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10/06/2008

検証可能性のない「体験談」がそのまま垂れ流されることの弊害

 匿名発言の問題点を指摘すると,相変わらず内部告発はどうだ云々という話が出てきます。

 しかし,内部告発に関していえば,通常は,「一定の期間がこれを受け付けても,裏がとれるまでは,これを開示しない」というルールの下で運用されているはずです。内部告発の様相をまとったデマが内部告発として公表されることの弊害は大きいからです。実際,私は,公益通報制度のある国や地方公共団体等において,内部告発の受付を,投稿結果がすぐに公表される「電子掲示板」で行っているという例があることを知りません。

 私は大分前に,「Aさん」の体験として,ある医療機関にて違法行為が繰り返されているがごとき報道を週刊誌にされた事案を扱ったことがあります。そこで記載されている「体験」に類似するエピソードすらなく「Aさん」が誰なのか皆目見当がつかない(記者が架空の存在として「Aさん」という人物像を作り上げたか,又は,虚言癖のある「Aさん」からの「内部告発」を十分な検証もせずに記事にしたのでしょう。)ので,具体的に反論するきっかけすら摑めない事案だったのですが(発信者情報開示請求訴訟と違い,名誉毀損に基づく損害賠償請求事件では報道機関側が摘示事実が真実であることの証明をしないといけないのでまあ助かりましたが),そのような報道でも少なくない人がその記事を真実だと信じてしまい,被害者はずいぶんと酷い目にあったものです(心当たりがないので,「あの件は実はこういうことだったのですよ」という説明すらできず,「あれは全くのでたらめなんですよ」という話しかできないので,マスコミの報道を信じてしまった人に対して説得力を持つ弁解ができないのです。)。

 矢部先生がそのブログにおいてやろうとしていることは,情報の出所を明示せず,また,その真実性を検証する手がかりとなる情報も明示しない状態で,特定の人々(この場合「患者やその家族等」です)を糾弾するためのエピソードを公表していこうということであって,上記週刊誌がやったことを大々的に行おうということです。おそらくは,そこで公表されてことは真実として受け取られることを前提にしているのであって,誰もそれを真実だとは受け取らないことを前提としているわけではないでしょう。検証可能性のないエピソードをさも真の内部告発かのように祭り上げて特定の人々を貶めていこうということをやろうとしているわけです(実際,既に投稿されている「体験談」について,その真実性を吟味しようという動きは全くないようです。)。

 マスコミのあり方について批判的なネット言論がマスコミの悪い部分をまねて拡大再生産しているという事実は,誠に滑稽なものといいうるでしょう。

【追記】

 別の弁護士が,そのブログのコメント欄を利用して,「医師からパワハラ,セクハラを受けたという体験談」を募集し,匿名で投稿されたものを検証もせずに掲載した場合に,匿名の自称医師軍団は何一つ文句をたれないのでしょうか,それが例えば,診療拒否をちらつかせながら不当な金品等の要求をされたとか,子供をちゃんと直して欲しければ黙っていろといわれて胸を触られたとか,真実とは思えない投稿が「匿名による告発」として掲載されていても,そのようなことを行ったとされる医師の氏名等が特定さえされていなければ,文句を言わないのでしょうか。

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