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30/10/2008

QOLの向上に資する所得水準の上昇と,単にプライドをくすぐるだけの所得水準の上昇

 その職業に就くために投下する時間,費用,努力に見合うだけの収入の増加分が見込めなければ,その職業に優秀な人材が集まらないというのはその通りです。例えば,現在の法テラスのスタッフ弁護士の処遇(資格取得後9年目(順調に資格を取ったとして34〜5歳)で手取り27万円)でも希望者が殺到するほどに新規法曹資格取得者の労働環境が悪化した場合には,他の職業に就けるだけの能力を持った人間はわざわざ法科大学院に進学して法曹を目指さなくなるでしょう。

 そういう次元の話で言えば,都立病院における医師の処遇は,医師という職業に就くまでに投下した時間,費用,努力に見合うだけの収入の増加分は,きちんと提供しているわけで,本来それが優秀な人材から回避される要素となるものではありません(都立病院の医師の平均収入が1200万円であるとすると,大卒・院卒男子の平均収入700万円との差額は500万円であり,医師の場合,通常の大卒労働者と異なり23歳〜25歳の間が無給であることを考慮しても,生涯収入格差はおおざっぱに計算して1億5000万円くらいは発生します。)注1

 しかし,そのような優遇された条件を提示しても都立病院の医師の定員が補充できないのは,「開業医」という不当に優遇された働き場所があるからです。「開業医」になれば平均で2700万円程度の収入を確保できるということが脳裏にあるからこそ,平均1200万円という都立病院の労働環境が劣悪に感じられるだけの話です。novtanさんは,

でも、医師は医療崩壊を食い止めるために個人としての権利をすべて捨て、医療に人生を捧げるべきだ、なんて考えるのであれば、そもそもすべての国民は国のために計画配置されるべきと主張されているのと変わりません。
仰っています。しかし,年平均1200万円という俸給が提供されているのに,「個人としての権利をすべて捨て」ているのと同然だみたいな言い方をされても,何か違う世界の話をされているような気がします(NOVTANさんは,麻生首相や鳩山総務大臣とは話の感覚が合うかもしれません。ただ,多くの国民にとって,1200万円というのはゼロにも等しい端金には映りません。)。

 さらにいうと,年収300万円から400万円に,年収400万円から500万円に上昇すると,生活レベルの向上を実感しますが,あるレベルまで行くと,所得の上昇は,生活レベルを向上させるものではなくなり,いわば記号論的な意味合いが強くなっていきます。都立病院の医師の平均年収を従来の1200万円程度から開業医並みの2700万円に上昇させるとなると,都立病院の医師の定員の総計は約850人とのことですから,130億円程度の公的資金が都立病院の医師の給与に使われることになりますが,それは,その支出に見合うだけの生活レベルの向上をもたらしません。特殊な例をのぞき,所詮は,都立病院の医師のプライドなり優越感なりを満たすという程度の効用しか生みません。しかし,この資金が,例えば,その過半数が年収300万円以下である介護福祉士に一人100万円ずつ配分されれば,約1万3000人の介護福祉士の生活レベルを向上させることができます。

 医療系ブロガー・コメンテーターとの対話を通じて確信したことは,結局のところ,「医療崩壊」の中核をなす「勤務医不足」の最大の原因は,開業医の所得水準が開業医に甘い保険点数の設定,ならびに,医師会のロビー活動により実現した医学部の定員削減にあるということです。我が国には,勤務医の所得水準を現状の開業医の所得水準よりも高く設定するほどの財政的な余力はないですし,そこまで引き上げられないのであれば,少しくらい勤務医の所得水準を引き上げたところで,「開業医に大きく水をあけられている」という記号論的な不満から「逃散」していく勤務医は後を絶たないのでしょう。そして,医師は医療ミスでいくら患者を死なせても構わないとする法制度を制定したところで,患者の生命の安全に配慮するための投資を不要とすることにより直接可処分所得が上昇するのは勤務医ではなく開業医ですから,むしろ,勤務医と開業医との間の所得格差を拡大させ,勤務医不足に拍車を掛けることになるのでしょう。

 なお,市場原理に委ねていたのでは,医師の地域的,診療科目的偏在が解消されないという場合,保険医の公務員化という手法をとることも可能なわけで(医療関連死で医師を刑事訴追しない例としてしばしば引き合いに出されるスウェーデンでは,医師の9割以上が公務員ですので,そのような立法例が非共産圏でないわけではありません),その上で転勤や配置転換を適宜命ずるということもできないわけではありません。

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