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décembre 2008

31/12/2008

家庭用薬品のオンライン販売規制

 年明け早々風雲急を告げそうなのは、家庭用薬品のオンライン販売規制問題でしょうか。

 この問題については、規制を求める側の大義名分もそれなりにご立派なので、単純な「規制撤廃は善、規制強化は悪」論を振りかざしても、おそらく功を奏しません。

 むしろ、この問題を考えるにあたっては、家庭用薬品を販売する際に(オンライン販売であろうとオフライン販売であろうと)遵守すべきプロトコルは何なのかを再検討することが肝要だと思います。もちろん、オンライン販売とオフライン販売とでは異なる部分がありますから、オフライン販売ならば遵守しうる手続をそのまま遵守できない場合も十分あるでしょう。その場合は、オンライン販売でも遵守できる手続で当該手続を代替させても、当該手続を履践しないことによる弊害が無視できる範囲内にとどまるのかを検討していくというのが筋なのだろうと思います。

 それは、これまで他の商品と同様のプロトコルで家庭用薬品を販売してきた事業者にとってはコスト増に繋がることになるかもしれません。特に、他の商品と同じプロトコルで家庭用薬品を販売してきた大手薬局チェーンの方が、新たなプロトコルに対応するためのコストはかかるかもしれません。しかし、それは、「消費者の保護」を掲げて規制強化を訴えた以上、仕方がないことです。オフライン販売であれば消費者保護はいい加減で良いという話にはなり得ないのですから。

30/12/2008

CGM系事業者と電話による苦情受付の必要性

 読売新聞が次のような内容を含む記事を掲載しました。

消費者に電話番号を明かさず、苦情や問い合わせの窓口をメールに限定するIT系企業に対し、消費者から対応を疑問視する声が上がっている。
 インターネットが生活に浸透するに従い、IT知識の少ない中高年もネットを利用するようになっており、消費者問題の専門家からは「『IT弱者』への視点が欠けていないか」との声が上がっている。

 しかし、この問題を「IT知識の少ない中高年」の問題に限定するのは、正しくありません。苦情や問い合わせの窓口をメールに限定した場合の最大の問題は、俊敏な対応が要求されるものについても緩慢な対応しかなしえない点にあります。これは特に、その利用者が投稿した情報を即時的に配信するCGM系のサービスを提供する場合に典型的に現れます。

 例えば、ある女性が、「どうか私を犯して下さい」というメッセージとともに自分の氏名と住所と顔写真とがCGM系サイトに掲載されたというケースを想定してみましょう。何はともあれ、このメッセージを当該サイトから消してもらいたいと考えるのは無理もないことです。このときに、このCGM系サイトの提供者たる事業者に電話をかけて早急な対処を求め、その場で、「承りました。早速○○等の措置を講じます」との回答を得るのと、このCGM系サイトの提供者たる事業者の苦情受付用のアドレスに宛てて早急な対処を求めるメールを送り、「お客様のメールを受信しました。1週間以内にご回答いたしますので、しばらくお待ち下さい」という自動送信メールを受け取ったきり、どのような対処をしてもらえるのかわからないまま最大1週間を過ごすのとでは、不安度が全く異なることは想像に難くありません。

 もちろん、苦情や問い合わせの窓口をメールに一本化しても、送られてきたメールを即時的にチェックできるような体制を設けておけば、クイックレスポンスは不可能ではないかもしれません。電話と同様の安心感を与えるためには、クレームを行った側も、事業者からの回答メールを即時的にチェックする体制をとっていることが必要となります。それはそれで、いつ来るかわからない事業者からの回答メールを絶えずチェックするというのは、並行して社会生活を営んでいなければいけない一般市民にとってはそれほど容易ではありません。

 また、苦情や問い合わせの窓口をメールに一本化した場合には、苦情等を送る側は、伝えるべき内容を全て含むメールを最初から作成して送らなければならないという問題があります。電話による苦情受付であれば、苦情を受ける側で、不足している情報を相手に質問する等して、即時的に必要な情報を補充することができるにもかかわらず、です。もちろん、事業者からの回答メールの中で、不足している情報について相手に質問をすることは可能ですが、その場合、事業者からの質問メール、申立者からの回答メールという2本のメールが必要となり、それぞれのメールが送られてから相手方に実際に認識されるまでの時間的なギャップを考えると、申立者からの回答メールを事業者が認識した段階では、すでに手遅れとなる事態が生ずる可能性が十分にあります。

 CGM系サービスは、利用者が第三者を傷つけるために用いる危険が常にあるわけですから、これに即時的に対応する体制を整えることは痛切に求められるところであり、その提供するサービスがある程度以上のアクセス数を集めるようになったら、そこに投稿された内容が第三者を危険にさらす度合いが増大するわけですから、即時的な対処を行い得る体制を整える時期に来ているのだと思います。

28/12/2008

感謝の対象

 kicktoさんから、私のブログのエントリーについて言及していただきました。

しかし、「自分の国に誇りを持ち、感謝すること」は大切なことだと思います。

 現在僕は高校に通うものです。
 人前で「愛国心」等と言えば、「お前戦争がしたいのかよ」と友達から言われますが、別に気にしたりしません。

 なぜなら、僕はこの国で家族と暮らし、友達もいて、衣食住にも決して不自由しているわけではないという今の環境にただ感謝しているだけだからです。

 世界中には過酷な状況で生きている人が多くいる中で、「自分は恵まれているな」と感じ、日本という国で生活できることに感謝の思いが湧いてくるのです。

 だからこそ日本文化は大切にしたい。破壊されたくない。

 しかし、kicktoさんが「家族と暮らし、友達もいて、衣食住にも決して不自由しているわけではないという今の環境」に感謝するのであれば、まず第1に、ご両親に感謝をするべきでしょう。ついで、ご両親にそれだけの収入をもたらしてくれる会社を含むコミュニティや、kicktoさんの日々の暮らしを支えてくれる人々に対して感謝をすべきでしょう。感謝の対象を「国」という抽象的な概念にしてしまうのは、却って現実社会で自分を支えてくれている人々に失礼でしょう。

 そもそも、日本国は、他のほとんどの国と同様に、自国民に対してそのような環境を保証してはくれません。実際、日本国内にも過酷な状況で生きている人はたくさんいます。他方、「家族と暮らし、友達もいて、衣食住にも決して不自由しているわけではない」という程度の環境であれば、日本以外の多くの国々で、少なくない人々が享受しています。さらにいうと、日本国は、国内で過酷な状況で生きている人に対しては極めて冷淡な国にこの十数年ですっかり成り下がっています(もともと冷淡な方ではありましたけど)。そういう意味では、「家族と暮らし、友達もいて、衣食住にも決して不自由しているわけではないという今の環境」に感謝するのに、「自分の国」に感謝するのは少々的が外れていると言えます。

 それに、文科省を始めとする、若い人たちに「愛国心」を押しつけたい人々は、「家族と暮らし、友達もいて、衣食住にも決して不自由しているわけではないという今の環境」があることに対する感謝の対象を「自分の国」として欲しいからそうしているわけではありません。むしろ、「お国のためだから」と一言号令をかければ、若い人たちが自発的に、「家族と暮らし、友達もいて、衣食住にも決して不自由しているわけではないという今の環境」を捨て去ってはせ参じてくれることを夢見て、「愛国心」の植え付けを図っているのです。だからこそ、「愛国心教育」に熱心な人々が唱える「愛国心教育」というのは、多分にカルト宗教団体が行うカルト教育に似通ってきます。シンボルへの崇拝、その集団に属していること自体の優越感、敵キャラの設定、etc.。

