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12/05/2008

あらまほしき「寂しくないネット社会」

 hrkt0115311さんからトラックバックをいただきました。

「議論の限界」「寂しい生き方」ということですけれども、小倉さんが繰り返しエントリをお書きになっても「届かない」方たちが、全員読解力が低いはずないですよね。いったい何がネックになって理解しあえないのでしょうか?

とのご質問についてですが,「匿名の陰に隠れることで手に入れた,現実社会の人間や組織を一方的に攻撃できる地位」を一種の既得権と捉えているとすれば(ここでいう「攻撃」は,あからさまな「誹謗中傷」に限らず,自分のことを棚に上げて他人にやたら倫理的な負担を強いるものや,「上から目線」で他人を非難し又は他人に命令を下してみせるものを含むものとします。),その「既得権」を撤廃しようという意見はもちろん,その「既得権」による弊害の大きさを指摘する見解に対しても,感情的にこれを受け入れられないというのは,「よくある話」の部類にあたるように思います。また,ネット上の人格と現実社会での人格が結びつくことに対するある種の恐怖感は,現実社会での自分に自信がなくかつ現実社会に怯えて生きていることだけでなく,ネット上での自分にも自信がないことが伺わせます(ネット上の別人格で誹謗中傷ライフを満喫しているというわけでもない方々ですら,ネット上での人格と現実社会での人格とが結びついたら現実社会での自分やその周囲にネガティブな影響が及ぶのではないか,と気に病んでいるわけですから。)。

 

小倉さんが感じられている「限界」をとりはらい、「寂しい生き方」ではないネットでの振る舞い方を実現した場合、具体的にはどのようなネット社会になるのでしょうか?

とのことですが,「何を成し遂げ,何を語ったか」によって人が(ネット空間でのみならず現実空間でも)評価される「フラットな社会」が実現し,高く評価されるために,各人が比較優位をもっている領域について質の高い情報を提供するようになるのではないかと期待しています。誰でも,検閲を受けることなく,即時に,全世界に向けて,情報を発信できるというウェブという仕組みは,それが現実社会と結びつくときに最も,その才能を発掘し,照らし出す機能を発揮します。

 ekkenさんの比喩に即していうならば,上司が部下に注意しているシーンの後、注意された部下がアフター5にネット上で匿名でその上司や会社または全くの第三者を攻撃して憂さを晴らしているのが,ネットでの匿名言論の実情です。「アフター5に英会話教室で仲良くしている」姿を理想とするのであれば,ネット上で英語でチャットをする二人が現実社会では上司と部下の関係にあることをお互いに知りつつ,それでいて上司は部下を見下さず,部下も上司を敵視したり,自分の方が英語が上手であることを笠に着ない姿勢をとることが必要となることでしょう。

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