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juin 2008

30/06/2008

ドイツは先進国に含まれるか。

 ヴォルフガング・アイゼンメンガー他「医療過誤──ドイツにおける医学的・法的側面に関する論評」判例タイムズ1267号55頁以下によれば,ドイツにおいても,医療過誤は刑事罰の対象となるそうです。

 しかも,ドイツ法においては,あらゆる医療行為は傷害罪の構成要件に該当するとされた上で,

  1. 当該治療が医学的に適応とされている。
  2. 患者からインフォームドコンセントを得ている
  3. 当該治療が医学的規則に従っている
  4. 当該医療行為が倫理規範及び規則に反していない

(以上,翻訳は黒木尚永=寺尾壽幸氏による)
の4要件を満たす場合に違法性が阻却されるとのことです。

 上記論文によれば,刑事訴訟になったのは170件であり,うち43件で判決が下されたが,そのほとんどは罰金刑であり,自由刑はわずかに3件であったとのことです。一部の医療系ブロガー等にとっては,ドイツは先進国ではないようです。

 なお,上記論文では,170,000件の医療過誤及び17,000件もの避けられた死亡が現実にあるという推計値から考えるのであれば,医療過誤による民事訴訟が約30,000件しかないというのは,比較的少ないとされています。医療過誤訴訟が年間1000件前後しかないわが国において民事訴訟を起こされるとやる気を失う,医療崩壊だ!などと宣っている一部の医療系ブロガー等には勤まりそうにない世界ですね(なお,ここによれば,ドイツの医師の平均就労時間は約55時間であり,一般の労働者の平均就労時間37.5時間の約1.5倍です。)。

【追記】

novtan1975さんから「ドイツで違法性が阻却されるとしている要件にあたるところが揺るがされている問題でしょ、日本のは。」とのはてなブックマークコメントを頂きましたが,そうではありません。医療系ブロガー・コメンテーターさんたちが主張されているのは,「医療ミスで医療従事者が刑事責任を問われるのは先進国では日本だけ」との標語のもとに,ドイツ法でも違法性が阻却され得ない医療ミスについてまで包括的に刑事免責すべきということであり,例えば,患者の取り違え等の場合でも刑事免責を主張されます。少し反論されると大野病院事件を引き合いに出すので誤魔化されやすい人は誤魔化されてしまうかもしれませんが(某自称レベルが高いブログのコメント欄でも,早速誤魔化しに入っているようです),個別の案件について不当な起訴がなされたことが問題だというのであれば,不当な起訴を受けた被告人と同じ職種の人全員に特定の犯罪類型についての刑事免責を与えよという議論にはならないはずです。,

International Electronic Evidence

 Stephen Mason編の「International Electronic Evidence」が出版されました。

 これは,世界各国の電子証拠法について概説したもので,私と東工大の金子宏直先生とで,日本法に関する部分を担当させていただきました(ただし,私は英作文能力を欠くので,私が日本語で作成した文章を英訳していただきました。)。

20/06/2008

不条理な脅しには屈してはいけない

 運動論的にいうと、「俺たちの要求をのまないと、医師たちは逃散するぞ。そうした医療崩壊で困るのは、お前ら愚民たちであって、お医者様は一切困らないんだぜ」という路線で来る限りは、その種の医師たちの要求には一切屈してはいけないということになります。ひとたびその種の脅しに屈して理不尽な要求を受け入れると、要求は次々とエスカレートしていく危険があるからです。

 最初は、救急時の刑事免責だけかもしれないけど、次は一般的な業務上過失致死傷罪についての刑事免責、未必の故意ありの場合の刑事免責、確定的故意ありの場合の刑事免責、不法行為責任(債務不履行責任)からの民事免責、行政罰制度の廃止等へ要求をエスカレートさせていく危険はあります。最初の時に脅しに屈して、「個々の患者の生命<<<医療を受けられることによる国民全体の利益」ということで刑事免責を認めてしまえば、これらの免責を全部受け入れないという理由はなくなってしまいます。

 さらには、医療とは離れた犯罪ないし不法行為に関する民事または刑事上の責任の免除を医師たちが求めてきた場合にも、その要求に屈しなければいけなくなるかもしれません。「医師というのはストレスがたまるのだから、女性患者に対するいたずらくらい容認されなければ、到底やっていかれない。医師の大量逃散を防ぐためには、文字通り医師に包括的な免責特権を与えよ」と脅されたとき、一度その種の脅しに屈した社会はずるずると脅しに屈し続けることになるかもしれません。

 医師が不当な起訴をされないようにやるべきことがあるかという話であれば現実的な提案を行うことはできますが、医師たちの脅しに屈して、理不尽な特権を付与することは努々避けなければならないというべきでしょう。

誰に聞けばよいのかを明示するところから始めたら?

 医療事故に関する医療系ブロガーないしコメンテーターの発言を見ていると、福島大野病院事件にかこつけて、過大な要求を社会に突きつけているように見えます。

 医療過誤について刑事責任を問う場合、現行犯逮捕ということは考えがたいので、被疑者在宅のまま捜査が進行します。ということは、捜査にはそれなりに時間的なゆとりがあります。従って、捜査機関としては、当該医師と専門領域を同じくする医師に対して、捜査機関が把握している事実関係において医師としてなすべきことまたはなすべきでないことについての照会を行うことができます。また、弁護側で医師に照会をかけることができます。

 従って、医師の側で、捜査機関または弁護人から照会を受けたときに、照会者が把握している事実関係の下で、医師として何をなすべきかまたは何をなすべきではないかを適切に答えることができる医師のリストを持ち、そのリストに掲載されている医師がその照会に適切に応ずることととすれば、注意義務の内容を確定する上で重要な資料となる当時の医療水準についての誤った認識に基づいて不当な起訴が行われる危険を相当程度減少させることができます。検察官だって、無実と判っている医師を敢えて起訴するほど暇ではありませんから。