 そういう意味では、「愛国心」をもっていると肯定的に話すkicktoさんに「お前戦争がしたいのかよ」と答えるお友達のセンスは悪くないです。若い人たちに「愛国心」を押しつけたい人々は、自分たちが「愛国心」の名の下に号令をかけると、「家族と暮らし、友達もいて、衣食住にも決して不自由しているわけではないという今の環境」をうち捨てて、戦場にでも何でもはせ参じてくれる人間になって欲しいと願っているからです(彼らの多くが、「家族と暮らし、友達もいて、衣食住にも決して不自由しているわけではないという今の環境」を支えている日本国憲法に不満を持ち、むしろ、多くの若者を犬死にさせた大日本帝国憲法下の日本にシンパシーを感じているのは偶然ではありません。)。

RAMさんからの反論への回答

 先ほどのエントリーについて、RAMさんから反論のコメントをいただきました。

 

その前部分で、第5条を引用されるのなら、何故、第4条を抜かされるのでしょうか?そこに該当しない者のみ、と言う第5条要件でしょう?さらに、「そのために裁判官を何人確保しておけばよいのでしょう。」と言う部分も含めて、あなたの論の張り方は、実はほとんど揉めないケースばかりなのに、それがいかにも数万あるように誘導されていませんか?
とのことです。

 ただ、RAMさんの案は、第4条の各号のいずれかに要件に該当するか否かの一次審査を裁判所が行わなければなりませんので、在外公館や、国内の法務局・地方法務局が行ってきた国籍取得届出受理業務の一切を裁判所に移管することと等しいわけです。しかも、その審査は、書記官や調査官レベルではなくて、裁判官自身に行わせなければいけないわけです。ご自身の案は「揉めないケース」を含めて全て裁判官に「裁可」させようというものであるのに、「そのために裁判官を何人確保しておけばよいのでしょう。」と言う部分も含めて、あなたの論の張り方は、実はほとんど揉めないケースばかりなのに、それがいかにも数万あるように誘導されていませんか?というのはおかしいのではないかと思います。

 さらにいえば、第4条に該当する場合というのはおそらくはそれほど多くはありません。というのも、3号以外は、国籍取得申請の時に子が無国籍であることを要件としているからです。したがって、出生主義を採用している国で出生した場合、父母の一方が父母両系主義を採用している場合(但し、日本国民たる父の嫡出子(準正による嫡出子を除く。)を除く。)は4条は適用されず、5条により、裁判所は個々の事情を調査し、裁可の判断をしなければならないとされることになります。そして、日本における国際結婚の相手方の国籍国上位4つは、いずれも父母両系主義を採用しています。

 また、

あなたご自身が、第8条について書かれた事とも、このエントリの主張が矛盾していますよね。法務大臣に申請するより裁判の方がよいと、書かれていたはずです。
とのご反論をいただいています。私が国籍法第8条に関する議論に言及したのは、「国籍法8条を無視している!?」というエントリーくらいだと思いますが、このエントリーを普通に読むと、現行法の下では、要件を具備しても国籍取得が認められるか否かが法務大臣の自由裁量に委ねられている簡易帰化の申請をするのではなく、訴訟を提起するのは別におかしなことではないということをいっているに過ぎないのであって、従来法務局や在外公館等で処理してきた国籍取得届受理業務を裁判所に移管した方がよいということをいっているようには読めないのではないかと思います。

 最後に、

で、結局、何が言いたいのですか?
とのことですが、結局のところ、RAMさんの試案には問題点が多いということです。

27/12/2008

未だ持たざるものは留保できない。

 RAMさんという方が国籍法改正試案をアップロードされていますので、検討してみることとしましょう。

 まず、

(出生による国籍の取得) 第二条 子は、次の場合には、日本国民とする。
 一 出生の時に父及び母が日本国民であるとき。
 二 出生の時に母が日本国民であり、
   出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき。
 三 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、
   又は国籍を有しないとき。
とされているところが目を引きます。

 この案ですと、

  1.  国際結婚の夫婦の子全般(但し、日本で出生し、かつ、父又は母の母国が父母両系主義を採用せず、血との母国が父系主義を採用していない場合を除く。)
  2.  出生地主義を採用している国で出生した非嫡出子(但し、母が日本国民であって、かつ、日本国民である父が出生前に認知した場合を除く。)
がごっそり出生による国籍取得ができないということになります。日本国内で出生した日本人男女間の非嫡出子については、かろうじて「日本で生まれた場合において……国籍を有しないとき」で救われることになるのでしょうが、それも気持ちの良くない話です。

 この試案では、出生により国籍を取得できない場合に、「裁判所の裁可によって、日本の国籍を取得することができる。」としています。なぜ現行法でほぼ使用されていない「裁可」という言葉を使ったのか理解できませんが(「裁可」とは一般に「裁決し、許可すること。特に、君主が臣下の奏上する案を自ら裁決し許可すること」(大辞林)をいいます。)、国際結婚の夫婦の子全般の国籍取得の審査を押しつけられるだけで裁判所は一杯一杯になってしまいそうな気がします。日本において出生した子のうち、父又は母の一方が日本国民であるものの数は、概ね年間3万〜3万5000人の範囲で推移しています。また、両親のうち少なくともいずれかが日本国籍を有する子であって日本国外で出生したものが年間1万4000人前後います。年間3万5000人程度の国籍取得申請についての「裁可」を裁判官に行わせるとして、そのために裁判官を何人確保しておけばよいのでしょう。

 また現行法では、国籍取得申請者が外国に住所を有するときはその国に駐在する領事官(領事官の職務を行う大使館若しくは公使館の長又はその事務を代理する者を含む。以下同じ。)を経由して申請を行えば済むのですが(国籍法施行規則第1条)、RAMさんの試案では、外国在住者が日本国籍取得の「裁可」を求める場合、どこのどの裁判所に申請を行えばよいのでしょうか。また、その審理のために一々帰国して係属裁判所に出廷することを求めるというのも、非現実的かと思います。

 また、この試案では、

第五条 第三条に該当する子で、第四条の各項に該当しない子の国籍取得については、裁判所は個々の事情を調査し、裁可の判断をしなければならない。
とされていますが、裁可するか否かの判断基準を示さずに、ただ「個々の事情を調査して裁可の判断をせよ」といわれても裁判所だって困ってしまうことでしょう。また、裁判所が「裁可の判断」の基礎となる資料をどのようにして調査するのだということも問題となりそうです。

 さらに、

2 この場合において、外国籍を取得している子は、戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより日本の国籍を留保する意思を表示しなければ、日本国籍の取得は認められない。
ともされているのですが、日本国籍を未だ取得していない段階で「日本の国籍を留保する旨を届け出る」って論理的におかしいように思われます。現行国籍法12条を参考にされたのかもしれませんが、こちらは、名宛人が、「出生により外国の国籍を取得した日本国民」となっており、留保する国籍をすでに留保している者にのみ留保を要求しています。。

While respecting the intelligence of (our) people

 昨日、今年の「Person of the Year」が特集されているTime誌を有楽町の書店で購入しました。

 まだ最初の方を読み始めているところですが、Joe Kleinというコラムニストの

Obama's greatest achievement was that he won the presidency while respecting the intelligence of the American people
という言葉は印象的でした(私なりに翻訳すると、「オバマの最大の功績は、アメリカ人民の知性に敬意を払いながら大統領選挙に勝利したことだ」ということになります。)。

 この言葉の意味は、町山智浩さんの「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」等に描かれている、過去2回の大統領選挙(共和党の予備選挙を含む。)で行われてきたデマ戦術のひどさを前提とすると、悲しいくらいに実感が沸いてきます。デマを流布することで国民を煽動し、自分たちの望む方向へ国政を動かそうとすることこそ、国民の知性を愚弄するものというべきです。もちろん、少なくない国民がこの種のデマに乗らされ、その結果デマ戦術を効果的に駆使した側が過去2回の選挙では勝利を収めています。それでも、この種のデマ戦術の採用を踏みとどまるということが、国民の知性に敬意を払うということです。

