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03/07/2008

「中傷にはスルーが原則」は今は昔のお話

 nov1975さんはさて、泣き寝入りをしなくて済む方法は。こと世の中の評判に対しては、自分の正当性を高らかに歌い上げればよいんじゃないでしょうか。後ろ暗いところがなければ、ちゃんと見ている人はわかってくれるでしょう。仰っています

 私たちの領域でも、ネット上での中傷は放置しておくのが一番だと、10年くらい前は、そうアドバイスをしていたのです。しかし、それも昔の話です。

 最近は、組織的な中傷も多いので放置していても中傷がやまないという事態が増えてきました(流されているネタからするとどうもライバル業者がやっているのではないかという事例は結構多いです。)。また、ネットで匿名で語られていることの方を信じる人も増えてきました。やはり衝撃はライナス学園事件であって、ネット上での誹謗中傷により生徒の大幅減少にまで追い詰められたわけです。

 そのようなときに「自分の正当性を高らかに歌い上げ」ても焼け石に水って場合は少なくありません。「内部告発もどき」の投稿が執拗になされているときに、「あれは事実無根です」ということをいくら高らかに謳い上げようが、ネットで匿名で語られていることの方を信じる人には全く効果がありません。中傷に対しては、対抗言論は成立しません。リタラシーの高い人々のみを相手にしていればよい業界はよいのですが、リタラシーの必ずしも高くない人をも顧客としなければならない業種も少なくないのです。

 また、絶え間のない悪意に晒され、それがネットの匿名集団により囃されることに精神的に耐えられない人々も結構います。といいますか、それが人間としては普通なのであって、ネットでの集中的かつ継続的な中傷を「スルー」できる方が特殊です。

 逆に言えば、匿名さんたちからすると、だからこそ、集中的かつ継続的に中傷を行って相手を精神的に追い詰めてあわよくば自殺に追い込んだり、ライバル業者の営業を妨害しあわよくば倒産に追い込んだりする手段として、ネットの匿名性は保障されなければならないということになるのだとは思います。ただ、そういう手段を保障しなければならないというのは、表現の自由が憲法上保障されているということを加味しても、法的にも倫理的にも正しくないように思います。

 我が国において、ネットの匿名性を手にしたときに自制心を保てなくなってしまった人が少なくなく、しかも、ネットの匿名社会はこれを自立的に排斥する意図がないことが事実として明らかになっています。このような環境の下では、ネット表現の匿名性の保障というのは、日本国民は未だこれを持つに値しないのではないかと思います。

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