領土紛争は、大きく分けて、北方領土、竹島、尖閣諸島の3点ですが、うち、前2者については、日本は現実には実行支配をしていないので、「攻め込まれる」余地がありません。尖閣諸島については、近時、中華人民共和国政府及び中華民国政府がその領有権を主張していますので論理的には「攻め込まれる」よりはあるのですが、日本政府が海上保安隊等による国境警備をしていた場合に、これを軍事的に強制排除して尖閣諸島の占有を行うことの政治的なコストは非常に大きいのです(しかも、その政治的コストは、日本が経済大国としてのプレゼンスを高めれば高めるほど大きくなっていきます。)。しかも、「領土拡大のために他国に攻め込むこと」により生ずる政治的なコストを賄ってあまりあるといえるような資源が、これらの地域やその周辺にはありません。従って、憲法第9条があったにもかかわらず、日本が第三国から攻め込まれて第三国と戦争を行うという事態を生じさせる危険は、これまでなかったということができます(そして、軍事行動により領土を拡張することの政治的なコストは年々高まっていますので、日本が第三国から攻め込まれる危険というのは低くなることはあっても、高くなることは当面なさそうです。)。

 一部の右派論壇や右派系ブログ(コメントを含む。)においては、日本人拉致問題や従軍慰安婦等の国際紛争の解決に軍隊を活用することを声高に主張するものもあるようです。しかし、軍事力の行使をした場合には、一定数の国民の生命・身体等を害することを覚悟する必要があり、また、そのような国際紛争の解決手段として軍事力の行使又は軍事力による威嚇を行うことの政治的なコストは非常に大きく、食料その他の基本物資の多くを輸入に頼っている日本が果たして負いきれるものなのかというと多分に疑問ですし、実際、上記の国際紛争というのはそれだけのリスクを背負い込むに値するものなのかということも問題となりうるでしょう。

 憲法第9条の改正を訴える方々からは「自分の身は自分で守るのが当然だ」という言い方がしばしばなされるわけですが、「自分の身を守る」手段としては、第三者からの有形力の行使に抗うだけの物理的な手段を常備しておくという方法に限定されるのではなく、自分の身を攻撃することのコストを様々な意味で高めておくということによっても実現が可能です(実際、「軍事大国の周辺の小国」にはそれ以外には選択の余地がありません。)。あるいは、そのためにこそ軍事大国(具体的には米国)との関係で集団的自衛権を行使できるようにすることが重要だとする考え方もあるかもしれませんが、片務的な条約を締結しない限りは、「第三国に攻め込むことによって第三国と戦争を行う」危険性を高めるものですから、日本に攻め込むことのコストを高める手段としてコストパフォーマンス的にいかがなものかという気はします。

03/05/2007

Female Bloggers Face Threats

 ABCnews.comの記事としては、

Female Bloggers Face Threats: What Can Be Done?
'Cloak of Anonymity' Hides Posters' Identities, Conversation Heats Up
も興味深かったです。

 南キャロライナ大学のAnn Bartow教授もまた、「the cloak of anonymity [online] gives people the freedom that our cultural norms keep them from saying in real life, where their words are attributable to them.」と仰っています。

 女性ブロガーが不当な攻撃を受けているという事件を知って、ただ肩をすくめるだけで、女性たちをブログ界から立ち去らせるに任せるのではなく、インターネットのアーキテクチャーを変更する議論を広げていくことが望ましいというBartow教授の議論はその通りなのだろうなと思います。

ズボンの値段

 ABCnewsの記事によれば、Washington D.C.のRoy Pearson判事は、ドライクリーニングに出していたズボンを紛失したクリーニング屋さんに対して、6700万米ドルの損害賠償を求める訴訟を提起したとして話題になっています。

 何でも、判事としての最初の仕事をするという日にお気に入りのスーツを着ることができなかったということで、相当な精神的苦痛を味わったらしいのですが、それにしても米国人の苦痛というのはスケールが大きいですね。

 まあ、"Satisfaction Guaranteed"と店内で表示していたことが徒になってしまったようですが、それにしても、コロンビア特別区の消費者保護法を引用して、1不法行為につき、1500米ドル/日を請求する権利があると主張したり、慰謝料として50万米ドルを請求したり、(弁護士を付けていないのに)54万2500米ドルを訴訟費用として加算して請求したりとやりたい放題です。