 興味深いことは、日本でも米国でも、表向き「愛国心」を強調する保守ないし反動陣営ほど、自国の国民の知性を信用せず、メディアやネットを用いたデマ戦術に熱心だということです。デマの方向も、外国勢力や国内マイノリティに対する憎悪や敵意を煽り立てた上で、特定の政治家や政党とこれらの勢力との結びつきを強調するというものが多用されており、よく似ているといえます。

 来年には確実に行われる総選挙において、自民、民主両党は、日本人民の知性に敬意を払いながら、選挙運動を貫徹できるのでしょうか。そして、日本国民は、悪質なデマに負けることなく、自分たちの知性に敬意を払ってくれた政治家に応えることができるのでしょうか。

21/12/2008

「文句があったら削除してやるから言ってこい」とうそぶいている状況

 Googleのストリート・ビューに対してはこれに反対する動きが続々と生じているようです。

 ただ,ストリート・ビューの場合,網羅的であるというだけで,プライバシー権等の市民的自由を侵害する度合いは,これまでCGM系サービスが行っていたものと比べると,相当低いものです。それなのに,地方議会を含め,ストリート・ビューについてのみ文句をつける人たちって,私とは感覚が違うように思います。田島泰彦さんや斉藤貴男さんは,「(画像をネットに掲載することにより)プライバシー情報が容易に、かつ広範、大量、永久的に流布され、深刻な権利侵害をもたらす」と言っているそうですが,個人情報って,ピンポイント的に,ある種の憎悪を伴って流される方が,よくよく深刻な権利侵害をもたらします(そういう意味では,新聞・雑誌・メディア等が,個人の肖像や自宅等の写真を撮り,掲載することを即刻中止させることの方が先だと思います。被害者やら容疑者やらの本人又は家族の肖像や自宅の写真など,「読者の下世話な興味・関心に応える」という以上にはこれを掲載する意味などそもそもないのですから。)。

 これはMIAU主催のストビューシンポの際に2次会会場に行く途中で津田さんと話したことなのですが,従前「祭り」が発生するとターゲットを個人情報を洗いざらい調べ上げ,時には自宅付近まで押しかけ,場合によっては自宅の写真まで撮って,ブログやら電子掲示板やらにアップロードされてきたわけで,それについてCGMサービスの提供者は自主的にこれを削除したり,そういうものがアップロードされないようにフィルターをかけたりしてこなかったわけではないですか。そして,そういう事業者の謙抑的な姿勢を,むしろ大方のネットユーザーは支持してきたわけではないですか。

 落合先生は,ストリート・ビューについてのGoogle社の対応についてサービス提供者が「文句があったら削除してやるから言ってこい」とうそぶいている状況表現しているわけですが,これってはてな等のCGM事業者がこれまでやってきたことと変わることはないし,2ちゃんねるにいたっては「オープンな場で言ってきたら削除してやるかもしれない」というレベルではないですか。もちろん,ストリート・ビューは,Google社自らスタッフを雇い機材を用意して情報を積極的に収集しているのに対して,匿名性を保証してあげることにより利用者にこれを行わせているという差はあるにしても,「祭り→個人情報晒し」の際にしばしば用いられるキーワードを含む投稿を自動的にピックアップしてこれを視認し,個人情報晒し投稿を見つけたら即刻削除するとともに,投稿者のアクセスプロバイダに通知する等の措置を講じたりなどせず(画像データしかないストリートビューより,テキストデータがある従前のCGMサービスの方が,問題箇所のピックアップは容易です。),「文句があったら削除してやるから言ってこい」とうそぶいている状況というのは,やはり同等かそれ以上に非難されてしかるべきなのではないかという気がします。

19/12/2008

派遣事業者による派遣労働者の解雇についての制限

 「労働者派遣」という法的な枠組みが,労働者を使い捨てるための単なる装置に成り下がらないためには当面どうしたらよいでしょうか。

 一つの緊急避難的な方法としては,派遣先から契約を解除されたことを理由として派遣会社が派遣労働者を解雇することを原則禁止するという方法があるのではないかと思います。すなわち,派遣先から契約を解除されたとしても,派遣労働者に対して所定の給与等を支払い続ける義務を派遣事業者に負わせるということです。労働者派遣の建前的な法律構成並びに実際の収益構造からすれば,それほど法技術的には難しい話ではありません。人材紹介業者と異なり,派遣契約が継続している最中は,派遣労働者による労働の対価の一部を搾取し続けるわけですから,派遣事業者は,人材紹介業者よりも多くの危険を負担すべきだということができます。

 さらにいえば,労働者派遣契約の解約は,もっぱら派遣事業者と派遣先企業との合意のみで行われるのですから,これによる不利益は,派遣事業者か派遣先企業かのいずれか(又はその双方)が負担すべきであって,契約の解約合意に関与していない派遣労働者に不利益を押しつけるのはバランスを欠くということができます。意思決定に関与する者(派遣事業者と派遣先企業)と,その結果不利益を被る者(派遣労働者)が分離している制度の下では,特定の者(派遣労働者)に主たる不利益を押しつけることになる契約解除という意思表示を回避するインセンティブが意思決定権者に十分に生じません。

 そもそも,「労働者派遣」という法的枠組みを貫くならば,派遣労働者は,派遣事業者に対して労働基本権等を行使することができるし,派遣事業者から一定の福祉サービスを受けることができるというのが筋だといえます。派遣労働者は,当該派遣事業者との契約期間に応じて有給休暇等の行使をなし得るとすべきだし,各種保険も派遣事業者が雇用者として負担するものとするのが筋であるといえます。

18/12/2008

婚外子における意思主義

 国籍法改正反対論者はしばしば,日本の認知法制は意思主義だという言い方をします。ただ,「意思主義」という言葉の捉え方は,一般の親族法の教科書のそれとは大きく異なるようです。

 婚外子の法的な取扱については,大きく,事実主義(血縁主義)と意思主義(認知主義)とに大別されます。前者は,婚外子であろうと,生物的な親子関係が認められれば直ちに法的にも親子関係を認める立場であり,後者は,生物的な親子関係が認められようとも「認知」という形で法的な親子関係を発生させる意思を当事者が表示しなければ法的な親子関係の発生させないとする立場です(意思主義(認知主義)を貫徹されると,法的な母子関係を発生させる際にも認知が必要とされます。といいますか,日本においても,法的な母子関係を発生させるには母の認知は不要であることが実務的に確定するには,昭和37年4月27日の最高裁判例を待たなければならなかったのです。)。

 中華人民共和国民法のように事実主義一本で行く法制度は少なくありませんが,今日では,意思主義(認知主義)一本で行く法制度は少ないのではないかと思われます。日本法も,意思主義(認知主義)をベースにしているとはいうものの,強制認知制度がありますから,完全な意思主義(認知主義)であるとまではいえないようです。

 で,婚外子の親子関係について意思主義(認知主義)を採用する法制度の下でも,誰でも彼でも認知をすれば法的な親子関係が発生するという法制度を採用している例はほとんどありません。ドイツ法では,必ずしも生物的な父子関係がなくとも任意認知を行い得るのですが,その場合,社会的な親子関係が存することが必要です。日本法においても,当該子と生物的な父子関係を有する者のみが認知権者であると,注釈書等には記載されており,実際,生物的な父子関係を有しない者による認知は無効であると一般に解されています(現在の学説の争いは,認知無効判決が確定して初めて認知が無効となるのか,認知無効判決の確定を待たずして誰でも認知無効の効果を援用できるのかという点についてなされています。)。

国籍法改正問題で垣間見えたもの

 今回の国籍法改正に反対する人々(ブロガー,コメンテーター並びに評論家,政治家(現役の国会議員のみならず,元国会議員も含む。)の発言を拝見させていただき,「愛国心」というものが斯くも人々から,品位と知性,人間性と論理性を奪うものであるとするならば,むしろ学校教育で「愛国心」などというものを教えてはいけないのではないか,という感想すら抱きました。