 ただ、これは、医師の側にも協力を求めるものですので、「俺たちの要求をすべて飲まなければ、逃散してやる!それで困るのはお前ら愚民どもだ」路線に凝り固まり、社会と協調する気のない一部の跳ね上がりには通用しない話ではあります。もっとも、ネットの匿名さんはとかく主張が過激になりやすいのであって、多くのまっとうな医師たちは、どうやって社会と折り合うのかを誠実に模索してくれるのではないかと思っています。

19/06/2008

医療過誤について刑事責任を追及するのは先進国では日本だけなのか

 確かに、医療系の方々がよく仰る「医療行為に対し刑事責任を追及するのは先進国の中では日本だけ」というお話については、根拠を探すのが大変です。医療上のミスに関して医師等の刑事責任を追及する国として、イェール大学のEdward Monico博士は、「The Criminal Prosecution of Medical Negligence」のなかで、日米両国のほかに、New Zealand, Saudi Arabia, and Indiaをあげています。私の感覚だと、米国とニュージーランドは先進国に入るのですが、こればかりは「先進国」の定義の問題かもしれません。

 では、それ以外の国ではどうなっているのかという点は、ネットで無料で見られるデータではよくわかりません。医療過誤における刑事責任の追及を題材とした文献はいくつか見つかったのですが、弁護士会の図書館にあれば暇なときに読めばいいとして、わざわざAmazonで発注するのは面倒だなあという気がしています(例えば、「The Criminal Justice System and Health Care (Oxford Monographs on Criminal Law & Justice) 」って、Amazon.co.ukで購入しても、50英ポンドもするのです。)。

 もっとも、医療行為について刑事責任を追及しない国では、医療過誤の結果が今後の医療の改善に繋がれば遺族はそれを黙って見守るだけで去っていくのかというとどうもそうでもなくて、例えば、北村和生「フランス行政判例における医療事故と無過失責任の展開」だと、フランスでは、公立病院に限定されるとはいえ、医療事故により受けた損害については過失の有無を問わず賠償されているようですし、無過失補償制度を用意している国々も少なくないようですし、そうでないとしても、過失があれば民事的な損害賠償請求が認められる制度になっているところが大多数のようです("Medical Malpractice"で検索すると、医療過誤訴訟専門の法律事務所がわっと上位に表示されますし。)。

18/06/2008

発信者情報開示の運用の見直しの必要性

 発信者情報開示の手続に関しては,そろそろ,開示請求者側の代理人として,主たるアクセスプロバイダやレンタルサーバ業者(商用ブログ事業者やレンタルサーバ事業者を含む。),巨大電子掲示板管理者等に,運用の改善を求めた方が良いかなという気にはなっています。壇先生や久保先生などもお誘いした方が良いかもしれません。

 とりあえず,弁護士が代理人についているのに本人の写真付き身分証明書の写しの交付を要求するのはやめてもらいたいし(本人から委任を受けていないのに委任状を偽造してまで発信者情報の開示請求をするなんてリスク犯しませんよ),投稿者のメールアドレスとして捨てアドが登録されていて意見照会ができない場合や,意見照会の結果真実性の抗弁の存在を基礎づける資料の提出がなかった場合には,速やかに発信者情報の開示に応じていただきたいものです。意見照会の結果のコメントが「申し訳ありません。発信者情報だけは開示しないで下さい」なのに,「当該犯罪を犯していないとの公的な証明書が提出されない限り,権利侵害が明白とは言えないので,開示には応じられません」という回答はもう止めてもらいたいものです。

 また,IPアドレスと投稿時間しか把握できていないレンタルサーバ業者等について言えば,発信者情報の開示請求を受けたら,当該投稿に用いられたIPアドレスからアクセスプロバイダを探し出して,当該投稿にかかるアクセスログを消去せずに保管しておくようにアクセスプロバイダに連絡し,そのような連絡を受けたアクセスプロバイダは当該投稿のなされた時間帯に当該IPアドレスの割り当てを受けていた人物を特定するのに必要な限度でアクセスログを切り分けて保管するようにしてもらいたいものです。

 ブログ事業者等には,匿名プロキシサーバを経由してのコメント投稿を禁止するようなシステムを採用してもらいたいものです。ブログのコメント欄で名誉又は名誉感情を毀損されるのはブログ主だけとは限らず,むしろ第三者の名誉又は名誉感情がコメント欄で毀損される例も少なからずあるので,匿名プロキシサーバ経由のコメントの投稿を認めるか否かをブログ主の選択に委ねるのも如何なものかという気がしつつあります。

FireFox3.0

 さきほどFireFox3.0(OSX用)をダウンロードして試しに使ってみているところですが,体感速度がSafari3.1.1より大分速いような気がします。Flock1.0も速いと思いましたが,それ以上に速さを感じます。

貴族になることを夢見るより、自らを労働者と位置づけることの方が、現実的

 労働組合を作って待遇改善を図る、というとどうしてストライキしか思い浮かばないのか、不思議です。

 労組を作る一番の効果は、交渉窓口をはっきりさせることができるということです。使用者側が労働者側の要望をすべて丸呑みするということは通常ないので、使用者側としても、どこを譲歩したら労働者側と妥協できるのかを知るには、労働者側の交渉窓口が一本化されている方が好都合です。労使交渉の中で、使用者側に改善できることを改善してもらうことだって、勤務医が一人で使用者側と交渉したり、ネットで匿名で愚痴をこぼすよりは可能性があります。

 もちろん、勤務医たちが本当に一番実現したいことは何なのか、ということにも関連しているので、単に刑事免責を受けることで司法より「上」に立ちたいというプライドの問題が最優先なのであれば、医師を「法の支配」を受けない一種の「貴族集団」として国民が認めるのか否かという問題に帰結するわけですが、「自分たちが貴族として扱われないことに不満を覚えた医師たちが医師であることをやめたせいで医師の数が大量に減少した」ことが「医師不足」の主たる要因でない限り、「医師不足」という問題の解決には最も繋がらないお話だと思われます。

なぜ労組の結成が先でないのか

 勤務医を中心とする集団がまずやるべきことは何かといえば、普通に考えれば、職能別労働組合を結成して、労働環境の改善を病院等に働きかけていくことでしょう。それを後回しにして、まず「刑事免責」を主張して患者や世間を敵に回すということ自体、政治的なセンスを欠いているように思えてなりません。

