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novembre 2007

26/11/2007

他人の足を引っ張ることばかり熱心な国民を対象としたWeb2.0なんてそんなもの

 結局のところ、日本のブログ環境はekkenさんが望むとおりになってきており、それ故に、面白くなくなってきているというだけの話だと思います。もちろん、ブログから得られる情報の質なり量なりが劣化したとしても、匿名の陰に隠れることによって「無敵」化した自分が特定の人物や組織等を上から目線で攻撃し続けられるということに面白みを感ずる人もいるでしょうし、特定の人物や組織等が人格攻撃等されているのを見ることに面白さを感ずる人もいるでしょうから、万人にとって日本のブログ環境が面白くなくなっているというのは言い過ぎなのでしょう。ただ、そういうことに面白みを感ずる人々に最適化したブログ環境では、需要に厚みはないだろうなとは思います。

 日本のブログ事業者がそれでよいというのであれば、それで仕方がない話です。他人の足を引っ張ることばかり熱心な国民を対象としたWeb2.0なんてそんなものかもしれません。「なぜブログはつまらなくなったのか」という問いに対する回答が、「『ブログは、ブログでしかコンテンツを公表できない人々のためのものである』とブログ事業者が位置づけているから」ということになるだけのことです。電子掲示板が辿った衰退への道をブログも辿っていく。それだけのことです。

25/11/2007

面白いコンテンツを提供できる他人になぜ人格攻撃等への「耐性」を要求するのか。

 私は、所詮実務法曹なので、他人が英雄的な行動をとってくれることを期待することになれていません。だから、誹謗中傷や嫌がらせが横行している現在の日本のブログ環境に、面白いコンテンツを作成できる人々が次々と新規参入してくれることを期待することができません。本人の資質(耐性)の問題だといわれても、嫌な思いをしてまで、面白いコンテンツを無償で公開してくれることを他人に期待することができないのです。実際、比較的ネット社会に親和性の高い情報ネットワーク法学会の会員たる法律学者・弁護士ですら、新規にブログを立ち上げる人は最近あまり見られません。まして、民事訴訟法学会の会員のブログなんて暗澹たるものです。「高速道路」どころの話ではありません。

 批判されることが嫌だってわけではないとは思うのです。公表した自説は他者の論文等に引用されるときにはかなりの確率で批判される、そういう世界に生きているわけですから。だからといって、人格攻撃をされたり、露骨に侮辱されたり、あるいはその名誉を毀損されることまで甘受してもらえるかというと、そういうものでもありません。もちろん、匿名の卑怯者さんたちの顔色を窺いつつブログを運営することは可能だと思いますが、そこまでしてブログを開設するメリットはないわけです。

* 匿名表現の自由以外の基本的人権を高く評価しないとか、ニュー速+等で叩かれている人物・団体等について肯定的な言及をしない等。光市母子殺人事件に関連して当然のことを述べた法律家系ブログのコメント欄に不快なコメントがわさわさと寄せられたことは記憶に新しいです。

24/11/2007

テレビ局と、その取引業者の職業倫理

 芸能人等にまずい料理を作らせてバカにして遊ぶだけのために高級素材を買い集めるテレビ局と、そのような用法に使われることを知りつつテレビ局に高級素材を提供する生産者または流通業者の職業倫理って一体どうなっているのだろうかとは考えあぐねてしまいます。どちらも「儲かればいい」というだけなのでしょうけど。

 また、このところのバラエティ番組は、若い女性を単なる「物」として扱うことに躊躇がなくなってきている感じがします。エンターテインメント産業は大衆からの好感度を集めることが一つの大きな要素となりますから「ルックス」を重視することは仕方がないと思いますが、最近のテレビ局の女性の使い方はしばしばそういう次元を通り越しています。

 選撮見録事件の時は、テレビ局サイドから、リアルタイム視聴に支えられた広告モデルにより質の高い番組が無償で提供されている(従ってタイムシフト視聴を可能とする選撮見録は撲滅されるべき)という旨の主張がなされていたわけですが、この程度で質が高いと自惚れられてもなあという気がしてなりません。