 少なくとも現在の日本の言論環境では,「国を愛する」という言葉が自分について向けられるときには,その人が有している,自分とは異なる母集団に属する者に対する懼れや憎しみ,嫉妬や侮蔑などのネガティブな感情を正当化するために広く用いられているのだなあと,強く感じました(これは,「国を愛する」ということが他人(とりわけ自分より立場の弱い人々)に向けられる場合に,不合理を甘受させるためのマジックワードとして用いられているのと比べると,まさにベクトルが正反対であるようにも思われます。)。

 もちろん,それは「愛国心」の用法として間違っているのだ,学校教育に組み入れる以上正しい「愛国心」を教えるから心配には及ばないとの反論もあり得るのですが,しかし,「愛国心」という概念の現実社会での実際の用法から独立した,「正しい『愛国心』」なんてものを学校教育で教えることができるのだろうかということは,大きな疑問として残ったままです。さらにいえば,学校教育を通じて子供たちに「愛国心」を無理矢理植え付けようと声高に叫ぶ人々って,得てして「間違った」愛国心の持ち主だったりするので,学校教育で「正しい」愛国心を教えようとすると,「日教組の手先」だの「伝統を破壊する気か」云々という不当な圧力を教育現場が受けてしまうのではないかという気がしないでもありません。

17/12/2008

縦書or横書

 池田先生小飼さんとの間で,横書き・縦書き論争が勃発しているようです(っていうほど激しいものではないですが)。

 英文や数式,URL等横書きでこそ表現しやすいものが混じる場合は横書きの方が見た目がきれいですが,純粋日本文であれば,横書きであろうと縦書きであろうとどちらでもよいように私は思っています。むしろ,読みやすさという点で重要なのは一行の物理的な長さではないかというのが,私の正直な思いです。

 そういう意味では,裁判所関連の書類がB4縦書き袋とじからA4横書き単票に移行した際の失望感を思い起こします。もちろん,A4横書き単票に移行すること自体は,使用するプリンターの単価もワープロソフトの単価も安くなりますし,袋とじで印刷したものを二つ折りにしてホチキスで留める手間も省略できるので大歓迎であったのです。問題は,A4横書単票なのに,段組をしないことが標準とされたということです。A4横書きで段組もせず12ポイントの明朝体で,数十頁の書類を作成し提出するというのは,私の美意識からはやや反していますし(講演会のレジュメやテキストをそのまま冊子にしたかのようなチープ感が漂いますし),読みやすさを追及するという点からも問題があるように思ってはいます。

16/12/2008

もって他山の石となす

 我が国の法制度について少し調べれば普通の理解力のある人であれば嘘だとわかるデマを流してこれをあしざまに罵る人々を愛国者だと讃える人々がいるということは,ある意味驚くに値します。また,国会議員や国政選挙立候補予定者が公然と近隣諸国ないしその国民についてかなり根拠の乏しい陰謀論を公然と宣い我が国の国際的な評判を落としめようとしているのを拍手喝采している人が,「日本が大好き」などと自称していることに,ある種の倒錯を感じます。

 ハイダー氏が入閣することによりオーストリアの国際的評価がどうなったのか,ルペン氏が大統領選の決選投票に残ったことによりフランスの国際的評価がどうなったのか,そう遠くない歴史を振り返っても,ゼノフォビアがその国の国内で支持を集めることが如何に「国益」に反するのかを,私たちは再確認することができます。アメリカ人が「フレンチフライ」を「フリーダムフライ」と言い換えたときのことを思い起こせば,自国にまつろわぬ国をあしざまに表現することがいかに子供じみて映るかを,私たちは再認識することができます。まさに,「もって他山の石とする」べきなのです。

14/12/2008

むしろ,ジャーナリストとして怠慢

 最近のジャーナリストは,基本的な事実関係を調べることもしないのでしょうか。

 櫻井よし子さんは,

日本国籍を取りたい外国人女性と、いくばくかの収入を得たい日本人男性の偽装結婚を斡旋する犯罪が後を絶たないように、日本国籍取得のための偽装認知の斡旋ビジネスが罷り通りかねないという指摘だ。現に、国籍取得の基準を緩和し、トルコ人を主とする多数の外国人を受け入れたドイツは深刻な問題を抱えるに至っている。

述べています

 しかし,いわゆる「偽装結婚」を行う外国人女性の目的は「就労可能な在留資格を得ること」であって,国籍を取得することではありません。

 また,ドイツにおいてはトルコ人労働者を大量に受け入れたことを問題とする向きもありますが,別に,国籍取得の基準を緩和することによりトルコ人を主とする多数の外国人を受け入れたわけではありません。トルコ人の大量受け入れが先であり,国籍取得基準の緩和が後になっています。さらにいえば,ドイツにおいて,父親のみがドイツ国籍を有する場合に父親の認知のみで子にドイツ国籍を与えることとした1993年の国籍法改正を悔やむ声は聞こえてきません(ドイツでも,認知の要件としてDNA鑑定による父子関係の証明は義務づけられていませんが)。

他国の失敗の前例があるにもかかわらず、日本はなぜ、失敗事例をまねるのか。という以上,その前提として,父親のみがその国の国籍を有する場合に父親の認知のみで子にその国の国籍を与えることとする法制度を採用し,かつ,認知の際にDNA鑑定による生物的父子関係の証明を義務づけていない国において,どのような問題点が生じたのかを調べて報道するのが「ジャーナリスト」としての使命であり,それを怠って一部のゼノフォビアの妄想を真に受けるのは,ジャーナリストとしてあまりに怠慢なのではないかという気がします。

13/12/2008

国籍法8条を無視している!?

「連携している事自体を隠す与野党超党派の外資族議員。見えないグループをリスト化、可視化した政治警察ブログ」を自称する「外資族マスゴミ最大のタブー、国籍法第八条」というブログに,次のような記載があります。

最近マスコミが報道し始めたが、相変わらず完全に抜け落ちている情報が一つある。 それは「国籍法第八条でフィリピン人女性の子供は3才で簡易帰化できたのに、それをしないで告訴を仕掛けてきた」
ということ。これについては報道規制が依然としてかかっているようだ。
そこを突っ込まれると、最高裁の違憲判決自体が否定される。
 

 国籍法改正問題での改正反対派の言動を見ていると,「Strawberry Fields Forever」のBメロの1番の歌詞(「Living is ……」で始まる部分)をどうしても思い起こしてしまいます。

 それはさておき,上記記述にはいくつかの間違いがあります。

 まず,国籍法第八条でフィリピン人女性の子供は3才で簡易帰化できたとの点についていえば,国籍法第8条は,次の各号の一に該当する外国人については、法務大臣は、その者が第五条第一項第一号、第二号及び第四号の条件を備えないときでも、帰化を許可することができる。と規定されていますから,同条1号ないし4号のいずれかの要件を具備する者が帰化申請を行ったとしても,これを許可して日本国籍を付与するか否かは法務大臣の裁量に委ねられています。従って,上記子供は,簡易帰化の方法により確実に日本国籍を取得できたわけではありません。

 次に,それをしないで告訴を仕掛けてきたとの点についていえば,行政訴訟を提起することは普通「告訴」とはいいません。

 次に,これについては報道規制が依然としてかかっているようだとの点についていえば,報道規制がかかっているからではなく,そのような陰謀論は常人には思い浮かばないからだと思われます。

 次に,そこを突っ込まれると、最高裁の違憲判決自体が否定されるとの点ですが,国籍法第8条の簡易帰化は結局のところ法務大臣の裁量に委ねられており権利性が弱いので,「国籍法第8条があるのだから,国籍法3条1項での差別的な取り扱いは合理的である」という結論にはなりがたく,結局のところ,最高裁の違憲判決自体が否定されることにはなりそうにありません。

