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20/01/2008

ノブリス・オブリージュはノブリスになってから負うのが普通

 前回のエントリーについて、創価大学法科大学院の学生である西田晋一さんから、コメントとはてなブックマークコメントを頂きました。


 何らかの宗教に対して篤い信仰心を有しているわけではない私としては、「ノブリス・オブリージュ」というのは、本業による収入でそれなりの生活費を稼ぐ等の経済的な基礎を確立した人に初めて期待されるものであって、高い授業料を払って法科大学院は出たものの司法修習終了後就職先が見つからない新規法曹に対して要求するような話ではないように思っています。食い扶持を稼ぐだけなら、バイトでもすればいいといわれても、食い扶持を稼ぐためにはバイトをしなければならないのでは、それは「プロ」の仕事ではないというべきかと思ってしまいます。


 もちろん、西田さんが数年後に法曹資格を取得した後は、食い扶持はバイトで稼ぎ、弁護士としての仕事はただないしただ同然の料金で受任する、「ノブリス・オブリージュ」精神に満ちあふれた弁護士になられるのは自由であり、むしろ当然そうなられるものと期待しております。

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