 公立の病院について言えば、地域住民の同意が得られば、病院単体が黒字事業である必要すらないので、診療報酬制度をいじらなくとも、勤務医の数を増やして医師のローテーションを緩やかにすることができます。それは、勤務医労組と自治体との交渉の中で、地元議会の承認の元で実現が可能です。また、勤務医からなる労働組合として、労働時間と給与のバランスをどのあたりにおいてほしいかを明確に表明すれば、雇用側たる病院は、それを受け入れられるのかを検討することができます。

 また、医師の労働時間を減らすということを目標とするのであれば、現在医師が行うべきとされていることのうち、必ずしも医師でなくとも十分に勤まることをピックアップして、これを医療補助職の仕事とするように声を上げていくこともできるはずです。声を上げる先は厚労省ということになるのでしょうが、刑法を所管する法務省よりは交渉しやすいのではないかと思います。

 また、開業医中心の日本医師会よりは勤務医中心の団体の方が医師の絶対数が増えることに対する抵抗感は小さいわけですから、医学部の定員の大幅増員をもっと積極的に主張していけばいいのにとは思います。そりゃ、医者が育ちあがるまでには時間はかかるでしょうが、医師の絶対数を増やす即効薬などないのですから、仕方がありません。いずれにせよ、医師に「刑事免責」を認めたところで、医師がどこからか沸いて出てくるわけではありませんので、医師の絶対数の不足を解消する手法としては、医師の刑事免責というのは無意味です。

 医師の「刑事免責」って同業者、特に雇用主たる病院経営者と対立しなくとも済むお話だし、「法律家」「患者とその遺族」という「共通の敵」を作り上げてみんなで盛り上がることができるから、組織論的には、それを第一にもってくるのは楽なんだろうと思います。でも、楽なだけで、実現の見通しは低いですし、実現したところで、当面の課題の解決にはどうもあまり結びつかないように思えてなりません。

17/06/2008

業界を崩壊させるほどの蓋然性ありや

 普通だと思われていた行為で起訴された場合に業界は崩壊したのでしょうか。実例を見てみましょう。

 安田弁護士が逮捕、起訴され、高裁で逆転有罪となった事例についてみてみましょう。この事件において、安田先生がアドバイスしたスキーム自体はさほど特殊なものではありませんから、同様のスキームをアドバイスした経験のある弁護士は少なくないでしょう。しかし、そのようなスキームをアドバイスしたことで安田先生が有罪とされたことから、怖くなって弁護士をやめたという人はまずいないでしょう。赤字企業の再建業務が怖くなってやめてしまったという人もほぼいないはずです。それは、この事件が一種の「国策捜査」の一環であって、赤字企業を再建する際に有望な部門を切り離すというスキームを提言するとかなりの確率で訴追されるという事態に未だ至っていないと認識されていることが大きいでしょう。

 結局のところ、リスクの発生確率が0でないとしても著しく低い場合には、現在の職業を捨てるという大きな犠牲を払ってまでリスクを回避するという行動に出る人は無視できるほどに少ないということです。

 では、「医療の不確実性」故に患者が死に至るのを阻止できなかったに過ぎないのに医師が刑事訴追される確率は、医師に医師という職業を捨てさせるほどに高いのでしょうか。

 以前のエントリーでも紹介しましたが、医師による業務上過失致死傷被告事件の「平成11年から同16年4月までの公判件数は20件」です。そして、その多くは「医療の不確実性」とは関係のない事案です。従って、「医療の不確実性」故に患者が死に至るのを阻止できなかったことをもって業務上過失ありとされ刑事訴追される確率は、非常に低いものということができます。もちろん、自称「コメント欄のレベルが高い」ブログのコメント欄では、ミスを許容できない国民の側に問題があるかのごとき議論がなされてるわけで、あるいは、診療ミスにより患者を死に至らしめることすら「普通」の一環に組み入れた上で、そのような行為について刑事罰が科される場合には医師という職業を捨てなければならないという趣旨なのかもしれません。

 なお、某所での「議論」とやらに全くかけているのは、(業務上)過失致死罪にある応報刑的な側面を斟酌するということでしょう。

16/06/2008

刑事医療過誤事件と起訴前弁護

 医師たちに一種の治外法権を付与せよと主張する医療系コメンテーターの方々が錦の御旗として掲げる福島大野病院事件ですが,起訴前弁護が適切に行われていたのかが見えてきません。

 検察官や警察官には専門的な医学知識はないと医師の方たちは馬鹿にするのかもしれませんが,検察官等としては,自分たちに専門的な知識がないからといって医師たちのやりたい放題にしておくことはできないので,他の医師等の意見を聞きながら捜査を進めていくわけですから,不起訴を狙うのであれば,検察官が起訴の方針を固める前に,当該事件において医師が行った行為は当該状況の下では適切なものであったことを示す別の医師の意見書等を提出することが望ましいし,弁護人が,どこに過失ありと見ているのかを検察官から早期に聞き出した上で意見書の作成を指示し,その意見書を咀嚼した上で当該医師に業務上過失を問うのは適切ではないと検察官を説得することが望ましいといえます。

 医師たちが不当に起訴されることを回避するためには,起訴前弁護を適切に受けられる体制,そして,起訴前弁護を担当する弁護人に的確な医療情報が提供される体制が構築されることが有益です。しかし,全国医師連盟のサイトを拝見しても,又はレベルが高いと自称する某ブログのコメント欄を見ても,業務上過失致死傷の容疑を医師がかけられた場合の,法的なバックアップ体制を整備していこうという志向は感じられません。

15/06/2008

刑事罰は業界を崩壊させるのか

 ある職業に属する者が業務上過失致死の疑いで起訴されたが、同業者としてみたときに検察官が要求する注意義務の程度が不当に高く設定されているように思われると判断した場合に、同業者がやるべきことは、弁護費用や裁判係属中の生活費等の支援や、当該状況における注意義務のレベルについての同業者としての見解をまとめて弁護人に提出するなどの裁判支援等であって、当該職業の遂行過程において人を死に至らしめた場合を包括して刑事責任を免責せよと要求することではないし、当該職業に属する者を起訴することはけしからんと叫ぶことでもないし、その職業に属する者が行う職務の適否を判断する能力をもっているはずがないと裁判官を小馬鹿にすることでもないでしょう。