* 高級素材ではなくても問題だと思いますが、高級素材の場合、一般に余計に資源が費消されていますので。

ブログ限界論

 昨日行われたRTC Vol.28:『ブログ限界論』は如何だったでしょうか。私は、在日イタリア商工会議所主催のディナー&コンサートにお呼ばれしていたので出席できなかったのですが、日程が重なっていなければ行きたかったところです。

 「ブログはつまらなくなったのか」という点についていえば、面白い新規ブログがなかなか現れていない以上、面白いエントリーを作成してきたブロガーが様々な要因によりブログを閉鎖してしまったことにより、総体的にはややつまらなくなったということはいえるでしょう。ほとんどのブログ事業者側がその経営方針として、匿名でネガティブコメントを一斉にわーっと送りつけることによってブログを潰しやすいアーキテクチャーを採用しており、かつ、そのようなネガティブコメントを送りつけるような匿名コメンテーターを全力をあげて守る運営方針を採用している以上、面白いコンテンツを作成できる人が「ブログ」というメディアを選択しなくなるのは当然だというべきでしょう。

20/11/2007

ミシュラン東京版にはがっかりだ

 何かと話題になっているミシュラン赤ガイドの東京版ですが、今日の日経新聞の報道等によると、星付きのお店しか掲載されないとのことでがっかりです。

 ミシュラン赤ガイドの良さの一つには、かなり小さな町のホテル・レストランまで掲載されていること、並びに星がつくほどではないがコストパフォーマンスにすぐれている店に印が付されていること等もあるのですが、東京版ではそういう良さはなくなっているようです。また、赤ガイドについては、1軒1軒についての文章による解説が1〜2行に凝縮され、基本情報は記号化されることにより、その国の言葉を解さない人にも相応に活用できる工夫がなされていたのですが、東京版は1軒見開き2頁とのことなので、きっと日本語で長々とした説明文が書いてあるのではないかと思われ、その種の良さも失われているような気がしてなりません(この点は実物を見ないと分かりませんが)。

19/11/2007

名前で畏まらなくてもよい

 

 こういうことは言いたくないけど、実名制を唱える人たちというのはこんな風に「オレの名前にかしこまらない連中が許せん」というのがほとんどなんだよなー。
ということは、匿名の陰から踏み出せない方によってしばしば語られます。

 しかしながら、「オレの名前にかしこまらない連中が許せん」という実名制論者を現実に捜し当てることはなかなかに困難です。ネット上での実名制を唱えるような人々は、現実社会において、自分の名前に第三者が畏まるということをそもそも期待していないからです。例えば、カンニングの竹山さんは、実名制のもとでは「カンニングの竹山」という名前に畏まり、誰も竹山さんを批判しなくなることを期待しているのかというと、おそらくそうではないでしょう。実名制が導入されることによりカンニング竹山さんに対する悪口が言いにくくなったとして、それはあるいは悪口が行き過ぎた場合に法的な責任を負わされる危険が高まるからであり、またあるいはネット上でカンニング竹山さんについて悪口を書き続けていることが周囲の人に知られることにより現実社会において「変な人」であるとして白眼視を受ける危険が高まるからでしょう。それって、カンニング竹山さんの「名前にかしこま」ったわけではないですよね。

 竹山さんにしても、池田先生にしても、私にしても、自分に対する正当な批判を封殺できるような権力を現実社会でも持っていませんから、ネットの実名制を実現したとしても「圧倒的に有利な立場」になど立ちようがないし、「実社会の「古臭い」階層秩序をネットに持ち込んで甘い汁を吸」うことなんて期待すべくもないことです。

18/11/2007

堂々と徒党を組んで、堂々と闘争する

 堂々と徒党を組んで、堂々と闘争する。

 日本の、特にネット上では、このような行動パターンをサヨク的として毛嫌いする声が大きいようです。しかし、「堂々と徒党を組んで、堂々と闘争する 」ということは、まさに資本主義社会において必要不可欠なスキルです。

