はてなの取締役である梅田望夫さんが、佐藤康光棋聖との対談で次のようなことをいっています。
ゲームのルールを勉強しないと。定跡を覚えないといい将棋が指せないのと同じです。それをすっ飛ばすから“炎上”などという事態に陥る。
僕は、ネット上でどう振る舞うと不特定多数とうまくやっていけるのかということを体で分かるようになってきました。ずいぶん時間的な投資をしてきましたからね。だから全然怖くないんです。やってはいけないことが分かっているから。
これは、リアルの世界でも同じですが、やってはいけないことをやると怖いことになる。ブログの上にわっとくる“炎上”というのがあるが、普通にやればそんなことは起きない。
本を読んでそれに対する感想をブログに書いたり、日常生活でこんな楽しいことがあったと書いたりとかしたときに、そんなところに変なことを言ってくる人はいない。
しかし、イデオロギーとか政治にかかわることとか、あるいはアイドルをけなすとかはだめ。
これがはてな株式会社としての公式見解とどう関係するのか分かりませんが、梅田取締役は、「炎上」というのは「炎上」を招いたブログ主が「ルール」に従わなかったことが原因であって、ブログ主の側に問題があると考えているということが分かります。この考え方のもとでは、はてな株式会社は「炎上」を回避するために投資を行う必要がないということになります。
しかも、梅田取締役は、「アイドルをけなすこと」の禁止とパラレルなものとして、「イデオロギーとか政治に関わること」の禁止を、「ルール」として提示します。一般サラリーマン等は実名では政治に関する話がしにくいということを匿名表現を許容すべきとする理由に含める人々がいますが、少なくとも梅田取締役は、「政治にかかわること」は「炎上」を招いても仕方がない「ルール」無視行為と捉えていることになります。
現在のはてなのような、ブログ主を攻撃するコメントを匿名でコメントできるシステムのもとでは却って、政治やイデオロギーにかかわることは語りにくくなることは事実ですが、どうもはてなはそれを肯定的に捉えているらしいということがはっきり分かってきたように思います。
それ以外の部分については、佐藤康光棋聖がネットのことについて梅田取締役につっこみを入れる立場にないことを奇貨として、ずいぶんと無茶なことをいっているなあという感想を持ちました。例えば、
ところが、誹謗(ひぼう)中傷百科事典というのはないんですよ。梅田望夫というのがいますと。ぼくは47年生きてきて、いろいろと恥ずかしいこともしてきたかもしれないが、誰だってそうですよね。しかし、こいつはこんな悪いやつだという誹謗中傷のデータベースを作ろうと言った人はいない。これを集積しましょうとは誰も言わない。言った人がいたとしても、オープンな場所でやろうとは誰もしていない。だから、その一事をもって「人間は素晴らしい」と言うつもりなんかないんだけれど、案外捨てたもんじゃないねと、ネットと関わっていて思うことが多いです。
と梅田取締役は
述べておられるのですが、「誹謗中傷百科事典」がない(あるいはあまり活用されていない)のには別の理由があるのです。「誹謗中傷を行うための場所」として開設された場所で誹謗中傷をしても、ターゲットに与えるダメージが小さくなる(ターゲットがそこを見てくれないと精神的にへこますことができませんし、真実が語られる蓋然性がある程度高い場所に流してこそデマはターゲットの社会的な信用を効果的に貶めることができます。)ので、「誹謗中傷百科事典」は流行らないのです。実際、Wikipediaやはてなキーワードのようなオンライン百科事典がわりに用いられているメディアに、特定の人物の社会的評価を貶めるような記載を書き込むことにより、ターゲットを社会的に追い詰めようという試みは近時頻発しています(梅田取締役も、
もめる大きなところは、イデオロギーとか政治とか人物評価ですよ。
と仰っており、オンライン百科事典がそのように活用されていることは認識されているようですが、彼はそれを克服すべきこととは捉えていないようです。)。
また、
ネットでブログが炎上して、収拾にかなり苦労されている話なんかをよく聞きますけど。時間が大切だということでネットを使う人が多いのに、逆にそれが時間のロスになってしまい、無駄なことをやっているんじゃないかと、そういう気がしちゃうので二の足を踏んでしまっている面がありますね。僕なんかは遅れ気味なのかもしれないけれど。
あと、ネットは匿名がほとんど。しかし、新聞で意見を言うときは実名じゃないですか。ぼくなんかはその方が自然と思うんですけれど。ネットは言いたいことを言いやすいんでしょうか。
との佐藤棋聖の疑問に対し、梅田取締役は答えず、司会が
ネットでは、顔が見えない分、文章からにじみ出す人間性というものがありますね。米長先生が引退を表明したとき、王将戦の挑戦者決定リーグ戦に臨んだ佐藤棋聖が、着物を着てはおりはかまで正座して時間前に待っておられたのを見て、背広で来られた米長先生があわてて、「着物を持ってきてくれ」と言われたといういい話を聞いたことがあります。
と全く関係のない話題に振ることで助け船を出しているところが面白いです。
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