 このブログ主は,

・地裁は何でフィリピン人女性を門前払いして法務省で簡易帰化するように指示しなかったのか?東京地裁は変

とし,さらに,

つまりこの裁判は、地裁に届けられた時点で

「来るとこ違うよ。法務省で簡易帰化の申請して。」

と門前払いになるはずだった。受理してる時点で異常極まりない


とも述べています。しかし,訴訟適格のある者により訴訟が提起されているのに「門前払い」をする権限は地方裁判所にはありません。それに,法務省に簡易帰化申請したとしても確実に許可されるとは限らないわけですから,裁判所としては,簡易許可申請するように原告に指示するわけにはいきません。従って,国籍法第8条があろうが,この訴えを東京地裁が受理して判決を下すというのは特段異常なことではないということになります。

 また,

 もし最高裁に提訴していたのがフィリピン在住のフィリピン人(父親日本人)ら
であれば、マスコミも最高裁も違憲判決を正当化することが難しいはずだ。

とも述べているようですが,「血統主義」に基づく国籍取得に関して言えば,その子供がどこに在住しているのかは関係がないので,最高裁に提訴していたのがフィリピン在住のフィリピン人(父親日本人)であったとしても,マスコミも最高裁も違憲判決を正当化するのに特段の支障を感じなかったように思われます。

勝谷さん,デマを流布する。

 勝谷誠彦さんが,こんなことを言っていたのだそうです(関東人なので,本放送を聴けたわけではないのですが)。

勝谷誠彦

「何にもしてないで。時々テレビ同行させて、何かホステス刈り込んで、やってるだけでしょ。全然これ、この国と同じで、法律が機能してない。僕ね、月曜日の朝、いっつも日テレの番組に行く時にですね、車で行く時に、自民党本部の横のコンビニで、●●●●(警告音。コンビニ名?)で新聞買って行くんですよ。これが全部外国人やねん、店員がね。自民党本部の真横のコンビニが」



一同

「はあーー(驚きと笑)」



勝谷誠彦

「ほら、礼儀知らん、札とか、釣りとか平気で投げよんねん。『あーひた、あーひた(ありがとうございました)』って。自民党の先生たちはあそこに行って何も感じないのかと思うよ」

 しかし,私は,自民党本部の真横のコンビによく行きますが(何たって,事務所が自民党本部の裏にありますから),あそこは中国人アルバイトも1人くらいいることが多いですが,日本人スタッフもだいたい入っていますので,店員が全部外国人ということはないです。しかも,あそこの中国人店員は結構優秀で,少なくとも私は札とか釣りとかを投げられた経験はありません。

 国籍法改正に反対したい人たちって,そこまでして日本にいる外国人を貶めないと気が済まないのでしょうか。

産経新聞以外のメディアが国籍法改正問題を報じていないというのはデマ

 産経新聞以外のメディアが国籍法改正問題を報じていないという誤解はいつころから流布されたのでしょうか。未だにそんな話をしている人は,少しは検証してみようという気はないのでしょうか。

 例えば,朝日新聞が国籍法改正問題をどう報じているのか見てみましょう。

 6月5日付夕刊には,「国籍法3条「改正を検討」 鳩山法相 」という記事が掲載され,翌6日朝刊にも「法改正前も国籍容認 違憲判決受け、法務省が方針 」という記事が掲載されています。6月13日には,1015字も使って,「(ニュースがわからん!)国籍って何を基準に認めてるの? 日本は血のつながり重視」という記事を掲載しています。

 その後,7月23日には,「国籍法改正案、婚姻要件外す 婚外子、03年以降救済 」との記事を掲載し,11月4日には「国籍法改正案を決定」という記事を掲載し,11月13日には「5法案、今国会成立へ ダガーナイフ規制・国籍法改正… 」という記事を掲載しています。なお,朝日新聞は,11月6日付で「「子に日本国籍」ビジネス 中国人の女、ブローカーに成功料」という記事(出産前に偽装結婚するというタイプのものなので,今回の国籍法改正でどうのというものではありませんが。)も掲載しています。

 その後も,11月26日には「国籍法改正「慎重に」 民主党の平田健二参院幹事長」という記事を掲載し,27日には「国籍法改正案、月内採決せず 与野党合意」という記事を掲載し,28日には「国籍法改正案、3日にも成立 付帯決議案固まる」という記事を掲載しています。ここでは,「新党日本の田中康夫代表は27日の質疑で、「『人身売買促進法』と呼びうる危険性をはらむ」としてDNA鑑定を法案修正で義務づけるよう求めた」ということについても報じています。12月2日には「国籍法案、採決見送り 参院法務委員会」という記事を掲載しています。

10/12/2008

最高裁での法令違憲判決が覆る可能性?

 千葉大学の森田博志教授が,そのブログの中で,

 今般のマスコミも(産経新聞以外?)沈黙して,国会議員も直前まで知らないような形で,ジュリストの11月1日号でも関係する諸点の検討の必要が説かれているにもかかわらず,(だからこそ?)気付かれない内に潜行して法改正してしまおうというような某衆議院議員を中心とする動きは,民主主義を根底から破壊しかねないと危惧するものです。今後の世論の動向を注視します。
と述べておられます。

 しかし,国籍法3条1項の違憲判決は広く報道されていますので,違憲状態を解消するための改正案がそう遠くない時期に提出されるであろうことは議員であれば通常想定可能なことです。さらに,国籍法改正については,法制審議会にかけられて法務省案が了承されています(その結果は広く公表されています。)。そして,自民党法務部会の承認を得て閣議決定されています。また,その旨は,共同通信等が報じています。

 そして,今国会はもともと解散含みだったこともあって提出法案が少ないので,法務委員会ないし自民党の法務部会に属する国会議員が法務省の国籍法改正案に気がつかないということは,通常想定しがたいといえます。「某衆議院議員」とはどなたのことかわかりませんが(ネット上に蠢いているあららな方と同じ文脈だと河野太郎議員のことなのでしょうが,仮にも国立大学の法学研究科の教授があららな方の陰謀論に乗っかっているとは信じがたいです。),現在内閣の一員でない1衆議院議員が閣僚の知らない間にどうこうできる話ではありません。

 で,森田教授が仰っている大法廷判決が短期間のうちに変更される可能性ですが,この国籍法3条1項についていえば,非常に低いように思われます。というのも,過去の大法廷判決を覆してでも日本国籍を与えてはいけないと最高裁判事らに思わせるような子が国籍確認訴訟を提起してくる可能性は低いこと,自分たちの下した法令違憲判決を立法府が無視ないし軽視することを容認するような判断は最高裁判事らとしては行いがたいことです(この点,立法府が最高裁判決に対応した特段の措置を講ずることが要求されない応利息制限法の解釈について過去の判例を変更したにすぎない場合とは大きく異なります。)。人事の面でも,国籍法3条1項違憲論者が退官したときに,合憲論者を選んで最高裁判事として補充することは期待できません(そのようなシングル・イシューに焦点を当てて最高裁人事に介入することは,政治的に危険すぎます。)。

森林法違憲判決への対応

 森林法違憲判決は昭和62年4月22日に最高裁で下されたのですが,その後これに沿った法改正がなされるまで,どれだけの時間が係ったのでしょうか。

 森林法改正案は,違憲判決が下されてから1カ月も経たない昭和62年5月15日に衆議院農林水産委員会にまず提出されました。

 そこでは,塩川正十郎大臣が


 次に、森林法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び主要な内容を御説明申し上げます。

 森林法第百八十六条の規定は、共有林について、その経営の安定を図るため、持ち分価額が二分の一以下の共有者からの分割請求を禁止しているものであります。
 しかしながら、本年四月二十二日、私人間の訴訟に関連し、最高裁判所は、森林が共有であることと森林の共同経営とは直接関連するものではなく、共有林の共有者間の権利義務についての規制と森林経営の安定という立法目的との間に合理的関連性があるとはいえないこと等を理由とし、この規定が財産権の内容を公共の福祉に適合するように法律で定める旨をうたった憲法第二十九条第二項に違反し無効であると判示したところであります。