 しかも、Pearson判事のズボンは紛失したことを告げた後1週間以内に見つかったので、クリーニング屋さんがそれをPearson判事に返そうとしたところ、「それは自分のズボンではない」といってその受け取りを拒否したのだそうです。

 日本も、法曹人口を大幅に増員して、訴訟社会を目指すのでしたね。

フランスの憲法改正の歴史

 フランスにおいても、第5共和制になってから18回の憲法改正があったということが、日本国内の「古くなったから改憲」派から持ち出されることがあるので、フランスにおいてはどのような改憲がなされたかを見ていくことにしましょう。

 まず、フランスの憲法においては、基本的人権については、1789年の人権宣言と1946年憲法の規定をそのまま使いますので、第5共和国憲法には特段の言及はありません。その上で、こちらの年表を見てみることにしましょう。これを見ると、フランス憲法の改定は、1992年以降に頻繁に行われていることがわかります。といっても、リンク先はフランス語で書かれているので、フランス語を解しない方がちんぷんかんぷんでしょうから、簡単に訳を付けてみましょう。

 フランスの場合は、マーストリヒト条約の批准を憲法院が違憲としてしまったため、その後は欧州の統合に合わせて憲法を改正していく必要が生じたというのが大きいようです。ニューカレドニア関係が2回も出てくるのは、ニューカレドニアの独立運動に対応するためです。時代の変化に合わせた憲法改正の一例ではあるのでしょう(日本の一部右派勢力が望んでいるような憲法改正とは大違いです。)。

「公益及び公の秩序」と郵便法

 憲法改正論議においてはどうしても憲法9条に目が行きがちなのですが、自民党の新憲法草案を見る限り、そう単純ではなさそうです。

 法律実務家としてまず目につくのは、基本的人権の制約原理を「公共の福祉」から「公益及び公の秩序」にことごとく切り替えている点です。このことによって基本的人権を制約する法令等が違憲とされる可能性がどれだけ減少するのかということが注目されます。「多数者に抗して自己を主張することを可能ならしめるところに基本的人権の存在理由がある」(佐藤幸治「憲法」403頁)ことを考えると、「公益及び公の秩序」に反しない範囲でしか享受できない基本的人権など、憲法で保障されているといってもさして意味がないのではないかという気がしなくもありません。たとえば、最判平成14年9月11日は、「郵便官署は,限られた人員と費用の制約の中で,日々大量に取り扱う郵便物を,送達距離の長短,交通手段の地域差にかかわらず,円滑迅速に,しかも,なるべく安い料金で,あまねく,公平に処理することが要請されているのである。仮に,その処理の過程で郵便物に生じ得る事故について,すべて民法や国家賠償法の定める原則に従って損害賠償をしなければならないとすれば,それによる金銭負担が多額となる可能性があるだけでなく,千差万別の事故態様,損害について,損害が生じたと主張する者らに個々に対応し,債務不履行又は不法行為に該当する事実や損害額を確定するために,多くの労力と費用を要することにもなるから,その結果,料金の値上げにつながり,上記目的の達成が害されるおそれがある」ことから、郵便「法68条,73条が郵便物に関する損害賠償の対象及び範囲に限定を加えた目的は,正当なものである」とした上で、「法68条,73条の規定のうち,書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に,不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものであるといわざるを得ず,同条に違反し,無効であるというべきである」とし、さらに、「法68条,73条の規定のうち,特別送達郵便物について,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に,国家賠償法に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条に違反し,無効であるというべきである」と判示したわけですが、基本的人権が「公益及び公の秩序」に反しない範囲でしか享受できないということになると、そのような郵便法68条、73条についても、憲法違反とはならなくなるのではないかという気もします(免責規定を置くことの公益性は最高裁も認めているわけですし、郵便物の郵便局員の過失による紛失等に関する賠償義務の免除については郵便法により「公の秩序」になっているとされる危険もあるわけです。)。

 また、各議院の総議員の過半数の賛成で憲法改正の発議ができてしまう点も問題です。「3分の2の賛成」と「過半数の賛成」との大きな違いは、前者の場合、通常は、野党第1党の賛同が得られるような案でなければ発議にまで至らないので、「国民の大多数が賛同したときにのみ憲法がなされる」という状態を作り出しやすいのに対し、後者の場合、そのときどきの与党の都合に合わせてくるくると憲法が変更されるという混乱が生み出される危険があるということです。