 実際、交通事故により人を死傷させた場合には懲役・禁固刑を含む刑事罰に処せられる危険があり、個別事案においては運転者の注意義務の程度が高く設定されているものがあるとしても、交通事故における死傷事故については刑事免責せよ(あるいは、故意または故意に匹敵する重過失以外は刑事免責せよ)という見解は国民の間に広く普及しないし、だからといって、総体的にいえば、刑事罰が怖いので自動車を運転しないという人の数が著しく増加しているという事実はありません。

 また、長距離トラック運転手やバス運転手等が、過酷な労働条件故に注意義務を十分に尽くすことができず死傷事故を発生されたという事案が起こったときに、運転手を刑事免責してやれとか、被害者が損害賠償請求をすることはけしからんという声は、国民一般からはもちろん、同業者からも起こりません。長距離トラック運転手たちが「私たちはこのような過酷な条件で物流業務を担っているのだから、過労故に事故を起こすことは避けがたい。私たちを刑事免責しないのであれば、私たちは今の仕事を辞めざるを得ない。そうしたら、物流崩壊で困るのは一般国民である」という言い方をしたら相当の反発を受けるのは必定だし、実際彼らは賢いので、そのような言い方はしません。そのような言い回しをする業種は、とりあえず一つしか思い浮かびません(もちろん、そのような言い方をするのは、その業種に属する人の中でもごく一部でしょうけど)。

現代の肖像:鈴木利廣弁護士

 今週号(6月16日号)のAERAの「現代の肖像」は、医療過誤紛争の原告側(患者側)の弁護士として著名な鈴木利廣弁護士を取り上げています。

 ネットではとかく、患者を死に至らしめる医師たちの声ばかり大きく、患者側の弁護士は無能で強欲な人間扱いされがちですが、その道のパイオニア兼未だに第一線という「一流」の弁護士の声を知っていただけるとうれしいです。

医療事故の実態を知りたければまず俺たちを免責せよという要求について

 全国医師連盟の意見表明は、その公式サイトにおいて、「iken1.html」から「iken6.html」まで6本、公表されています。同連盟の正式な発足はつい最近のことなので、各意見書の名義は、「全国医師連盟 設立準備委員会 執行部」というような形になっていますが(「執行部」名義ではなく、単に「会員の声」となっているものもある)、iken1.htmlではわざわざ「*これは設立準備委員会のものですが、現在でも通用します。」と注意書きが記載されていますし、「全国医師連盟」のロゴとともに「ikenX.html」(Xには数字が入る)というファイル名の元に同連盟の公式ウェブサイトに掲載されているのですから、今月になって正式に発足した「全国医師連盟」の意見を基本的に反映していると見てよいのでしょう。これらのウェブページからメニュー部分に表示されている「解説・オピニオン」という文字列をクリックしても、それ以外の解説・オピニオンというのは今日現在表示されませんし。

 全国医師連盟の公式サイトに掲載されているご意見のうち、半分(1,3,6)が「医療安全調査委員会」の新設に反対するものです。具体的にいうと、調査の結果、民事または刑事上の責任が医師にあることが判明した場合に法に則った責任を医師がおわされるような調査が行われることには反対だということです。

 民事にせよ刑事にせよ、医師に対して「結果責任」を負わせる法体系とはなっていないので、医療関連死に対して正しい事実認定がなされ、現在の医療水準に則った注意義務の設定がなされれば、現在の医療水準に則って医療活動を行っている医師が法的責任を負わされることはありません。もちろん、判断者が人間である以上間違えることもあるでしょうが、「医療安全調査委員会」の新設というのは、できるだけ間違った判断がなされないような工夫の一環であるというべきでしょう。

 しかし、これに反対する全国医師連盟の主張を敷衍すると、医師として期待される注意義務を満たしていなかったこと、言い換えれば、刑事法から見れば犯罪行為が行われていたこと、民事法から見れば不法行為または債務不履行が行われていたことが調査により明らかになった場合に、実体法的に発生している法的責任を医師に対し問わないことが保証されない限り、「医療安全調査委員会」において、医療関連死に対して正しい事実認定がなされ、現在の医療水準に則って注意義務の具体的内容が設定されることには受け入れがたいということになるのではないかと思います。医師の方々は、医師の責任が問われるべきでないとする例として、(医師の事実認識を前提とすると)過失がなかったと考えられる例を持ち出して医師に法的責任を問うことを問題視するのですが、実際には、患者の取り違えや点滴の作り置きのように、「医療の不確実性」云々の問題ではないミスで患者が死に至る場合もあるわけです。しかし、これを見る限り、全国医師連盟としては、そのような例だということが調査により明らかになった場合であっても、事故の再発防止に役立てばそれで患者側は満足すべきであって、医師が「医師免許の停止や剥奪などの行政処分というペナルティや罰金刑や禁固刑といった刑罰」を課されることはもちろん、「患者さんやそのご家族が医師を訴えて損害賠償金を払わせるということ」も断念せよということを要求しているように読めます。


 閑話休題。全国医師連盟では、「国際的に評価の高い日本の医療は、先進国最低の医療費に よって賄われている」としています。これは、ネット上でも医師とおぼしき人々からしばしば語られることですが、本当でしょうか。

 世界保健機構の公式ページにアクセスすると、NHA Ratios and Per capita levels というデータを、Excel形式またはpdf形式でダウンロードすることができます。そのデータには、国ごとの「Total expenditure on health as % of Gross domestic product」も掲載されています。これによれば、日本の健康関連総支出はGDP比で8.2%(2005年)です。では、これは先進国の中で最低なのかというと、何をもって「先進国」というかによるということになりそうです。というのも、このGDP比が日本よりも小さい国として、ロシア、フィンランド、ルクセンブルグ、メキシコ等があり、またほぼスペイン、英国、アイルランドとほぼ同レベルだからです(以上の国々は、ロシアをのぞき、OECD加盟国です。)。むしろ、米国(マーシャル諸島についで世界2位)が特殊としかいいようがありません。このように、実際のデータを見ると、日本の医療は、先進国最低の医療費に よって賄われている」とは言い難いように思えてきます。