 このように最高裁判所において違憲無効の判決が行われた以上、違憲状態を早急に是正する必要がありますので、森林法第百八十六条の規定を削除することとし、この法律案を提出した次第であります。

 以上が、この法律案の提案の理由及び主要な内容であります。
と趣旨説明しています。

 これに対しては,共産党の寺前巖議員が

 まず、違憲判決が出て、それに基づくところの森林法の一部改正について聞きたいと思います。

 五十三年の一審及び五十九年の二審の判決では、森林法第百八十六条の規定について、森林経営の零細化防止という国家の政策的視点から共有森林の分割を禁止したもので、公益規定であるとして合憲となっています。今回の最高裁の判決においても、細分化を防止し、森林経営の安定化を図るという立法目的については公共福祉に合致すると認めている。しかし、法百八十六条の立法目的達成のための手段として、持ち分の二分の一以下の共有者に分割請求権を否定しているのは合理性及び必要性に欠けるとして違憲だ、こういうふうに判決は出しています。

 そこでちょっとお聞きしたいのですが、森林経営の零細化を防止するという政策的歯どめがなくなるということが百八十六条を削除することによって起こってくるのじゃないだろうか。これに対して今後どのような対処を考えておられるのですか、お聞きしたいと思います。
との質問をしているくらいで,この日のうちに委員会を通過します。

 衆議院本会議においては,昭和62年5月20日に法案が提出され,特に質疑のないまま,同日法案は可決されます。

 参議院農水水産委員会においては,昭和62年5月26日に法案が提出され,なぜ議員立法ではなく閣法扱いなのかという質問がなされただけであっさり可決します。そして,翌27日,同法案は参議院本会議に送られ,国有林野事業改善特別措置法改正法案,集落地域整備法案とともに一括審議され,森林法については,特段の審理がなされることもなく,全会一致で可決法案されています。

 違憲判決が下されてから改正までわずか1カ月あまり,法案提出からは2週間足らずで,違憲判決に対応した法改正が行われています。

 郵便法については違憲判決がくだされたのが平成14年9月11日,改正法案が可決・成立したのが11月27日です。この間,わずか2カ月と半分です。

 最高裁での法令違憲判決に対応する法改正の審理なんて,基本的にその程度のものなのであって,今回の国籍法改正だけが特別迅速であったり審議時間が少なかったりしているかのごとき言動をしている人たちは,通常どうなっているのかについての検証を怠っているというべきかと思います。

09/12/2008

違憲判決を下したのは許せないって最高裁判事を弾劾するって,どこの政治的後進国のお話?

 今回の国籍法改正の関係で,旧国籍法3条1項を違憲と判断した最高裁判事について,弾劾裁判の訴追請求の請願を行うという動きがあるそうです。

 なんでも,

平たく言うと「あなた方国会議員は、裁判官から無能扱いされました。
我々国民が選んだ議員を、選ばれてもいない判事が馬鹿にすることは 民主主義原則から言っておかしいのではないですか?
このまま放置すると、あなた方国会議員は司法より下位になりますよ。
国民は、それを望んでいないから、善処してね。」と言うことになります。
そこで、今回「出過ぎたまね」をした最高裁判事を 国民の権利に基づき、懲罰にかけることを求めるのです。
という趣旨なんだそうです。

 しかし,日本国憲法は,三権分立によるチェックアンドバランス機能を十全なものとする仕組みの一つとして,最高裁判所に違憲立法審査権を与えたということは,今日小学校の高学年でも習うことであります。そして,憲法上違憲立法審査権が与えられている以上,国会が制定した法律が憲法に反していればこれを違憲と判断し,その違憲状態を解消した上で導かれる結論を具体的な事件の判決として下すことは,まさに最高裁が行うべき職務であって,「出過ぎたまね」では全然ありません。また,職務上求められているチェック機能を果たすことが相手方を「無能扱い」し「馬鹿にする」こととならないことは,チェックアンドバランス機能の中で日々仕事を行っている社会人の多くは理解しているのではないかと思います。

 普通に考えても,最高裁判所が,憲法上の規定に従って,法令について違憲立法審査権を行使して違憲判決を下しことを理由に議会の多数派が最高裁判事を弾劾裁判にかけて罷免するということになったら,最高裁の違憲立法審査権なんて「絵に描いた餅」に終わりかねず,近代的な立憲民主主義が終焉してしまいかねません。

 まあ,G8のうち少なくとも7カ国の首脳から「日本は我々とは違う価値観を有しているようだ。むしろ,中華人民共和国のそれに近いに違いない」と思わせるような行動をとる国会議員は実際には少ないとは思いますが,中国政府首脳と類似する価値観を有する人々による大量のファックス等による業務妨害にうんざりしている議員も多いでしょうから,ちょっぴり心配がないわけではありません。

06/12/2008

国籍法改正法案可決・成立

 国籍法改正法案が可決・成立しました。ネット上で流布されるデマに惑わされる国会議員が少ないながらも存在していることは大変不幸なことですが,あくまで少数に留まったことは不幸中の幸いといえそうです。

 今回の一連の騒動の中で一つ教訓を残すとすれば,法律の制定に携わる国会議員たちは,それぞれに,イデオロギッシュでない法律専門家をブレーンに持つべきではないかということです。国会議員である以上,いろいろな国民から,いろいろな要請や,いろいろな改正法案に対するいろいろな危惧の声が寄せられることはあるでしょう。そして,それらの声を聞かずに捨て置くことが国会議員のあり方として正しいとは思いません。

 とはいえ,それらの声にただ流されるのも能のない話です。国会議員であるならば,それらの危惧はどれほど実際に合致しているのかを検討した上で,必要に応じて,そのような心配をする必要がない旨国民に説明をすることが望ましいですし,あるいは,それらの要請を実現した場合にどのような不都合が生じうるのかを検討した上で,必要に応じて,その要請を聞き入れた場合にはどのような弊害が生じ,それは見過ごすことができない旨を国民に説明することが望ましいといえます。そして,ある法改正を行った場合にどのような事態がどの程度の蓋然性をもって生じうるのかについては,法令がどのように適用されて運用されるのかを熟知している法律実務家に尋ねていただくのが便宜です。

 今回の国籍法改正問題についていえば,弁護士であれば,よほど家族法に疎い人でもない限り(そういえば,牧原議員は,研修所卒業後にすぐに大手渉外事務所に入ったのでしたっけ。稲田議員については………謎です。),「認知」と聞けば,死後認知や強制認知を思い浮かべたでしょうし,それらの場合にDNA鑑定を義務づけることが困難であることは,すぐに想像できたはずです。そして,認知請求訴訟で父子関係の存在を認定するために,どのような間接事実が用いられているのかを知っているか又はすぐに調べて知ることができたはずです。そして,ある程度窓口系の仕事をこなしていれば,窓口系の役人がいかに形式的審査を精緻に行う人たちなのかも想像することができたはずです。

 今回,一部の議員は,そのような確認を怠ってしまったがために,うっかりデマに乗っかってしまい,とんだ恥をかいてしまったわけです。それは,選挙区事情にもよりますが,よくよく右派ばりばりな選挙区以外では,ライバルの活動方針次第で致命傷になりかねません(「人権」や「平等」が嫌いな自称「日本が好きな」人たちとは異なり,多くの有権者は,基本的人権が絶えず危機にさらされ,また,不条理な差別が横行する社会に我が国を変えていくことに賛同していないのです。)。もちろん,ある種の人種ないし民族差別に乗っかってしまえばその種の差別意識を共有する人々の支持を得ることはできるかもしれませんが,その種の差別的言辞ってその意識を共有していない人々にはとても醜悪に映るので,中道どころか,さほど不健全ではない保守層の支持だって失いかねません。

 それはともかくとして,国籍法改正問題で恥をさらしてしまった国会議員の先生方には,間違いを諫めてくれる弁護士の友人・支持者はいなかったのでしょうか。

05/12/2008

想像力の方向と読解力

 国籍法改正案ですが,無事に参議院法務委員会も通過したようです。

 さて,「化けの皮」と名乗る方から2通のコメントをいただいています。一つ目は,

大体認知しようとする男性が血液の採取をなぜ否定すのでしょうか?それほど、もし自分が親でなかったら困ることでもあるのでしょうか? 