01/05/2007

「憲法改正」などと大口を叩く前に

 法科大学院制度は、「ZAITEN」(旧・財界展望)からも見放される始末のようです。

 卒業生の需要が、初年度からその見込みを大きく下回り、次年度以降も改善の見込みはないということで、まさに、どこかのテーマパークなり瀬戸大橋なりを見るような思いで見てしまいます。

 また、数の問題ではありませんが、安倍首相の「狭義の強制があったとの証拠はない」発言にしても、結局、日本国外で賛同者を得ることができず、米国産牛肉問題等で譲歩することと引き替えに、改めての謝罪を米国大統領に受け入れてもらうという体たらくに終わりました。これも、「見通しの甘さ」の結果といわざるを得ないでしょう。

 近時の政府の「見通しの甘さ」というのは、もはや危険水域に達しているのではないかという気がしてなりません。それでいながら、喫緊の課題よりも、教育基本法改正だとか、憲法改正だとかという、「遠大な構想」に取りかかりたがる現政権は、身の程を知らないのではないかと思ったりします。

 「憲法を改正したい」等という大口を叩くのは、過去の日本の司法制度のよかった部分を打ち壊すだけに終わっている司法制度改革をまず軟着陸させ、さらに中期的な展望が求められる他の改革(知財制度改革や医療制度改革等)を成功させてからではないか。心からそう思う今日この頃です。

イザ語における「日本国憲法」のオフィシャル解説

 産経新聞社は、イザ語として一定の用語についての解説を加えています。

 その中で、「日本国憲法」について、「オフィシャル解説」として次のような解説が加えられています。

日本の現行憲法。第2次世界大戦で日本が敗戦した後、連合国軍総司令部(GHQ)の指導でつくられ、1946年11月3日に公布、1947年5月3日に施行された。形式上は、大日本帝国憲法の改正手続きによって制定された。施行後、一度も改正されたことはなく、衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成と国民投票による過半数が必要とされるなど改正要件が他の法律や外国の例に比べても厳しいことから「硬性憲法」ともいわれる。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義が基本三原則。日本国憲法の制定作業は、GHQのマッカーサー元帥の指示で始められ、象徴天皇、戦争放棄などが方向付けられた。日本政府は独自の草案を作成したが、GHQ側は日本側の草案を不満としてGHQ草案を提示し、このGHQ草案をもとに制定作業が行われた。この憲法が国際法で禁止されている占領下につくられたことから、日本が主権を回復した後、「押し付け憲法」との批判が高まり、憲法改正論の源流になっている。

 しかし、「硬性憲法」と分類される理由は、通常の法律とは異なる改正要件が加重されていることにのみあるのであって、施行後、一度も改正されたことがないことや、改正要件が外国の例に比べて厳しいことは、日本国憲法が「硬性」とされることとは無縁です。また、日本国憲法の改正要件は、諸外国の例と比べて、特に厳しいわけではありません(日本国憲法よりも改正要件が緩やかな例もたくさんありますが、同等又はそれ以上に厳しい例もそれなりにあります。)。したがって、この部分の解説は、「間違い」といって差し支えないように思います。

 また、「この憲法が国際法で禁止されている占領下につくられた」かどうかは一概には言えません。といいますか、当然のことですが、通説はこれを否定しています。たとえば、佐藤幸治「憲法」77頁によれば、

ヘーグ陸戦法規違反の主張については、同陸戦法規がそもそも日本の「占領」に適用があるのか否かが疑問であり、仮に適用があるとしてもポツダム宣言が同陸戦法規に優先して適用されると解する余地がないわけではなく、また、日本国憲法が一応わが国自身によって制定されたものであるから、陸戦法規違反を理由に憲法の無効を帰結するのは無理ではないかと思われる

としています。

 といいますか、ハーグ陸戦法規43条は、

第四三條  國ノ權力カ事實上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶對的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ囘復確保スル爲施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ盡スヘシ。

という規定であって、「占領者は占領地の現行法規をなるべく守れ」とは言っているものの、「占領中になされた占領地の現行法律の改正は無効だ」とかそういうことは規定されていないように私には読めます。

 通説によって否定されている見解をあたかも定説であるかのように、「オフィシャル解説」で断定的に解説してしまうのは、新聞社としてはいかがなものかなあという気がします。

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