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23/01/2008

私たちは、いろいろな人に実名等の個人情報を知られているが、殺されてはいない。

 ネットで実名を表示することは危険だといわれても、実際のところ、実名並びに所属等を明示しつつネット上で情報発信を行っている人は現実に沢山いて、その多くはガードマン等をつけているわけでもないのですが、ネットで実名を表示したことを契機として、見ず知らずの人から突然襲撃されたみたいなことは未だ起こっていないのであって、そういう物理的な危険を過度に強調する意見に対しては、ある種の哀れさすら感じてしまいます。ネットで必死になって「上から目線」で他人を批判しているだけの人々なんて、窃盗にせよ、強盗にせよ、強姦にせよ、犯罪者としては、最もターゲットにする意味の乏しい人々であるといえます。そして、これらの犯罪のターゲットにするに相応しい人物の個人情報というのは他の制度により取得することが相当程度可能なのであって(ことの性質上、具体的には述べませんが。)、ネット上での発言者の匿名性を維持したところでその種の犯罪の発生確率を減少させる意味はほとんどありません。

 恐らくは彼らだってそんなことを心配して匿名の陰に隠れているわけではなく、自分たちが行っている発言の発言主が自分であることを自分の現実社会での知人等に知られて恥ずかしい思いをすることには耐えられないということで匿名の陰に隠れ続けようとしているに過ぎないのでしょう。人権擁護法案だって、手続き的な規定を遵守している限りにおいては、氏名等の公表程度しか制裁手段が用意されていないのにあれだけの大騒ぎがなされたのは、結局のところ、マイノリティを蔑むような発言を繰り返しマイノリティに不快な思いをさせることで鬱憤を晴らしたり自尊心を維持したりしたいけれども、自分がそのような差別主義者であるということを自分の現実社会での知人等に知られ、白眼視されることには耐えられないというだけのことなのに、様々な陰謀論を駆使して反対論を正当化しようとしていたわけで、それと同レベルのように思われます。
 

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