結局は、DNA鑑定を表向き義務ずけたほうが、男性も、虚位の認知をさせられないで助かるのではないでしょうか?だって、認知したら、民法により扶養義務が出てくるんですよねえ。

でもその民法にも、子供の母親が養育費要らないといったら、それでOKではないのですか?なにも強制的に払えーと国ができるものなのですか?

どこかの市役所で、外国の方が”仕事がなくて生活できないのですが生活保護受けれますか?”という質問に、”日本人の子供を養っているので生活保護がその子に対して支給されます”と回答してありました。


というものなのですが,この種の方々の読解力につける薬って何かないものだろうかというのが最初の感想です。

 私の一連の国籍法関係のエントリーを普通の読解力を持って読んでいただければ,日本国籍を有しない,妻ではない女性を妊娠させる男性の中には,可能な限り生まれてくる子の面倒など見たくないというものが相当程度存在すること,そして,そのような男性でも,認知請求訴訟でその場合,DNA鑑定が行われなくとも,他の間接事実により生物的な父子関係が証明されて,敗訴して認知させられる場合があること,また,認知請求訴訟の途中であるいは認知請求訴訟を起こすことを告げられてやむなく任意認知をする場合があること,そして,それらの場合に,「DNA鑑定のための血液の採取等を拒めば,子供とその母親が強制送還される」ということになれば,その種の無責任な男性は,子供とその母親を強制送還してもらうために,頑として血液の採取等を拒むことが予想されること等をご理解いただけるのではないかと思います。

 それほど、もし自分が親でなかったら困ることでもあるのでしょうか?との点に関して言えば,その種の男性は,DNA鑑定により自分が親でないことが判明したらとても喜ぶと思うのですが,自分が親であることが明らかになると嫌だから,DNA鑑定等をこれまでも拒んできたし,ゼノフォビアな人たちが望むように「DNA鑑定のための血液の採取等を拒めば,子供とその母親が強制送還される」ということになれば,相当の罰金を支払ってでもDNA鑑定への協力を拒むことでしょう。その民法にも、子供の母親が養育費要らないといったら、それでOKではないのですか?なにも強制的に払えーと国ができるものなのですか?との点に関して言えば,件の違憲判決が下されたような事案を想定していただければ,そこで「子供の母親が養育費要らないとい」う合理的な理由がないとしか言いようがありません。

 また,生活保護の点についていえば,実務的にいえば,認知をした父の養育を受けられないことを立証しないと生活保護はおりません。しかも,日本の生活保護の受給額は,健康で文化的な最低限の生活を送るのに,本当に最低限度の生活をできる程度しか支払われませんので,ブローカーに大金を支払ってその程度の生活しか送れないのでは,全く元が取れません。

 次に,

フランスでもDNA鑑定が義務ずけされたそうですが、フランスもやっぱり強制的に嫌がる父の血液を取って、DNA鑑定するのですか?

との点ですが,当該法律の条文を見ていただけると,今回の国籍法改正との関係でゼノフォビアな方々が要求したものとは全く性質が異なることを理解していただけると思います(普通の日本語読解力のない方には難しいかもしれませんが)。

第13条第1項

外国人の入国及び滞在並びに庇護権に関する法典L.第111-6条に次の9項を加える。「民事的身分の証明に欠陥のある国の者で、外国人の入国及び滞在並びに庇護権に関する法典L.第411-1条及びL.第411-2条に規定され、又は難民の身分を得、若しくは補充的保護(laprotection subsidiaire)を受けている両親の一方に合流する、若しくは付き添われて入国することを望む、3か月を超える滞在のためのビザを申請する者又はその法定代理人は、身分証書(l’acte de l ’etat civil)が存在しない場合又は民法典L.第311-1条に規定されるような身分の保有によっても解消することのできない、身分証書の真正性に関する深刻な疑いがあると外務省職員又は領事館職員から知らされた場合には、ビザ申請者の母との間に、明白な親子関係の証拠となるデータを得るために、DNAによるビザ申請者の身分証明を調査することを求めることができる。身分証明をそのようにして調査される者の同意は、事前に、かつ、明確に得られなければならない。この措置の適用範囲及び結果に関する適切な情報は、その者に提供される。


 つまり,これは難民等の資格でフランス国内に滞在する資格を有している者がその子供を呼び寄せる際のものですから,ここでは,親自身がその子供にフランスに来てもらいたがっている場合のみを想定することができ,「いやがる父親」云々ということを想定する必要がありません。さらにいえば,そのような制度の下でも,DNA鑑定がなされるのは,身分証書(l’acte de l ’etat civil)が存在しない場合又は民法典L.第311-1条に規定されるような身分の保有によっても解消することのできない、身分証書の真正性に関する深刻な疑いがあると外務省職員又は領事館職員から知らされた場合に限定されるのであって,日本のゼノフォビアな方々が国籍法改正の際に要求したような,「全件DNA鑑定」のようなばかげた話はされていません。

 なお,このような法改正であっても,上下両院60名以上の野党議員から違憲ではないかとの意見が出され、憲法院に付託された。憲法院は、DNA鑑定以外の、親子関係を明らかにするあらゆる手段を尽くした上で、最後の手段としてDNA鑑定に頼るという条件付きで、第13条は合憲であると判断したというのが実情です。

04/12/2008

市井人に知られても構わない

 「Retriever Legend's blog」というブログの「直接行動 その2」というエントリーは,

厚生労働省高級官僚の殺傷事件は、市井人に知られたくない国籍法改正案の議決に向けて絶妙なタイミングで起きた(起された)と、見ることができます。

という書き出しから始まります。

 しかし,最高裁の大法廷での違憲判決を受けての今回の国籍法改正は「市井人に知られたくない」という類のものではありません。

 実際,普通に法制審議会に通されている(その結果はウェブ上で公開されている)わけですし,この法案が閣議決定された旨の報道も,産経新聞以外の報道機関によってもなされています(例えば,朝日新聞の記事)。ただ,一般紙の場合,ゼノフォビアに基づく陰謀論までは一々報道しないというだけの話です。

 また,このエントリーでは,

ネット上では、東南アジアでは今回の改正を見込んで、子供の斡旋ブローカーが蠢いている(子供1人120万円)等が散見されます。

「偽装認知」で、大量の子供が陵辱、性搾取の「商品」として輸入されます。

とあるのですが,ネット上のデマをあっさり真実だと思いこんでいる時点で,思慮が足りないように思います。売春目的の人身売買を行うような人々は,今回の国籍法改正など最初から眼中にありません。といいますか,その種の人身売買は,現行国籍法の下ですでに行われている話です。

 従って,仮にそのような人身売買を防止したいということを本心から願っていたとしても,その実現方法として,日本国籍を有する男性の非嫡出子として国籍を取得する際にその「男性」との生物的な父子関係の存在をDNA鑑定により証明することを要件とする(その結果,「父親」がDNA鑑定を頑として拒んでいる場合や,そもそも「父親」が生存していない場合には,日本国籍の取得を認めず,母親の本国へ一律に強制送還する)というのはいかにも迂遠かつ実効性に乏しいように思われます。むしろ,DNA鑑定を義務づけることにより余計に支出される公的資金を,売春宿の摘発の強化等に充てる方がより目的を達成できるのではないか,と普通に思ったりはします。