14/06/2008

患者の権利は重んじていない

 全国医師連盟というのが結成されていたのですね。

 患者と医療従事者の権利を重んじ、医療の質の向上と診療環境を改善するために活動しますというお題目は立派です。でも、実際のところ、医療行為に関して医師に法的責任を問うなという話に重点が置かれすぎていて、少しも「患者……の権利を重んじ」ているようには見えません。

 例えば、「産科崩壊阻止のための対策要望書」では、第1に、医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい。これは全ての科に必要です。出産には産婦人科、麻酔科、外科、小児科、内科が関わり合いますから、産科だけでは無意味です。 最近は外科、救急医療が崩壊中ですから、必ず必要です。という要求から始まります。しかし、横浜市立大学病院事件のように、肺の手術予定だった男性患者と心臓の手術予定の男性患者を取
り違えて執刀してしまった例や、慈恵医大青砥病院事件のように、医師に経験を積ませるために、腹腔鏡下手術の十分な経験のない医師3名が、指導医無しで執刀し、大量出血による脳死で死亡させたような例まで含めて刑事免責とすることに国民的な合意が得られるようには到底思えません。ある意味正直といえばそうなのかもしれませんが、このような国民が受け入れがたい要求を第1番目にもってくる時点で、アピール文書としては最低です。

 ついで、民事訴訟での上限設定が必要です。分娩保険も支払わない場合だと、1000万円まででしょう。或いは分娩保険を支払う場合は、更に上乗せしても良いでしょう。例えば妊婦死亡の場合損害賠償額2000万円なら分娩費50万円。妊婦死亡の場合損害賠償額1億円なら分娩費500万円とか。支払い可能な額を計算して決めれば良いです。という要求が続きます。国民に対してけんかを売っているのでしょうか。「分娩費500万円を先に払ったら、妊婦が死亡したときには賠償額として1億円払ってやるぜ。そんなに払えないのなら、上限1000万円でせいぜい我慢するのだな」ってことをいっているわけです。産婦人科では、20人に1人の割合で妊婦を死亡させるおつもりなんですかって話ですよね、これは。何で1事故あたりの上限1億円の医師賠責保険の保険料100年分を妊婦が1回の分娩に際して支払わない場合には賠償額として1億円も払う必要がない、保険料10年分を妊婦が1回の分娩に際して支払った場合でも上限2000万円でよいという話がどこから出てくるのか不思議です。

 次に、3 検察審査会の起訴は医療事故には適応されないことにすべきです。感情は医学的判断に影響すべきではありません。あくまで科学的分析すべきです。との要求がなされています。しかし、検察審査会には起訴権限はありません。検察審査会の不起訴不相当ないし起訴相当の議決があった場合に、検察官がこの議決を参考にして事件を再検討するにすぎません。

 一つとばして、病死は異状死でないと定義すべきです。医療関連死は異状死でないと定義して下さい。医療関連死をどうするかは、今後話し合えば良いでしょう。医療関連死は届出義務がないとして下さい。診療行為に関連した予期しない死亡は異状死だという法律上の定義はどこにもありません。法医学会の声明など意見に過ぎません。何ら届け出を法的に拘束するものではありません。診療行為に関連した予期しない死亡が業務上過失致死罪に相当するという法律は存在しません。最高裁が言い出したことは立法権の侵害と思います。法律は国会 が決めることです。との要求がなされています。しかし、「医療関連死」とは、「医療に関する有害事象発生と死との因果関係が疑われうる事例」であり、「遺族が、医療行為、または、不作為との因果関係を疑う可能性のある死亡」である定義されている以上、「医療関連死は病死であって異常死ではない」と定義することは不可能です。例えば、都立広尾病院事件のように、看護師が点滴薬を取り違えて準備し、他の看護師がそれを患者に注入した結果患者が死亡するに至った場合に、これを単なる病死として右から左に処理をしてしまうことに、私は強い違和感を感じます。

 次に、福島県大野病院の産婦人科医加藤先生逮捕事件は不当逮捕不当起訴だったと宣言して下さい。直ちに起訴取り下げして、裁判を終了して下さい。2度と国、政府、厚生労働省、法務省、警察、検察が、この事件の様な不当逮捕、不当起訴事件は起こしませんと宣言して下さい。その宣言がなければ、恐ろしくて産科や外科医療など出来ません。その宣言がなければ、医療冤罪で逮捕起訴される医師が必ず出るからです。何故なら、妊婦は一定の確率で必ず死ぬからです。その度に産科医が逮捕起訴されるのであれば、産科など出来ません。警察は告発あれば、必ず、書類送検します。検察は遺族マスコミの感情に流され、起訴してくる可能性が高いからです。そこに科学的分析の概念はありません。今回の大野病院の刑事裁判で明らかとなりました。と要求しています。しかし、この事件での起訴が正しかったかどうかは、第一審判決も下されていない現段階では未だ明らかではありません。さらにいえば、この事件の前後においても、妊婦が死ぬたびごとに産科医が逮捕起訴されているという事実はありません。日本の刑事司法は、起訴された場合の有罪率は高いですが、起訴率は高くありません。