 自分の代替となる人材を企業等が容易に市場で調達できる状態にある限り、当該企業等に対し1対1の交渉で要求をのませることは容易ではありません。従って、徒党を組むことにより、同種労働者と企業等との間に共通に適用されるルールに自分たちの利害を盛り込むように求め、また、そのルールを正しく適用するように要求することが必要となります。例えば、米国において、「作品がDVD販売やネット配信される際の報酬アップ」を求めて脚本家組合がストライキを決行中ですが、このような脚本家組合の行動を「共産主義的」として罵る声は米国では見られません。資本主義社会において、投下資本の成果物からの収益をより多く自分に回すように要求することは当然のことであり、そのことは投下資本が自己の労働 であっても同様だからです。

 そういう意味では、アニメーター等労働者の処遇があまりに酷い業界において、労働者たちがきちんと徒党を組まないというのはいかがなものかと思うし、芸団協にしてもせっかく徒党を組んでいるのであれば、録音録画補償金だの海賊版からのダウンロードの違法化だのという些末的な問題についてレコード協会と歩調を合わせていないで、歌唱印税率の引き上げを求めてレコード会社ないしレコード協会と闘うことを視野に入れるべきなのではないかと思ったりはします。

15/11/2007

民法1040条1項の類推適用

 特定の法定相続人に遺産を全部相続させる旨の遺言があり、これに対し他の法定相続人が遺留分減殺請求を行った場合において、遺留分減殺請求を行った時点で既に遺産たる預貯金が引き下ろされていたときは、減殺請求を行った遺留分権者は、遺言により自己名義となった預貯金を引き下ろした法定相続人に対し、どのような法律構成で遺留分相当額の請求を行うことができるのかというのは、実は難しい問題です。

 この点につき、今週の月曜日に千葉地裁松戸支部において、このように遺言により相続取得した財産を費消ないし処分したことは、遺留分減殺をした相続人が減殺を受けるべき財産を取得することができなくなるという点において、減殺請求された相続人が減殺を受けるべき財産を他人に譲渡した場合と同視できるから、民法1040条1項の類推適用により、減殺請求された相続人は遺留分減殺請求により遺留分減殺をした相続人に対し減殺を受けるべき財産の価額を弁償する義務を負うと解すべきであるとの判決を頂きました。

 結論として請求が認められるのはほぼ分かっていたものの、どういう法律構成ならば認めてもらえるのか非常に悩ましいところだったので、とりあえず一安心です(多分、控訴されますが。)。

14/11/2007

弁護士業務妨害対策ハンドブック in 2007

 東京弁護士会弁護士業務妨害対策特別委員会から「弁護士業務妨害対策ハンドブック 改訂版 ──弁護士が狙われる時代に──」が送られてきました。

 弁護士を攻撃することによって、本来行うべきことを行うことを躊躇させよう(そして、特定の事件が自分の希望する方向で解決されるように仕向けよう)という企み自体は古くから有り、それ故、弁護士会はこの種のハンドブックを定期的に会員に配布されます。もっとも、業務妨害の手法として「インターネット掲示板で誹謗中傷」という項目が盛り込まれているのは今日的でしょうか(ただ、『2ちゃんねる』のURLを「http://www.2Ch.net/」というふうに「C」だけ大文字で記載するというのは、オリジナリティに溢れているように思いますが。)。

 このハンドブックの校了がいつ終わったのかが分からないのでそこまで要求するのは酷かも知れないのですが、懲戒申立の濫用事例は、事件の依頼者又は相手方からの申立であるのが通常なので(31頁)とするにとどまっているのは、時代の波に乗り切れていないかも知れません。広告が解禁になったのに一向にテレビCMを行わない弁護士に対して、情報バラエティ番組において、タレント弁護士をして、数万件単位での懲戒請求を行うように視聴者に呼びかけさせてこれをカットせずに放送する(1000万人とも言われる視聴者の0.003%である300人がこの呼びかけに応じて懲戒請求を行っただけでも、対象弁護士及び所属単位会の綱紀委員会の業務は相当程度妨害される)というタイプの業務妨害について、今回のハンドブックでは取り上げられていないようです。

12/11/2007

最初が肝心

 新しい組織を作って新しい種類の活動を行うときに、最初に何を取り上げるかというのは非常に神経を使います。一番メディアに取り上げてもらいやすいのは最初の活動ですし、最初の活動で信頼を失うとあとで信頼を回復するのは非常に難しいからです。