03/12/2008

性善説に立たないのであれば性悪な人の行動原理を理解すべきだ

 いしけりあそびさんの「ほんとうは人身売買のことなんてどうでもいいくせに〜“No pude quitarte las espinas”」というエントリー(スペイン語の副題,格好良いなあ。私も,学生時代第1外国語がスペイン語でしたから,真似したいなあ,と思いつつ,それはもう20年前の話だからなあと思い直したところです。)は,国籍法改正問題に関心のある人はみな読むべきものでしょう。

 まあ,普通に考えれば想像できる話ではあるのですが,ただ,国籍法改正問題で吹き上がってしまう人たちって,往々にして,「自分は,性善説に立たない,覚醒した市民である」との自負を強く抱いている反面,性悪な人の行動原理についての理解が足りないので,話が明後日の方向に向かいがちなのだろうと思われます。

 もちろん,「排外思想」という薬物的な刺激で「覚醒」することに慣れてしまうと,妄想に囚われるようになっていくという側面もあるとは思うのですが。

02/12/2008

どっちが寛容?

 最近の一連の国籍法関連エントリーに寄せられたコメントに一部答えてみることとしましょう。

 galaxyexpress_4@hotmail.comさんは,「国籍法3条1項の改正に反対することはエネルギーの無駄である」に,

あなたの意見は法律論的にはもっともですが妊娠させて逃げた男性に対してあまりに寛容すぎやしませんか?今回の国籍法改正案は日本国籍を持つ父親の血を引く無国籍状態の児童を救済する目的のはずです。確かに無責任な日本人の父親がいるのは事実ですが逃げる男性がいるならそれを逃がさないようにするように知恵を巡らせるのが真に逃げられた母親と無国籍児童の保護に繋がるのではないでしょうか?もし扶養義務が父親の逃げる理由になるのな母親が外国国籍に限り扶養義務を外せば良いのです。日本国内の民法と合わないかも知れませんが民法は日本国籍を持つ者に適用されるので問題ないとかんがえます。法律を守るのは法治国家として確かに必要ですがあなたの主張には法律が絶対であり人間は絶対服従すべき問題点を改善する努力すらしてはいけないという法律ファシズムみたいな危険すら感じます。最初に申し上げた逃げた男性に対してあなたはどういう風に認知裁判に出廷するようにするかあらゆる方法でもかまいません返事を下さい

とのコメントを寄せておられます。しかし,DNA鑑定さえ拒めば,日本国籍を有しない女性に生ませた子供が日本国民として日本国内に永住することを回避できるとする「DNA鑑定必須論」者の方が妊娠させて逃げた男性に対して寛容なのだろうと思います。また,妻ではない外国籍の女性に子供を産ませた場合にはその子供に対して扶養義務を負わないこととすべきとするgalaxyexpress_4@hotmail.comさんの方が妊娠させて逃げた男性に対して寛容であるように見えます。なお,民法は日本国籍を持つ者に適用されるので問題ないとのことですが,扶養義務は親子間の法律関係にあたりますから,法の適用に関する通則法32条によれば,「子の本国法が父又は母の本国法(父母の一方が死亡し、又は知れない場合にあっては、他の一方の本国法)と同一である場合には子の本国法により、その他の場合には子の常居所地法による。」ことになります。ただし,父は非嫡出子に対しては認知後も扶養義務を負わないとする法制度はいまどきほとんどないように思われます。

 また,最初に申し上げた逃げた男性に対してあなたはどういう風に認知裁判に出廷するようにするかとの点に関しては,認知請求訴訟に関していえば,被告たる男性が裁判所に出頭しなくとも,生物的鑑定以外の間接事実等から父子関係の存在を認定できれば,むりやり被告たる男性を出廷させる必要はないということになります(なお,認知請求訴訟は,人事訴訟法の適用を受けますので,職権探知主義が採用されます。)。

 次に,Opというハンドル名を名乗る方から,「三権分立を理解できないベテラン記者がいることの方が理解しがたい」というエントリーと「「国籍法改正に反対する緊急国民集会(11/27)における決議文」について」というエントリーに対して,全く同文の,

「二重国籍は議論に上がってない」とか、衆議院の付帯決議も知らないのかな?w


「一部のゼノフォビアにとらわれた方々の妄想」不法入国者や偽装結婚して日本にいつこうとする犯罪者が実際にいるのに、どこの理想国家に住んでるんだ?、君はw



自分が正論言ってると思うなら、こんなとこでコソコソしてないで、堂々と反論しに行きなさいよw

とのことなのですが,私は,氏名や所属等を明らかにしていわば堂々としているのですが,このOpさんはどこのどなたかわかりません(コメント投稿時に入力されたメールアドレスは「posted888@yahoo.co.jp」ですし。)ので,どちらかというと,Opさんの方が,堂々としておらず,コソコソしていると評価できそうに思われます。

 また,「二重国籍は議論に上がってない」というのは,ひょっとしたら,「「国籍法改正に反対する緊急国民集会(11/27)における決議文」について」というエントリーにおける「そもそも今回の国籍法改正法案は,二重国籍云々は議題に含めていません。」との発言を指しているのかもしれません。しかし,「議題に含まれる」ということと「議論に上がる」ということとの間には大きな違いがあります。

 さらにいうと,平成20年11月28日の衆議院法務委員会にてなされた自由民主党、民主党・無所属クラブ、公明党及び社会民主党・市民連合の共同提案による附帯決議の内容は,

  政府は、本法の施行に当たり、次の事項について格段の配慮をすべきである。

 一 日本国民から認知された外国人の子が届出により我が国の国籍を取得することができることとなることにかんがみ、国外に居住している者に対しても、本法の趣旨について十分な周知徹底に努めること。

 二 我が国の国籍を取得することを目的とする虚偽の認知が行われるおそれがあることを踏まえ、国籍取得の届出に疑義がある場合に調査を行うに当たっては、その認知が真正なものであることを十分に確認するため、調査の方法を通達で定めること等により出入国記録の調査を行う等万全な措置を講ずるよう努めるとともに、本法の施行後の状況を踏まえ、父子関係の科学的な確認方法を導入することの要否及び当否について検討すること。

 三 ブローカー等が介在し組織的に虚偽の認知の届出を行うことによって日本国籍を取得する事案が発生するおそれがあることを踏まえ、入国管理局、警察等関係当局が緊密に連携し、情報収集体制の構築に努めるとともに、適切な捜査を行い、虚偽の届出を行った者に対する制裁が実効的なものとなるよう努めること。

 四 本改正により重国籍者が増加することにかんがみ、重国籍に関する諸外国の動向を注視するとともに、我が国における在り方について検討を行うこと。

というものです。重国籍については,第4号で触れているのですが,これは,従前より国籍法3条1項に基づき日本国籍を取得した者は,母親の母国法において当該国の国籍を有する女性の実子に国籍を付与する旨の規定がある場合には,我が国の国籍法14条に基づく国籍の選択を行うまでの間は二重国籍状態に置かれることとされていたところ,今回の国籍法の改正により,国籍法3条1項により日本国籍を取得できる範囲が拡大されるので,重国籍について今後どういう制度を採用するか諸外国の動向を見ながら検討しましょうね,という話でしかなく,「多重国籍を容認する」という話ではありません。

 また,不法入国者や偽装結婚して日本にいつこうとする犯罪者が実際にいるにせよ(日本の場合,多くは不法入国というより不法残留者なのですが,その数も平成5年をピークに減少の一途をたどっており,19年1月1日現在17万839人程度しかいません(ピーク時の6割程度)。),そのことは,今回の国籍法改正案に対する反対論が一種のゼノフォビアに基づくものであることを否定するものではありません。

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