 一つとばして、陣痛促進剤被害者の会で、「無過失保険で得た保証金で訴訟の準備もありえる」、「産科訴訟に無過失はない全て過失だ。」と公然と宣言されました。だから、無過失保証制度は無意味です。効果はありません。この制度で産科医療崩壊阻止は出来ません。この制度では年間数百億から、数千億円使うことになりますが、この金は無駄なことに使うのではなく、 周産期医療施設の建設や維持に使用すべきです。との要求がなされています。「陣痛促進剤被害者の会」がそう述べたからといって、「産科訴訟に無過失はない全て過失だ」ということになるわけではありません。また、産科関連の無過失補償制度としては、これなどが報道されていますが、その一人あたりの総額は「総額は3000万円弱になる見通し」とされており、また、日本医療機能評価機構の「第12回「産科医療補償制度運営組織準備委員会」次第」では、調査報告書にもとづく推計では、補償の対象となる者は概ね500人〜800人程度と見込まれるとされていますから、必要な予算は、200億円前後です。さらにいえば、出産時の事故により子供が脳性麻痺になってしまうというのは大変なことであって、そのような家庭を経済的に支援するために3000万円程度の給付を行うことを「無駄なこと」と言い切ってしまうセンスにはついていけません。この連盟は「患者と医療従事者の権利を重ん」ずる旨標榜しているものの、患者の権利を軽視し、むしろ憎しんでいるようにすら感じられます。

 こんな独善的な意見書を公表する前に、ちゃんと弁護士にチェックしてもらえばいいのに。


【追記】

 心臓外科医の南淵明宏先生は、政府案に反対し「医療従事者に刑事責任を問うべきではない」との主張があるが。との質問に対してどのような職業でもリスクはある。良かれと思って一生懸命やったことで人が死んだ場合に、医師だけが刑事責任を免じられる理由はないだろう。と答え、司法の介入は「医療崩壊」につながるとの指摘もある。との指摘に対しては、日本の医師社会は個々の医師に関する質の管理を放棄し、見せ掛けを良くする努力ばかりしてきた。その総本山が大学病院であり、ばかばかしさに気付いた若い世代の医師が新たな価値体系を求め迷走している。それが『医療崩壊』と表現される現象だ。事故への司法介入とは次元が違う問題で、刑事責任と医療崩壊を結び付けた議論は、医師社会の幼稚さや秩序の無さを露呈させている。医療は既に根本から崩壊しており、今後は再構築の段階と言えると答えています。矢部先生のブログのコメント欄でとぐろを巻いている方々の意見のみが医師の意見だと思うと他の医師の方に失礼に当たるのだなあということを改めて実感させられる次第です。

13/06/2008

時間をとるか給与を取るか。

 「労働時間の短縮」という問題を考えた場合には、常に突きつけられる問題があります。給与を取るか時短をとるかという問題です。そして、これは、勤務医の勤務条件に関しても当てはまります。

 例えば、公立病院において、勤務医の人件費として年間1億6000万円の予算が付いたとした場合に、勤務医一人あたりの平均年収を1400万円程度に維持しようと思ったら、11人しか勤務医を雇用することができません。しかし、勤務医一人あたりの平均年収を米国の家庭医並みの水準(800万円程度)にとどめることで医師たちが納得するのであれば、その病院は20人の勤務医を雇用できることになります。すると、勤務医が11人の時には医師が週72時間働かなければこなせなかった仕事が、単純計算で言えば、勤務医が20人の時には週40時間働けば済むということになります。

 勤務医たちの間で「給料が減少してもいいから労働時間を短縮してほしい」という考えが広く共有されているのに、病院の方が「労働時間はともかく、高給を用意しないと、勤務医を確保できない」との意識が強い場合、医師と病院との間のコミュニケーションギャップに基づくミスマッチがあるということになります。そのミスマッチの解消は、ネットで匿名でマスコミや法曹や患者を罵ることによっては解消しません。

 また、給与の面についても、勤務医の平均給与を一定水準に維持する中で、勤務医間の給与格差をどうするのか(実績が乏しい間は低い給与水準に甘んずるが相当の実績を積んだ後は相当の高給を期待するのか、むしろ年功を加味せず労働時間ベースないし出来高ベースで給与を算定するのか等)という問題はあるのですが、これは医師内部での世代間対立をどうするのかという問題であって、医師内部でのコンセンサス作りをしてもらうよりありません。そして、それは、ネットで匿名でぐちぐちと愚痴をこぼしているだけでは不可能です。

 ネット上の医療系コメンテーターはすぐ米国での労働環境を羨むような言い回しをするわけですが、米国では、Committee of Interns and Residentsのようなものを結成してちゃんと戦うわけではないですか。処遇の改善って、そこからがスタートであって、それなしにネットで匿名で不満をぶちまけていても何ら改善はなされないわけで、それは「医師」だって変わりやしません。要求の100%を聞き届けることなんて客観状況が許さないのだから、結局、どの点を重点的に譲歩するのかを探っていかなければならないときに、交渉窓口がはっきりしない勢力と譲歩交渉なんてできないのですから。

11/06/2008

現状の改善に現実につながる議論がきちんと行われない場を「レベルが高い」と評価することにとても違和感あり

 某ブログのコメント欄では日長一日私に対する個人攻撃、人格攻撃でとても盛り上がっていたようです。ああ、しょうもない人たちだこと!

 それはともかく、医療系コメンテーターたちの問題点をさらに挙げるとするならば、現実社会が対応可能なレベルの要求でとどめておくと言うことを知らないということでしょう。医師という属性と、匿名であると属性故に、ダブルパンチで神様気取りなので、「妥協の余地を探る」という精神構造を持ち得ないのかもしれません。最近のエントリーで医療系コメントスクラムに襲われた法律家系ブログの例を2つ挙げましたが、どちらの例にしても、医療系コメントスクラムの要求というのは、とても現実社会の人間が受け入れることのできないものだったわけです。

 また、医療系コメントスクラムに襲われた団藤保晴さんの例についていえば、団藤さんはジャーナリズムの側ではもっとも彼らの問題意識に近い問題意識を持っている人物の一人であり、それ故、共通する問題意識に基づいてマスメディアと医師側のいわば共闘を呼びかけたわけですが、共闘に伴う一定のリスク負担を求めた(といっても、実名を示して前面に出てくることを求めただけですが)だけで、医療系コメンテーターたちからは総スカンに近い扱いを受けたわけです。