 そういう観点からすると、「マスコミの誤報を正す会」において、最初のテーマに「9月29日沖縄県民集会に11万人の参加者が集まったという誤報」を最初の活動テーマとして取り上げたということは、不思議といわざるを得ません。この問題は、一部のマスメディアにおいて、11万人という数字が主催者発表に過ぎないことを注記していなかったというだけのことであって、報道内容からすると非常に些末的な部分が問題とされているに過ぎません。もちろん、一部の右派の方々が大騒ぎをしているのは存じ上げていますが、逆に言うと、そういう一部の方々にのみ関心を持たれているテーマを最初に持ってくると、「ああ、そういう人たちのための会なんですね」ということで、そうではない人々からは見捨てられてしまいます(実際、産経新聞以外の新聞には取り上げられてもらえなかったようですが。)。

 どうせならば、マスコミの誤報によって具体的に人々の生活に支障が生じた例なんかを取り上げた方が、会の趣旨に対する賛同者も増やせてよかったのではないかと思うのです。例えば、ある小学校で生徒が校長先生に土下座を要求したという内容の誤報とか、ある刑事事件の弁護団が「死刑廃止論」という自己の主張をアピールするためにその事件における被害者遺族を侮辱するような弁護活動を行っているという内容の誤報等を最初のテーマとして取り上げていれば、「なかなかやるな」と思われたかもしれないので、残念です。

 なお、産経新聞社の阿比留記者のブログによれば同会の代表の加瀬英明氏は「主催者発表を鵜呑みにしているが、これはそれぞれの新聞が責任を持たなければいけない」と仰っていたようですが、不特定多数人が事前の予約等もなしに参加するイベントにおいておよその人数を報ずるにあたっては、各メディアにおいて独自に参加者の人数を数えたりなどしていられないだろうということは想像がつくとは思うのですが、今後産経新聞社は、野鳥の会の会員を雇うなりして、この種のイベントにおける参加者数を独自に数えることとするのでしょうか。

 また、この種の組織を作るにあたって、最初の記者会見を行う時点でウェブサイトを開設していないというのは、今時致命的です。ウェブサイトのなしに、どうやってインターネットユーザーと連携を取る気なのでしょうか

11/11/2007

ふるまちモールには岩鬼の銅像がある。

 さきほど新潟から帰ってきました。

 今日は、ホテル新潟をチェックアウトした後、ふるまちモール(ふるまちモールには、水島新司の野球漫画のキャラクターの銅像があります。)でかに汁等を食べ、白山神社を経由して、学校町通りへ赴き、修習生のころに住んでいたアパートのそばにあるいさみ鮨に行きそこでお昼ご飯を食べ、新潟駅に戻って、そこから電車で岩室駅に行き、多宝温泉「だいろの湯」で温泉を楽しみ、再び新潟駅に戻っておみやげを買って、新幹線に飛び乗りました。

10/11/2007

情報ネットワーク法学会2007個別報告

 現在、情報ネットワーク法学会出席のため、新潟に来ています。

 今は、石井夏生利先生の個別報告を聞いています。

 昨日は、久しぶりに修習先の事務所を訪れたり、修習同期の弁護士にお会いしたりしていました。

03/11/2007

犯罪被害者と刑事システムの課題

 犯罪被害者の保護を刑事システムの中にどう取り入れていくのかについては、マスメディアに言われるまでもなく、専門家の中でこれまでも十分な議論が行われてきました。なにしろ、「被害者学」という分野があるほどです。それ専門の書籍や論文もたくさん発行されています。もちろん、今のマスメディア、特にテレビメディアがたかだか情報バラエティ番組やワイドショーのためにそのような文献調査をするとは考えがたいですが。

 ネットにアップロードされているものとしては、吉岡一男京大教授の「犯罪被害者と刑事システムの課題」があります。初出2001年ですから、法学系の感覚では、全然古くありません。

 被疑者・被告人を吊し上げて楽しむ自分たちを「正当化」するための論理として「被害者の人権」を声高に掲げる人々の視野にほとんど入ってこない、「犯罪被害者が被った様々な被害をできるだけ回復するためにすべきこと」が簡潔すぎる文体で、様々な場面に応じて、次々と提示されています。真に「被害者の人権」を守りたいと思っている方は、是非ともご参照下さい。

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