「think-filtering.com」なる団体が,「日本のデジタル社会を潰す「ネット有害情報規制法案」に反対する」なる見解を表明しています。
「違法」でない「有害」な情報という主観的であいまいな基準を政府が策定し、主務大臣が恣意的な行政命令権を持つことは、先進各国には類例がなく、利用者及び事業者を萎縮させ、「表現の自由」を侵す。
との点に関していえば,どの案を想定して反対表明をしているのかがわかりません。まず,「違法」の他に「有害」というカテゴリーを作るのは,「青少年への流通を防止すれば適法」という領域を創設するという意味で,むしろ「表現の自由」を守る意味を持つ法技術です。「有害」という文言が用いられたからといって,実際にはその内容の細目が規定されれば,適用範囲は曖昧とはなりません。高市私案でも現在の「わいせつ」概念よりは明確ですし,「創作性」概念や,「利用主体」概念よりは相当に明確です。
しかも,青少年に頒布された情報が「有害」だと検察官に判断されたらいきなり起訴され,裁判所にも同様に判断されたらいきなり有罪判決が下されるいわゆる直罰規定と比べて,一旦行政機関から是正命令が下され,これに従わない場合に初めて罰則が適用される方式は,利用者及び事業者を萎縮させる度合いは少ないはずです。そして,この是正命令を主務大臣が「恣意的に」下すことができるのかというと,政治的には絶望的です。青少年に対する情報の流通を制限できても,肝心の有権者への情報の流通を制限できない以上,「国民への情報の流通を制限して専制国家を作り上げよう!」という試みは成功しそうにありません。
また,「先進各国には類例がない」の対象が何をさしているのかが文面上明らかではないのですが,「有害」な情報の青少年への流布を規制する法令についていえば,2002年に公布され,2003年,2004年に改正されたドイツの青少年保護法等の例があり,「先進各国には類例がな」いと言い切れるのかは難しいところです。
さらに,
ウェブサイト管理者に対する有害情報削除の義務付けにより、個人のブログに他人が有害情報を書き込んだような場合でさえ措置を執ることを強制される。国民の表現活動が制約を受け、誰もが情報発信を行う手段というデジタル技術の効用を損ね、デジタル文化を萎縮させ、ひいては有望と目されてきたネットワークやコンテンツ等のデジタル産業を縮小させる。
との点についていえば,現行法でも,個人のブログに他人が第三者の名誉を毀損し又はこれを侮辱する書き込みや,第三者のプライバシーを侵害する情報,あるいは第三者が権利を有する著作物等が書き込まれた場合,ブログ主は,当該コメントの削除等の措置を執ることが強制されます。削除等の措置をとるべき対象が「有害コンテンツ」にまで拡張されたからといって,実際の運用上たいした差異はありません。
また,
携帯電話会社に対する義務化は、保護者がフィルタリングを外すことに同意しても青少年が利用できなくなる措置であり、有害ではないサイトへのアクセスまでも制限される可能性のある現状では、日本が誇るモバイル産業とモバイル文化の衰退を招く
とのことですが,もしそうだとする「日本が誇るモバイル産業とモバイル文化の衰退を招」かないようにするためには,保護者がフィルタリングを外すことに同意したときに外せるようにするだけではなく,実際にできるだけ多くの保護者にフィルタリングを外させることが必要だということになるはずです。「日本が誇るモバイル産業とモバイル文化」を守るためには,情報リタラシーを十分に有しない青少年が悪い大人たちの欲望の犠牲になったって構わないではないか,青少年の人生と「日本が誇るモバイル産業とモバイル文化」の隆盛とどっちが大事だと思っているのだ,というお話になるはずです。
そのあとで,
現在、産学の連携のもと、フィルタリング運用に関する第三者機関設立の動きが活発化している。今回の法案は、こうした民間の是正努力を無視したものである。本来政府は、そうした取組を支援し、フィルタリングやサービスの面での技術革新を促して、日本の産業が世界をリードするよう図るべきである。
とは言っているのですが,上記の論理から言うと,「有害ではないサイトへのアクセスまで」は制限しないフィルタリングが開発されるまでは,できるだけ青少年用の携帯電話等にフィルタリングを使わせてはいけないはずですから(だって,そうしないと,「日本が誇るモバイル産業とモバイル文化の衰退を招く」とまで言っているのですから。),結局のところ,携帯電話会社としては,フィルタリング技術の開発のために政府から助成金等は受けたいけれども,「有害ではないサイトへのアクセスまで」は制限しないフィルタリングが開発されるまでは,「日本が誇るモバイル産業とモバイル文化の衰退を招」かないように,「フィルタリングは外しましょう。」と子供たちや親などに呼びかけていくという方針を採用することになるのでしょう。まさに「焼け太り」という言葉を想起させます。
特にネットやケータイの利用を通じて、青少年が被害に巻き込まれるようなことはあってはならない。しかし、このことを理由に政府が過剰で誤った介入を行い、憲法が保障する国民の基本的な権利を侵害することは許されるものではない。
とのことですが,「有害情報」の青少年への提供を規制することが「憲法が保障する国民の基本的な権利を侵害する」許されないものだというのであれば,都道府県の青少年保護育成条例も直ちに廃止して,書籍や映画等のメディアで「有害情報」を青少年へ提供することをも自由とすべきでしょう。
それにしても,「think-filtering.com」のメンバーを見ていると面白いですね。コンテンツホルダーが有する著作権や著作隣接権等を保護法益としてインターネットを規制することには積極的に賛成している人たちがちらほらと,青少年の健全な保護育成を保護法益としてインターネットを規制することには反対しているようです。事実上アドホックに基準が決められるカラオケ法理や,広すぎる同一性保持権などにより「利用者及び事業者を萎縮させる」ことには無頓着な方々が,「グレーゾーンを狙った商売をすること自体真っ当な企業としては如何なものか」と言わざるを得ない有害コンテンツ規制については「利用者及び事業者を萎縮させる」ことを憂いてみせるというのは一種の冗談のように思えてきます。
もちろん,「お金のにおい」につられて優先度を考えるならば,
コンテンツ産業の既得権>ネットビジネス>青少年の健全な育成
という順位になるのでしょうが。
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