 もちろん、医師たちは単に現実社会での戦い方を知らないだけかもしれません。それならば、法律実務家が戦い方を教えてあげればいいのにと思わなくもありません。そこに何人もいるのですから。現状を少しでもよい方向に「現実に」導くことこそ、法律実務家の本領ではないですか!私は、知財・IT系ですので、その分野ではそれなりにその能力を活用し、それなりに貢献はしてきたつもりです。現状に不満を持つ人々のために不満をぶちまける場を設け、それを褒めそやすだけというお気楽で無意味なことはしてこなかったつもりです。

 これは人生観の違いに由来しているのかもしれませんが、私には、現状の改善に現実につながる議論がきちんと行われない場を、とてもではないですが「レベルが高い」と評価する気になれません。

矢部先生に期待しても…ってことだったようです。

 矢部先生からコメントを頂きました。本来は,メールで直接にやりとりするべき内容なのですが,最近3回にわたり矢部先生にコメントを投稿いただいた際に,矢部先生は1回1回異なる文字列をメールアドレス欄にご入力されていますし,最初にご入力いただいたアドレスに宛ててメールを送信したところ,そんなアドレスはないとしてMail Delivery Subsystemからの突き返しを食らってしまいましたので,こちらで言及させていただきます。

 矢部先生のコメントの内容は下記のとおりです。

私のブログのコメント欄にあなたに対する人格攻撃があるというのであれば、あなたがコメント欄でお書きになった



>矢部先生のブログのコメント欄の「空気」が、「日本の医師は無条件にすばらしい。それなのに、マスコミも、官僚も、法曹も、患者たちも、おのが欲望のために、不当に医師たちに言いがかりをふっかけてくる。医師の行動にこれらの輩が文句を言うことは許さないぞ!」という類のものであることは理解していますが、



これは、私および私のブログへの投稿者に対する虚構の事実に基づく人格攻撃です。

私に矜持を求めるのであれば、まずあなたが示すべきでしょう。

 矢部先生が私に読めと仰った「空気」についての理解が矢部先生のものと異なっているということをもって「挙行の事実」だの「人格攻撃」だのと捉えることもどうかしていると思いますし,矢部先生のブログのコメント欄の「空気」を素晴らしいものと褒め称えなければ,そこで行われている個人攻撃に対してしかるべき措置を講じないと宣言するのも如何なものかと思われます。といいますか,「空気」に対する評価が人格攻撃なんでしょうか。

 実体面でいうと,矢部先生のブログの,特に医療問題に関するエントリーのコメント欄についていえば,日本の医師を,世界一質が高く,しかも自己犠牲の精神に満ちた素晴らしい存在であると自画自賛する書き込みが多く投稿される一方,そのような医師たちの意に沿わない行動をする法曹,マスコミ,厚労省等の官僚,患者たちについては,酷い言われ様をしており(あそこでの患者側訴訟代理人を務める弁護士の言われ様は,患者側を引き受けない私から見ても酷いと思いますし。),それがブログ主により容認されているわけですから,そこでの「空気」を上記のように要約することがあながち外れていないことは明らかであります。

労働環境に関する問題は労使関係の問題と考えるのが筋

 自分のブログのコメント欄のレベルが高いなんて真顔でいえる人がいるというのはある意味驚きです。コメントの質の低さというのは我が国のブロガーの共通の悩みかと思っていました。

 それはともかく医療系コメンテーターの最大の問題は、自分たちが不正不満をぶちまけて、「俺たちの要求を丸呑みしなければ俺たちが逃散するだけだ。それで困るのはお前らであって俺たちではない」という捨て台詞を吐くことしかしていない点でしょう。で、自分たちは政治的に行動して要求を実現させていくことは何も考えていない、といいますか、そのように行動しない自分たちを恥じるどころか、むしろ誇ってみせるところでしょうか。

 でも、勤務時間や勤務シフトの問題なんて純粋な労使問題ですから、法曹や報道に悪態ついてみたって何も変わらないのであって、労働組合を作って団交し労働者としての権利を一つ一つ実現していく等の泥臭い手法を使っていった方がよほど効果的です。「雑用」として従前医師が行ってきたことをどれだけ補助職に行わせるかという意味での業務体制の再構成にしてもそうです。「中規模の公立病院で働く勤務医の年収は、1427万円」だそうですが、勤務医の年収を1000万円程度に引き下げる代わりに年間400万円の人件費を使って補助職を雇って「雑務」の多くから解放された方が医師にとっても幸せなのではないかという気がします(年収なんて、一定の臨界点を超えると、あとは記号的な意味しか持たなくなりますし。)。「雑務」を補助職に委ねることに法的な障害があるのであれば、それをどうやったら取り除けるのかについての議論をした方が生産的です。まあ、こううことをいうと、補助職を雇えるほどの収入がない云々という言い方がされる可能性はありますが、補助職って、より生産性の高い仕事をできる人をそのような仕事に集中させるために雇うものなのですから、むしろ厳しい経営環境に晒されていればこそ補助職の使用が検討されるべきだというべきでしょう(もちろん、医師の側の意識として、自分たちの収入が減らされるぐらいであれば、補助職なんぞ雇わずに自分たちですべての雑務をこなした方がましだという声の方が大きいのであれば仕方がない話ですが。)。

10/06/2008

矢部先生の矜恃に期待する

 矢部先生のブログのコメント欄は私の人格自体を攻撃する書き込みが大分投稿されているようです。これに対してきちんとした処理をなされるのか,あるいは,これを放置する道を選ぶのか,お手並みを拝見することにしたいと思います。

検証可能性のない「体験談」がそのまま垂れ流されることの弊害

 匿名発言の問題点を指摘すると,相変わらず内部告発はどうだ云々という話が出てきます。

 しかし,内部告発に関していえば,通常は,「一定の期間がこれを受け付けても,裏がとれるまでは,これを開示しない」というルールの下で運用されているはずです。内部告発の様相をまとったデマが内部告発として公表されることの弊害は大きいからです。実際,私は,公益通報制度のある国や地方公共団体等において,内部告発の受付を,投稿結果がすぐに公表される「電子掲示板」で行っているという例があることを知りません。

 私は大分前に,「Aさん」の体験として,ある医療機関にて違法行為が繰り返されているがごとき報道を週刊誌にされた事案を扱ったことがあります。そこで記載されている「体験」に類似するエピソードすらなく「Aさん」が誰なのか皆目見当がつかない(記者が架空の存在として「Aさん」という人物像を作り上げたか,又は,虚言癖のある「Aさん」からの「内部告発」を十分な検証もせずに記事にしたのでしょう。)ので,具体的に反論するきっかけすら摑めない事案だったのですが(発信者情報開示請求訴訟と違い,名誉毀損に基づく損害賠償請求事件では報道機関側が摘示事実が真実であることの証明をしないといけないのでまあ助かりましたが),そのような報道でも少なくない人がその記事を真実だと信じてしまい,被害者はずいぶんと酷い目にあったものです(心当たりがないので,「あの件は実はこういうことだったのですよ」という説明すらできず,「あれは全くのでたらめなんですよ」という話しかできないので,マスコミの報道を信じてしまった人に対して説得力を持つ弁解ができないのです。)。

 矢部先生がそのブログにおいてやろうとしていることは,情報の出所を明示せず,また,その真実性を検証する手がかりとなる情報も明示しない状態で,特定の人々(この場合「患者やその家族等」です)を糾弾するためのエピソードを公表していこうということであって,上記週刊誌がやったことを大々的に行おうということです。おそらくは,そこで公表されてことは真実として受け取られることを前提にしているのであって,誰もそれを真実だとは受け取らないことを前提としているわけではないでしょう。検証可能性のないエピソードをさも真の内部告発かのように祭り上げて特定の人々を貶めていこうということをやろうとしているわけです(実際,既に投稿されている「体験談」について,その真実性を吟味しようという動きは全くないようです。)。

 マスコミのあり方について批判的なネット言論がマスコミの悪い部分をまねて拡大再生産しているという事実は,誠に滑稽なものといいうるでしょう。

【追記】

 別の弁護士が,そのブログのコメント欄を利用して,「医師からパワハラ,セクハラを受けたという体験談」を募集し,匿名で投稿されたものを検証もせずに掲載した場合に,匿名の自称医師軍団は何一つ文句をたれないのでしょうか,それが例えば,診療拒否をちらつかせながら不当な金品等の要求をされたとか,子供をちゃんと直して欲しければ黙っていろといわれて胸を触られたとか,真実とは思えない投稿が「匿名による告発」として掲載されていても,そのようなことを行ったとされる医師の氏名等が特定さえされていなければ,文句を言わないのでしょうか。

09/06/2008

「量」だけが頼り

 一人のコメンテーターに対して多数のコメンテーターが襲いかかってきている状態では、そのうちの数人に対して反論をするか、または、それらの集団の見解のエッセンスを抽出してこれに反論するかしないと、時間的・体力的に持たないであろうことは容易に想像が可能です。そのような現実的な対応についてこれを「藁人形論法」扱いして批判するというのはアンフェアだと思います。

 もちろん、一人の人間に対し多数人で襲いかからないと不安でたまらない人々(自称医師たちの所業について、例えば、ここここ等を参照。)に「フェア」の精神を期待しても仕方がないわけですが。

08/06/2008

出所のわからない一次情報を収集し公表することの意味

 矢部弁護士がその開設するブログにおいて、「患者の暴力・暴言で退職した医療関係者、東京では273人」との記事を引用しつつ、医師または病院関係者からの実情報告等をいただければ、多くの人に問題の所在を認識してもらうのに有益だと思います。と言い始めました。

 しかし、その種の「実情報告等」をネットの匿名さんから集めてみたところで、「被害の主体」兼「一次情報の出所」がわからず、従って、情報の真実性の検証をしようがないわけですから、さほど意味がある話だとも思えません。医師たちに有利な方向に向けて世論を歪めるために一部の医師たちが全くの虚偽の事例を作り上げたり大げさな表現をしたりするモラルハザードの可能性も否定できません。特に、複数の匿名さんが「共通の敵」を見いだした場合、この「共通の敵」に関しては何を言ってもよい(といいますか、どんどん話をエスカレートさせることが望ましい)と言うことになりがちであり、「患者」を「共通の敵」とする医療系匿名コメンテーターさんたちがまことしやかな「ほら合戦」を始める危険性だって十分にあるのですが、そのような場合これを制御することは大変です(だって、嘘か本当か、検証のしようがないのですから。)。矢部先生にその覚悟があるのか、疑問です。

 矢部弁護士のブログのコメント欄は、出所のわからない一次情報の信頼性に問題があることを指摘することすら許容される状況ではないようですので、もはや言うだけ無駄という気はしますが。

05/06/2008

他人の死を望むメッセージ

 自分の死を望む旨のメッセージを集団から突きつけられることの精神的な衝撃というのは結構大きなものです。富士見中学いじめ自殺事件や三輪中学いじめ自殺事件,上福岡いじめ自殺事件等でも,それだけではないにせよ,人を自殺にまで追い込む一つの要素となっています。

 また,匿名集団が特定の人や集団に向ける執拗な憎悪というのも人間の精神に衝撃を与えます。憎悪を向けられる個人だけでなく,第三者として見るだけでも相当の衝撃を与えます。例えば,お仕事の関係で,依頼者が「祭られ」ているスレッドの中から名誉毀損ないし侮辱にあたる発言を抜き出す作業は,一度事務員さんにお願いをして,このような書き込みを読んでいるだけでもとても精神的に辛くなると愁訴されて以来,私のみで行うことにしています。法律事務所の事務員って人間のいやな部分を見る機会が多い職業ですが,そのような人でも耐え難い気持ちになるような存在なのです,2ちゃんねらーは。まして,ライナス学園において,当初「2ちゃんねる担当」とされた職員が、半年後に鬱病(うつびょう)になって退職に追い込まれるというのは仕方がないことです。

 はてなは,はてなブックマークを用いて「死ねばいいのに」とのメッセージを集団で特定の人間に突きつけることを容認することにしたのだそうです。まあ,以前から野放しですけど。他人を不幸にするサービスを目指すということなのでしょうか。

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